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第28話 アマネ・ハルデンベルク

「ふぅ~あったかいですね」

「そうだな、やっぱり温まるな」

「……」


 馬車に乗り始めてから数日が経った。

 既に夜も深いし近くに村などは無いので、俺と少女と御者さんの3人で野営していた。


「このスープ、おいしいね」

「……」


 無視。

 ……相変わらずこの子は口を聞いてくれない。

 それでも、前よりはなんかこう……柔らかくなった気がする。


「はは、相変わらずだなアベル君。まぁでも旨いだろ、嫁においしい作り方教えてもらったんだよ」

「へぇ、どんな奥さんなんですか?」

「そりゃもう、気が強いのなんのって」


 御者さんは笑みを浮かべ、楽しそうに語る。


「この前なんてちょっと文句言われただけで怒っててさ。それに1か月前なんて……」


 御者さんはものすごく楽しそうだ。

 家族がいて、幸せがあって。

 こうして仕事している間も会いたいんだろう……。

 俺も……会いたいな。


「はは、ちょっぴり恐いですね」

「だろ。昔は可愛かったんだけどなぁ~ははは」

「……」


 こうして火を囲んで食事をする。

 そして御者さんの話に、俺が相槌を打つ。

 ……その姿にちょっぴり少女は楽しそうだった。


 しかし平穏は、突如として崩れ去った――


「おやおや、楽しそうですね。私も混ぜてくれませんか?」


「誰だ!」


 俺はその声にとっさに立ち上がり、振り返る。


「誰だとは失礼ですね」


 振り向き見るその男は、身長2mを越す長身痩躯。

 その異様に長い手足に、なによりも一層目を惹くのは……。

 一切隠そうともしない黒い翼――


 間違いない、魔族だ。


「お、俺達に何の用だ!?」


 俺は勇気を奮い立たせて問いかけるが、足は軽く震えてる。

 ……あまりにも情けない。


「分かりませんか?」


 徐々に男の殺気が強くなっていく。

 それによって俺の額から汗がにじんでいく。


「いいでしょう。なら教えて差し上げましょう」


 ……嫌な予感がする。

 それにおそらくこの予感はあたっているだろう。


 俺は気付かれないように、腰の杖へと手を伸ばす。


「あなたを殺しに来たのですよ」


 はやり!

 俺は瞬時に杖を構えた。

 しかし――


「無駄ですよ」


 ――速い。


「なッ!?」


 先程まで距離があったはずだ。

 なのにもう目の前に立っている。


 だが時既に遅く、


「ぐおおぉぉ!」


 腹に強力な蹴りを叩きこまれて、後方に大きく吹き飛んだ。


「反応は出来ていたようですが、まだまだ遅いですねぇ」

「アベル君!」

「ッ!」


 ……二人とも、俺の心配をしてる場合じゃないぞっ!


「では、次は……」


 再度男の姿が消える。

 そして、


 ――バンッ!!


 と、御者さんも吹き飛ばされた。


「おやおや、まだ魔術さえ使っていないですよ」

「身体強化系のスキルか……っ」


 俺は地面に倒れ込んだ状態のまま魔族の男に話しかける。


「正解です。ま、知り得た所でどうしようもありませんけどね」

「くそ……」

「……それより新魔王様の時代にはいらない人がいますねぇ」


 魔族の男は少女の方へと向き直る。


「……」


 しかし少女は動かない。

 微動だにせず、ただ男の顔を見つめている。


「ふっ、どうやら心を失ったようですね。なら今楽にして差し上げましょう」


 魔族の男はその右手を振り上げた。


「動け! 殺されるぞ!!」

「……」


 なんでこんな時にあいつは動かないんだ!

 諦めるな……ッ!


「『闇刃(ダークエッジ)』」


 魔族の男は詠唱と共に漆黒の刃を出現させる。

 だが、


「『絶対真眼』!!」


 俺はその漆黒の刃を崩壊させた――


「なに!?」

「……ッ!」


 驚く魔族の男と少女。

 俺は二人の視線を受けながらも立ち上がった。


「生きる事を諦めるな……」

「……」

「お前が今までどんな事を受けてきたかはわからない。なら、俺がそれを忘れさせてやる!!」

「……っ」


 ふぅ……。

 少し恥ずかしいけど……彼女の心に届いただろうか。

 もし届いたらなら……


 なおさら負ける訳にはいかないなッ!


「調子に乗るなよ。『闇刃(ダークエッジ)』!」


 刃が飛んでくる――

 しかし、その刃は俺には届かない。

 空中で霧散し、闇夜に消えていく。


「当ててみな、くそ野郎」

「こんっの!」


 魔族は翼を大きくはためかせこちらに突っ込んでくる。

 その動きは速い。


 ……だが、見える!!


「おらぁぁ!!」


 俺はその右手を紙一重でかわし、顔面に拳をお見舞いした――


 いつもより俺の動きがいい。

 魔石を食べた影響か!?


「くっそ!『闇壁(ダークウォール)』!」


 男は漆黒の壁を展開する。

 だが、俺はその壁に向かって走る――


「『絶体真眼』!!」


 俺は壁を崩壊させ――


「『石弾(ストーンバレット)』!」


 石の弾丸で身体を貫く!


「ぐおうっ!!」


 男に対して駆ける俺に、返り血が飛んでくる。

 そしてその返り血は俺の頬に触れ――


 これだ!

 身体に力が漲る!

 これなら……ッ!!


「っくそ!」


 魔族の男はすぐに体勢を整えた。

 そして魔術は意味ないと理解したのか、右の手刀を高速で放ってくる。


 俺はそれに対し、


「『魔剣(ダーインスレイヴ)』!」


 反射的に、その手刀を斬り飛ばした――


「うっぐうぅぅ!!」


 俺の右手に収められているのは、闇を凝縮したかのような漆黒の剣。

 色や雰囲気が、カインとの戦いの時に出した漆黒の槍とどこか似ている。


 最初は『絶対真眼』のスキルの片鱗かとも思った。

 だが『遅緩時間(スローモーション)』や『崩壊(ブレイクダウン)』のように、この赤い瞳に関係したものじゃない。

 そして目覚める条件はどちらも……魔族の血。

 この力は……明らかに異質だ。


「そ、その力は真祖の……は、はは」


 魔族の男は無くなった手を抑えながら、その場にかがみこむ。


「後悔するなら、襲ってこないようにするんだな」


 容赦はない。

 何故か背中に感じる温かい感触を不思議に思いながらも、俺は剣を男の眉間に向けた。


「やめて、やめてくれよ! 俺達仲間だろ!」

「……何を言っている。お前が何を言おうと、俺はお前の仲間なんかじゃない。俺は……お前が殺そうとした、そこの少女の仲間だ」

「くっ……! た、たのむよぉ! 命だけは助けてくれよ!」


 魔族の男の、情けない命乞い。


 ……どうしようか。

 命乞いをする人間をばっさりと斬れるほど、俺も修羅場をくぐってきてはいない。

 でも、俺を殺そうとしたのは事実だ。

 殺すか見逃すか、その二択に俺は悩むが、


「二度と顔を見せるなよ」


 最終的に俺は背を向けた。

 見逃してやる事にした。


 しかし、それは間違いだった――


「甘ぇなああぁぁ!!」


 俺が背を向けた一瞬の隙を突き、魔族の男は残っっている左手の手刀で突っ込んでくる。


 ……ッ!!

 やばい、間に合わない!!

 こいつっ――――


 しかし、俺に触れる前に魔族の男は止まった。


「……え? 何故、身体が動か、ないんだ?」


 そしてその瞬間。

 魔族の男は身体の内側から爆発した――


「な……何があったんだ……」


 全身に返り血を浴びながらも、俺は呆気にとられる。


 何があったのか、全く理解できない。

 俺には、男が急に爆発したようにしか見えなかった。

 この場にいたのは、俺と魔族の男と気絶した御者さん、そして……少女。


「……油断。……ダメ」


 少女はその小さな右手を伸ばしていた。


 男が爆発した原因は、おそらくこの子のスキル。

 どうやら、助けられたようだ。


「あ、ありがとう」


「……こっちこそ、ありがとう。……私。……もう諦めない」

 相変わらず口数は少ない。

 でも……ようやく口を開いてくれた。


「一つだけ教えてくれ」

「……いいよ」

「名前はなんていうんだ?」

「……」


 また黙ってしまった。

 ……俺地雷踏んだか?


「……つけて。アベルが。」


 そうか……。

 ここからが彼女の新しいスタートなんだな。


「……アマネ・ハルデンベルク。これでどうだ?」


 俺は似た知り合いの名前を彼女に与えた。


 この名づけが果たして良かったのかは分からない。

 でも彼女の名はアマネ・ハルデンベルク。

 何故かそんな気がした。


「……良い名前」

「よろしくな。アマネ」

「……うん。……よろしくね、アベル」


 そうして俺達は次の町へと、再度向かい始めた。


 ◇◇◇


「……ん。……あっ」


 アマネの瑞々しい唇から嬌声が漏れる。


「もう一回しておくか?」

「……うん」


 曝け出された陶器のような肌。

 白く、すらりとしたその肢体に再度指先を触れさせる。


「……んっ」


 指先がその肌に触れただけで、アマネの身体が軽く震える。

 とても敏感なようだ。


「じゃあいくぞ――」


 しかし、俺の指先はその敏感な肌から離れない。

 どころか、すぅーとその表面を優しくなぞり――


「『再生(リジェネート)』」


 回復魔法を唱える。


 そう俺はアマネの身体に回復魔法を使っていたのだ!


「……んっ」

「よし、これで全部かな」


 アマネの身体には、あざや打撲痕が大量にあって、中には切り傷や火傷痕なんかもあった。

 どれ程ひどい仕打ちを受けてきたのかは分からないけど……見てるこっちまで悲しくなってくる。

 だから傷を回復させるのは、俺にとって最優先事項だった。


 それにアイルトンに着くまで、まだしばらく距離がある。

 その間に、この傷のまま襲われたらたまったもんじゃないしな。

 ……まぁ別の意味でたまりそうだけど。


「……ありがとう」

「いいよ、別に」


 こうして俺はアマネの傷も治し、その夜はぐっすりと眠った。

 ……カレンやオリヴィアの事を思い出して少し泣いてしまったのは、アマネには秘密だ。

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