第106話 得も言われぬ遣る瀬無さ
「ただいま」
俺は自宅の玄関を開く。
……ようやく帰ってこれた。
あの後、俺は衛兵のいる詰所に行き、魔族なんて言っても信じて貰えないだろうから、貴族を恨んだ市民の殺人事件として、今回の事件を伝えた。
俺とアマネが友達の家にお見舞いに向かった所、他の友人も殺した殺人鬼二人組が残っており、バルザール魔術学院の生徒として片方の殺人鬼を倒したが、褐色の女の方には逃げられた。
というシナリオだ。
……本当は殺人鬼じゃなく、殺人魔族だけどな。
にしても予想より早く帰れて助かった。
今回のは事件が事件だし、正直丸一日詰所に拘束されると思っていた。
でもバルザール魔術学院の生徒、という特権一つでそれすらひっくり返ってくれた。
一応、調査が終わり次第、後日話を聞きに来るらしい。
とは言っても既に時間は深夜だ。
夕方にお見舞いに行ったとは思えない時間だ。
流石にカレンも起きていないだろうな……。
「おかえりなさいお兄様」
しかし、意外にもカレンから声が返って来た。
俺はその声がした方、リビングへと真っ直ぐに向かった。
シモンの事があったし、慎重にリビングの扉を開ける。
するとそこでは、カレンが教科書か何かを読みながら、ゆったりとくつろいでいた。
教科書を読むよく整った横顔は、柔和ながらに真剣で、艶やかな長い黒髪はさらさらと今にも動き出しそうだ。
まるで絵画から現実に飛び出してきたかのような美しさに、俺は思わずはっとした。
……しかし何故だろうか。
いつもなら見入ってしまいそうなその美しさを前にしても、俺の心は冷たいままだ。
きっと……疲れているのだろう。
俺は自身に、そう言い聞かせた。
「まだ起きてたんだねカレン」
「はい……ってその服どうしたんですか!?」
「え? ……あぁ」
俺の服はあの男の返り血に塗れている。
肌についたものは詰所で洗い流す事が出来たけど、服は着て帰らないといけないから綺麗には出来なかった。
汚れたこと自体は最悪だけど、不幸中の幸いなのか私服で助かった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「俺はもう大丈夫だよ。アマネに助けてもらったし」
「……何かあったんですか?」
「……魔族と戦っていた」
俺はきっぱりとそう言った。
今までなら隠していたかもしれない。
しかし宮殿でカレンの気持ちがよく分かった。
今さら隠したりはしない。
だから、俺はカレンに起こった事の全てを話した。
シモンとガルファの死。
褐色の女に負けた事。
そしてアマネと共に一人の男を倒した事。
その全てがこの短い時間で起こったとは思えない濃さだ。
しかしカレンはそれをよく理解して、飲み込んでくれた。
「……という事なんだ」
「まだその褐色の魔族の人は生きているんですよね」
「あぁ、そのはずだ」
「少し不安ですね……」
「どうしてなんだ?」
「わざわざお兄様やハルデンベルク先輩を逃すとは思いませんし、再度襲撃に来るかもしれません」
「……確かに、来るかもしれない。それにあの女は強いしな……」
「何か対抗策があればいいんですけど……」
カレンは少し考え込む。
確かにワープするスキルなんて、冗談みたいに強い。
攻撃しようとすれば必ず避けられ、相手は急にこちらの不意を突いてくる。
しかしどんなものにも弱点はあり、無敵のスキルなんてありえない。
それに、俺にはあのスキルを打開する方法が一つ思い浮かんでいた。
「……大丈夫。次は負けないから」
「お兄様、本当に大丈夫ですか……?」
心配そうなカレンの表情。
おそらく、俺の顔に悲しみや疲れが出てしまっていたのだろう。
いつもなら無理にでも笑顔を作るけど……今は出来ない。
何でだろうか。
上手く笑えないな……。
「じゃあ俺、血を落としてくるよ」
居たたまれなくなって、逃げるようにリビングを離れた。




