いつもどおりの朝のこと ――優斗の場合
俺には二つ、誰にも言ったことがない秘密があった。一つ目は、幼稚園来の幼馴染にもう十年以上恋心を抱き続けていること。もう一つは、俺にはいろんなステータスが見えるということ。後者は先日ジョナサンに打ち明けた。前者はすでに周知の事実である。周知の事実ではあるが、まあ、体裁が悪いのでこちらもきちんと自分の口から伝えたい。そう、二の足を踏んでいる間に、二度と返事が聞けなくなる可能性があるから。
なんて言っては見たものの、そう簡単に行動に移せるものではない。集合場所に既に集まっている面々を見て、俺は笑う。有効期限ギリギリで無事に使えた3人用の招待券で、遊園地に来ているのだ。もちろんメンバーは、俺と凛子とジョナサンの3人だ。今回は凛子のリハビリも兼ねているし、力のあるジョナサンがいたほうが安心だから…なんていうのはもちろん口実でしかないんだが、まあ俺がジョナサンに泣きついたからな。言うまでもなくそんなものは方便で、二人きりが気まずくて逃げただけだ。笑うなら笑え。
今日のステータス表示は某モンスターを狩るゲーム風。体力ゲージとスタミナゲージの二本が頭上に浮かんでいる。以前見たときと比べて凛子のゲージがかなり短くなっているのは、長期間の入院生活のせいだろう。疲労度が常に表示されているので、彼女に無理をさせずにすむのはありがたい。対するジョナサンのゲージは、もはや長すぎて至近距離だと中略表示に切り替わる。頼れることこの上ない。
凛子の様子を終始気にかけつつ、遊園地をのんびり回る。観覧車、ゴーカート、メリーゴーランドにコーヒーカップ。ジョナサンは途中でからくり屋敷に吸い込まれて出てこなくなってしまったので、なんと後半は二人きりだった。まるでデートのようだが、既に振られた俺に嬉しさはなかった。あるのは気まずさと、これで二人での遊びは行き納めかという悲しみだけだ。そのせいで気を張っていたせいか、最終的には気分が悪くなってフードコートの机に突っ伏す体たらく。凛子はと言うと、俺に愛想をつかしたのか、向かいで携帯電話を睨みつけている。
ああ、そうだ。俺は先日、凛子から携帯電話を与えられた。知らないうちに母さんと交渉して契約していたらしく、代金も折半しているんだという。「今までの分はこれでチャラ、いいね?」とそっぽを向きながら押し付けてくる姿は新鮮だったなあ、なんてぼんやりと思う。それ以前も以降も俺の方を向いてもくれないから、今回誘った時も来てくれるとは正直思っていなかった。
「クレープ買ってくる!!!」
当の凛子はというと、バタバタと立ち上がってどこかへ消えていった。やはり二人になったのがよくなかったか。無理矢理にでもジョナサンに戻ってきてもらうには何で釣ればいいかと考えていると、ピロンと携帯が鳴った。どうやらメールが来たらしい。通知によると、新着メールは2件。一件目は「Good Luck」という件名のジョナサンからのメール。受診時刻はジョナサンが別行動になった直後、本文はサムズアップの絵文字だけ。嘘だろ、あいつわざと俺を凛子と二人きりにしやがった。振られたのを現場で見てたんじゃないのか。
もう一通は今しがた届いたメールだ。差出人は凛子となっている。随分と長文らしく、開いた画面に全文が全く収まっていない。前から文句がある時は面と向かって言わずに長文を寄越してくるやつだったから、媒体が手紙から携帯メールに変わったんだろう。これがもらう最後のメッセージになるかもしれない、そう覚悟して俺は文面に目を通す。冒頭の文章はこうだ。
『私には二つ、誰にも言ったことがない秘密がある。一つ目は…』
fin
5年後くらい、引っ越し荷物からこの頃の手紙の束やメールをプリントアウトしたものが発掘されて真っ赤になります。二人とも。




