プロローグ 1.0 物語の始まり
俺の名前はアベル・マミヤ。
どこにでもいる様な平凡な学生だ。
思い返してみれば今までの人生は平凡そのものだったかもしれない。
平凡な家庭に平凡な生活。
体力は――平均以下だったかもしれない……。
自慢できることなんて妹の可愛さと少しの学力くらいだ。
でも子供の頃から一つだけ才能があった。
それは――魔術だ。
俺は普通の人と比べて魔術の才能があった、それでちやほやされもした。
だからいい気になったのかもしれない。
◇◇◇
いくつもの煌びやかな装飾の施されたベージュ色の壁。
巨大で四角い、何棟ものレンガ造りの建物。
そして青い魔術衣装を着た生徒達。
そう――ここはバルザ―ル魔術学院。
一言でいうなら、この大陸で一番の魔術学院だ。
魔術が盛んなこのグヴィデン王国では魔術を専門にする魔術学院が多数存在する。
バルザール魔術学院はそんな魔術学院の中でも王都グヴィデンラントという、王国にとっても最も大事な場所にあり、これまで何人もの著名人を輩出してきた由緒ある魔術学院だ。
なぜ俺がそんな凄い学院にいるかというと……何を隠そう俺はこの学院の生徒なのだ。
他の人からすれば物凄いことと思われるかもしれない。
実際入りたくても入れず、血の涙を流してきた人達が何人もいるだろう。
……だけど俺はそう思わない。
がらっ、と2年4組の教室を開ける。
俺は黒板に貼り出された座席表を見て、自分の席へと向かうのだが……
「よぉ~バカベルぅ~」
入って早々チャラい男に馬鹿にされた。
この男の名はヴェヘイル。
染めた金髪に焼けさせた色黒い肌――いかにも悪そうな見た目の男だ。
「……」
「無視するんじゃねぇよぉ~最下位の癖にぃ~」
その言葉によって、既に教室にいた数人からくすくす、という笑いが起こる。
でも何も言い返せない。
最下位――それがまごうことなき事実だからだ。
去年、俺はこの学院に入学した。
舞い上がっていたんだ、これから俺の人生が始まるって。
でもその理想はいとも簡単に打ち砕かれた。
……俺はこの学院では最下位だったんだ。
魔術の才能があるからって自分を凄い人間だと思い込んでいた。
でもそれはこの学院に入ればごまんといる人間の一人。
努力は辞めた、希望は捨てた。
そしてそのことにもう慣れてしまってから一年。
「今年も俺と同じ教室なんだ、よろしくなぁ~」
「……」
はぁ……今年も変わらないんだろうな。
「反応わりぃーなぁ~」
ヴェヘイルは俺の顔を覗き込んでくる。
「……何?」
「何? じゃねぇだろ~。なんですか、だろぉ~」
ハハハ、と高い笑い声が何人かから上がる。
人を馬鹿にして楽しむなんて、最低だな……。
俺がそう思った時、
「やめなよ! アベル君嫌がってるじゃん」
突如、教室の後方から声が響いた。
ヴェヘイルを怒ってくれたのか?
声のした方を見れば、セミロングの燃える様な赤髪の少女が立っている――記憶を思い起こすが名前は出てこない。
彼女は端正な顔の眉をひそめ、赤い瞳でヴェヘイルを睨んでいる。
「チッ。はいはい、分かりましたよぉーっと」
そう言いヴェヘイルは仲間のもとに戻って行った。
「大丈夫アベル君?」
「いや、全然問題ないさ」
正直、心配してくれた事はとても嬉しい。
だけど、だからこそ、もし俺にかまってこの娘に被害が及んだら嫌だ。
俺は顔も合わせずに自分の席についた。
今日は新年度最初の登校日。
自分でも、これからの学院生活が不安になるスタートだと思う。
でもそれは俺が最下位のバカベルだから仕方がないのかもしれない。
……俺にも力があればな。
そんなことを考えていたら、
キーン、コーン。
とチャイムが鳴った。
朝のホームルームの鐘だ。
時を待たずして教室前方のドアが開かれ、背が高く真面目そうな一人の女性が入って来た。
暗めだが綺麗な金の髪を一つに纏め、教員用である藍色の魔術服に身を包んでいる。
そして教卓の前に立ち、
「これからこの2年4組を担当することとなったオディーヌ・ベルナールです。よろしくお願いします」
ベルナール――そう名乗った教員は丁寧に頭を下げた。
……だけどそんなことは俺には関係ないだろう。
学院の教員っていうのは生徒の成績が全てだ。
俺を生徒として持つのは彼女にとって迷惑なんだろうな。
◇◇◇
結局、2年次の初めだというのに今日もいつもと変わらない一日だった。
席について真面目に授業を受ける……ただ、ただそれだけ。
あの赤い髪の娘のおかげか馬鹿にされることは無かったけど常に嫌な視線は感じていた。
どうせ俺はバカベルだしな――
「待ちましたか?」
横から凛とした声をかけられる。
そちらを見てみれば見慣れた女性が俺の目に入った。
腰まで伸びる艶やかな黒髪に、陶器の様な白い肌。
まだ顔つきは幼いがとても整っていて、どこか上品な優雅さを纏っている。
その美しさには何故俺らが兄妹なのか、疑問すら感じさせる。
彼女の名はカレン・マミヤ。
今年から学院に入学した俺の妹だ。
「いや全然待ってないよカレン。さぁ帰ろうか」
授業が終わった後、俺は学院から少し離れたポストの前でカレンを待っていたのだ。
一緒に帰る為に。
「初めての学院生活はどうだった?」
敷き詰められた石畳の路地を歩き始めながら、俺はカレンに聞いてみた。
「良い場所ですね。クラスの皆さんとも仲良く出来そうです」
「そう、それは良かった」
……本心だ。
自分はどう思われてもいい。
だけど妹には幸せな学生生活を送ってほしかった。
「お兄様はどうでしたか?」
「うん、いつもと変わらないよ」
俺はカレンに笑いかけた。
学院で俺が馬鹿にされている事はカレンには黙っている。
これからも隠し通せるとは思ってないけど……それでも出来るだけカレンを不安にさせたくない。
「もうお兄様ったら、いつもそう仰るんですから」
「はは、ごめんよ。俺、口下手だか……」
俺が頬を膨らませるカレンに、言葉を返そうとした瞬間――
「きゃああああ!!!」
突如女性の悲鳴が響き渡る。
……音の方向からするに路地裏だろう。
何があったのかは分からないけど……
最下位だからといって、俺の正義感までは死んでいないっ!
「お兄様!」
カレンの制止も聞かず、俺の身体は勝手に走り出していた。
「行ってくる! カレンはここで待っててくれ!」
「いえ、私も……」
「いいから!」
俺は語気強く言い放ち、カレンをその場に残した。
俺が向かう路地裏へはそれ程遠くない。
だけども息が切れる。
やっぱり体力つけた方がいいかもな……。
息を切らしながら、曲がり角を一度曲がった頃には、これから対峙する事になるかもしれない相手が少し怖くなってきた。
だけど俺はこれでも魔術学院の生徒である。
席次は最下位だし、使える魔術も『火球』や『石弾』といった下位魔術までしか使えない。
それでも一般人よりは強い……はず!
自分の心を必死に奮い立たせながらも俺は走った。
そして辿り着いた路地裏への曲がり角、ここを曲がれば恐らく目的の場所。
俺は恐怖を抱きながらも、そこを曲がった――
目に映るのは石畳の床に倒れ込む一人の女性と、その目の前に立っている背の高いスーツ姿の男。
俺は腰から魔術用の小さな杖を取り出し、そいつへと構えた。
「動くな!バルザール魔術学院の生徒だ!」
「……」
スーツの男が無言でこちらを見る。
「……ッ!!」
――悪寒が走る。
同時に背筋が凍り付き鳥肌が立つ。
……何だこいつは。
全く勝てる気がしない……!
「……本当に止めるのですか?」
言葉が耳に入るたびに俺の足が震え始めた。
分かる――俺はこいつに勝てない。
……でもここで、ここで逃げていいのか?
駄目だ。
それは駄目だ。
もし俺が逃げたら目の前の女性はどうなるんだ?
悲鳴を上げたのは彼女のはずだ……!
「……その人から離れろ!!」
杖を持つ右手に力がこもる。
「いやだ、と言ったら?」
「……お前を、お、お前を……」
恐怖で上手く言葉が出てこない。
どうしても詰まってしまう。
そんな情けない俺の姿を見て、スーツの男はニヤつきながら口を開いた。
「その手に持ったものは何のためにあるのでしょうか?」
これ以上は無理だ。
お前はここまでよく頑張って勇気を出した、もう逃げろ。
お願いだから戦うのはやめろ。
俺の心がそう言ってくる。
……でも、本当にそれでいいのか?
この力――魔術は何の為にあるんだ。
出来損ないを見下すためか?人を傷つけるためか?
違う!!
俺は愛する者を守る為に魔術を学んだんだ!!
なら――――
「『火球』!!」
俺は杖の先から拳大の炎を放つ!
それは俺の勇気を振り絞った渾身の一撃。
その炎は男に向けて一直線に飛んでいく……が!
「遅いですね」
男は炎を避けた!
「くっ!」
俺は驚きを隠せなかった。
俺の技術不足も大きいが、『火球』自体それ程速い魔術では無い。
だから避けること自体は不可能じゃない……不可能じゃない、が。
それよりも避けたのが見えなかったのが問題なんだ。
「……随分速いんだな」
「ふふふ、当然です。これは私のスキル『超速移動』と『超加速』によるものですから」
スキル――それは一言で言ってしまえば神からのギフトだ。
身体系、魔術系、生産系、特殊系、等と種類こそたくさんあるが、人間は生まれ持ってこのスキルを一つは持っている。
……しかし、この男のように二つもギフトを持っている者なんてほとんどいない。
実際俺も『二重能力』なんて初めて見た。
「クソ、『二重能力』か……ッ!」
「ふふふ、あなたもスキルを使ってきてもよいのですよ」
「……」
そう男が語るが、俺はスキルを使わない。
いや……使えないという方が正しい。
何故なら俺にスキルは無いからだ。
神様のイタズラなのか、俺にはスキルというものが生まれつきなかった。
幼い頃、どうしてもスキルが欲しくて相当な努力をした。
……それでもスキルは身につかなかったし、仕方がない事だと自分の中でも踏ん切りをつけた。
だけど、この状況――
神様が憎くなってくるな。
「何も無いのですか? ……なら、こちらから行きますよ!」
言葉すら置き去りにし、男は高速で走ってくる。
速い!
走ると言っても、足を動かしているのさえ目では分からない……!
これは……避けられない!
必然――
――ぐちゃっ。
俺の腹から嫌な音がする。
自分でも何が起こったかは分かっているつもりだ。
……腹を手刀で貫かれたのだ。
「……かはっ!」
腹から血が込み上がって来て、口から吐き出された。
なのに何故か痛みは無く、意識だけが徐々に遠のいていく。
……もう俺の身体は、痛みさえ感じる余裕は無いのだろう。
ふぅ……最悪だな。
俺はどうなるんだろうか?
まぁ、間違いなく死ぬだろうな。
あの女の人はどうなるんだろう?
……結局助けられなかったな。
届かないとは思うけど……ごめんなさい。
……カレン、は……悲しむな。
俺が殺された事に泣いてくれるだろう。
勝手に死んだ事に怒ってくれるだろう。
でも、それでいいのか?
……良い訳ないだろ。
何が悲しみだ、何が怒りだ。
誰が何と言おうとカレンに似合うのは笑顔だ!
なら、こんなとこで諦められる訳ないだろ!!
「お前にはッ!負けない……ッ!!」
「何!? まだ生きているのか!?」
俺は最後の力で男の腕を掴み、睨みつける!
そして右手の杖を男の顔へと向けた――
「『火球』!!」
ゼロ距離から放たれる俺の『火球』。
男の顔が激しく燃え上がる。
これでこいつも大怪我を負うはずだ。
……しかし燃え盛る炎が終息した時、俺は絶望を感じてしまった。
「ふふふ、諦めが悪い。ゴキブリのような男だ」
「なッ!?」
男は無事だった――その顔には怒りの表情を浮かべて。
「ここまで粘るとは予想外ですよ。ですが……死ねい!!」
男の空いていた左手が顔へと飛んでくる。
ははは、流石にこれは死んだな。
俺では決して勝てない相手、それは初めから分かっていた。
……でも悔しい。
俺だって最下位なりに勇気を振り絞って戦ったんだ。
なのに頑張って頑張って、その先にあるのは結局絶望だけ。
下らない世界だ――――




