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学年主任の憂鬱  作者: 弥生秋良
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「世の中には予想だにしない事が満載ですね……」

「当たり前じゃないですか。私よりも長い年数生きているんですからそんな事良く御存知でしょう?」

 僕の大きな独り言に返答をしてくれたのは生徒会長の山崎さんだ。彼女は女性にして生徒会長の肩書きを持ち、密やかに僕の仕事のフォローも熟してくれている。しかも理詰めされると太刀打ち出来ないのでどう取っても頭が上がらない。

「そうですね……そうでした」

「そんな事より三者面談の予定表は出来たんですか?」

「……何故それを」

「副校長と話していたらその話が出ましたので」

 トントンと書類の端をテーブルに叩いて揃えると共に此方へと視線が注がれる。僕は反射的に明後日の方向へ顔を背けた。

「……怒られるのが目に見えてるのにどうして先送りしようとするんですか」

「違いますよ! なかなか時間が取れなくてですねっ」

「お昼休みに関と話す暇があるならその時に出来たんじゃないんですか?」

 そう言われてしまえば言葉に詰まってしまい二の句が継げない。流石は生徒会長。彼女の情報網は伊達ではない。

「それにそろそろ文化祭の事も決めていかないといけない時期ですよ。スローガンどうしますか? 昨年同様生徒達に書いて貰ってその中から選出しますか?」

「あー……」

 頭を抱えつつ間延びした声が出てしまう。正直なところそこまで手が回らない。

「……それは山崎会長に一任するよ!」

「……ちょっと。いきなりぶん投げないで貰えますか」

 ワントーン落とされた声音に肩が跳ねる。恐る恐る彼女を見遣ると案の定鋭い眼光で僕を射貫く彼女の姿。

「……~っ、お願いします! 山崎さんも周知してますよね?! モンスターピアレンツの恐ろしさを!!」

 四苦八苦して漸く出来た日程を生徒に配った途端返ってくる時間変更の電話の嵐。「この日は仕事で行けません」とか「既に予定があるので別日に」とか僕の努力などお構いなしで此方の言い分など一切聞く耳持たず。そうして再度組み直す羽目になるのだ。

「大変なんですよぉ……おまけに副校長に『いつまで掛かってんだ!!』とか怒鳴られるのがオチだし……」

「それとこれとは話が別です」

 それはそれはバッサリと一刀両断されてしまい思わず項垂れる。はぁ……と重い溜息が耳に届き気持ちは増々降下した。

「……ギブアンドテイクですよ」

「……え?」

 彼女の返答に顔を上げれば呆れた表情の中に妥協が見えた。僕は机を挟んで座った彼女へと身を乗り出し人差し指を差し出した。

「山崎さんの大好きなライナの新譜がもうすぐ出ますよね?! それを初回限定盤でプレゼントします!!」

「もう予約済みです」

 間髪入れずの返答に固まってしまう。すると扉の開く音と共に別の声が間に入ってきた。

「そんなのじゃ駄目ですよ先生。それなら誰でも手に入れられるじゃないですか」

 クスクスと笑い声を洩らしつつ山崎さんに「お疲れ様です」と頭を下げて席に着いたのは数時間前に衝撃的事実を公表した関さんだ。

「先輩が欲しいものだったら、そうですねー……あ、浦川先輩の写真とか?」

「……!! それは欲しいっ!!」

 途端に山崎さんの目の色が変わる。吃驚して目を丸くさせていたら山崎さんが僕のやっている事を模範し人差し指を突き出してきた。

「それで手を打ちましょう」

 僕の頬は引き攣り歪な笑みが象られた。

 果たしてこれは妥協案になったのだろうか……?



「……あ」

 放課後、生徒会の話し合いも終わり職員室で黙々と三者面談の日程表作りをし、とりあえず一段落したところで既に誰も居なくなってしまった学校を出ようかと思い巡らせながら背伸びをしたと同時に突然扉が開く。自分以外にこんな時間まで人が居たとは、と驚きつつも扉の方を注視すれば部室の鍵を職員室に返しに来た浦川君が居て目が合うなり彼は小さく頭を下げた。

「あ、井筒先生。遅くまでご苦労様です」

 品行方正、という言葉がピッタリな振る舞いと老若男女問わず好まれるであろう朗らかな笑顔と口調に感心してしまう。

「有り難う御座います。浦川君は部活ですか?」

「はい。と言っても流石に他の部員は帰らせましたけどね」

「……一人で練習を?」

 瞠目して問えば彼は困ったような浮かない顔をして苦笑を溢した。

「もうすぐ大会が近いのでどうしても練習しておきたくて。でも僕の我儘を彼らにまで押し付ける訳にはいきませんから」

 ……出来過ぎている。確かに完璧な人物だ。本当に裏がないのだろうかと疑問視してしまう程に。一つぐらい欠点を持っていても可笑しくはない筈だが。……常人ではないような趣味とかがあるのであろうか。

「……あの、先生?」

「あ、いえ、すみません」

 瞑想していたら不思議な顔をされてしまった。勘繰ってしまっていたので無意識に謝罪の言葉が口を突いて出てくる。が、彼は然程気にする様子もなく微笑で以て返した。

「それじゃあ先生、僕はこれで。さようなら」

「え、あっ、ちょっと待って!!」

「え?」

 僕が慌てて腕を掴んだものだから彼は目を丸くして此方を振り返る。思わずずれてしまった眼鏡を直しつつこの機を逃してはいけないと勢いのままに願望を告げた。

「一枚だけで良いので写真を撮らせて下さい!!」

 ……言ってから、しまったと思い返す。言い方ってものがあるだろう。さぁっと青くなりながら恐る恐る彼の顔を窺い見れば案の定唖然とした表情をしていて、お互い固まったまま暫しの沈黙が流れた。

 と、次の瞬間。

「…………っ、あははっ、さては先生誰かに頼まれたんですね?」

 声を上げて笑った後に彼はまるで見透かしたようにそう言った。

「あ、えっと……何故それを?」

「見てたら何となく解ります」

 相変わらずの朗らかな笑顔を浮かべ「一枚だけなら」と彼は了承してくれた。

「良いんですか?」

「構いませんよ。……ちなみにどなたのお願いなんですか?」

 その質問に携帯を出そうとしていた手の動きが止まる。

 名前を出せば最後、僕は確実に地獄へと突き堕とされるだろう。

「……すみません。内緒です」

 目を逸らして答える。そうですか、と変わらない穏やかな口調で返ってきたのでふと顔を上げる。やはり、笑顔だ。


 けれどその笑顔に裏があるように見えるのは、果たしてただの思い違いだろうか。


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