白日の元にて ーー凛子の場合
あれから3日。検査しても異常はないしこれ以上入院させても何もわかりそうにないってことで、私は今日退院した。久しぶりに浴びる真昼の太陽が眩しい。まだまだ足元がふらつくから、両サイドにはそれぞれ優斗とジョナサンが控えている。両手に花…は違うな、何だろ。とりあえず、とても美味しいポジショニングだ。嫉妬で刺されたらどうしよう、なんていう冗談は、今だと無駄にリアリティがあってシャレにならないか。
この前優斗の家から見つかった手紙は、現在DNA鑑定中らしい。犯人が怪我をしているはずって情報から、もしかしたら血液が付着してるかもしれないってことなんだけど……仮にあったとしても、私の血が染み込んだ手紙から切り傷レベルの出血をピンポイントで検出するのは正直無理だと思う。4択も出なかったしね。だから私はあんまり期待してないんだけど、優斗とジョナサンはなぜかこれで犯人がわかると信じ込んでいるみたい。確かになんかサンプリングのポイントはここにしろとか主張してた気はするけど、その内容は明らかに事実と食い違っていた。「血が滲みていくのを呆然と見ていた時、そこだけ初めから血がついていた」…そんなわけはないんだ、だって刺された時に落ちた手紙の上に自分の血が滴るの見たし。ノーヒントから始めるのと操作にかかる時間変わらなそうだからあえて言わなかったけどさ。
っていうかあれだ。冷静に考えて見ると、喧嘩のヤケクソで書いたようなものが思いっきり重要証拠扱いされてるわけだよね?困る。すごい困る。あんな衝動的に書いた内容を万が一にも読まれることになったら、当面人と顔を合わせられない。可能なことならミキサーかなんかで手紙丸ごと粉砕して全体をDNAの検査とかにかけて欲しいくらいなんだけど、無理かな…?中身関係ないしワンチャンいけるか…?
「っ、タイミングが最悪だったか!」
なんてことを考えてたら、急に優斗が私の手を引っ張って脇道に引き込んだ。えっ、何? 耳をすますと聞き覚えのある声が若い男と話しているのが聞こえた。事情聴取のために何度も病室に来ていたあの警察のおじさんだろう。何を言っているのかは聞き取れないけど、その声色は聞いたことがないくらい事務的で冷たかった。
「だーかーらー、やってねえっつってんだよ!なんでDNA鑑定になんて協力しなきゃならねぇんだ!」
対する男の声からは、焦りと苛立ちが伺える。多分この人が第一容疑者なんだろう。DNA検査も進化しているはずだから、余程のことがない限り犯人じゃない場合には「犯人じゃない」ってわかるだろう。容疑を晴らす意味で、むしろ協力した方がいいはずなのに嫌がるってことは…私を刺した本人、なのかな。なんだか急に寒気がして、バランスを崩してしまった。いつのまにか、曲がり角ギリギリまで戻って聞き耳を立てていたらしい。優斗が慌てて引っ張ってくれたけど、遅い。見られた。
「くそっ、お前さえいなけりゃ…!」
おじさんの抑止をすり抜け、男がこっちに突っ込んでくる。ダメだ、逃げなきゃ。足に力が入らない。咄嗟にぎゅっと目をつぶった私が感じたのは、何かが横を通り抜けた気配。続いて、バチっという音、苦しそうなうめき声、そして何か大きなものが地面に叩きつけられる音。一連の音が立て続けに起こった後、少し待っても痛みは特に襲って来なかった。疑問に思いつつ目を開ける。
「アクリョウタイサン、ですよ!」
見えたのは、男を組み敷きスタンガンを掲げたジョナサンの顔だった。




