第104話 敗北者
……ここは、どこだ?
重くなったまぶたを懸命に開く。
すると、ぼんやりと戻ってくる俺の視界。
そこには落ち着いた雰囲気の天井と照明。
耳を澄ませば外からは雨の音が聞こえてくる。
……どこかの部屋の中か?
背中からは柔らかい感触に伝わってくる。
おそらく、今俺はベッドの上にいるのだろう。
それにしても……何故俺はここにいるんだ?
家を出て、シモンの家に行って……二人を見つけたんだったな。
その後女に斬られて、背を向けて逃げ出して。
その後は……そうだ。
俺は街中で倒れ……
「……おはよう」
横から声をかけられた。
「……誰、だ?」
俺はゆっくりと首を声の方向へと向ける。
するとそこに座っているのは、透き通る金の髪に陶器の様な白い肌をした小さな少女──アマネだった。
「……どうして……?」
「……倒れてた」
「アマネが助けてくれたのか……?」
「……そう」
「ありがとう」
俺はアマネの頭を撫でようと腕を伸ばす。
しかし力が足りず、ベッドの上に落ちてしまった。
俺は大きく背中を斬られ、逃れるために必死に雨の中を走り回ったんだ。
もう力は残っていない。
そしてそれを実感すると、ふつふつと喪失感が募って来る。
俺は……シモンとガルファを失った。
何も出来ず、二人を救う事も、敵を討つことも出来なかった。
しかも、自分の命惜しさに逃げ出したんだ……。
シモンを助けたいと思ったんじゃないのか?
ガルファの助けになってやりたいと思ったんじゃないのか?
……くそっ。
これで何が聖杖の勇者だ……。
俺に勇者を名乗る資格なんてない。
俺なんて……ただのクズだ。
「……ぅ……ひっく……」
涙がこぼれる。
嗚咽が漏れる。
自分が嫌になってくる。
腕で目元を隠しても涙は止まらないし、必至に嗚咽を我慢しようとしても漏れてしまう。
俺の知っている英雄達はこんな情けない姿を見せないし、仲間の死を糧にして直ぐに立ち上がる。
なのに……俺は……。
「うぅっ……ごめん……ごめんっ……っひっく……」
「……アベル」
耳に届くアマネの声。
それと同時に、ベッドが新たな重みによって軋む。
「ぅぅ……ひっく、ひっ……シモンっ……ガルファぁ……ぁ……」
「……私が、いる」
身体を包み込む優しい感触。
俺はどうやら、抱き締められたらしい。
「……あっ、アマネぇ……ひっうぅ……ぅう……」
「うん。大丈夫、アベル。私がいるから」
ただただ情けなく泣く俺。
それを優しく慰めてくれるアマネ。
アマネの静かな優しさに触れていると、不思議と心が落ち着いて来る。
絶望や自己嫌悪が徐々に薄れていく。
……ありがとう。
本当にありがとう……。
それから小一時間程。
俺の眼の下は瞳の色と同じ紅。
泣き疲れて、元気はとうに無くなった。
しかし、ようやく落ち着きを取り戻した。
「……ありがと、アマネ」
「……気にしないで」
アマネはベッドから起き、椅子に再び腰掛ける。
俺も起き上がり、ベッドの端に腰掛けた。
「…………」
「……とりあえず、ご飯」
そう言って、アマネは厨房の方へと歩いていく。
俺が寝ている間に作り置きしていてくれたのか、帰って来るのはすぐだった。
「……元気?」
「……元気だよ」
「……嘘。……はい」
アマネはお椀を片手に持ち、スプーンをこちらに突き出した。
「いや、自分で食べるよ」
「……はい」
アマネはスプーンを再度突き出す。
「……わかったよ」
俺は観念して、アマネから突き出されたスプーンに対し口を開いた。
「……あーん」
スプーンが口に入ると、強い水気のある米が口の中に広がる。
……おかゆだ。
何も出来ず少女に食べさせてもらうこの状況。
ものすごく恥ずかしいけど、手は重いし、味もおいしいし、ここは大人しくアマネに従おう。
そして何度もおかゆを口に入れた後。
アマネは俺にようやく質問をしてきた。
「……何が、あったの?」
「魔族に襲われた」
「……まだ、生き残ってたの?」
アマネが首を傾げるのも無理はない。
俺は魔族の存在を、シモンを連れ行った時でさえアマネには教えていない。
それに、この時代の歴史では魔族は滅んだ事になっている。
「あぁ、それに人工魔族まで作っている」
「……人工、魔族?」
「魔族達が何かの目的のために人間を魔族に変えていっているんだ」
「……何で?」
「……それは、俺も分からない」
イスカリオーテ達が何故人工魔族を作っているのかは分からない。
でも……シモンやガルファの犠牲があるんだ。
野放しにしていいはずが無い……。
「……そう。……アベルを、倒した、魔族。……も、その仲間?」
「おそらく……な」
あの褐色の女は、宮殿の襲撃に参加しなかったからシモンを始末したと言っていた。
なら、イスカリオーテとも必ず関係はある。
「……どんな人?」
アマネは真剣な表情で俺にそう聞いてきた。
「倒しに行くのか?」
「……うん」
「アマネ」
俺は渾身の力を籠めて、ベッドから起き上がった。
そしてアマネの人形の様に端正な顔を、しっかりと見つめた。
「……何?」
「これは俺とあの女、そしてシモンとガルファの因縁だ。俺には二人の敵を討つ義務がある」
友情、責任感、正義感。
俺を突き動かす感情が何なのかは分からない。
でも、いずれにせよ『敵を討ちたい』という事に変わりはない。
「……でも。……アベル、負けた」
「あぁ……だから二人で倒そう。……手伝ってくれるか?」
「……もちろん」
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