ホラー映画はお好きですか⑴ ーー凛子の場合
私には二つ、誰にも言ったことがない秘密がある。一つ目は、幼稚園来の幼馴染にもう十年以上恋心を抱き続けていること。もう一つは、私には時々選択肢が見えるってこと。場合によっては素晴らしく役に立つ能力なんだけど、実はこの時々っていうのが厄介なんだよね。黙ってスルーしたい時に何か言わされたり、助けの欲しい時に限って何もでなかったり。好きな時に発動できるか、せめてオンオフ切り替えられるといいのに……。
なんでこんなことをボヤいてるのかって? 簡単な話。今まさに「スルーしたかったのに選択肢が出てしまった」状態にあるからだ。何かを手に優斗はアンニュイな表情を浮かべていて、明らかに話しかけてほしそうじゃない。なのにどの選択肢も、私を奴に話しかけさせようとしているのだ。しかも足は勝手に優斗の方に歩き出してるし。これ、選択肢選ぶまでまともに移動も行動もできないから逃れようがないんだよね……!
赤:っと、今度は映画のチケット?
青:あれ、何持ってんの?
黄:奇遇だね、なんでこんなところに?
緑:やっほー、どうしたの、暗い顔して。
現在地からだと何持ってんのかなんてさっぱり見えないけど、映画のチケットを持ってるらしい。ここは持ってるものに触れない黄色か緑、相手の対応の自由度の高さ的に黄色がベストか……?
「危ないっ」
聞こえた声の方を見ると、こっちへ野球ボールが飛んできている。このままじゃ顔面直撃だ。
「っと」
歩みを早めることで回避に成功。ん、まてよ。いま声出しちゃったよね……? 選択肢は初めの1文字を言った段階で自動で選択されるから、これだと赤を選んだことに……!
「今度は映画のチケット?」
優斗は困った表情で無言のままだ。いつもの困ったような笑顔でもなく、割と本気で困っている。ほらね! 最悪! 2枚のチケットと私の顔を見比べている表情から察するに、すでに同行者が決まってるかなんかで私に見つかりたくなかったんだろうに。ごめんね優斗! 自由度低いとはいえ、今のは完全に私が悪い。今度何かお詫びをさせて欲しい。
赤:どうせ行く相手もいないんでしょ? 私を連れて行きなよ。
青:ホラー好きなの? すごいね、私はちょっと苦手かも……。
黄:それ今度友達と見に行くんだ! 優斗も興味あるなら言ってくれたらよかったのに。
緑:わーすごい、これ見たかったんだー! 誰と行くのかって決まってたりする?
しかもまさかの選択肢二連続……だと……? 私は「楽しんできてね! あと、あとで感想教えて?」くらいで会話を切り上げたかったのに……。
青はチケットを奪わずに済むからすごく魅力的だけど、私ホラー好きだからなぁ……。記憶にはないけど、もしホラー好きなことをすでに話したことがあったら、「ホラー好きなのにかわい子ぶって嘘ついてる奴」と思われそうで嫌だ。正解は黄色くさいんだけど、ホラー映画見に行けるような友達の心当たりがないので「誰と行くの?」って言われた瞬間こっちも詰むんだよな。っていうか、嘘は良くないよね。
「わーすごい、これ見たかったんだー! 誰と行くのかって決まってたりする?」
仕方がないのでこのチョイス。セリフが選べない以上、あとはもう目で語るしかない。予定があったら断っていいんだよー、私のことは気にしないでいいんだよー。じっと優斗の目を見つめると、何かを決心したように小さく頷くのが見えた。伝わった……のかな?
「そりゃあ良かった、ほらやるよ。好きなやつと行ってこい。」
ダメだ全然伝わってなかった。二枚のチケットを差し出されて途方にくれる。
「えっ、そんなつもりじゃ……」
慌てて押し返そうと思ったんだけど、やめた。何かこう、優斗の表情がそれを許さない感じだったから。この場合の正解は何? 選択肢が出ないかとキョロキョロしたり「出ろ」と念じてみたりしたけど、反応はない。いざって時に役に立たないんだから……!
「うーん……じゃ、遠慮なく?」
考えた末の結論。2枚とも貰った上で両方返す!
「じゃ、お礼にこれをあげよう。日曜バイト休みって言ってたよね? ちょうどいいじゃん。」
2枚のチケットということは、多分席は隣同士だろう。一枚私が貰ってしまうと、隣に私がいる状態で友人……考えたくないけどもしかすると好きな子……と映画を見ることになってしまう。そんな気の毒な目に合わせるわけにはいかない。それを避けるには別途2枚のチケットが必要になり、それはそれで申し訳ない。癪ではあるがここはまだ見ぬ優斗の友人(あるいは考えたくないけど好きな子)に譲るべきだ。
優斗はキョトンとしている。まあ、手放すという苦渋の決断をしたチケットがしれっと返ってきたんだから無理もない。私は嫉妬で変な行動をする前に……というか、変な選択肢を出される前に、今のうちに退散しておこう。