表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/116

第26話 転移

「召喚成功だ!」


 周囲がざわめき立つ。


 見る限りここは大理石で出来たどこかの建物の大広間。

 壁にはいくつものタペストリーや壺などの調度品が飾られ、天井からはシャンデリアがぶら下がる。

 そして魔術衣装に身を包んだ者がたくさんいて、真ん中には大きな魔方陣がある。

 ……俺はその中央にいた。


「……ッ! どこだ、ここは」

「お初にお目にかかります、私の名前はロッキンジーと申します。お名前をお聞きして宜しいでしょうか?」


 片眼鏡をかけた黒髪の男が話しかけてきた。

 未だにこんなのつけたやついるのか……。

 珍しいな。


「こんにちは。……アベル・マミヤです」


 俺は正直に名乗った。


「これから宜しくお願いしますアベル様」


 妙に仰々しいな。


「その、なんで俺は呼ばれたんですか? こんな大規模転移陣まで使って」

「簡単です。現在我々人類は魔族との戦いに苦しめられております」


 ……ッ!!

 魔族!?

 滅んだはずの魔族と……戦っている!?


 ここがどこかは分からない。

 だがその一言だけで異世界だと実感させられる。


「その為、我々宮廷魔術師は古の召喚魔術を再現し、あなた様をこのシェルブール宮殿に召喚させて頂きました」

「……どうして俺なんだ?」


 確かに、困っているから他の世界の強い人間を連れてこよう、って発想は理解できる。

 でも俺の世界なら、俺よりも強い人間なんてごまんといる。

 カレンやオリヴィアだってそうだし。

 もっというなら、ブレイヴ先生や……あの赤い瞳の少女の方が適任だ。


「それはこの者を媒介とし、神々より選ばれたからでございます」


 ロッキンジーは乱暴に鎖を引っ張る。

 すると、人混みから姿を現したのは美しい少女だった。


 手入れがなされていないにも関わらず透き通る金の髪に、感情を失ってもなお澄み切った蒼い瞳。

 精緻に作られた人形の様な端正な顔立ちだが、ずっと下を向いていて、一言も喋らない。

 それどころかアザだらけの身体に衣服は汚いぼろきれ、その首には首輪を繋がれている。


 彼女に何があったかは……考えたくない。

 というのも単なる同情から来るものじゃない。

 俺は一人、彼女にうり二つの顔をした人物の事を知っているからだ。

 その人物の名は――


 アマネ・ハルデンベルク。


 バルザール魔術学院の2年次首席にして、昨夜俺とカレンを助けてくれた少女だ。


「この者は殺された旧魔王の一族……つまりは魔族の元王族でして。神々により近い存在であったので触媒には最適でした」


 ロッキンジーは説明を続ける。


「旧? それに元?」

「現在魔族を統括し、人間との戦争を始めたのは新魔王、と呼ばれる新たな魔王です。故に旧なのです」

「……で、その子は旧魔王の一族の生き残りだと」

「はいそうです。新魔王からおめおめと逃げていたのを我々が捕まえて、触媒として見繕いました」

「そうか」


 事情は何となく分かった。

 要は新魔王が旧魔王を破り魔王となり、人間との戦争を行い始め、旧魔王の一族という事で、ハルデンベルクさん似のこの子は俺を召喚する触媒として捕まった、という事か。

 それなら俺を呼んだ目的もそれとなく分かってくる。


 ……それにしても


「その首輪やケガはどうしてなんだ?」


「あぁ、それはこいつの同族が襲ってきたかと思うと虫唾が走りまして」


 ロッキンジーは下卑た笑みを浮かべ始めた。


「転移陣の触媒の他にも、憂さ晴らしという役目を与えてあげただけですよ、アハハ」


 ……何だと。

 そんな理由でこの子を傷つけたのか?

 話を聞く限り、この子は何も悪くないじゃないか。

 こいつの方に虫唾が走るな……。


「……俺の目的は何なんだ?」


 しかし、俺は怒りを抑える。

 この人数には勝てない。

 だから冷静に冷静に行動する。


「アベル様には新魔王を討伐していただきたいのです」

「それだけでいいのか?」

「魔族は未だ寄せ集めの状態。頭を叩けば瓦解するでしょう」


 確かに言っていることは正しいだろう。


「わかった。だが俺以外の軍勢は?」

「既に前線に出払っております」

「新魔王の位置は?」

「大陸東方のヒノモトという所にいるでしょう」

「敵や味方の数は?」

「魔族自体は数万ほど、人族の総兵数は10万ほどです」


 十万と聞いて驚くかもしれないが、おそらくこの10万のほとんどはたいした戦力にはならない。

 これに関しては仕方ない。

 魔族は強力だ。

 訓練を積みに積みまくった剣士や魔術師でようやく渡り合えるくらいだからな。

 だからこそ早めに新魔王を倒したいんだろう。


「かなり厳しいな」

「はい。ですから、こうして神々の御威光にすがるしかないのですよ」


 にしては……豪華な広間だな。

 まぁいつの時代も割を食うのは、彼らから見て下々の人達なんだろうな。

 そう考えると、少しは新魔王を倒してやりたくもなって来る。


「それと、一番大切な事なんだが」

「何でございましょうか?」

「俺はその新魔王とやらを倒せば帰れるのか?」


 カレンやオリヴィアと別れて、今俺はここにいる。

 いや、二人だけじゃない。

 ハイトウッド先生やサラスティーナさん、他にも色んな人と会えなくなってしまった。

 心配をかけている事だろうし……俺には果たさなきゃいけない使命がある。

 だから俺は絶対に帰らなくちゃいけない。


「えぇ勿論でございます。必ずやお返しすると確約しましょう」


 ロッキンジーは丁寧に一礼する。


「なら、すぐにでも討伐に向かおう」

「本日はお泊りください。資金なども渡しておりませんし」

「……わかった」


 不満はある。

 今すぐこのロッキンジーとかいう奴の顔面をぶん殴ってやりたい。

 ……だけど俺にそんな力はない。

 だからその場から離れようとした。

 しかし、


「おいトーマス。この娘は用済みだ、処分しておけ」


 ロッキンジーはそう部下に命令する。

 それを耳にした途端、反射的に俺の口は開いた。


「……おい」

「はい、なんでしょう」

「それは……待ってくれ」

「は? 何故でしょうか?」


 ……どうする。

 これまで散々苦しんで来ただろうに、行きつく先が処分だなんて……かわいそうすぎる。

 出来る事なら、助けてあげたい。

 しかし、何といえばいいんだ……。


 正直にかわいそうとでもいうか?

 ……ダメだ、この場で処分されかねない。

 やはり、何か目的が必要なはず。


 なら――


「その娘を貰いたい」

「……どうしてでしょうか? よもや情が移ったとは言いませんよね、こんな浅ましい魔族如きに」


「いや――――愛玩用だ」


 俺はそう答えた。


「俺も男だ、しかしこれから旅に出なければならない。……ならそいつのような浅ましき者の方が都合がいいだろう」


 これがベストアンサーかは分からない。

 でも、助けたいっていう気持ちは間違いじゃないはず……


「……ふむ。そういうことなら構いませんよ」

「感謝する」


 俺はその日、全てを失い魔族の少女を手に入れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ