第1話
久しぶりの投稿です。生暖かく見てやってください
血と焼けた肉の臭いが渦巻く戦場。
そこには二種類の存在がある。
ひとつは生きている者。もうひとつが生きていない者。
その場にいる者は二つに一つの存在が許されているがゆえに、出来れば前者でありたいと願う者はその最後の力を振り絞ってでも一秒でも長く生き長らえようとあがき、そして自分が後者にならないためにも他者にその足枷をかけていくという同じ目的をもった者同士が互いの足を引っ張りあうというなんとも歪な場所だ。
そんな歪な場所にとってある種相応しいとも言えるこれまた歪な存在があった。
戦場に置いて防具の役割と言うのは平時に比べて酷く薄いものになる。
戦場では、意図したもの意図としないものに関わらず剣であったり矢であったりはたまた魔術であったり。
とにかく意識の外からその身に致命的な被弾を被る確率というのは跳ねあがるというものだ。
しかしだからと言って防具を蔑ろにしてしまえば、それで防げていたかもしれない命の灯火さえ無情にも吹き消そうとする戦場の風に晒す事となるので、少なくとも戦場に立つにあたっては兜であったり、革で出来ているか鉄で出来ているかの違いはあれど鎧くらいは纏っているものだ。
しかし、その戦場を己の足で駆け抜ける存在はそのような自分を守る為の物を一切纏わず駆け回っていた。
上着と呼んでいいのかわからない薄さのシャツは既に自分の切り傷からなのかそれとも自分の真横で爆散してしまった兵士から飛んできたものなのかわからない血液と泥にまみれ赤黒い斑点をつけており、履いている黒のズボンも膝や裾が破けていたり火によって煤けて穴が空いている。
いわゆるカッターシャツと学ランズボンというものだ。
そんな戦場とは無縁どころか明らかに異質な姿の青年は自分の真横を飛んでいく矢に身体をびくつかせながらそれでもなお戦場のとある場所を目指して駆ける。
「女神の、くそったれめぇぇぇぇぇ!!」
自分をこの世界に連れてきた女神に悪態をつきながら。
******
体育祭に文化祭と何故にこんなに秋口にイベント事を詰め込むのかと、昨年も同じ事を思ったなと思い返しながら頭にタオルを巻いて足場が組まれた高所にある『文化祭』もかかれた木製看板の枠組みに釘うちをしている青年はふと空を見上げた。
そこには放課後と言うこともあり日がだいぶ傾き茜色に染まる空とそこに浮かぶいわし雲がすっかりと季節が秋になった事をを感じさせていた。
それでもまだまだ日中は暑い日が続いており、外での活動をする時には学ランを脱いでカッターシャツでいることも多い。
暫くぼんやりと空を見上げていた青年の足元から不意に声がかけられた。
「じーん!そんなとこでぼうっとしてたら足踏み外しちゃうよー?」
そんな声に足元に視線を向けると、そこには首にタオルを巻いた幼なじみがこちらを見上げていた。
「あー、声が聞こえる割には姿が見えないが……どうやら空耳かな?」
「うっさい!誰が豆粒を通り越して微生物みたいに小さいのよ!このうすらでか陣!!」
「そこまでいってねぇよ!濡れ衣だよ!」
憎まれ口を叩きあう二人。
背の小ささにコンプレックスを抱く幼なじみを見下ろしながら、陣はふと視界の端に動く影に気づく。
それは自分とは反対側ーー文化祭の看板を釘うちしていたもう一人の生徒が足元にあった工具を踏んでしまい、その拍子に捕まった看板が重さで割れて落下していく姿を。
いくら木製の看板といえど、その大きさから重量も意外とあるし、なによりこの設置している高さも6mを越える高所であり、頭部に直撃すれば無事では済まないどころか最悪の場合も考えられる。
「さゃ、ーーぁ」
陣は慌てて下にいる幼なじみ、沙耶に声をかけようとするが、そこで一瞬の迷いを持つ。
ーーこのまま声をかけても間に合わない。
そう感じた陣は後先のことなど考えず自分の立つ足場から飛び出し、そのまま落下していく看板に飛び蹴りを放つ。
昔から運動神経に優れていて、部活には所属していないもののその能力から各運動部の助っ人を任されていた陣の飛び蹴りは、見事落下していく看板を横から蹴りつけ幼なじみの安全を確保出来た。
しかし、いくら運動神経に優れようとも悲しいかな、人間では空を自在に飛ぶことなど叶わないことであり、それは陣にとっても同じ事だった。
足場の高さは6m。その高さだと頭さえ打ちつけなければ骨折程度でなんとかなったのかもしれない。
そこに例えば、門の鉄柵が無ければ。
激しい落下の衝撃に陣は意識を持ってかれそうになるがそれは腹部に感じる熱さによって妨げられる。
見ると自分の体の中心あたりから門の上部にある飾りの鉄柵が貫通し血を滲ませていた。
はじめは熱さと誤認識していたそれも視覚に入ってしまっては正しいものとなり、その痛みを脳に伝えてくる。
陣も過去に大きい怪我をしたことがない訳ではなかったが、それでも日常ではありえない自体にあるためか、それとも貫通による内臓の損傷があったからか。
激しい痛み堪えられず出したうめき声と大量の血液と共に胃の中のものを嘔吐した。
激しい痛みと共に襲いくる酩酊状態に半ば意識を手放しそうになる陣の虚ろな瞳に涙を流しながら何やら大声を出している幼なじみの姿が見えた。
(そんな大声だすなって……こっちは腹に穴が空いてゲロまみれだぞ。こっち見んな、まったく)
騒ぎに集まってくる人々と、遠くなる意識の中で聞こえてくる幼なじみの泣き声。
(あぁ……まぁでもよかった……沙耶が無事……で……)
そこで陣の意識は完全に闇へと落ちていく。
矢内高校二年、芦高 陣は17年の生涯に幕を閉じた。
「ーーというのが貴方の人生の終着点でした!デッドエンド!エンドナンバー13!」
「うるせぇよ!人の散り際をギャルゲーかなんかのシーン回収みたいに言わないでくれますぅ!?」
おちょくるような物言いの金髪美女と、何故か全裸な陣は白い部屋に居た。
部屋は壁も床も天井も一切の色なく白であり、いや、もしかしたら壁や床や天井と思っている物は実は存在せず、再現なく白い空間が広がっているだけなのかもしれない。
そんな空間に、陣は気づけば横たわっていた。
目覚めは最悪で、重く鈍い頭を振りながら自分が意識を失う直前の事を思い返してーーあ、腹に穴が空いたんだったーーと間抜けな声を出すと共に自分の腹部を見つめるとあった筈のものがなかった。
そう、腹部に深々と刺さり空いた筈の穴と自分の衣服が。
「ようこそ、《世界の狭間》へ。私はここの管理人であるヘラと申します。こう見えて私、女神なんですよ」
不意に背後から聞こえてきた声にそちらを向くと、ウェーブがかった長い金髪に月桂樹の冠を携え、白い絹の様な衣を纏った美しい女性がウィンクしながら立っていた。
そして、自身の最後をまるでギャルゲーのバッドエンドの如く説明された先程の場面に戻る。
「で、その女神様がなんで俺をこの部屋に?あと衣服とかありません?正直、女神様といえど女性に対してマイサンをむやみやたら晒すのは羞恥心があったりするのですが」
「貴方様の愛に対する献身的な行為、その美しい事故犠牲に心を打たれた私が死に瀕した貴方様をこの世界に連れてきた訳でございます」
「あー、丁寧なご説明ありがとうございます。で、衣服をですね」
「そして貴方様には新しい生命を授けたいと考えております。しかし、一度その世界で命を失った者をもう一度その世界に戻すことは難しいのです……」
「あ、これアレか。ゲームのNPC的なアレで、話通じねえやつだ。なら好き勝手言ってやろう。やーいやーい、女神様のおっぱいバインバインホルスタイぐべばっ!?」
両手でおっぱいを持ち上げる動作をしながら間抜けな物言いをしていた陣の顔面がぶれてそのまま地面に叩きつけられ三回転ほど縦回転して止まる。
そして先程陣が立っていた場所には、慈愛の笑顔のまま陣の即答部を打ち抜いた手刀を構えたヘラの姿があった。
「ーーそして貴方様には新しい生命を授けたいと考えております。しかし、一度その世界で命を失った者をもう一度その世界に戻すことは難しいのです……」
「ーーはい、女神様。同じ説明を繰り返させてしまい申し訳ございません。それで恐らくこう尋ねたらいいと思われますが、なぜ元の世界に戻れないのでしょうか」
take2をやり直すことになった陣は流れ出る鼻血もそのまま全裸で正座をしてヘラの話を聞くことにした。
ヘラも先程のことは無かった事とし、最初から説明を始める。
別段最初から始める必要もないのでは?もしかしてマジでNPCじゃないよな?と不安が陣の頭を過ったが、余計な事を言ってまた魂を打ち砕く凄まじい手刀を食らいたくはないと黙って話を聞いた。
「はい……それはこちらを見ていただければと……」
ヘラは申し訳なさそうな表情でそう言いながら指先で何もない中空に円を描くと、それは鏡のように光って何かの映像を写し出した。
そこには赤。真っ赤に染まる光景で、それを見せられた陣も何の映像か判別出来ず頭を傾ける。
「こちらは現在の陣様の肉体視点をお借りしました生中継でございます。あ、どうやら佳境に入ったようですね」
「は?生中継……んんん?まさか……」
「はい。御葬儀を終えられました陣様は、祭場に隣設されております火葬場の方で」
「はい!わかった!わかりました、もう現世に帰るのは諦めます!はいはい、もうこの話は終わり!終了!!」
現代日本において死亡から葬儀、火葬、納骨は割と素早く行われる。
陣が死亡してからどのくらいの時間が経って目が覚めたのかはわからないものの、既に自身が帰るべき肉体というものは超高温の炎により灰と骨になってしまっているわけだ。
そんなものに帰ったところでただの妖怪に成り果てる訳で、そうなると待っているのは都市伝説となるか、掃除機を携えたゴーストをバスターする集団に愉快に退治される、もしくは寺生まれの○さんにハァーーーッ!をされて成仏するか、である。
どの結果になろうともろくでもないことが待っているのは間違いない。
「で、女神様。俺に新しい生命をくれるってことですが、それは転生ってことです?これでも自分なりのこの身体は気に入っておりまして……」
スポーツ万能で高身長の陣はその爽やかさと、両親の顔だちに恵まれたこともあり割とイケメンである。
余談であるがそんな男として非常に魅力的な存在である陣は当然女の子からも告白されるようなイベントーーが真実あったのだが、そちらはなんの因果か。
陣は恋愛ゲームやアニメ、ラノベ等のサブカルチャーに傾倒している事からくる生身の女性からの好意に一歩警戒ラインを引いてしまう悪癖があり、間違っても「ハーレムフラグきたー!」なんて思うこともなく寧ろ、「これはあれだ、誘いに乗ったら実は死亡フラグど真ん中なんだ……」と次から次へとフラグをへし折っていくへたれフラグブレイカーであり、気軽に話すことの出来た女子はというと幼なじみの沙耶か妹の舞くらいであった。
まぁそれはさておき。17年間付き合ってきた自分の肉体ともおさらばしてしまうのはなんとも寂しいものであると思ったのだ。
「それに関してはご安心ください。生前の肉体を復元してそこに陣様の魂を授けます。また、今後生きていく世界は元の世界よりも過酷な環境にありますのである程度の強化もこちらでさせていただきますわ」
「そりゃあ助かります……ん?あれ?肉体を復元出来るなら元の世界に……あ!いやいやいや、嘘です嘘です!そんなことできないんですよねー!わかってますよ!だからその構えた手刀を下ろしてーー!アバーーーッ!!」
「こほん……では、あとはそうですね。せっかくの転生ですし、何より私が連れ出したのに直ぐに死んでしまうとは情けない状況は避けたいのでなにか望む力を一つ授けましょう。何がいいですか?」
「すっげぇざっくりした感じなんだな……うーん、少しだけ考えさせてください」
アニメやラノベに傾倒していた陣であるからに、異世界物というのに憧れはあった。
勿論そこにあるチート能力についても日々どういった能力だったらと妄想にふけっていたのも確かだ。だからこそ、いざこうやって授かれるとなると頭を悩ませる。
「うーん、時間の巻き戻りとか非常に魅力だけどその結果死んだら巻き戻りとかにされたらそんなん俺の豆腐メンタルだと心が死んじゃうし……かといって魔法創造とかだと楽しそうだけどなんかめんどくさそうだし……あ!女神様、転生先ってあの、剣と魔法の世界ってやつですよね?」
「そうですね。陣様の過ごしてきた時代よりも生活水準はもう少し遡ったあたりで、武器を使ったお仕事も多いですし人々は魔術を生活の中に取り入れてますので、生活水準自体も低いわけではありませんわ。むしろある点だけなら陣様の時代より進んでいる部分もあるくらいです」
陣はほっと安堵の溜息をついた。
これでチート能力を戦い全振りにしたのに元の居た世界のようにそこまで戦いに関係ない世界だったら意味の無いものになると考えたからだ。
まあそれならそれで実は活躍の場など腐るほどあるのだが、若干浮かれ気味の陣は気づかないし気づく必要もないだろう。
「ーーいよっし!決めた!決めました!俺が欲しい能力は『武器に愛される能力』です!」
「まぁ!愛される能力だなんて、愛の為に生きて散った陣様にとって相応しい能力です。素晴らしいですわ!」
涙を浮かべながら称賛するヘラを見つつ陣は内心で打算まみれに決めた能力を誉められることにばつが悪くなっていた。
陣が考えた能力『武器に愛される』。これはとあるラノベのチートキャラがどんな武器を持っても使いこなし、その力を持って無双していたのを読んで強く心に残っていたから選んだだけであり、別に武器を愛したり愛されたりするつもりも毛頭なかったのだ。
「では、陣様には『武器に愛される』能力を授けましょう。それと、その愛されるべき武器が近くにあった方が何かと良いでしょうからなるべく武器の多い地点に転生させましょう」
「ありがとうございます女神様。なんか至れり尽くせりで……」
「いえいえ。では、陣様改め、女神の使徒ジン・アシタカよ。その身に加護を持って世界を救う旅にでなさい。向かうは《リーファクト平原》……で行われている合戦のど真ん中……」ボソリ
「は?はぁぁぁぁぁ!?」
陣は耳を疑った。まず女神の使徒なんて初耳ワードもさることながら、世界を救う旅。これもツッコミたい。
しかし、さらにその後ヘラが聞こえるか聞こえないか程度の声でいった合戦のど真ん中。つまりいきなり戦場に飛ばされるということに他ならない。
「ちょ、ま、てめぇぇぇぇ!!」
「それではジンよ、良い人生を!!」
「くそったれぇぇぇぇぇ……」
煙に巻くように自身の身体を光で包み込み送り出すヘラに、野菜の王子様顔負けの遠吠えを投げ掛けるジン。
その光が大きく輝いて消えるとそこにはジンの姿はなく、女神であるヘラだけが立っていた。
「本当に、本当に申し訳ないと……でもどうか、私の世界を、私の子らをお救いくださいませ。陣様……」
その瞳から流れる真実の涙を見守る者はもうそこには誰もいなかった。
お読み頂きありがとうございました。
次回更新は11/17の夕方予定です!