人の意識にゃムラがある ーー凛子の場合
放課後。「ほれ、いつもどおり。」と優斗に見せられたのは、遊園地の招待券だ。新聞の購読継続特典でもらったとかで、一緒に行ける人数は3人まで。
「ジョナサンと私と優斗で三人?」
3人までってことはまあそうなるだろうな、と若干残念に思いつつ一応確認してみる。
「まあ、そうなるかな……ジョナサンに行く気があるか聞いてみないとわからんが。」
あいつがいるとにぎやかになりそうだよな、とつぶやく優斗の表情は読めない。あれ、もしかして「二人で行こう」とか言ってたらワンチャンあった感じだったり!? 何かヒントを期待して念じてみたけど、残念なことに四択は出なかった。
なんでこの場で決着がつかないかというと、ジョナサンが現在三者面談中だから。異国の地でただでさえ慣れない生活なのに、いじめ疑惑が浮上して担任が急遽開いたんだよね。実にいい教師に恵まれたものだと思う。まあ、本人があまりにケロッとしているからどうにも申し訳ない気持ちになるんだけど……。なんでも、ジョナサンは親にも逐次報告していた (それも逆転劇を期待しろという文脈で)ということなので、深刻な話になることはまあまずない。すぐに戻ってくるでしょう。
優斗とのデートプランの相談ーーどちらかっていうと、ジョナサンならどこに行きたがるかの大喜利ーーで時間を潰すこと15分。忍者屋敷には行くべきだ、いや、入ったら2度と出てこなそうだからダメだなんて話をしてるところに、ガラガラとドアを開けてジョナサンが戻ってきた。背の高い白人男性と一緒だ。聞くまでもなく父親だろう、だってあまりにもそっくりだから。目鼻立ちや髪の色はもちろんだけど、「どーも、お噂はカネガネ!!」と私と優斗の手をまとめて握ってブンブン振るあたりも、嫌になるくらいよく似ている。タイムスリップしてきた未来のジョナサンだと言われたら信じてしまいそうだ。
「Dad, leave them alone! お帰りクダサイ!」
そんな父親に、ジョナさんは不満げだ。むりやりドアの方に方向転換させると、グイッと教室から押し出してしまった。残念、家でのジョナサンの話とかきいてみたかったのに。
「Oops, sorry!」
「あ、と、ノープロブレム?」
ドアの向こうからは男子の声。あれ、私たち以外にもまだ人が残ってたんだ。忘れ物かな?
「何か忘れ物?」
「ああ、うん、ちょっと宿題のノートを…」
何気ない会話は、そこで一時停止。お互い相手の顔を見たからだ。ドアから顔を覗かせた佐藤は、私の顔を見て怯んだ後、自分のすぐそばにいるジョナサンをなるべく避けながら室内に移った。睨み付ける私から逃げるように視線を移した先には、優斗と机上の招待券。それを見た途端、佐藤は突然強気にニヤリと笑った。忙しいやつだな。それにしても、今のはなかなか嫌な表情だ。
「伴田、遊園地に行くのか? 小山内と?」
「まあ、仲良しなんでね。」
言い方がふてくされているのは、せっかくの楽しみに水を刺された気がしたからだ。誰のせいでいらない疲労背負わされてると思ってんだか。久しぶりに余計なことを考えずに遊びに行くんだ、ほっといてよね。
「ふーん、貰った招待券で?」
「……何が言いたいワケ?」
相変わらずにやけ顔が鼻につく。なんだ、私と遊びに行くのは金をかけるほどの価値はないとでも言いたいんだろうか。
「俺、見ちゃったんだよ。昨日、小山内がその招待券を買ってるところ。店でのやりとりを見る限り、ありゃ常習犯だな。」
勝ち誇ったように言い放つ佐藤。それに対するリアクションは三者三様だ。優斗は焦ったような情けないような顔だし、ジョナサンには言葉の意味が伝わっていない様子だ。
「ジョーシューハン…? どういう意味です?」
「つまり伴田は騙されていたんだよ、今までな! 小山内は、自分で買ったチケットをもらったと嘘をついていたんだ! こいつは嘘がつけないなんて言ったのは誰だ? とんだ詐欺師じゃないか!」
いや、何をそんなに有頂天になっているのか。そんな、「嫌いだから」とか嘘ついて好きな子に給食のプリンあげる小学生みたいな行為を詐欺師って…まあ、物を隠すってのも大概小学生じみた行動だから、濡れ衣着せるには同次元で好都合なのかもしれないけどさ……。
「違うんだ、いや、違わないが別に騙そうと思ったとかじゃなくて! 俺が行きたくて誘うのに相手に出費を強いるのは嫌で、その点もらった招待券ってことにすれば都合がいいと思っただけで……」
優斗はなぜか勝手に追い詰められているし、絵面だけ見ればクライマックスだ、この二人だけ。私は「何やってんだこいつら」という冷ややかな気持ちでいっぱいだし、ジョナサンはにやけるのが止まらないと言った表情。
「カッコ良くはないですけど、デート代を自分で出すはユートもスニミオケナ…スミニオケナイ?ですね! Hahaha!!!」
訂正、ニヤケを通り越してもはや爆笑に近かった。優斗の背中をバシバシ叩いて、ただでさえ悪い優斗の顔色をさらに悪化させている。うん、あの、色々と困る。デート呼ばわりはちょっと…いやかなり嬉しくはあるんだけど、変に意識させて誘われなくなったら大変だ。ちゃんと修正しておかないと。私は咳払いをしてジョナサンに声をかけた。
「えっと、ジョナサン? 英語だとどうか知らないけど、日本語で、で…デデデートっていうと、恋人のニュアンスが近い…から、使い方としてあんまり良くないかな、なんて…」
照れと情けなさで声が上ずる。ええい、なんでこういうときは四択でないかなぁ!?!?
「ユートは凛子が恋人の意味で好きですから、あってるですよね?」
キョトンとした顔でジョナサンが爆弾を突っ込んできた。優斗はというと、うずくまったままジョナサンを見上げて口をパクパクさせている。
「……ワタシは何も言わなかったです!」
慌てたように口を押さえてそっぽを向くというジョナサンのリアクションも、なんか、こう、信憑性が高い。え、これは、その、つまり、そういうアレ? 嘘じゃないよね?
「ちょっと待っ…」
心を落ち着かせるための独り言を、口に出したが運の尽き。気づかないうちに出ていた四択が、勝手に続きを紡ぎ出す。
赤: うん、私は何も聞いてない、何も聞こえなかった。で、えっと、なんだって?
青:ってことは両想いじゃん、やったね!
黄:もう、冗談きついなぁ。そんなわけないじゃん!
緑:ちょっと待って…考えさせて。
「って…考えさせて。」
言いたかったのは、本当に夢じゃないのかとか、実感湧かないからひとまず一回軽くつねってくれとかなのに。これだとなんか、断り文句に困ってるみたいじゃん。違うのに、違うのに。うまく続ければいくらでも挽回できそうな状況なのに、頭がうまく動かない。それが悔しくて、勝手に涙が溢れてくる。それがまた情けないわ悲しいわ、状況はますます悪化するばかり。
「凛…伴…凛子、違うんだ、いや違わないんだけど、困らせるつもりは……!!」
「ごめん、一人にならせて…」
優斗の伸ばした手を躱して、私は教室を飛び出した。




