俺とあいつと転校生 ――優斗の場合
俺には二つ、誰にも言ったことがない秘密がある。一つ目は、幼稚園来の幼馴染にもう十年以上恋心を抱き続けていること。もう一つは、俺にはステータスが見えるということだ。
もっとも、ステータスが見えたところでそれが何を意味しているのかわかるとは限らないので、実は意外と使えない。現に今、転校生と怒涛の勢いでサブカルトークをしている凛子がどんな感情なのかさっぱりわからない。赤は怒り、青は情けなさとか悲しさとかで、黒は劣等感とか嫉妬心…だと思っているのだが、どうにも話している凛子の表情と結びつかないのだ。どんな表情かって? とても言いたくないが、「隠そうとしても嬉しさが抑えきれない」って感じだ。ちなみに転校生に絡んでいた他の女子達は、二人の異様な盛り上がりについていけず既に退散している。
そもそも人生の八割方を凛子と共に生きてきたはずなのに、楽しげに話している内容が全くの未知の領域なのがショックだ。転校生とも知り合いだったようだし、もしや俺の知らないところで趣味を通じてつながっていたとか……? 幼馴染としての優位性が完全に失われたようで面白くない。なんとなく手元に視線を落とすと、黒々としたモヤが見えた。ああ、このモヤの発生源は凛子じゃなくて俺だったのか。道理で目の前の光景と結びつかないはずだ。そんなこともわからない程度には、俺は自分の能力を理解できていなかったらしい。ますます情けなくなってきた。
そんな俺を尻目に、会話はますますヒートアップしていく。
「日本だと、翻訳されてない作品がいっぱいでとても嬉しいです! 読みたいホーダイ?!」
「まさか坂東冥理作品が英訳されてたとは……! あの言い回しの罠みたいなやつって英語版どうなってるの?」
「イイマワシノワナ…?」
「えっと…?」
思考を巡らせているのか、突然虚空を見つめて停止する二人。そして打ち合わせていたように揃って視線を俺の方に向ける。転校生は助けを求めるのと心配するのが五分五分位といったところで、凛子はものすごく気まずそうな様子。まあ、今まで見たことのないくらいテンション高かったからな、我に返った途端にそうなるのはわかる。それでも助けを求めてきたんだ、転校生のせいで知らない一面を見せられて寂しいという私情には一旦蓋をして、ここはきちんと対応しよう。
「言っとくけど、俺はその作品を知らないから詳しいニュアンスはわからないぞ…?」
その前置きをしただけで、二人の食いつきがものすごい。
「原作についての知識が無でも、私の思考回路がわかってれば大丈夫だって! だから翻訳お願い優斗……!」
凛子はよっぽど話の続きがしたいのか、完全に開き直って懇願してきた。そう、俺の手まで握って。これが断れようか、いや断れるわけがない。まずとても可愛くて断る選択肢がない上に、他意なく同じことを転校生にされるようなことになったら俺の心が耐えられない。凛子に頼られるこのポジションだけは、なんとしても譲るわけにはいかない。一番の理解者枠は過去十年俺のものだったし、今後もそうであり続けてもらわないと困るのだ。
ここは通訳の立場をうまく利用して知識をつけて、なんとか会話に参加できるレベルになるんだ…! 転校生に対する対抗心が燃え上がった瞬間だった。




