第23話 禁断の愛
「ふぅ~」
俺はタオルで髪を拭きながら、脱衣所からリビングへと向かう。
今は風呂上がりで、既にパジャマも着ている。
あの後、俺とカレンは詰所に行き、今回の事件について正直に話した。
カレンの状態や俺の怪我、そして現場の状況も相まって、詰所の衛兵たちは一応話を信じてくれた。
しかし、あの男が生きているのかどうか分からないけど、大怪我をさせたのに変わりはない。
だからしばらく拘束されると思ったけど……そんな事は無かった。
過剰とはいえ正当防衛だし、どうやらバルザール魔術学院の生徒は不当に拘束できないらしい。
下級貴族並みの処遇だ。
「カレン、まだ起きてる?」
大人しく家に帰れた喜びを感じながら、ガチャ、と俺はリビングの扉を開いた。
「はい、起きてますよ」
カレンはリビングのテーブルにいた。
ピンクのパジャマ姿で、イスに座って紅茶を飲んでいる。
「紅茶なんて飲んでたら。寝れなくなっちゃうよ」
「……今日はいいんですよ」
風呂上がりの、しっとりした艶やかな黒髪や微かに上気した頬が、少しばかり俺の胸を跳ねさせる。
……でもあんな事があった後だ。
今はそういう目で見ちゃいけない気がする。
「い、いや、明日はダンジョンに行……あっ、どうする? 本当にダンジョンに行く?」
俺はダンジョンに行く気満々だったけど、カレンはそうとは限らない。
今になってそれを思い出して、口にした。
出来る兄なら黙って行かないんだろうな……。
「行きたいです」
「いいの?」
俺はそう言いながらカレンの横に座った。
座る場所なんてどこでもよかったのだが……俺の座った席には既に紅茶の注がれたティーカップが置かれている。
これを無下には出来なかった。
「嫌な事があったのは事実ですけど……それで予定を変えてしまうのは、なんだか負けた気がしちゃいます」
「……そう。分かったよ」
……カレンは強いな。
あんな事があったというのに、涙一つ見せないし、愚痴一つこぼさない。
ヴェヘイルやカインに馬鹿にされても、黙ったままだった俺とは大違いだ。
……でも、もし。
もし、抱え込んでいるのであれば俺に言って欲しい。
その事が言えない俺は弱いな……。
「……お兄様」
「何?」
「今日は本当に有難うございました」
カレンは俺に身体を近づけ、感謝を述べる。
今にも触れ合いそうな白い肌に、端正ながらも幼げな顔立ち。
その黒い瞳や瑞々しい唇が動くたびに、心を掴まれる感触がする。
「……あぁ、うん! き、気にしないで!」
「いえ、生涯忘れる気はございませんよ」
カレンの顔が更に近づく。
「あの状況。杖の無い私は、魔術師でも何でもない……ただの女でした。ですがお兄様は、いつからか目覚めたスキルなのか、スキルとは異なった別の技なのか……いずれにせよ、その力で私を救ってくださいました」
その薄紅色の唇から漏れる甘酸っぱい吐息が顔にかかる。
「子供の頃からそうでした。私が困れば、必ずお兄様が助けに来てくれて……私の心を奪っていく。……今日の一件はそんな中でも極めつけでしたね……」
カレンは自身のパジャマのボタンを、するすると外していく。
「卑しい事なのは分かっておりますし……お兄様が私に不満でしたら、突っぱねて貰っても構いません。でも、もし……もしお兄様も望まれるのでしたら……」
ボタンを外すカレンの細い指は胸元で止まる。
「……丁度今日は、お風呂に入っても、胸に落ちたよだれの感覚が抜けませんし……どうかお兄様で上書きしては頂けませんでしょうか?」
その眼はとろんとしていて、表情も惚けている。
「……か、カレンっ」
「お兄様……お慕いしておりますよ」
カレンはそう言うと、ゆっくりと眼を閉じた。
だが顔は近いまま。
少し俺が顔を近づければ唇が触れ合う。
……俺を待っているのだろう。
もし誘いを断れば、カレンを傷つけてしまうかもしれない。
だがここで流れに身を任せれば、俺とカレンはもう戻れない関係に至る。
俺は――――
――ちゅ。
と優しくキスをした。
"カレンの額"に。
「眠たいなら早く寝た方がいいよカレン。あと船に乗った時なんかもそうだけど、感覚が抜けないならよく寝た方がいいらしいし、やっぱり今日はもう寝るべきだよ」
「……」
「じゃ、お休み」
俺は逃げるようにリビングから出て行った。




