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第8話【裏】 カレンの魔術戦

【※カレン視点です】


「ふぅ……」


 自分でも魔術に自信はあるのですが……。

 やっぱり、緊張しますね。


「カレンちゃん。気負わない方がいいよっ」


 眼鏡をかけた三つ編みの子が励ましてくれる。

 丁寧に編まれた茶の髪に、少しおどおどとしたその仕草――彼女は私の同級生のクラーラさんだ。


「私も分かってはいるんですが……こういうの、苦手なんですよ」


 せめてお兄様がいてくれたら、少しは気が楽なんですけどね……。

 今から一目会いに行っても遅くないような……いや、ダメです!

 お兄様にはお兄様の事情がありますし、無理をかけるだけですね。


「大丈夫っ! カレンちゃんは強いし、かっこいいよっ」

「……かっこいいは関係ない気もしますよ」

「いやクラーラちゃん、可愛いも追加だ!」


 横からショートヘアの青髪の子が元気よく会話に加わって来た。


「アメリアさんまで……」

「まぁまぁカレンちゃん。私はクラーラちゃんとは違うアプローチをしに来たの。……これを見るがいい!」


 アメリアさんは一枚の紙を鞄から取り出す。

 そこには――


 ――――――――――


 ディーガル・クローヴ

 絶対男。

 得意魔術は特にない、器用貧乏。

 でも炎魔術と土魔術を多用してくると思うよ。

 氷、水辺りは絶対に使ってこないと思う。

 スキルは分からななかった、ごめんね(^_-)-☆

 努力家らしい、でも実力なし。

 頭がつんつんしてる、多分凶器。

 顔だけは良い、何故かモテる。

 熱い、いや熱すぎる。


 結論――雑魚!


 ――――――――――


 と書かれていた。

 これは恐らく……


「対戦相手の情報、でしょうか?」

「そう! カレンちゃんみたいなタイプはこういうアプローチの方が緊張が解れると思ってね」

「ありがとうございます! でも、後半はただの悪口の気が……」

「そんな事ないよ! 私はただ事実をありのままに書き連ねただけだよ!」

「そうなんですか?」

「いやカレンちゃん。これは流石に悪口だと思うよ……」


 ……はい。

 ……私もそうだと思いました。


「はは……ディーガルさんに恨みでもあるのでしょうか?」

「特には無いけど……まぁ強いて言うなら購買の『一日100個限定! 激うまバルザールパン』のラスイチを取った事、あの事は絶対に忘れない」


 アメリアさんの目つきは険しくなる。

 ……これは絶対恨んでますね。


「だからってカレンちゃんに無駄な情報を教えるのは……」

「そう言うと思ったわ、クラーラちゃん。でも、これでだいぶ緊張解けたんじゃない?」


 アメリアさんは得意げに笑う。

 今、自分の心と向き合ってみると、肩にかかった重荷が外れたかのように緊張は解れていた。


「……確かにそうですね、ふふ」

「さ、カレンちゃんそろそろ時間だよ。頑張ってね」

「私も応援してますよカレンちゃんっ!」


 手を振りながら出口に向かう二人の、眩いの笑顔。

 私はそれを受け、


「はいっ!」


 精一杯の笑顔で返した。


 ……本当にありがとうございます、二人共。

 あの二人の為にも、負けられませんね。

 そして――


「両者前へ!」


 控室まで届く審判の先生の声。

 私は勇気を出して、第9闘技場の扉を開いた。


「よぉカレン・マミヤ。俺の名はディーガル・グローヴ、この学院の首席になる男だ!」


 目の前に立つ私の対戦相手は、情報通りの男性だ。

 緋色のつんつんした頭に、爽やかな顔付き。

 そして……熱い。


「よろしくお願いしますね」


 私は一応の礼儀として頭を下げた。


「礼儀正しいな! 嫌いじゃないぜ、お前の事!」

「はは……」

「楽しそうだが、二人共準備は良いのか?」

「はい先生!」「……はい」

「そうか、では――」


 先生は手を振り上げる。

 そして――


「始めぇい!!」


 一気に振り下ろした。


「先手は取らしてもらうぜ! 『火球(ファイアーボール)』!」


 ディーガルさんは杖を振り、拳大の炎を放ってくる。

 それに対し、


「『氷壁(アイスウォール)』」


 私は氷の壁を張り、炎を完全に防いだ。


 ……正直弱いですね。

 この程度ならいくらでも防げますね。

 相手もそれはわかっているでしょうし、もっと貫通力の高い魔術を放ってくるでしょう。


「一発でダメなら! 『火球(ファイアーボール)』! 『火球(ファイアーボール)』!」


 しかしディガールさんは予想に反し、意味のない攻撃を繰り返してきた。


「固いな、ならもっとだ! 『火球(ファイアーボール)』! 『火球(ファイアーボール)』!」


 何度も何度も炎の球を投げてくる。

 防がれれば投げ、防がれれば投げ、を繰り返す。

 彼はいずれ突破出来ると信じているのでしょう。

 しかし――


「ハァハァ……やるじゃねぇか」


 その一つとして私の壁を破る事は出来なかった。


「もう終わりですか?」

「ハァハァ……いや、まだだ! 俺は終わっちゃいねぇ!」


 肩で息をし、足の力もあまり入っていない。

 彼の魔力もそろそろ底をついたのでしょう。


「なら――『氷柱(アイスピラー)』」


 私は軽く杖を振る。

 すると地面から氷の柱が次々と生え、圧倒的な速度でディガールさんへと襲い掛かる。


「……くッ!」


 魔力が無かったのか、それをディガールさんは素手で受けた。

 しかし下から異常な速さで突き出てくる氷の柱――そんな物を受けて無事なはずはなく、


「ぐわああぁぁ!!」


 ディガールさんは吹き飛んだ。

 そしてそのままの勢いで闘技場の壁にぶつかり、勝負は完全に決した。


「勝負あり! 勝者はカレン・マミヤだ!」


 審判の先生は高らかにそう宣言する。


 これでこの試合は私の勝利だ。

 私が杖を仕舞い、控室に戻ろうとした時――


「ぎゃああぁぁ!!!」


 ……悲鳴?

 隣の闘技場からですね。

 大きな怪我でもしたのでしょうか?

 何も無ければいいのですが……。


 心に湧き起こった一抹の不安――

 しかしそれは、初勝利で静かに喜ぶ私の足を動かすには至らなかった。

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