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咲いたクチナシの代償

作者: 深流 紅葉

「学校、遅れるよー」

 幼馴染の声が、外から聞こえる。今行く、と声を張り上げて、急いで玄関を開けた。

「うわ、今日もひっどいね、寝癖。」

 はねまくっている髪の毛を指摘すると、頬をふくらませてひどいな、と言う。

 中学校に入って急に身長が伸びだした幼馴染である祐介とは、いつの間にか見上げてちょうど目が合うようになっていた。


 仙崎みさと、十四歳。私は今、途方もなく不毛な片思いをしている。


 始まりは、簡単だ。幼馴染なら、相手のことが相当嫌いでない限り珍しくはないと思う。一緒にいたら、好きになった。親同士も仲がいい私たちは、しつこいほどにお揃いのものが多かった。

 でも、決定打は幼馴染であるということではなかった。

 前からなんとなく好きかもな、という気がしていて、友達に冷やかされ告白をした。それが去年のできごと。結果は、そういう目では見れないって見事に玉砕。落ち込みもしたけど、元々がなんとなくだったせいで直ぐに立ち直った。

 それは問題じゃない。断じて。振られてから本気になった、なんて、それはない。春、桜が舞っている裏庭を横目にそれは起こった。結局あれは勘違いで、普通の友達、という関係に戻って落ち着いて、それからのことだった。

 クラスが同じになって、移動教室も一緒に行動していて。窓が、空いていて。タイミングよく風が花びらと一緒に入ってきて。

 突然足を止めた祐介に驚いて、横顔を見上げた瞬間だった。

 正面を向いたまま驚いたような顔をしてかたまり、徐々に頬を朱に染めていく。フワリ、と、雄輔の髪を風がいたずらになでていった。ドクン、と、心臓が跳ね上がる。

 最悪だった。私たちは、同時に恋に落ちた。なにも、恋をするタイミングまでお揃いでなくてもいいのに。

 私の視線の先には、祐介が。そして、祐介の視線を追うと。

 同じように、黒い髪を桜色の風に乗せて。裏庭の景色を見て顔をほころばせている女の子が、窓枠に手を添えて佇んでいた。


 ―――そう、不毛な理由は、単純すぎる。

 私は、一目惚れをした瞬間の祐介を見て、好きになってしまった。今更幼馴染に一目惚れもどきとか、ふざけてるって思う。

 だけど、その瞬間は、私を確実に落としてしまったのだ。



「今日、1時限目ってなんだっけ?」

「んー、数学だったと思う。」

「あー、めんどくさいなぁ。」

 一時間目から数学なんて、脳が早くもショートしてしまいそうだ。

「苦手だもんね、数学。国語はあんなに得意そうなのに」

 そう言って笑う祐介は、数学が得意分野だ。私と逆。

 うるさいなぁ、と返そうと思って口を開いた途端、祐介が、あ、と声を上げた。

「沢口さんだ」

 頬が緩んでいくのを見て、私は苦笑いした。

 沢口さんというのは、祐介が好きになった女の子の名前だ。頭は優秀、スポーツ万能、黒髪美人。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、とはよく言ったもの。非の打ち所もない、一周回ってかっこいい、というのが私の印象だった。

「声、かけてくれば?」

 叶うはずはない。何をしたらいいのかなんてわからない。だから、せめて祐介に嫌われないように振舞うだけ。

「うん、ごめん、先行くね!」

 先をすたすたと歩いていく沢口さんを、祐介は小走りで追いかけていった。

 いつもどこかぼんやりして男らしくない行動をする祐介。少し意識すればもっとモテると思うけど、それを言わないことくらいは許して欲しい。

 私はため息をついて、学校への道を急いだ。



「み、みさとぉ」

 リビングで本を読んでいたところに遊びに来た祐介は、へなへなと床にしゃがみこんだ。一体どうしたのだろうと本から目を移すと、祐介ののぼせたように赤い顔。

 あ、嫌な予感。

「こ、っ、今日、沢口さん、と、遊ぶ約束、してきた!」

「ええ!?」

 噛みっかみでの報告に、私は驚いて聞き返した。だって、沢口さんって言ったらドライさで有名だから。

 話しかけられても、基本的に返事をしない。告白で呼び出されても、振る振られる以前に「あんた誰?」と聞き返すなんて噂もあるほどだ。見た目だけあって、もちろんほうっておかれるはずがない人だ。それだけに、いろんなところから反感を買っていた。

 そんな、沢口さんが? いや、そりゃあ焦りますでしょ?

「でも、僕が友達、連れてくって言っちゃったんだ。」

 一緒に、来てくれない?

 普段から少し潤んだように見える目をさらにうるうるとさせて、上目遣い。おかしいと思う? 私は、祐介に頼られると弱いのだ。

 よく言うでしょ、先に惚れた方が負けだって。

 ふう、息を吐きだして、「いつ?」と問えば、不安げに揺れていた瞳がキラリと輝く。

「今週末、土曜日の午前中! 時間帯とかは、明日話そうって!」

 予定もないしいいよ、というと、ぱぁぁぁと音を立てる勢いで笑顔になる。

「映画とか、かな。カラオケのほうがいいのかな。歌とか歌うかな―――。」

 あれ? ピンとたった耳とブンブンと揺れるしっぽが見えた。うーん、目の錯覚って怖い。


「はじめまして、仙崎みさとです。よろしくね」

「・・・沢口瀬奈。よろしく」

 とりあえず、と切り出した自己紹介だった。うーん、ドライさは健在なのですね・・・。

 なんで二人で自己紹介することになっているかというと、これもあいも変わらずバカ祐介のせいだ。

 『寝坊しちゃって、沢口さん一人で待たせるわけにいかないし、先に行ってて!』なんて、ベランダ越しに叫ばれたのが今朝のこと。ちなみに、ちょうど出かけようとしていたところだった。時間ギリギリ。『なんで寝坊しちゃうかな? 楽しみだったんでしょ?』と言えば、『ワクワクで眠れなかったんだ、許して!』と帰ってくる。小学生か、お前は!

 それで、聞かなきゃ良かったと思いながら待ち合わせの駅前に来て、沢口さんに声をかけたところだったのだ。

「えーっと・・・、き、今日、何歌う?」

 今日は結局カラオケになった。祐介並みにどもったのは許して欲しい。

「別に、なんでもいい」

 どう言う意味ですかねぇ・・・?

「どんなジャンルの曲、歌える?」

「知らない」

 祐介、沢口さんのどこが好きなんだろう。

 話題もなく黙っていると、祐介が走ってやってきた。

「遅れて、ごめっ、寝坊した・・・。へぶっ」

 息を切らして走ってきたかと思うと、ちょっとした段差に引っかかって顔面からこけている。あーあ。

「痛い・・・」

「そりゃそうでしょ。」

 様子を見に近づくとぎこちない動きで立ち上がった祐介は、「遅れてごめん」と沢口さんにもう一度謝った。

「別にいい」

 祐介に対してもドライなんですね、やっぱり。

「あ、あと、僕の幼な」

「さっき、聞いた」

「そ、そうですか・・・」

 ・・・うん。

「とりあえず、移動しますかー。」

 言葉を遮られてあわあわとしている祐介を促して、私は歩き始めた。



 駅前の、カラオケ店に入る。私たちが通う学校は、ある特定の店舗だけ出入りを許可する体制をとっていて、ここもそれに含まれている。ハメを外すなら目の届く範囲で、ということらしい。

「えっと、ささ沢口さん。」

 カミカミの祐介を沢口さんは一瞥した。返事はしない。

 責めるとかではなく、単純に思った。―――この人、何しに来たんだろう。

「飲み物、な何がいい?」

 やっぱり返事がなく、流石にかわいそうなのでフォローに私が飲み物を挙げる。

「コーラとか、アイスティーとか、ソーダもあるよ。どれがいい?」

 少し間があって、スッと沢口さんの手が動いた。私の方を指差して、同じの、とつぶやくように言った。

「え?」

「この人と、同じのでいい。」

 耳を、疑うよね。そりゃあ。あと、名前・・・。

「そ、そうですか。それじゃあ、レモンティーにしておこうかな」

 コクりと頷く沢口さんを見て、祐介が微妙に面白くなさそうな、そんな顔をする。

「じゃあ、僕も・・・。えっと、レモンティー三つ」

 フロントに電話をかけている祐介を横目に、沢口さんを見る。

 ううん、私も複雑な心境。

 それに沢口さん、ドライっていうのとはちょっと違う?



 入店して、三十分くらい経った。祐介がトイレに行っているあいだに、狙っていたかのように沢口さんが口を開く。ちなみに、なぁんにもお歌いにならないんですわ、この方。私が歌うのもばからしいけど、祐介は沢口さんの前だと活舌が悪すぎるし。

「ねぇ」

「な、なに」

「なんで私も?」

 ん?

 少し慌てて顔色を伺ったけど、面白くないとか、そういう表情じゃなかった。

 どうしてあなたが呼ばれかのか、確かに疑問だよね~。うん、そうだよね~。

「それってどういう?」

「予定ないから来たけど、北見くんともそこまで仲がいいわけでは・・・」

 北見・・・は、祐介の苗字か。一瞬誰かと思った。確かに、私に関しては初対面なんだもんね。

 それにしても、本当にわからないんだな。不思議そうな顔しちゃってさ。別に、羨ましくはないけど。

「一緒に遊びたかったんじゃない?」

「そっか」

 納得したのか、していないのか。またコクりと頷く沢口さん。

「あ、そうだ。名前で呼んでもいい?」

 会話が切れる前に、と、追加で付け足した。

 友達は、普通に欲しい。あと、ちょっとだけ邪魔したいっていうのもある。

「ん?」

「沢口さんと友達になりたいし。私のことも、名前でいいから」

 提案すると、頷く。

「それじゃあ、よろしくね。セナ、でいいかな」

 頷いたあと、戸惑ったように聞かれた。

「名前、・・・なんだっけ」

「みさとです・・・」

「みさと」

 ケータイを取り出すと、おもむろに打ち込み始める。ちらりと見ると、メモ帳だった。私の名前を打ち込んでる。なんとも複雑だ。興味がないとかだったら、単純にへこむ。

 流れでメールアドレスとか交換して、終わってから祐介が帰ってきた。ご愁傷様、もう少し早く帰ってくればアドレスしれたかもしれないのにね。言わないけど。

 そのあと、結局沢口さん改めセナは結局歌は歌わなかった。なんとなくしょんぼりしている祐介とセナのあいだで気まずかったので、私は飲み物の追加と歌うのとで忙しいふりをしてた。

 あと、一番大変だったの、帰り道ね。

 祐介は、二人になってから開口一番、ずるいとのたまった。

「沢口さんと、僕はあんまり話せてないのに」

 ずるいなんて、どの口が言うのか。石を蹴飛ばす祐介は本日の状況がお気に召さなかったようだ。

「私もそこまでたくさんは話してないよ?」

「いや、話してた!だって、沢口さんがだれかのこと名前で読んでるの、聞いたことない!」

 そんなにつきまとってたのか。

「いや、祐介だって私のこと名前で呼ぶじゃん。そんなもんでしょ」

「そういうんじゃない!」

 祐介が言っているのは、きっと帰り際のことだろう。

 セナが私に、駅前で別れる時にちょっと振り返って、肩のあたりに手を持ってきて控えめに振りながら小さく言ったのだ。『バイバイ、みさと』と。うつむき気味で、上目遣いになって。

 うん。まあ、可愛いよね。相当。男だったら好きになるくらいにはさ。こういうところかぁ、って思った。私の後ろで祐介を含めた数人が息を呑む気配がしたもん。見たくなかったから確認はしなかったけど。

 そして、ドライさはどこに行った! はじめのドライさは?

 で、さらに悪いのは祐介への挨拶が会釈とも言えないような小さいお辞儀だったこと。

「でも、良かったじゃん。一緒に遊べたんだし」

「それは。でも、あんまり楽しそうじゃなかった」

 歌をあんまり知らないようなふうに見えたけど、祐介はそうは思わなかったらしい。

 犬の耳がペシャリと頭について、しっぽは力なく地面に向かってたれている。ように見える。ううん。

 そうこうしてるうちに、家に着いた。なんだかんだ言いながら家に入っていく祐介は、見ているとなんだか、ああ、幼馴染なんだな、と思う。

 うまくいかないね、お互い。


 

「学校、遅れるよー!」

 いつからか恒例になったこの呼び声。今日は私の声だ。こんな時、やっぱりお決まりのように聞こえてくる音がある。

 ダ、ダ、ダ、ダ、ズドン、ガスン、ドサッ。

「イッタタ・・・。ごめん、遅れて」

 何の音かは聞かないでおこう。そして、相変わらずふよふよと頭の上で揺れている寝癖である。気づいてないのか不思議だから、これも恒例。

「今日も、相変わらずの寝癖だよねー」

「うるさいなぁ」

 こんな会話を繰り返していたら、学校につくのが普通の流れだ。

「あ、沢口さんだ!」

 そして、最後の恒例。だんだんと登校中の道で待っているようになったセナは、私たちに向かって小さく手を振った。

「おはよう、みさと」

「うん、おはよ」

「沢口さん、おはよう!」

「・・・おはよう」

 やっぱり、祐介には控えめというか、あまり話さないんだけどね。逆に、祐介はあんまり噛まなくなった。

 幼馴染(好きな人・玉砕済み)の想い人は、私に大いになついております。はあ、複雑です。

 だって、勘違いしないでね。私、これでも祐介の恋を応援しているんですよ。変に期待してそわそわするより、祐介の嬉しそうな顔が、やっぱり一番だと思うから。早くくっつけばって思ってる。

 でも、邪魔したいっていうのももちろんあれば、実際に二人のあいだにいるのは私、みたいな構成になっちゃってて。

 今日も、祐介の反対側、私の隣に来たセナは、どことなく嬉しそうに今日も美しく歩いている。綺麗さ・可愛さ、健在。ただ、第一印象と変わったところがひとつ。

 ドライさは、ログアウトしています! 今だって。やっぱり嬉しそうな表情が気になって聞くと。

「今日、なんだか楽しそうだけど・・・、何かあったの?」

「放課後久しぶりに暇なの」

 偏見、なのかなぁ。はじめは冷たく見えた黒い瞳は、よく見たらずっと純粋だった。

 あ、久しぶりっていうのは、両親が共働きだそうで、弟の面倒を見ているかららしい。詳しく話してくれたことはないけど。

 暇なの、といったきり何も言わない割にはやたらと促すような目をしてくる。ので、私は言うのだ。

「だったら、もしよかったら寄り道する?」

 コクリ、ゆっくりめに頷いたセナの表情はあんまり変わらない。でも、少しでも仲がいい人ならわかるだろう。すごい勢いで頭の周りに花を飛ばしていることを。もちろん、錯覚だけど。

 祐介の羨ましそうな視線を感じて、祐介も一緒でいいか聞いた。少し不思議そうな表情をしたセナは、本っ当に鈍い。




 カラン、と、店の入口でだれかの来店を知らせるベルがなる。いらっしゃいませーと、声が飛んだ。

「今日、授業で解けてない問題で当てられちゃって」

 放課後。寄り道するための放課後である。もっぱら、話しているのは私だけど。そして、祐介は不在。急に先生に呼ばれたとかで。

 某ファストフード店。カウンター席に座るのは、私のお気に入りだからだ。

 相槌を打つように時々縦に揺れるセナの頭は、立ち上がって横に並んだ時よりも下にあるように思う。要するに、座高低い! 足長い!

「わからないからアワアワしてたら、前に座ってた子が先生にバレないように答え見せてくれて」

 コクリ、セナが頷く。 

「答えたら、間違ってた」

「ふふ」

 あ、声に出して笑うなんて、珍しい。

「感謝すればいいのか、どうなのか・・・。となりの友達笑いすぎてお腹がつりそうだったとか言うし」

「友達、多いね」

 少し羨ましがるような音を乗せて、セナが言った。

「そうかな」

 クラスのちょうど平均的な立場にいる私は、確かにたくさんの人と話すかもしれない。でも、そこまで感心することじゃないはず。

「いいな、私、少ないから・・・」

 目を瞬かせる。こんなに美人だもん。友達になりたがる人も多いと思うのに。

「自分から話しかければ、すぐできると思うのに。」

「・・・苦手なの。人が、話すのも」

 おもむろに机に突っ伏すようにうなだれて、腕の上に顎を乗せてセナはため息をついた。目の前に置かれているアイスティーのカップを、細く整った人差し指がつついた。中で氷が揺れる。

「そんなことないと思うけどなー。私とも、普通に話せてるじゃん」

「でも、遊べる日少ないし、みんな放課後の約束してるし、話しかけづらい」

 確かに、セナは口下手なところがある。できるだけ文字数を減らしているのか、無意識なのか。できるだけ短くしゃべろうとするから、初対面だと冷たい印象が強かった。

「そっか・・・」

「いつも、ありがとう」

 また、唐突だな。ビビるけど、嬉しい。祐介が聞いたらきっと気絶するかもしれない。不意打ちに強い人間なんて、なかなかいないと思うし。油断している時に来るから、不意打ちだったはずだし・・・。

 とりあえず小さく、こちらこそと返す。こっちばかり照れくさいのは、なんだか少し悔しい。私も、こういうこと普通にできたら持てるのかな・・・。

「・・・本当は、北見君にも感謝してる」

「そうなんだ」

 お? 喜んでいいのか、これは・・・?

「カラオケ誘ってくれなかったら、みさととも仲良くなれてない。」

 そっちかー・・・。

「でも、男子は苦手」

「あー、うるさいし?」

「それはいいの。なんか、怖い」

「ふーん・・・」

 何かあったんでしょうかねえ。もしそうでも、聞き出すのって失礼っていうか、不躾っていうか。

「祐介で男子と話すの練習すれば?」

 いつもは涼しげに見える目が、まん丸になる。

「ほら、男らしくないっていうか、そこまですごく男子っぽくないでしょ?」

 なるほど、みたいな顔をされる。ああ、かわいそうな祐介。

 祐介が男子っぽくないのは、私と長く一緒にいたからだ。幼稚園からずっと、下手したら生まれた時からお互いの遊び相手はお互いだったから。私は女子とはあまり遊ばずに帰ってきたし、祐介もそれは同じだった。お互いに女らしさと男らしさがログアウト。悲しいお話です。

 セナが飲み物を飲み終わったのを確認して、私は立ち上がった。

「そろそろ出ようか」

 ま、これで少しは距離も縮まるんじゃないの?

 やれやれ、なんて思いながら、私は何故か微動だにしないセナを見た。少し不服そうにまたグラスを手にとって横に振ったりしている。

「でも、」

「どうしたの?」

 少し焦って聞き返す。変に否定されたら私も苦しい部分がある。

 いつまでも好きな人の恋愛相談に乗ってあげられるほど、きっと私はお人好しではないから。

「・・・もう一個食べる」

 少し首をかしげてこちらにお伺いをたてようとでも言うように。

「あー、そっちでしたか」

「ん?」

「いや、なんでもない」

 私がまた席に戻ると、嬉しそうにメニュー表を開いてあれかこれかと悩んでいる。学校でいつも見かけるときは、大体冷静でいくつも私たちより大人に見えるのに。

 食いしん坊か、と、心の中で突っ込みを入れる。私はもう飲んで終わってしまったコップに残っていた氷を、ひとつ口に流し込んだ。




「いいなぁ」

 おもむろに祐介が言う。

「カレーに醤油をかけながら言われても」

「それ、関係ないじゃん」

 本日祐介のママさん不在により、夕飯は我が家でって感じになったらしい。よくあることだ。私の母さんはどこにいるかって? ・・・家のどっかにいるでしょ。

 食べているカレーは、親戚の家から送られてきたものだ。

 それにしても、一日目のカレーに醤油をかける祐介に私は首をかしげ続けている。二日目からがルールだと信じている私は、一度それを祐介に言ったらカレーと醤油のマッチングのすばらしさをとうとうと語られたことがある。それはもううんざりするくらいね。

「セナのこと、別に意図的にひとりじめみたいになってるわけじゃないんだからさ・・・。」

「なんで言いたいことわかったの?」

「伊達に一緒に育ってないでしょ。だいたい頭ん中読めてるんだから」

「まじか!」

 ガビーン、とかなんとか効果音を自分で付けて、楽しそうな祐介。口に煮込まれたお肉のかけらが入るたびに犬の耳が頭の上で嬉しそうに動く。そんなに美味しいかね。

「よくそれ言ってるけど、どうにもならないじゃん」

「えー?」

 祐介が、コップに注がれた麦茶の中から、器用に氷だけ口に運んだ。ガリゴリと音を立ててから飲み込み、うわ、とか言いながら頭を抑えている。

「そりゃ、氷急に飲み込んだら頭痛くなるでしょ。」

 安定のアホっぽさだ。

「それより!」

「な、なに」

 コップを机に音を立てておいた祐介に、少しビビる。流石に羨ましすぎる、とか? 散々ずるいって言ってきてるもんなぁ。

「なんでみさとまで構ってくれなくなるの?」

「へ?」

「みさとも、沢口さんも! なんか、僕だけ、まざれてないし!」

「は、はあ」

「みさとまで構ってくれなくなる必要、なくない!?」

「う、ん」

「夏だっていうのに、僕だけなんか秋がもう来てます、みたいな!」

 それは、私がセナにと一緒に話してることが増えたから自分と話してくれなくなってさみしいって意味で? 

 確かに、最近登校中の道でよく会話をするのはセナとだった気がする。祐介はそこまで話しかけてきたりしないし、今更気を使おうって仲でもないと思ってたから。今までも話しかけるのとか、話題を出すのは私だったし。

 自分から話しかけるとか本当に一切なかったから、別に気にしてないと思ってて、でも、もしかして祐介はそれなりに会話を楽しんでた・・・。というか、会話がないからさみしいって・・・。

 ヤバ、にやける。

 口角がニヤケを抑えるために込めた力で不自然に曲がっている自覚はある。私も氷を噛み砕いて飲み込んで、突き刺すような一瞬の頭痛に助けを求めた。

 顔をしかめると祐介が、人のこと言えないじゃん、なんて言ってくる。少し嬉しそうなのは、見逃してあげることにしている。

「か、会話に混ぜればいいんですか・・・?」

「なんで敬語? 会話に混ぜてっていうか、そういうんじゃなくて・・・。」

 言い方を探すように目線を上にやる祐介。

「だったら?」

 促すと、目線をカレーに戻してひとくち食べてから小さく言った。

「・・・いつもどうりでお願いします・・・」

「なんで敬語?」

 さっきのツッコミをそのまま返すと、出したばかりの風鈴が窓際でチリリとなった。


 じめじめとした暑さが迫ってくるようになって、何年か前に設置されたというクーラーが全力で教室を冷やそうと頑張っている休み時間。

「ねぇねぇ」

 本などを入れすぎて教科書を取り出せなくなった机に向かって悪戦苦闘していると、隣の席の友達が話しかけてきた。ミホちゃんだ。

「なに?」

「沢口さん、最近彼氏とあんまり一緒にいるの見かけないけど、どうしたのかな」

「彼氏? 誰だっけ」

 沢口さんの名前がさらりと出てくるのは、情報通なせいだろう。でも、それを差し引いても、セナは少し校内では有名な存在だった。身近にいるアイドル、といった感覚だろうか。

 高嶺の花、なんて嫌味っぽくも憧れてるふうにも言われている。祐介は知らないらしいけど。

「ほら、二組の龍くんだよ。」

「・・・?」

「あの、ほら・・・、一人だけ金髪でなんか浮いてる、怖い感じの人!」

「そうだっけ。」

 セナに彼氏? 

「結構前に噂になったじゃん! いっつも一緒にいるからとかなんとか。」

「へぇ・・・」

 聞いてないぞ。私は雑談を続けるふりをした。

「一緒にいるの、あんまり見ないっていうか・・・、見なくなったな、って感じ」

「デマ、とかじゃなくて?」

「いや、帰り道一緒に歩いてるの見たって人が多くて」

 セナ、いろんな人に後つけられてるんじゃないの、それ。

「へぇ、どうしたんだろうね。」

 そのあと、すぐに話題はほかにずれていった。でも、ううん、引っかかるなあ。

 帰り道、セナがいない日はお金をかける理由もなく。ここはどこかって? 図書館の玄関です。クーラーと安い飲み物と言ったら、市民図書館に限る!

「ね、祐介。セナの近くによくいる、金髪の男の子って知ってる?」

 一瞬間があって、祐介の顔にはてなが張り付く。

「パツキン・・・?」

「怖いイメージらしいんだけど、セナとよく一緒にいる? いた? らしいよ」

「なんで?」

「・・・知らん。」

「ほぇ?」

 間抜けっぽい疑問形が祐介の口からポロポロと出てくる。

 ・・・やっぱり知らなかったか。変に波風とか立てたくないけど、教えたほうがいいのか・・・。でも、確証が取れたワケじゃないし、誤解を生むのも嫌だし。

 ―――うん、黙っとこう!

「なんでもないよ。ちょっと友達から聞いただけ」

「へ・・・」

 どうしたもんか、どうやらセナのことしか目に入らないらしい。仲良くなるまでセナを見かけたっていちいち報告してきてたくせに、気がつかないなんて。しかい、どんだけ狭いのかしら。おばちゃん、心配になっちゃうわ。あらやだ奥様。

 しょうもないコントが頭の中で書き上がる。あー、不毛! 育毛剤が効かないくらい不毛だっつの!

 恋は盲目? ・・・やかましいわ!



 今朝もあの下手なコメディ番組みたいな一連の流れを経て、セナと三人で登校中。

「ねぇ、祐介。今日の宿題なんだっけ」

「え? ・・・問題集の42ページを解いてくるやつ」

「それだけ?」

「・・・うん」

「・・・理科もワークあったよ」

「マジか!」

 適当みがあふれる話題、いつも通り。先日おっしゃっていたこと通りにいたしましたよ、祐介様?

「宿題、忘れた?」

 私の横からヒョコリと顔を出すセナ。

「あ、うん。で、でも大丈夫。着いたら、直ぐにやるし」

 またまたどもる祐介。あーあ、最近少しどもるくせ無くなってきてたのに。

「祐介、いっつも宿題忘れるんだよ。メモしておけばいいのに」

「そ、そんなに言うほど忘れてないだろ? それに、昨日はそのメモを学校に忘れただけで」

「もっとダメじゃん」

 思わずペシっと肩を叩くと、セナが鈴を転がすような声で笑った。珍しい、最近増えたなぁ。少しは心を開いてもらえてるってことで、いいんだよね。

「・・・っざけんじゃねー!」

 少しほっこりしていたところに、後ろから大きな言い争うような声が聞こえてきた。ビクリと肩を震わせたセナは、さっきまでの笑い声を一瞬にして飲み込んでしまう。

 ちょっとだけイラっとして声がした方を見ると、明らか不良ですって感じのやつらが金髪で同じ学校の制服を着た人相が悪い人を相手に怒鳴りつけていた。

「さっきから、生意気なんだよ!」

 不良が拳を振り上げる。と、同時にセナが急に歩調を速めた。

「えっ? 沢口さん!」

 何も気がついてなさそうな祐介がセナを追いかける。私も、そのさらにあとを追いながら、なんとなく金髪くんが殴られないことを願った。


「・・・大丈夫?」

 祐介が何度目かの同じセリフを言った。

 学校に着くなり立ち止まって、そこから動く気配がなくなったセナを、私たちはとりあえずベンチに座らせた。学校内にいくつかある広場には、必ず端っこの方にベンチやらイスやらがある。

 そこに座らせると、やたら青い顔で唇をかんで、やっぱりそのままだった。どうしたのか聞いても、反応がいつもにもまして薄い。授業もあるし、そろそろ移動したほうがいいとは思うんだけど。

「放課後、今日は時間作れる? 何かあったならそこで聞くからさ」

 コクリ、いつもより控えめに頷いたセナを見て、どうしたらいいのかはわからないけど、とりあえず教室まで連れて行く。

 あまり来たこともない教室だ。開けると、セナになんとなく視線が集まる。あこがれやら、妬みやら。鬱陶しいし、後ろをついてきてた祐介が一瞬たじろいだほどだった。私なら耐えられないけど、いっつもセナはこれなんだろうな。

 その中で、一人だけセナに大して興味がないというか、目線を送っていない人がいた。さっきの金髪くんである。セナがおかしくなったのは金髪くんを見てからだったから、セナの視界に入りませんように、とは思った。そんなものだと言われればそうだが、やっぱり願いとは反対にセナははじめに金髪くんに目線を送った。まるで居場所をもともと知っていたように。

 ちょっと戻ってきたのに、大丈夫なのか気になった。それに、セナが一緒に至っていうのがこの金髪くんなら、何があったって言うんだろう。


 私の考えは、杞憂に終わった。セナはむしろ安心したようなため息を小さくついて、席に座っていった。

「ねぇ、なんで今日・・・」

 話しかけてから言葉につまる。どうやって聞いたらいいもんか・・・。

「いつもの店、入ろ?」

 綺麗に梳かれた髪が、風を受けてふわふわと揺れている。

 朝、あんなに真っ青になっていたのが嘘みたいに、いつものような涼しげな表情でセナは言った。

「いいけど」

 また、座るのは窓辺の席。でも、今日は店の一番奥の、少しだけ静かなところにしたみたいだ。

 注文したものが出来上がるまで、セナが席を取ってくれている。私は出来上がったものを席に持って行って、それで二人で食べ始めるんだ。

 この店は店員が客に対してそこまで過保護ではないという理由から、案外崇拝者が多い。私もそこまでではないけど、便利だとは思っている。

「はい、持ってきたよー」

 机に置いて、セナの方へファストフードが入った紙袋をお盆ごとスライドする。コクリと頷いたセナは、今日は大きめのハンバーガーにしたようだ。少し自慢げな表情をして、一口かぶりついた。

 私は女子らしく少食、というわけではないが食べる量は普通なので、セナの食べっぷりには毎回驚かされる。私の選んだものと二倍くらいありそうなハンバーガーだ。

 半分位食べてから、唐突にセナが切り出した。

「今朝の、」

「うん」

 少し驚く。あまり話したくないのかと思っていたから。

「幼馴染で、龍って名前で」

「うん」

「最近喧嘩とか良くしてて、怪我もするし、髪染めたりするし」

 心配なのか、また顔色を少し青くした。と思ったらハンバーガーを大口を開けて食べ進んだ。良くわからない。

「ホントは守ってもらってて」

「そうなの?」

「・・・小さい時から、近所に住んでた」

 ううん、やっぱり彼氏か? でも、セナはこういう話題が苦手そうなイメージがあるなぁ。聞いたほうがいいのか、やっぱり聞かないほうがいいのか・・・。

 それより、境遇が私と祐介にとても近い気がする。

「守ってもらってるって?」

 沈黙。セナがハンバーガーを包んであった紙をガサゴソしている。

 窓越しに見える道路を自転車が六台ほど通り過ぎたとき、また唐突にセナは言った。

「いじめとかの対象になりかけることが多くて。それで」

 その龍くんとやらに守ってもらってたと。セナの容姿や雰囲気から、妬みがそこにつながってしまうことも確かにあるとは思うんだけど。

 ・・・どう反応したらいいものか、軽い調子で流せる話題でもないような気がする。かと言って、重い雰囲気にはしたくないし。でも、聞いてしまったのは私だし。

 私もとりあえずハンバーガーを食べ進める。半分ぐらい終わった頃、セナがメニュー表を開いた。

「また、何か食べるの?」

「デザート」

 本っ当に読めない。

 ―――あれ? セナって、男子苦手じゃなかったっけ。その、龍くんとやらと何かあったのかな。それか、なんで龍くんだけは大丈夫なんだろう。




 ただいま、私盛大に焦っております。

 用事が重なりまして、今回は私が放課後の寄り道に参加できなかったわけなのですが。ほかの友達と帰っている途中で窓際、いつもの席で二人が座っているのが見えたのです。

「どーうしたのよ、急に固まっちゃって。」

 おーい、と、となりで友達が手を振っている。

「あ、ごめん」

 前に向き直って、ぎこちなく笑顔を浮かべる。

 同じ瞬間、向きを変えた時に見えてしまったんだよね。セナが祐介に、柔らかく笑っているとこ。

 別に男子が苦手とか、なさそうじゃん、よかった。克服したのかな、もしかして。―――私のアドバイスの通りに。


「はぁー」

 報われないなぁ・・・。うん、知ってた。でも、急にひとりっきりになった気がしてしまって、やりきれなくなった、というか。

 祐介と座る時に私がいる場所にセナが、セナと座る時に私が座る場所に祐介が座っていた。それがなんとなく、なんとも言えなかった。

 でも、応援するとは決めてあるから、ねぇ。フラれたあとから好きになって、その瞬間が最悪なんて、いくら頑張ろうともなんともならない。

 無駄にあがいて嫌われるよりも。将来ずっと大人になった時に、そんなこともあった、と笑いあえる関係でありたいんだ。恋は気の迷いとも言うし、きっと、多分いつかは終わってくれるんだから。

 恋愛感情を持つ前も、祐介は私の中でとても大きな存在だったから。失いたくない。一生の友達、幼馴染。これが一番だって思うんだ。

「ただいまー」

 少しウキウキとした祐介の声が、ベランダ越しに聞こえてくる。

「おかえりー」

 いつものように返して。

「放課後デート、楽しかった?」

 冷やかしのような言葉を投げた。

「で、デー? ち、違うよ! そな、滅相もない」

「どもりがすごいな」

 セナと一方的だけどおしゃべりしたり、変な喋り方をテンパってする祐介に、ツッコミ こんな日々が続けばいいと思う。


「うあー、夏休みだー」

 祐介が暑さに押しつぶされたような声で言う。セナがコクリと頷いた。祐介は廃部になりかけの部活動に入ってるし、私もセナも帰宅部。ただの休日が続くような、そんな夏休みが始まりかけている。

「ほら、あげるよ」

 帰り道、ちょっとした寄り道だけだったら時間があるというセナに合わせて、今日は公園のベンチです。

 私は、何故か四本セットでしか買うことができないサイダーを一本ずつ二人に渡す。最近コンビニとかでは見かけなくなって、昔ながらの駄菓子屋の店頭で手に入れたものだ。

「お、どもども」

「ありがと・・・」

 ほぼ三人同時に蓋を開け、飲み干した。自分もそのうちのひとりではあるけど、傍から見れば変な光景だろうな、と考えると楽しくなる。

 ・・・さて、残りの一本どうしようか。ま、とりあえずカバンにしまうか。

「夏やすみって言ってもさぁ、宿題あるし休みに入るのかなぁ」

 間延びした声で、まだ祐介は夏休みの話題を出す。

「でも、最初のうちにやってしまえば相当遊ぶ時間ができるじゃん。休みに変わりないよ」

 理由がわかってるいから、私もその波に乗っかる。揃って勉強が嫌いな私と祐介に、ほかの勉強をするという選択肢はない。

「それにさ、夏祭りもあるじゃん!」

 昨日、ベランダ越しにいつものようにうだうだと話していたんだ。

 沢口さんを夏祭りに誘えないかな、と祐介は言った。私が一緒に行く前提の話し方に少し嬉しくなりながら、普通に呼べばいいんじゃない、と返す。自分が言いだしたくせにうだうだと無理だだのなんだのというから、私が呼んでドタキャンすればよくない?と勢いで言い返した。そしたら、呼んでくれるのは助かるけどみさとがいないのは嫌だと大真面目に言われて、私だけ赤面したのを覚えている。

「夏祭りかぁ。そういえば花火も上がる予定だよな・・・。」

「そうだ、セナ。一緒にお祭り行こうよ! なんか、祐介とだけ一緒に行くのは飽きちゃったし」

「ひどっ!」

「ね、セナの予定が空いてたらでいいから!」

 セナは微笑んで頷いた。

「やった!」

 私は、普通にセナとも一緒にお祭りに行きたくて、偶然祐介は毎年一緒に行く習慣みたいのがついてて、それだけ。

「花火、上がるといいね」

 珍しく相槌を打つような言葉をセナが言うあたり、喜んでくれてるのかな、と思う。

「去年は雨降ったもんね。」

 今のところ予定もなさそうだし、よかったね、祐介。なんなら告白のチャンスじゃん。もしそうしてくれって言うなら、買い物かトイレかで私だけちょっと抜けてもいいし。頑張ってね・・・。




 待ち合わせ場所とか決めて、時間とかも決めて。夏祭り、とうとう今日の夕方からになってしまった。

 朝からいつもより活気づいて街が見える。浴衣とか準備して、セナが着たことないというので、ウチから貸すことになった。昨日会った時に渡しておいた。

 毎年浴衣で祭りに行くっていうのは、もう死んでしまったけど、おばあちゃんのこだわりだった。地域のイベントに地元の住民がやる気を出さなくてどうする、なんて言っていた記憶がある。

「きゅうり切り終わったよ」

「うぁーい」

 そして、祐介が朝から我が家に居座っている。朝おきて、着替えて、下に降りたら居た。顔洗ってなかったけど、ま、今更だろ。

「次切っといてよ」

 祐介の手にハムをのせる。

「りょーかい」

 昼ごはんに軽く冷やし中華を食べて、祭りに行くのも毎年恒例だ。理由は特にない。強いて言うなら、お祭りで買い食いをたくさんするからお腹にたまらないものを、ってところだろうか。

「そういえば、なんでいるの」

「えっ? ・・・なんでだろ」

「知らないんかい」

 ツッコミを入れていると、リビングの方からお母さんの声がした。

「今回、祐介くんの家がお祭りの自治会の屋台の係なのよ。ヨーヨー釣りだそうだから、途中で行ってみるといいわ」

 ふーん、と、納得したように祐介が頷いて、私はもう一回、知らなかったんかい、とつっこんだ。

「夕方五時だったよね、待ち合わせ」

「うん、公園の時計んところ。混んでないか心配なんだけど、大丈夫かなぁ」

「へーきでしょ。迷子になる年じゃあるまいし」

「いや、ほら、沢口さん。人ごみとか苦手そうじゃん。巻き込まれて消えちゃいそう」

「消えちゃいそうて。確かに、私も心配ではあるけど・・・」

 確かに、セナはモテるから囲まれて見失いそうだけど・・・。

 いや待てよ、屋台に釣られていなくなる方が確率は高いんじゃないの。焼きそばとたこ焼きを同時に口に入れているセナが、簡単に想像できる。

 それにしても、よくあんなに口に詰め込むよなぁ。たまに小動物、・・・ハムスターとかを思い出す。屋台を片っ端から全制覇、なんて、お金さえあればやりそうな勢いでよく食べるよな。

「早めに行って、待っとけば?」

「ああ、いいか」

「デートっぽいし」

 祐介の口が、『いいかも』の『も』の形で固まる。じわじわと赤くなっていく頬を横目に見ながら、おもしろさににやける一方、苦虫を噛み締めた。


 午後四時。

 待ち合わせまであと一時間となって、おとなしくテレビを見ながらソファーに座っていた祐介が動き回り始めた。

 立ったり座ったり、キッチンに行ったかと思えばすぐに帰ってきて、テレビのチャンネルはコロコロ変わるし、と思えば壁に額をぶつけて涙目になったり。ドジっ子か。

「座ってれば?」

 頭を抑えて床にしゃがみこんだドジっ子に、そう声をかける。

 こりてないのか、いてもたってもいられないのか、何かしていないと落ち着かないようで、こっちまでそわそわしそうになる。

「そうだ、お茶、むぎ茶飲もうよ。暑いし」

 急に提案したと思ったら、キッチンに駆けていく。返事をしてないのに。もちろん、麦茶はいただくけどね。

「・・・そんなに楽しみ?」

「・・・!?」

 赤くなったと思えば、麦茶を一気に飲み干してむせてゲホゲホ言っている祐介。わかりやすい。

 背中をさすってやりながら、ため息をつく。わかりやすいのはいいことだ。疑う必要もない。だけど、去年のお祭りまで、こんなにそわそわと落ち着かない当日があっただろうか。

「あぁ、いたたまれない」

 つぶやくと、未だおさまらない祐介の咳が帰ってきた。

「家にいても仕方ないし、まだ三十分以上あるけど家出よっか」

 家のものを壊される前に、と私は玄関に歩き出す。祐介は、履きなれているはずの靴紐を直すのにいつもの五倍の時間をかけた。

 いざ家を出ても、すぐつまずくし。大丈夫? たまに、支えられる立場になりたいなんてほざいてるけど、『支えられる立場(物理)』になるよ。

「今年も、たこ焼き出るかなぁ」

「はいはい」

「わたあめも食べたいなぁ」

「うん、そうだね」

「ねぇ、沢口さんってかき氷何味食べたいかな」

「うーん・・・」

 やあかあまあしいいいいいいいぃぃぃ。構えって言うくせに話題は沢口さんである。もう私、どうしていいのか、わからな~い!

 脳内独り言に(笑)と付け足す。笑うしかないよ。

「沢口さんって、」

 それより。

「ね、まだ沢口さんって呼んでるの?」

「へ?」

「いや、呼び捨てとか、せめて沢口って呼ぶくらいにはなっていい頃じゃないの?」

 そう、早くこの二人にはくっついてもらわないと。精神が擦り切れちゃうよね。

「いや、無理。」

「なんで?」

 呼び捨てとか、友達らしさを出した話をすれば距離も縮まるよね。

「呼び捨てで呼ぶなんて恐れ多い」

 は?

「いや、神じゃあるまいし」

 どんだけ好きなの? 見てて面白いけどさ。・・・いや、面白くはないな。

「じゃあ、セナとか、せめてセナちゃんとか?」

「・・・気軽にそう呼べるとこだけ、みさとが羨ましいよ・・・」

「だけって何?」

「そのまんまの意味」

 下手くそなコントみたいな会話。気がつくと、待ち合わせ場所が目の前だった。となりのこいつのそわそわ感は絶好調だ。なんかなぁ。

「もう来てたりして」

「いや、まだ二十分あるよ」

 会話のとおり、約束の時間まで結構あった。のんびり待ってたわけだけど、セナはなかなか来なかった。

 待ち合わせを一時間過ぎた頃、セナの番号から電話が来た。

『今日は行けなくなったって伝えろって、それだけ言われた。それじゃ』

 知らない、でもどっかで聞いたことがあるような声だった。ちなみに、男子。電話口に耳を澄ませていた祐介が石化したのがわかる。あーあ。

 そのあとはやっぱり、『仕方なく』お祭りに二人で行った。でも、上の空だったんだよなぁ。

 ジメジメとした空気が、隣から。

 言うまでもないが、祐介だ。原因はセナだ。あと、伝言をした男の子でもある。

「・・・ねぇ、なんで来れなくなったのかなぁ」

「・・・用事?」

 ジメジメ。

「なんで事前に行ってくれなかったのかな・・・」

「・・・急用?」

 ジメジメジメ。

「あと、電話してきたの誰だろう」

「・・・友人?」

 ジメジメジメジメ。

 石化した祐介を思い出す。回想に気を取られていると、祐介様からクレームが入る。

「なんで漢字二文字で必ず返すんだよ。」

「・・・娯楽?」

「真面目さ、お前のことは忘れないよ・・・」

「いや、真面目さは別に失ってないから」

「だったら普通にさぁ、」

「えー?」

「・・・『私の一言には、三つの言葉で返事すること』!」

「どっかのお姫様か!」

 ・・・ふざけるくらいには、元気が残っているとは思うんだけど・・・。あ、でも、そう振舞ってないとただのジメジメ男になるからとか?

「まぁ、来年行けばいいんじゃない?」

「来年受験じゃん・・・。僕はいいけど、沢口さんは忙しいだろ」

「いや、祐介も勉強しなよ」

「・・・論点がずれたな・・・」

「なぜここで秀才っぽくなるの? ってか、メガネを治す仕草をメガネなしでするな!」

 ・・・沈黙。

 ゆ、祐介よ。私の発言の直後に冷めるのはやめてくれないか・・・。心臓が・・・。

「―――いや、だってさ」

「はいっ!?」

 必要以上に飛び上がった。随分と唐突だなぁ。

「来てくれようとするのが今年最後だっていうのもあり得る・・・。」

 それは、まあ。

「ま、学校で会えるんだし、いいじゃん」

「うん・・・」

 ジメジメジメジメジメジメ。

 はい、お決まりのたれたしっぽに力を失ったしっぽ。今回もそんな風にしか見えないなぁ。

「でも・・・」

「あぁもう、ジメジメするくらいならもっと仲良くなっといて、事情を気兼ねなく聞けるようにしとけばよかったじゃん!」

「・・・」

 あ、空気がさらに重くなった。

 もー、どうしちゃってくれよう、この人。


「おはよーう、セナ」

「おはよ」

 お祭りは日曜日で、今日は月曜日。ホントはもう夏休みだけど、意外と小さいイベントとか特設授業とかで呼び出されたりする。祐介は熱を出して休み。

 いろいろ考え過ぎだっての。

「あれ、北見君は?」

「うーん、ちょっとね。熱出したみたい」

「そっか・・・」

 少し残念そうである。そういえば、ハンバーガー食べながら笑ってたしなぁ。当たり前か。

「お祭りのこと、ごめん」

「あ、ううん。大ジョーブ。残念だったけど」

 自分から話題を出すのは、やっぱり少し珍しい。やっぱり、気にはしてたみたいだよ、祐介。よかったね。

「でも、どうしたの? 待ち合わせとか、いつも早めに待ってるじゃん。」

「・・・弟が骨を折って、それで」

「えぇ? 大丈夫なの?」

「うん、全治半年だって言われた。大したことはなかったみたいだけど、やっぱり少し騒ぎになって」

「そりゃあ騒ぎになるよね・・・。でも、骨折か・・・。転んだの?」

「あ、えっと、・・・木に登ってたみたいなんだけど、落ちて」

 なんか、言葉を選ぶような仕草をして取り繕うように早口になったセナ。どうしたんだろ。

「わかった。・・・でも、よかったね。命に関わるようなケガじゃなくて」

 コクリ、セナが頷く。

 祐介の傷心より弟くんの怪我だな、うん! 祐介、比べたらお前の知恵熱はたいしたことじゃないぞ!

「ところで、伝言伝えてくれたのって、誰?」

 正直、気になっていた。

 もちろん、セナの人生に口出しとかしたくないし、するつもりもないけど。だけど、何か本当に彼氏とかだったら、祐介のフォローを早めに始めたい。あんまり悲しんでる顔は見たくないし。

「・・・幼馴染、この間言った」

「龍さん、だっけ」

 セナが頷く。

「すぐ隣に住んでて、駆けつけてくれたの。最近は、少し接点がなかったんだけど」

「へぇ、仲いいの?」

「まあまあ」

 少し笑って、セナは言う。ちょっとうれしそうだから、やっぱり仲はいいんだろうな。ううん、心配だけど、幼馴染ってだけみたいだし、別にいっか。




「なぁ」

「はい?」

 今日は、なんだか久しぶりな気がする一人の放課後だ。最近は、ずっと祐介かセナと一緒にいたからなぁ。

 それで、一人で歩いてたら、いきなり後ろから声をかけられました。ええ、たった今。

 慌てて振り向くと、相手の胸の辺りが視界に入る。顔を上げると、完全に見下ろす形になっている目線が私を捉えていた。背ぇたかっ!

 え? ナンパ? 私に限って? ・・・すみません、調子乗りました。

「セナと、最近仲がいいらしいから、調べに来た」

 金髪、鋭い目つき、普通の人よりも少しドスがきいた声。おそらく、いや、疑う余地なく龍君だろう。

「は、はい」

 何から何まで威圧感にあふれているような気がして、私はその場でただ突っ立っていた。も後、と龍くんが口を動かす。

「・・・えっと、セナは、最近どうデスカ・・・?」

 ああ、丁寧な言葉は慣れてないんだな。

 明らかに言葉を選ぶのに時間がかかっている様子は、背丈に合わずおかしくて、すこし肩の力が抜けた。

「普通、ですよ?」

「疑問系?」

 いわゆる不良って感じがする。けど、根は悪くないのか、なんとなくそう感じる。いや、むしろ同類な気がする。突っ込みのタイミングが、祐介や私と、とても似ている。

「幼馴染の、龍さん、でしたっけ?」

 コクリ、頷かれる。ここはセナとそっくりだった。

「名前言ってなかったな。滝龍だ」

「こいのぼり?」

「滝のぼった竜じゃねーよ・・・。苗字が滝、名前が龍」

「滝さん・・・?」

「苗字はめんどくさいんで、名前で」

「龍君?」

「君づけとか、うっとうしいし違和感半端ないんで、呼び捨てで」

「・・・龍」

「はい」

 会話、続けるのが二人とも下手な気がする。あ、セナと龍の事ね。何でそこで切っちゃうかな、なんて思うんだ。次に続けられる質問はたくさんあるのに。

「・・・なんて、名前なんですか」

「仙崎みさとです」

「呼び方・・・」

「みさとで」

「うぃっす」

 ・・・沈黙。どうしたらいいの、セナのこと聞きに来てるんじゃなかったの。

 道端だったからベンチもないし、私はガードレールに体重を預けた。すると、龍も隣に腰掛ける。

 やっぱりセナと似ているな、と思うのだ。セナも、無意識だろうけど、よく人と同じ行動をする。その人の隣で。

 沈黙に耐えられなくなったけど、かといってすべきことも見つからず、かばんの中に四本セットでしか売ってないあの売店のジュースがあるのを思い出して、差し出した。

「・・・いる?」

「・・・ドモ」

 また、沈黙。本来の目的はどこへやら、私の隣でジュースを飲み干すとお礼を短く言ってどこかへ歩いていってしまった。何なんだろ。

 セナのことが聞きたいって、仲があまりよくない状態だから遠まわしに確認しに来たのか、それとも単純に心配なのか・・・?

 明日、セナにもう少し聞いてみようか。でも、前に顔色を悪くしてたこともあったし、どうしよ。


「ねー、祐介。どー思う?」

「・・・???」

 はてなマークだらけの顔。おもしろ。

 私は迷いに迷った末、祐介に話してみた。セナに話して何かあってもいやだし、祐介なら私が何とかできるかな、と思って。

「何でそんなこときかれたのかなぁ、って思って・・・」

「知らない・・・思いつくわけない・・・」

 はてなマークをある程度空中に浮かべ終わった後、祐介ははっとした表情でこっちを向き直った。

「そんなことより、弟さんは大丈夫だったのかな」

「いや、話したとおりだけど」

 私の話が半分くらいしか頭に入らないらしい。明日聞いてみようと意気込んでいて、面白かったからほっといた。

「あと、幼馴染?」

「うん。金髪に染めてるらしいから目立つと思うんだけど、知らない?」

「・・・あ! 沢口さんの近くにたまにさりげなくいるあいつか!」

「え、何で知ってるの・・・?」

「たまたま。目で追ってたときに」

「・・・ストーカーか」

「違わい」

 いやー、半分ストーカーだよ? あの、法に引っかからない程度の。

「それより、最近はそこまで一緒にいないらしいけど、何で駆けつけてくれたんだろうね」

 なんとなくぼやいた。祐介も私も、お互いの前だけでは考えついたことをすぐに口に出す。悪い癖だ。

「・・・はっ!」

「は?」

「ライバル・・・?」

 ほら、これが悪い癖です。辞書に載りそうでしょ?

「いや、違うと思うよ。もしそうだったとしても、同じ土俵まで祐介が這い上がれるのかどうか」

「這い上がるよ。・・・いや、何でそうじゃないって断言できるの」

 確かに不思議かもね。なんとなくだよ。

 でも、二人の話を聞いてると、お互いに恋愛感情が存在しないなってわかる。

「二人の口ぶりから? 兄弟みたいな。でも、家族じゃないからこそ言えることとか多いし、兄弟よりも仲はいいかもだけど」

 少しあせった表情の祐介は、でも、と、言葉を続けようとする。めんどくさいなぁ。なんだかんだ頼りにしてくれるのは嬉しいけど。

 でも、いい機会だ。ここら辺で勘違いじゃないけど、誤解とかが生まれないように伏線を。

「ほら、だって幼馴染から恋に発展なんてそうそうないよ」

「えー? 漫画とかでよくある・・・」

「あれはフィクション! お互いのこと知り尽くしたみたいな状態で、恋愛感情とか生まれないと思うんだよね」

「はぁ・・・」

「うちらもそうじゃん。兄弟よりも仲いい感じはあるけどさ」

「なるほど」

 あーあ、納得しちゃったよ。正直もう少し粘ってくれてもよかったのに。

 それだけわかりやすい例なのかな。恋愛対象にはならないって、まあ、このくらいわかっちゃえば未練さえ残らないな。

 これからもサポートしていけばいいし、それでいいって思うし。満足かって言うと本音は微妙だけど、私の笑顔より祐介の笑顔のほうが、ついでにセナの笑顔のほうが、私は好きなんだ。




 そういえば、昨日病み上がりなのに祐介に色々話しちゃった。大丈夫だったのかな。

 そう帰ってきてから気づいたものの、いまさらなので声もかけずにいた。まぁ、朝元気に階段でこけてたから問題ないか。

「おはよー、セナ」

「沢口さん、おはよう」

「・・・おはよ」

 いつもどおりに朝が始まって、学校に着いた。セナのほうが教室が遠いので、私たちの教室から見送る。

 席が離れているし、変にうわさが立つのもいやだから、私と祐介は教室ではあまり話さない。移動教室とかがあるときは一緒に行動してるから、まあ、いまさらといえばいまさらなんだけど。

 小学生のメンバーのままごっそりと移されたみたいなメンバーの学年で、クラスが同じだった人は違和感なく私と祐介の妙な距離感を受け入れている。冗談で恋愛トークを持ちかけることはあっても、結局はそんなに仲がいい友達がいるなんてうらやましい、といわれて終わる。

 おはよ、と周りに声をかけながら席に座った。

「ねーねー、こないだ金髪君の話したじゃん?」

「あー、不良らしいっていってたやつ?」

「そ。何か顔に怪我してんの見ちゃった。いたそーとか思って」

「マジで?」

 龍の話だ。根は悪いやつではないみたいなんだけど、けんかをよくしてるって話はそういえば前によくしていた気がする。

「なんかね、今回はけんかとかじゃなさそうなの」

「どゆこと?」

「痣には変わりないんだけど、いつもより弱そうな人がやったみたいな」

 あー、ミホちゃんがそういうことわかるのには理由がありまして。

 ミホちゃんはとある不良グループの一人の大ファンなわけです。

 典型的な不良は少なくなったこの時代、みんなもちろん長ランなんて格好じゃない。でも、タバコとかバイクとかはまだ普通にいるらしい。そのなかで一風変わったやつが居りまして。いつもメガネをかけているそうだから、メガネ君と呼ぶことにしよう。

 生徒会の役員でありながらそんな人たちとつるんでいるその人は、それでいて先生たちにもあまり口出しされない。

 ここら辺で一番勢力が大きい『らしい』グループの長の大親友だとかで、校内で何か事件があったら生徒会と不良グループ、どっちが対処すべき問題か頭をつき合わせて話し込んでるんだそうだ。おかげで、校内でのトラブルがかなり少ない。先生たちは楽だから、何も言わない。

 長くなったけど、その一風変わった生徒会役員兼不良のその人を、ミホちゃんは追っかけまわしている。

 ライバルは少ないらしい。そもそもその事情を知っているのは生徒のでも少人数のみらしい。ほかの知らないのは、そもそも不良からも生徒会からも注意がいかないような優良生徒だ。その間でも何々をしたら大変なことになるらしい、といったような恐れは共有されているから、すごい。

 ・・・とりあえず、そんなこんなでミホちゃんはそういうことがすぐにわかるようになったみたい。

「弱そうな人って?」

「そこまでは近づいてみないとわからないけど・・・」

「え、遠目で見てわかったの?」

「ああ、うん」

「すご・・・」

「とりあえず、よけようと思えばたぶん簡単によけられそうなのになって思って」

「へー・・・」

「彼女さんに振られたとか、けんかしたとかかなって思ったんだけど」

 そっち? 飛ぶなぁ・・・。

「ほら、沢口さん、最近一緒にいるところあんまり見なかったでしょ?」

「なるほど・・・?」

 いやぁ、違うと思うけどねぇ・・・。

 ミホちゃんは分析するのが大好きなので、そのあともずーっとしゃべってた。見当違いな気がする情報ばかりだったけど、客観的に見ればそんなものなのかもしれない。


 放課後、適当にお菓子をつまみながらソファーの上で胡坐をかいてテレビを見ている。かたわらに祐介。

「今日、沢口さん機嫌が少し悪くなかった?」

「そ?」

 気がつかなかったけれど。

「なんか、別に何といって変わったところは無かったんだけど、なんとなく怒ってるっていうか」

「イライラしてるってこと?」

「うー、そーとも違うんだよな」

「へぇ?」

 よくわからん・・・。

 あ、龍の怪我、そのせいだったりして。いや、逆か? やっぱりセナに聞いたほうが早いのかな。いや、でも。

 ・・・よし、龍を見かけたらきくことにしよう。



 滑るように夏休みが始まって、二日目。街中で龍を確認。トツゲキセヨ。

「ってことで、何かあったの?」

「いや、どういうことだよ。ってか、前にあったときが初対面だってのにやたらフレンドリーだな、お前」

 道で見かけたので声をかけたしだい。お使いを頼まれて出てきたのだ。祐介もまだ家にいたから引っ張ってこようと思ったのに、お母さんと色々と話が弾むようで置いていけ、と言われた。もちろん、祐介の僕は物じゃないという主張は通ったことが無い。

「セナから何回か話を聞いてたから、初対面って感じがしないっていうか」

「いや、俺はバリバリ初対面だからな」

「それより、何があったの?」

 龍の顔を見上げると、逆行のせいで見ずらかったが、確かにうっすらと痣が頬に残っている。

「あー、けんか」

「さすが不良って言われてるだけあるね」

「うるせ。俺以外のやつに言ってたら殺されっぞ」

「なんとなくそんな感じじゃないって事はセナの話からわかる」

「そんな感じって何だよ」

 はじめに感じた威圧感はどっかに行ってしまった。セナの幼馴染だと確認できたからかな。

「・・・じゃなくて」

「は?」

「けんかじゃないんでしょ、よけられそうな力加減だし」

「・・・なんでわかんだよ」

「ふふん」

 受け売りなんだぜ! と心の中でドヤ顔を作る。

「・・・セナだよ」

「やっぱり?」

「ザケンナ、わかってんなら聞くんじゃねぇえよ」

「おおこわ」

 怖いって顔してねーぞ、というツッコミが入る。当たり前、もう信用したからね。

「何で殴られたの?」

「けんかは控えなさい、と」

「お母さんか」

「それな」

 そんな一面もあるのか、セナってやっぱりよくわかんないとこ多いな。

「でも、普段から言われてるわけではないんでしょ?」

「あー。セナからセナの弟のことは聞いたろ?」

「骨折?」

「・・・そ。俺も一応手伝ったんだけどさ」

 ん? 変な間があったような。ま、たいしたことじゃないか。

「うん」

「その前にけんかしてたのがバレちゃって」

「それだけ?」

「いや、結構深手負っててさぁ。弟君、近くに病院あるの知ってたし、担架取ってきて運ぼうとしたんだけど」

「うん」

「立ち上がって持ち上げた拍子に傷口開いちゃって。あ、肩と頭切ってたんだけどな」

「え、大丈夫なのそれ」

 思わずぎょっとすると、ニヤリと笑われる。

「ヘーキヘーキ。前はもっとひどい怪我してたしな。おれ自身が結構血ぃ出してたもんで、お前も手伝うより手当てが先だろと」

「あー、なるほど」

 本当に母親みたいだな。

「結局セナにここで待っていろと言われておとなしく待ってた」

 思わず笑った。軽く睨まれる。

「伝言もそのとき頼まれて。携帯渡されたから」

「なるほど」

 いまさらながら、意外と今日はよくしゃべるな。相手ののりに合わせてテンション変わるタイプだったり?

「どーも、謎が色々解けた気がするわ」

「謎っつーと?」

「いや、友達の女の子に不良マニアがいて、今日の龍の顔の痣がスクープみたいに報告されたからさ」

「その友達、頭だいじょーぶか?」

「いやー、どうだろうね」

 面白いから私はその趣味をとめたりはしないけど。

「どんな風にいわれてんの、俺」

「あ、やっぱり気になっちゃう?」

「いや、ちげーよ。情報網は多いほうがいいんだって」

「へー。とりあえず、一番多いうわさは」

「何?」

「セナと恋人同士だろう、とゆー」

「ねーな」

 楽しそうに笑い飛ばす。母さんからメールが来て、早く帰ってこいとの事だったので、そこで別れた。やっぱり違ったか、と、ガッカリして胸をなでおろした。よかった。




「いま決意した! 宿題があったら、休みとは言えなーい!」

「いや、決意したって言わないしそれ。確信したの間違いでしょ?」

 今日は、セナもいる。午前中だけなら遊べる、とセナが言うので、なんとなく集まったのだ。

 いつものように鈴を転がし笑うセナ。もう珍しいとは思わないけど、たまに学校で見かけるときはいつも硬い表情をしているから、ある程度仲がいい人じゃないと笑顔が見れない、ってことなのかもしれない。

「よぉ」

 後ろから声がかかって、セナと私の方が同時に叩かれる。

「うわっ」

「!」

 私たちはそれぞれ驚いて、振り返った。龍だ。

「見かけたから声かけた」

 ううん、なんとも反応しづらい理由。

 何を言おうかと考えていると、予想に反してセナが反応した。

「龍? 驚かせないで」

 何時もに比べてかなりハキハキとした声で話すセナ。そういえば、二人が話しているのを見るのはこれが初めてだった気がする。こんな感じなんだ・・・。

「みさとは初対面なのに」

「あ、ううん! 道端で何回かあったことあるし、そんなに気にしなくても・・・」

 慌ててそう言うと、龍が少し焦った表情になる。あれ、なにかまずいこと言っちゃったかな。

 つかの間、セナが驚いたような顔をしたあと龍に向き直った。

「龍! 前も言った。いちいち詮索しないで」

「あい、すません・・・」

 つまらなさそうな顔になった龍がそっぽを向く。すねたみたいな。怖いとはあんまりもう思わないけど、こういうところはちょっと可愛いかも。

 ところで。

「いちいち?」

「うん。友達とかできるたびに、知らないとこで会話してて」

「偶然じゃなくて?」

 聞いてから、思い出した。初めに私が声をかけられた時、なんて言われた?

「『セナと最近仲いいらしいから調べに来た』って」

 ・・・うん。

「確かに、言われた」

 申し訳なさそうな顔をしないで欲しい。大丈夫だから。

「別にいいだろ、俺は俺なりに心配して・・・」

「それが余計だって言ってるの」

 お、おお・・・。久々にドライか? いや、本当の意味でドライなのはこういう時だけかも。かわいそうに。

「まぁ、いいじゃん。龍もいいやつだとはわかってるし」

 言えば、それぞれから返答が帰ってくる。

 セナは安心したような顔で、コクリと頷いた。

「いや、判断すんの早すぎね?」

 ツッコミのようなセリフを少しだけ楽しそうに行ったのは龍だ。やたらテンポがいい。

「・・・あの、」

 ん?

「誰?」

 見ると、硬い表情をした祐介が警戒心丸出しで龍の方を見ていた。

 ああ、祐介忘れてた・・・。

「・・・あぁ、セナと最近仲がいい、もうひとりのやつか」

 一瞥する、龍。ん? 火花が散って見えたような。いやー、物騒ですなぁ。火事にならなきゃいいけど。

 どうしたもんかね、と視線をさまよわせていると、セナが口を開いた。いや、行動を起こした?

「行こ、みさと」

「へ?」

 袖口を引っ張られてついていく。

「あ、おい、待てよ」

「え、沢口さん? みさと?」

 目もくれずに進んでく。歩いて、追いつけないわけではないスピードで。

「ど、どしたの?」

「こうしないとすぐ喧嘩する。・・・ごめんね」

 小さく言って、ため息をつく。ちょっと歩いて止まって、振り返ると二人共ついてきていた。なんか、面白い。

「ごめんって、セナ。急においてくなよ・・・」

 髪染めて、いかにも不良ですみたいな人が、黒髪美人に謝っている。なんか、映画が一本取れそうな勢いで今までの日常から離れた光景だ。

 少し遅れて追いついた祐介は、何も分かっていなさそうなのにまだピリピリとした空気を発している。

「てい」

「あたっ」

 頭を軽くたたくと、いくらか警戒を薄れさせて何、というふうにこっちを見た。

「ちゃんとお互いに自己紹介せんか、なんも理解できてない顔してるよ」

 渋って、頷く。

「北見祐介です。はじめまして」

 おい、声もうちょっと柔らかくできないの?

「おお、そうだ。忘れてた。悪ぃ。滝龍だ」

「・・・こいのぼり」

「いや、だからちげえって! ったく、幼馴染だけあって考えることそっくりなんだな」

 私は肩をすくめてみせた。

「・・・龍くんはどこで幼馴染だって知ったのかな?」

 どうした、セナ。顔が黒い微笑みで染まってるよ。

「別にいいだろ、別に」

 はぁ、と、ため息が聞こえる。お前の考えることなんか検討がついている、とでも言いたげだ。

 同じようなため息がとなりからも聞こえる。

「・・・羨ましいなぁ」

 ああ、そうだよね。祐介は。多分、もっと距離を詰めたいのだ。幼馴染ってポジションは羨ましすぎる関係だろう。いくら邪険に扱われてても、それほど仲がいいのだと、ただただ羨ましいんだろうな。

 でもね、祐介。いいことばっかりじゃないんだからね。

「せっかくだし、俺も暇だからどっかで食おうぜ。今回は許可されてる飲食店にすっから」

「いい? みさと」

 やっぱりどこか申し訳なさそうなセナ。

「セナが時間大丈夫なら、私は構わないけど? ねぇ、祐介」

「え、うん」

 表情がまたこわばってますよー。そんなに龍が嫌いかね。

 祐介の用事がないのは知ってるし、連れてくけどね。

「そんじゃ、行きますか」

 ゾロゾロと歩き出す。なにかいろいろ大変そうだけど、ピンチはチャンスだぞ。頑張れ祐介!




「セナ、何食う? これとか俺のおすすめ」

「自分で選べる」

「んじゃ、みさと。これどう?」

「あ、うん。じゃあそれで」

 龍が話しかけてくるのに適当な返事をしながらまたとなりに目をやる。今度はなんだか悔しそうな祐介である。そして、メニュー表にかじりついている。

 面白いなぁ、と思うのだ。負けず嫌いなところとかも、嫌いじゃない。

「みさと、沢口さん。この飲み物、美味しいよ」

 いや、すすめるのがサイダーってどうなんだ。誰でも好きだろ、それは。

「・・・ありがと」

 うん? 思ったよりセナがドライじゃない・・・。

「みさとは?」

 無言の訴え、である。

「うん、私もそれで」

 頷くと、何かに勝ったような顔で龍を見る。龍は何かを勘違いしたのか、俺もそれで、と続けて言った。セナがちらりと祐介の顔を見て、不思議そうに首をかしげる。こっちからは見えなかったけど、祐介の表情が簡単に思い浮かんだ。

 残念賞。どんまい、祐介。

 そこから、特には特別な話もせず、基本的に話しているのは私と龍で、セナはいつものように頷くくらいしかせず、祐介はしょげていた。

 龍は話すのはそこまで得意ではなさそうだけど、苦手でもないらしいとわかった。話題はセナである。セナが喧嘩をするたびうるさいだとか、そのせいで救急箱を用意させられたとか。

 本当に仲がいいんだな、と思った。そして、祐介と私もそう見えてるのかな、と考える。楽しかった。

 時間が来て、途中でセナが帰ってしまった。祐介がせめて途中まで送らせて、と言ってついて行った。セナはやっぱり不思議そうではあったけど、別に反対もしていなかったのでそのまま二人は店を出ていった。

「みさと」

「なに?」

 閉まった店のドアの方を眺めていると、さっきよりもちょっと真面目な声で龍が話し始めた。

「セナのこと、ちゃんと普通に友達でいてくれてサンキューな」

「えー? 龍も友達なんでしょ、別に普通じゃん?」

「・・・あいつ、いろいろ事情があって、家からそんなに離れられねぇんだ」

「いろいろあるのは、みんなそんなもんじゃん?」

 適当に返す。でも、なんとなくいつだったか真っ青になってたセナの顔がちらつく。

「あと、学校でも浮いた存在だろ。友達のつくり方がわからないって言われたときは、本当に何を言っていいかわからなくなったっつーか」

 セナは美人だしな。そんなことがあったのか。龍も大変だなぁ。

 なんとなく身を入れて聞きたくならないのは、まともに受けてしまったらどうしたらいいのかわからなくなるから。

「だから、自然と友達として接してもらえてんのはありがたいっつか」

「普通じゃん」

「いつか話すとは思うけど、それまで辛抱強く付き合ってやってくれな。」

 みさとはいいやつっぽいから、と付け足される。

「判断するの早すぎる気がするよ?」

「どっちが」

 笑う。

「で、祐介は?」

 正直、こっちのが肝心だ。

「え? ああ、さっきまでいたやつか・・・」

 渋い顔をしてらっしゃいますが。

「正直頼りねぇな」

 おおっと。不合格?

「その祐介ってやつがセナのこと好きなのはわかる」

「えっ?」

「みさとも知ってるっぽいからいいだろ、言っても。わかり易すぎんだよ」

「確かに」

 祐介は喜怒哀楽が結構激しい。表情で丸分かりだ。でも、幼馴染の特権かな、とも思ってたのに。

 そのまま伝えると、お互い様だろ、って返ってくる。

「セナの考えてること、表情からは少しわかってんだろ」

「何考えてるのか、とかはわからないよ」

「そういうもんだろ」

「そうなの?」

「・・・昔は、もっと単純なやつだったんだ。でも、変わるもんだろ、それって」

 割り切ったように言う。なんか、今まで苦労してきたんだな、なんて思う。

「祐介は認められない?」

「ほんと女って恋愛話が好きだよな」

「いや、答えてないし。勝手に分類するな」

 結局なんにも祐介についてはっきりしたコメントはなかった。曖昧。

「でも、頼りないのが逆にいいかもな」

 最後にポツリとつぶやかれた言葉が気になったけど、なんとなく聞けなかった。


『セナ:忙しくなるから連絡できない』

 朝目を覚ましてケータイを開き、目に入ってきた文字に驚いた。これはタイトルだったけど、本文の欄には何もなく・・・。

 この間の帰り道でようやくアドレスを交換したという祐介にも、同様のメールが送られてきていたそうだ。

「どうしたんだろう・・・」

「ねー」

「うわ、しくった!」

 画面の中で派手な音を立てて、祐介の使っているキャラクターがひっくり返った。

「やった! 順調に二位まで来た!」

 となりで歓声を上げる私。

 遊ばなきゃやってらんないって祐介が言うので、ありがちなレースゲームを始めた。私はそこそこ、祐介は・・・。祐介は、テトリスが、天才的だよ! やってるの見たことないけどたぶん!

 とにかく、もう夏休み中には遊べないかもしれない、とつきものが落ちたような祐介の気を紛らわすための集いである。

「このキャラクター、扱いにくいんだよ」

「いや、そのセリフ聞くのもう五回目だから」

 さっきからコロコロと車やらキャラクターやらを変更している祐介は、結局別のゲームを取り出した。

「これにしよっと」

「別にいいけど」

 サバイバルゲームである。ゲームは基本的に私と祐介で共有することになっている。これは祐介が買ってきたけど、私のほうが気に入ってしまったパターンのやつだ。

 なかなかに面白い。自分が作成したキャラクターしか遊べないようになっていて、パスワードを知らなければ使えないようになっている。レベルとかもいろいろあって、難易度が上がるタイプのやつだ。

「ええ? どこまでレベル上げたらそんなにヘイトが上がるの?」

「へっへ! 今116レベル」

「やりこんでるね・・・」

 ヘイト、すなわち的に狙われる頻度や確率のこと。スタートした時点でもうすぐにモンスター十体くらいいに囲まれてしまう。

「俺の方、全然寄ってこない・・・」

 レベルが低い時はヘイトが低いので、後ろから近づいて倒すことが簡単だ。でも、もう50レベルを超えちゃった時点でそう簡単には行かなくなるんだよなぁ。でも、そこが気に入った理由だ。武器とかが強くなっていくのに、難しくならなくってどうする!

 私がさらにゲームにのめり込んでいると、祐介がため息をついた。どうしたの、と聞くと、別に、と返ってくる。

 なんとなく身が入らないようだったけど、一人で腐っているよりマシな気がする。

 ・・・今度は龍も誘ってみようかな、と思う。セナのことをよくわかってるのは多分龍の方だし、仲良くなればちょうどいいんじゃないかな。




 セナとは結局、夏休み中に一緒に集まることはできなかった。

「おはよー、セナ」

「おはよう、沢口さん!」

「・・・おはよ」

 夏休み明け、最初の登校日。セナはちょっとやつれた気がする。

「なんか疲れて見えるけど、大丈夫?」

「あ、宿題終わらなくて・・・」

 へー。そんなに忙しかったのかな。

 そして、宿題が終わらないといえばもうひとり心当たりがある。

「祐介もね・・・」

「ちょっと! 言うなよ!」

「ええ? 自業自得ってやつでしょ? 祐介もね」

「ねえってば!」

「宿題最後の三日間で全部やりきったんだよ」

 セナの目がまんまるくなる。

「集中力すごいでしょ」

 冗談めかして言うと、笑いながらコクりと頷く。

「もおぉ! 言わなくても別にいいじゃん!」

「でも、セナを笑わせたかったんだもーん!」

「『もん』言うな!」

「実際笑ってくれたし、いいでしょ?」

 私はセナの方に視線を向ける。納得いかないという表情のまま、祐介も私につられたようにセナの方を見る。

 セナはさっきから小さく笑い続けている。

「・・・いいよ、しょうがない」

 固まったあと、渋々という表情を作りきれずにつられて笑う祐介。セナの笑顔を見て何も言えなくなったに違いない。

 ちょっとは仲が良くなった二人の、全く進展しない恋愛。

 夏休みがいいチャンスだと思ったのに、なぁ。

「そういえば、龍は?」

「知らない」

 字面は冷たいけど、ちゃんと心配そうに言うセナ。反対隣から私にしか聞こえない声量でなんでその話題出すの、と苦情が来た。

 最近のこととか報告し合いつつ、学校内でいつものように別れた。

「元気そうだね」

「うん、良かった」

「そうだね」

 話しかけるとすぐに返答がある。いつもよりずっとテンションが高く聞こえてしまう。嫌味に聞こえるかな、これ。


 二人に進展があったのは、高校に入ってからだった。

 一年半くらいの間で、受験とかで、龍も合わせて四人になったなんとなくのグループはいったん散り散りになった。といっても、セナは何故か私に合わせようとしたし、祐介もセナと同じ高校に行きたがった。そして、龍は三人が行こうとしている高校に自分も入ろうとすることに対して一切の疑問を持たず、今までの素行不良を急に改めて勉学に励んでいた。

 勉強会とかもしても良かったけど、なんとなくしなかった。おしゃべりは楽しいから、話し込んでしまうから。今思うと、なんとなくそれを心配していたのかもしれない。

 結果は、四人とも合格だった。そしてまた、『いつもどおり』が作られていく。全員がそれぞれ、今度は部活にも入って。帰りの時間が同じ日にだけ寄り道を楽しんだ。

 

 ふたりの関係の進展、というのはそんなに穏やかな始まり方じゃなかったと思う。

 その時に私は、ちょうどまたリビングで、自転車を忘れたとか、最近セナが忙しいとか、祐介とたあいもない話をしていた。夕方と夜のあいだだった。

 プルルルル―――

 電話が鳴る。私の携帯だった。

 着信、龍。嫌な予感はした。

「はい、どしたの?」

『セナんところでいろいろ大変なんだ』

「え? どういうこと・・・」

 ずっと前に、何かあったら連絡するからヘルプに来て欲しいとセナがいないところで言われていたことを思い出す。

 ―――セナは、もう分かると思うけど、意外ともろいんだ。いつか壊れかけると思うけど、俺だけでそれを支え切れるとは思えない。だから―――。

『説明はあとだ。祐介もそこにいるんだろ?』

「いる、けど」

「何かあった?」

 祐介が心配そうに聞いてくる。

『二人共病院まで来い。すぐ来い。いいな』

「えっ、ちょっと!」

 突然すぎてよくわからなかった。状況が読み込めない。

「なんて?」

「龍が、セナのところでいろいろ大変で、すぐに病院こいって」

「病院?」

 ―――ケガ? 病気? 誰か倒れたの?

 短いけど意図は伝わる。こういう時、便利だ。

「わからない、けど、急いだほうがよさそう」

 自分でもわかるくらい、慌てている。雰囲気で察したのか、祐介もかなり険しい表情をしてる。

「病院って、多分いつもの?」

「そ」

「自転車にしよう」

 ―――走ると遅いから。

「でも私自転車、学校・・・」

「そっか。しょうがない、後ろに乗って」

 ―――二人乗りにはなるけど、状況が状況だ。

 玄関に出て祐介の自転車に乗り込んで、小さい頃にこうして遊んで怒られたことをなんとなく思い出して。

 曲がり道、交差点、飛ぶように後ろに過ぎていった。

 素早くいろいろと進めていく祐介。ああ、大人っぽくなったなぁ、と、思った。同時に急に遠くなっていく気もした。置いていかれているような、そんな。

 首を振って、考えを追い払う。今は、セナだ。何が何だかはわからないけど、何事もないといい。




「セナ」

 自分で思ったよりも感情がうまくこもらなかった。光景が、なんだかありえなくはないのに非現実的すぎるように見えて、頭での処理が追いつかない。

 病院についてすぐセナがいるところ、待合室らしいところの場所を告げられた。あと、交通事故でセナのお母さんが少し危なかった、とも。もう容態は安定してるらしい。龍はそのまま、俺はママさんとこに行かなきゃならねえから、と言い残して私を急かし、祐介が外にいると知って走って行ってしまった。

「・・・セナ、大丈夫?」

 何回か声をかけてやっとこちらを見たセナは、いつだったかみたいに、いや、もっとひどく青くなってしまっていた。あの時と違うのは、頬につたっている涙。

「沢口さん!」

 自転車を邪魔にならないところにとりあえず置くため、遅れてきた祐介が飛び込んでくる。祐介も同じように言葉を失った。近づいて自分まで苦しそうな顔をして、私を見た。

 ―――どうしよう。

 同様がありありと浮かんできて、少しだけ苛立った。

 私も近づいて、となりにしゃがみこむ。

「どうしたの、セナ」

「・・・みさと?」

 初めて私を認識した、というようなトーン。確かに、龍が電話をかけてきた理由がわかる気がする。

「何かあったの?」

 今は下手に騒ぎ立てないほうがいい、と判断する。となりに同じように座り込んだ祐介が口を開こうか開くまいかと迷っているのを察して、何も言うなと目配せする。

 ボロボロと次から次へと落とす雫が痛々しい。なんでここまで取りみだしたようになっているのか、心配になった。

「・・・ママが、ころされる・・・っ」

「・・・そうなの?」

 殺される? 誰にだろう。

 同様が声に出ないように努める。口調が随分と幼くなっている気がした。昔のセナは知らないけど。なんだかどこか『もろい』んだな、と思う。

 また祐介に目線を送る。

 ―――水、持ってきてあげて。

 ウォーターサーバーを一瞬見ると、意図は正しく伝わったようだった。持ってて、と言って、セナが話し始めるのを待つ。

「・・・じこ、おきたのに・・・。わたし、が、・・・かってきてほしいなんてたのまなければ・・・」

 セナのお母さんは、買い物の途中で事故にあった、のかな。

 話していることを再確認するようになぞって、セナは更に顔を歪めた。そんなに深刻そうな顔をしなくても、大丈夫なのに。

「続き、話して?」

「・・・たのまなければっ、べつにじこなんて・・・。ままが、しんじゃ・・・。ないてるばあいじゃ、ないのに・・・」

 話し方がめちゃくちゃだけど、なんとなくわかる。

「大丈夫、死んでないよ。別の部屋にいるだけ」

 聞こえてなさそうだけどね。

「わたしがいたから、たのんだから、うまれてきたから、そこにいたから」

「沢口さん・・・?」

 祐介の声。もう少し黙っときなさい、と心の中で止める。

「やくびょうがみって・・・。ルイもハルトも、まもれないかもしれないのに・・・。っりゅうだって、わたしがいなければ・・・っ」

 誰かに言われたのか、自分でそう思い始めたのか。どちらでも、あまりに―――。

 息が吸いにくい。なんか、責任がかかってるような気がして。外を通っていく人の話し声が、やけに大きく響いた。

「大丈夫、ママさん、ちゃんと生きてるから。」

「しんじゃってない?」

「助かったって。それに、多分セナなら守れるよ」

「ほんと?」

 まるで、本当に幼くなってしまったみたいで。

「ほんとだよ、大丈夫」

 まだ不安そうな顔をして、でもこっくりと頷いた。なんだか少し安心した。ここは、今といっしょみたいだ。

「・・・セナ、大丈夫そうか?」

 そっとドアを開けて龍が入ってくる。今までどこ行ってたんだという文句は置いといて、大丈夫だと答える。

「セナが泣いてたのは、知ってる、よね」

「ああ。でも俺がいるとなんか悲しそうな顔するんで、どうにも部屋にいられなくて」

 バカじゃないの、と思う。でも、間違いとも言えないかもしれないし、わかんないけど。

「で、セナは?」

 答えはせずに椅子の方を振り向く。泣いて疲れたのか、精神的に限界だったのか。あのあと椅子に座らせて水を飲ませると、うつむいた格好で寝息を立て始めた。

「・・・よかった」

 なぜか、龍が呟いた。

「なんで?」

「あー、っと。前にママさんが大怪我した時、セナは不眠症みたいになってなんだか死にかけたみてーな顔になってたから」

「前って?」

 聞いてねぇのか、と、素でびっくりしたような龍の声。

「前にも、似たことあったんだよ。・・・まだ八歳くらいの時、ママさんが自転車に乗ってる時に踏切に巻き込まれかけて」

「えぇ?」

「怪我自体はそこまでひどくもなかったのに、周りの大人が大変だって騒ぐものだから、セナは死にかけの状態だって勘違いした」

「もしかして、買い物帰りか何かだった?」

「買い物に行く途中だったって聞いた」

 あれ、でもそれならなんで殺されるって言ったんだろう。

「あのさ、」

「あ、細かいことはセナに聞いてからじゃなきゃ怒られるんで、答えられないからな」

「そっか」

 ダメかぁ。あと、それじゃあもう一つ。

「だったら、ルイとハルトって誰?」

「あ・・・? 弟だろ」

「知らなかった・・・」

「マジで?」

 ちょっとショック。こんなにセナのこと知らないんだなぁ。でも、少しだけいつもっぽ

い雰囲気になってる。良かった。

 龍と私が色々話してるのを見ながら、祐介はどうにも情けなくなったらしい。何もできなかったことに嫌気がさした祐介が、やっと行動らしい行動に移したのはその三日後だった。その行動力は、ずっと前に祐介がセナをカラオケに誘った時以来だったと思う。




 交通事故があってから、祐介は時々深く考え込むようになった。前からも悩んでたりはしたけど、それはどちらかというとクヨクヨしている、って感じだった。

 多分、いや、確実にセナのことだ。

 セナは、やっぱりなんだか不安そうな顔をし続けているけど、お母さんにあって確認して、不安定な感じはなくなったみたいだった。よかった。

 また普通に学校はあるし、『いつもどおり』が始まろうとしてた時だった。

 セナが、手の甲にあざのようなものをつけて学校に来た。

「どしたの、それ」

「家でぶつけた、だけ」

 始めはただ怪我をしたのかな、と思ってたんだ。祐介は大げさに騒いだけど。いろんな推測を立てていて、まあ、言ってしまえばいつものことだったから。

 おかしいな、と思い始めたのはそれを見た龍の反応を見てだった。怪我に気がついて、でも、露骨に顔を歪めて目を背けたのだ。なんで。

 セナの笑った顔が、やたら疲れてるような、そんな気が、して。

「あんまり、歓迎されてないのかな。家に―――」

 いつもより口数が変に多いように思えたのも、気のせいだといい。




「で、何かあったの」

「や、なんで俺に聞こうと思ったんだよ」

 いまだによく来る某ハンバーガー店。もちろん、窓際でカウンター席である。濃い緑がほどよく散りばめられた街並みが、ここからはよく見える。

「祐介は知らなさそうだし、ほかにセナと親しい人っていないじゃん」

「たまにお前、ナチュラルに失礼だよな」

 はぁー、と、ため息をつく。仕方ねぇな、と口が動いた。

「全部は話すなって言われてるんだ。これ言っていいのかわかんないけど、気持ち悪がられるって」

「べつに、私は」

「だとしても。今までそれで、セナは結構傷を負ってるからな。過去には、干渉できないんだわ。わかるだろ?」

 ここ何年かで前より落ち着いた印象になった龍の声。言い返せないってことが、苦しくて嫌になる。

 続きを聞かないわけにはいかなくて、渋々頷いた。

「小学生の時の事故の話―――」

「うん、この間のでしょ」

「いや―――、でも違うわけじゃないか。うーん、むずいな」

 話し始めたところで、言いよどむ。頭をかきむしって、悩んだあと、机に突っ伏す。諦めたようにこっちを見上げた。

「なに」

「なぁ、余計なこと言うわけにいかねぇから、何が聞きたいのか言ってくれないか。それだったら判断簡単だろ。二の舞になりたくねぇし」

「そうくる?」

 予想外。二の舞って、前には誰かに話したことあるのかなぁ。正直、全部話して欲しいんですけど・・・? 

 そういうわけにもいかないか、と諦めて、小さく深呼吸。なんでかって? なんか、ちょっとだけパンドラを箱を開けようとしている人と同じ心地がしたから。

「昨日、―――わかる範囲でいいんだけど。何があった?」

「あー、昨日は親父さんが帰ってきてたらしい」

「だけ?」

「そ」

 なんだか拍子抜けである。

「あのケガは?」

「・・・ぶつけたんだろ」

 おかしい。龍の声のトーンが変に落ちた。

「だったら」

「あー、おしまい、おしまい! 話せるのはここまで! 質問はこれ以上受け付けないからな!」

 手をひらひらと振ってソーダを飲み干す龍。違和感。ただ、問い詰めるのは違うよね・・・。


 家に帰っても、もやっとまとわりつく違和感は変わらなかった。肘をついた手に顎をのせる。祐介が考え込んでた時も、こんな気持ちだったのかな。

 とりあえず、状況を整理してみようか。

 今ある情報。昨日はセナのお父さんが帰ってきてた。セナの手の甲にあざ。

「え?」

 思わず疑問符が声になって出た。今、恐ろしい考えが頭をよぎったような。

 セナは、確か前に男の人が怖いとかなんとか言ってたことがあって、お母さんが殺される、弟を守れないかも、とかも言ってて、今日はあざが出来てて。

 勝手に頭が推測を繰り広げていく。

 セナのお父さんとお母さんの仲が悪いとしたら。セナのお父さんが手を上げないとも限らない。

 知り合いではないから、どんな人かわからないから余計に考えがぐるぐると回る。

 子供にも手を上げ始めたんじゃないか―――、弟にも。それを守らないといけないから、セナが代わりに?

 祐介も、知ってるのかな。教えたほうが、いいの。勝手な推測でもあるし、だけど―――。

 ぐるぐる、目が回る。足元がぐにゃりと歪んだ気がした。

 もういいや、まぶたが落ちてくるのを感じながら、座っていた自室の椅子からベッドに倒れこむ。このまま起きて考え続けたら、体調までおかしくなりそうだった。


 次の朝も、セナはごくごく普通に登校なされた。昨日の苦悩をどうしてくれる、と、理不尽な文句を心の中で吐いた。

 昨日思いついたことを聞こうか聞くまいか、とっても迷っていた。龍の視線が何も言うなよ、と念を押してくるようで言えなかったけど。

 二人の時に聞いてみよう、と思った。セナに変なプレッシャーを与えないように、こちらが先に何か小さい相談をして、セナも相談事があったら言ってね、くらいで終わればいいと思った。祐介とか龍がいたら、話しにくいかもしれないから、お弁当を食べるときにでも。

 色々考えてたら、授業は全く頭に入ってないけど、すぐに時間になっていた。セナの教室に向かう。・・・今だにセナとクラスが一緒になっていない。運が悪い。

「セナー!」

 入口から呼びかける。いつもはすぐ何かしらセナが答えるのに、何もない。

「あれ? みさと?」

 ミホちゃんだった。

「ごめん、セナ知らない?」

「・・・ああ、沢口さん? なんか、屋上行くらしいよ。あ、ちょっと!」

 走った。屋上、何をしに? あまり登るな、と言われているから、ほとんど誰もいないような場所なのに。

 待ち合わせとかであってほしい、けど、もう昨日から最悪の状況しか頭に浮かばなくなってて。

 階段を駆け上がっている途中、ドアが開いて、閉められる音がした。屋上のドア、だと思う。ほかの教室は全部引き戸だから、音でわかる。

 一緒に聞こえた足音から、多分、セナだな、と思う。

 私も追いかけてドアに手をかけようとして、思いとどまった。

「ごめん、呼び出して」

 セナじゃない人の声がした。祐介、なんでここに?

 やめたほうがいいってことは知ってたけど、ドアを背にして聞き耳を立てる。同じことに気がついたのか、ついに、―――告白するのか。

 気になってしょうがなかった。





「ごめん、呼び出して」

 最近、少し疲れたような顔をよく見せるようになった沢口さんを前に、僕は今、屋上に立っている。

「先に言っとくね。あの、迷惑だったら、ごめん」

 迷惑は、できるだけかけたくないけど。

「僕は、沢口さんにできるだけ辛い思いはして欲しくないから。微妙なタイミングになっちゃったけど、」

 不思議そうな顔をして首を横に振り、じっとこっちを見ている。息が少し、苦しい。

 ―――大丈夫、そもそも、ふるふられるで考えないほうがいい気がするし。そういうんじゃなくて、伝えたいだけとも違うけど。

「好きです、沢口さん。」

 目が見開かれる。

 ギョッとする、というのに近いのかもしれなかった。無理もない、大丈夫―――。

「なんで、」

 ポツリ、と言葉が紡がれるのを見る。屋上らしさのある強い風に吹かれて揺れる髪の毛が、絵に描いたようだった。綺麗だな、と、少し目をそらす。

「少し、話したいことがあって。その話をするには、ここから言わないといけないかな、と思って」

 聞いてくれますか、と付け足すと、二三度瞬きをして、ゆっくりと首を縦に振った。



「あ、でも、あんまり、その・・・、僕なりに考えはしたんだ、けど・・・」

 ああ、やっぱり。でも、よかった。

 深呼吸をする。息がつまらないように。不自然にならないように。祐介には、気がつかれたくない。

 なんて反応していいかわかんないけど、とりあえず今は続きが重要だ。下手なこと言いかけたら、申し訳ないけど、割って入ろう。

 また、祐介の声がドア越しにくぐもって聞こえてくる。

 私は内容に耳を疑った。

「・・・やっぱり、今度話す・・・」

 いや、意気地なしですか、ここまで来て。セナのハテナマークがここからでも見えそうなんだけど。

「教室、戻ろうか」

 また、祐介の声。やばい、こっち来る。

 私は階段を転がるようにして駆け下りた。


「待って」

 それが沢口さんの口から出てきた言葉だと、理解するのに少し手間取った。

「どうした、の?」

 変につかえた声が出る。

 好きでいるのをやめてほしいだとか、そういうことだったら嫌だな。龍から聞きはしたけれど、もしそうなら、の理由もわかっているけど。龍に聞いたの、やっぱりまずかったか。でも、きっと沢口さんは理由を話そうとはしてくれないから。

「さっき言いかけた話、今話して」

「え?」

「なんの話なのか、私は・・・」

 言いよどんでいる。

「沢口さんがいいなら」

 隠したいだろうけど、ごめん。僕はもっと近くにいたい。一人で抱え込んで欲しくはないし、本当の意味で支えたいから。

「僕は」

 僕は―――。

 沢口さんが覚悟を決めるような、そんな複雑な顔をした。


「沢口さんがいいなら」

 どう言う意味か、なんて、知りたくもない。わかってるなら、なんで好きだなんていうのだろう。

「僕は」

 全部わかってても好きだなんて言おうというのか。それは、いささか残酷な気がする。それともやっぱり知らないのか。

「別に強くなろうとなんてしないから!」

 予想を大きく裏切る発言。意図が読めない。

「どういうこと」

 その理由を聞こうとする。話すのは苦手だった。どこかでほころびがいずれ生まれるから。

「ホントは聞き出したらダメなことだったかもしれない、けど。龍から聞いた」

 なら、さっきの発言は。

「だったら、」

「龍が話したことが、全部じゃないって勝手に考えた。違ったら、ごめん。普通にごめん。それに、これが当たっていたからといって、付き合ってくれなんて言うつもりないけど」

 前置きが長い・・・。

「龍が、不良になった時、かなり悔やんだりしたのかな、って・・・」

 私は小さく息を吐く。

 ダメだ、全部知られてる。ここからごまかせないことくらい、友達が少なくてもわかる。

「何がしたいの、何が、望み?」

「そういうんじゃない!」

「何かを口止めにしておかないと、」

 言いよどむ。私は、なんでここまで隠しているんだっけ。



 口止めしておかないと、という沢口さんの言葉に悔しくなった。

 まだ、僕は信用するに値しない人間ですか。みさとや、龍には普通に話せるんですか。支えようとするくらい、・・・。

「何か」

 また言葉を続けようとしている沢口さんを見て、ふと違和感を感じる。

 問い詰めてもよかった。だけど、理由がわからなくもないような気がして。

「だったら、」

 沢口さんの表情は困惑だった。その直前までは何かを怖がっているような顔だったのに。

 僕は自分の『望み』を沢口さんに言う。それくらいしかできない。沢口さんを追い詰めたかったわけじゃない。僕は。


 ―――僕が沢口さんのことを好きだって知ったまま、僕がこれからも沢口さんを好きであること、みさととか龍と一緒に沢口さんの近くにいることを許してくれませんか。―――






「なんなんですか、あなたは!」

 医者が憤慨して机を叩き立ち上がった。

「治療費が払えないって、彼女が死んでしまってもいいって言うんですか!」

 ―――やめて、やめてよ。けんかしないで。

「仕方がないだろう、ないものはないんだ!」

 年端もいかない少女は、言い争う医者と父親の横で目をきつくつむっていた。

「あまり言いたくはないですけど、あなたの親か誰かに頭を下げればいいだけの話じゃないですか!」

「他人にとやかく言われる話ではない! とにかくもう少しだけ待ってくれと言っている!」

 怒りで顔をさらに赤くした医者が吐き捨てた。

「もういい、結構です! もう時間がないと言っているのに。あなたは彼女を見殺しにするんですからね! あんたが殺したんだ!」

「おい、待つんだ!」

 扉を叩きつけて出て行った二人を、目で追わずに少女は膝を抱える。

 ―――ぱぱが、ままをころしちゃうの。なんで。わたしがたのんで、おかいものにいったから?

 廊下からまだ二人の大声が聞こえてくる。

 ―――いやだ、ききたくない。

 耳を塞ぐ。少女は浮かんでいた涙を腕で乱暴に拭うと、彼女の母親の病室へと駆け出した。

 ―――わたしがまちがえたから、わたしがまもらなきゃ。まもらなきゃ。わたしが。わたしが。


 勢いよく上半身を布団から起こした。やけに速い心拍音と、引きつった呼吸音が部屋に満ちていた。

 久々に、嫌な夢を見た。まだ耳の中に残っている気がする声がハウリングするように響いている。頭が、ぼんやりと痛い。

 だるい体を動かし、服を着替える。逃げ出したくて、外に出た。今日が休みでよかった。

 ―――あなたは彼女を見殺しにするんですからね! あんたが殺したんだ!

 違うって、わかってはいる。もう流石にそれがわからない歳ではない。それに、お父さんはあの頃必死にいろいろなところに頭を下げてお金を借りれるように頼んでいたらしい。怒鳴ったのは、疲れていたからだ。今、ほとんど家に帰らずに働いているのはそれを返すためだ。弟たちも本当にたくさん遊んだりして楽しそうで。そう、悪いのは私。勝手に勘違って、変な癖まで作ってしまって。

 ―――あんたが殺したんだ!

 あの声が聞こえた瞬間、なぜかそうだったのかも、という思い違いをしてしまったのだ。そして、弟も含めて私がお母さんたちを守らないと、と強く思った。

 そんな時期に、お父さんとお母さんが言い争っていたことがあった。内容なんか覚えてもいない。ただ、その時テレビで仲良く食卓を囲む家族が出てきていたことだけははっきりと覚えている。

 お父さんに怖がらせようとかそういった意思はなかった気がする、ただついやってしたというようなタイミングで叩かれたテーブルが、またあの言葉を思い出させた。目の前が赤とか、白とか、とにかくそういった色に染まったのは覚えている。

 その時、私は死に物狂いでお父さんをたたいていたらしい。我に返ったとき必死で止めようとしているお母さんと、振り払ったりしたいだろうに怪我をさせたくないからといってほとんど動かないお父さんが目に入り、私はその場で泣き出してしまった。子供の、しかも女子の腕力なんて大したことはなかったけど、やっぱりいくつかはアザになってしまったみたいだった。

 私のこの迷惑な反射にも近い癖の対象は、身近にいる弟たち以外の男性だった。どうやら弟は守る対象に入っているらしかった。

 やっぱり、あるとき私は龍も殴ってしまった。小学四年生くらいだった気がする。その時はすぐに気がついたけど、やっぱりアザが次の日には出来ていた。龍は私が何かに怒ったのだと勘違いして、悩んでいた。小さい頃からの友達が離れていくかもしれないとわかって、その頃にはもう話さないほうがいいことだとは思っていたけど、話した。お母さんにもあまり話してなかった。

 俺が強くなればいいんだと、龍は言った。クラスでも少し浮いていていやがらせを受けることも多かった私を、守るためだとも言ってくれた。柔道やら何やらやっていたこともあったけど、中学に入ってからは不良グループに入るようになってしまった。

 ある日、また龍は言った。しばらく俺には近づくな、セナが目をつけられるのは嫌だから、裏からなら守りやすいし。龍の中身は変わってない。とはいえ、やっぱりケンカとかの回数も多いし、私の癖も治らない。私がアザをつけてしまうたびに龍は、ケンカしてるから、これくらいなんてことないよと言った。純粋な優しさとはわかってるけど、怪我とかが増えていくのを見るのは苦しかった。

 周りの人を傷つけたくはないけど、ある程度近くにいればそうなってしまう。だから、龍以外の男子はできるだけ避けていたのに。

 ―――好きです、沢口さん。

 響いていた声に、昨日の声が混ざる。

 なんでなのか、本当に意味がわからなかった。全然知らない男子に言われたことは何回かあったけど、全部断ってきた。何か知っているふうに言われても、龍に助けを求めれば大抵はもう何も言わなくなった。そうしてきたのに。

 できなかった。できるわけない。

 いつの間にか身近な人になってたのだと、今更気がついた。

「気づくのが、遅いよ・・・」

 思ったより、いや、予想したことなんてなかったからこそ重く感じられた。今回は龍に頼むことではないんだろう。しかも、咄嗟に自分から切りだしてしまった取引に返ってきた答えもタチが悪かった。

 『僕が沢口さんのことを好きだって知ったまま、僕がこれからも沢口さんを好きであること、みさととか龍と一緒に沢口さんの近くにいることを許してくれませんか。』

 なんて返せばいいのかわからなかった。

 身近になってしまっていたこと、気づいて離れることができなかったこと、思ったより心を許してしまっていたこと。

 全部、失敗だった―――。

 離れたくないけど、離れないといけない。友達じゃなくならないといけない。嫌だ、嫌だけど。

 私はのろのろとポケットにある携帯電話に手を伸ばした。



 ルルルルル・・・

 唐突に携帯が鳴った。することもなく昔の漫画本をなんとなく読み返していた私は、寝転がっていた体制から身を起こした。セナからだと表示された携帯が足のあたりでなっている。

 どうしよう、流石に、出たくない。セナには悪いけど、内容によっては即座に切ってしまいそうだ。

 一緒に帰るのはやっぱりはばかられて、昨日だって一人でさっさと帰ってきてしまった。諦めてはいたんだけどね・・・、苦笑するしかないわな。もうちょっとおおらかな人になりたーい、っと。

 ブツリと音が鳴りやんだ。あーあ、無視っちゃった。

 体制を元に戻す。罪悪感がないわけでもないんだけどね。

 ッルルルルル・・・

 また、セナだ。流石に、何かあったか、大事な用事があるんだろうな。

「はい、・・・もしもし?」

 返事が返ってこなかった。ボワボワと、機械を通してしか聞けない風切音が耳元でなる。

 おかしいな・・・。一気にさっきまでの嫌な感情が不安に押し流される。

「セナ? セナだよね?」

『うん。・・・疲れた』

 予想してたよりずっとローテンションなセナの声。確かに疲れてそうだけど。いやいや、もうそろそろ死にそうよ?

「え? どした? 今どこ? めちゃくちゃ風の音がするんだけど」

『うん』

「いや、どこよ? そっち行きたいんだけど」

『うん・・・』

「ねぇ、どうしたの?」

『北見くんに、全部バレてた・・・』

「何が?」

『うん・・・』

「とにかく、今からそっち行くから」

 空白が長く続いたあと、ブツリと、通話が切れる音がした。

 おい、祐介! なにやったんだお前!

 チリン、と今度は私がメールを受信した時になるよう設定した音が鳴って、これもセナからだった。

『来なくていい 大丈夫』

 バカじゃないの、と思う。明らかに行ったほうがいいやつじゃん。セナ、メールでもあんまり意味ないやつ普段は送んないじゃん。大丈夫なんて、言わないじゃん。

『どこ?』

 メールをこっちからも送って、自転車に乗る。そういえば今日は何も話しかけてこない祐介に腹を立てた。

 どこにいるの、セナ。

 公園、いつもの店、学校。それくらいしかわかんない。でも、そのうちのどこにもいなかった。龍を呼ぼうか、聞いてみたら早いんだろうな。・・・いや、そうじゃないな。セナは私にSOSを出した。

 かくれんぼじゃないんだから、もっと簡単に見つけられてもいいと思うんだけど。そうもいかないか。行ったほうがいいに決まってるけど、セナは別に来て欲しくなさそうなんだし。

 祐介は、祐介は? あのあとなにか言ったのかな。またもう一度会ったとか。この際、もうストーカーみたいになってもいいから、見張るなりなんなりしておけばよかった。セナは祐介が好きな人である前に、私の友達でもあるんだから。

 そもそも、こういうので呼ばれるのが祐介だったら良かったんだ。頼れる相手を祐介にしておけば。龍には相談できないこともいくつかできるだろうし、その時だけでも呼び出されるように祐介をしておけばよかった。介入しすぎたんだ。私がいなければ、もう少しそうなっていたかもしれないのに。

 一度、二人でハンバーガー食べながら談笑してたこともあったじゃん。あの時うまくフェードアウトしとけば、案外簡単にハッパーエンドだったかもしれないじゃん。

 理不尽で面倒な感情がモヤモヤと胸のあたりに溜まって、どうしようもないような、やりきれない感じが溢れた。

 でも、ピンチじゃないでしょ? 死にそうな、あんなセナみたいな声になるほどじゃないんでしょ? だったら、自分を優先してる場合じゃない。

 何度か止まろうとする足を叱咤して、自転車を走らせる。

 結局夕方になっても、セナは見つからなくて。もう家に帰ってるかも、とか、すれ違いになったかも、とか考えなかったわけがなかったけど。

 なんとなく、まだ電話した時と同じ場所にいるような気がして。

 風切音、風が強い場所なのか。また屋上だと思ったけどいなくて、二番目の候補だった橋にもいなかった。ビル風も考えて探したけど、見つからなかった。あと、近場で風が強くなりやすいところと言ったら、あそこしかない。

 私は道の角を曲がり、風が吹いてくる方向に自転車を向けた。


 やっぱり、多分移動はしてなかったのだと思う。

 昼間は賑やかなのに、今はほとんど人がいない海辺に、セナは一人でいた。

 足を投げ出すようにして砂浜に座っているセナを見つけて、自転車をその場で乗り捨てた。駆け寄ろうとして、思いとどまる。理由はないけど、ただなんとなく。

 前にもこんな光景があったような気がした。夕日から顔を背けようとでもするようにうつむいたセナを見て、ああ、病院で見たのか、と変に納得した。

 声をかけずに、近くまで歩いていく。太陽を背にしてセナの正面に立つと、影で気がついたのかセナが顔をゆっくりと上げる。

「みさと」

 ちゃんと自分を見ているのに、とりあえず安心する。別に、今回は取り乱すようなことではないみたいだ。

「どうしたの?」

 私もとなりに腰を下ろした。

「ごめんね」

「え?」

 戸惑う。なんのことに対して謝ってるのか。

「ごめんなさい・・・。みさとにも話さないと、隠してたこと。私の癖のこと」

 うまく話せないから、と渡された携帯の画面には、びっしりと文字が並んでいた。日記と独白の間のような文だった。



「ふぅ」

 読み終わってため息を着くと、セナが少し怯えたように声を上げた。いや、つい、というかセナも飲み物飲んだとき息つくでしょ?

 それはともかく、画面に目を戻す。

 とりあえず、私が立ててた推測は間違ってたみたいだった。よかった。

 読み終わっても、しっくりこない、というか、それでいて納得したというか・・・。セナの行動の意味は読めたけど。

 多分、はじめから全部書かれていたのだと思う。龍が不良になったことに責任を感じているとかも書いてあった。いやー、この医者許せんな・・・。パパさんも、いや、何とも言えないか。

「読み終わったよ」

「え、と、気持ち悪い、とか思わないの・・・」

 うん、セナが気になるのはやっぱりそこなんだね。

「ん? 別に?」

 実際気にならないし、軽く受け流しとこ。変に否定しても不安にさせるだけだと思うし。

 これがバレなくても、もともとセナを妬んだり嫌味なことばかり言っている人はいるし、結構気にしてたのかもしれない。私も、セナの感情をなんとなくだけど読めるようになったのは、近くにいることが多くなってからだ。

「よかった、けど。・・・みさとは男じゃないから、かな」

「そうでもないと思うけど。いやぁ、大変だったんだね。まぁ、多分大丈夫だよ。で」

 コクリと頷かれる。

「祐介にはなんて言われたの」

「全部知られてるってわかって、口止めしようと思って、そしたら」

 ああ、なるほどねー。それはどうにもね。

「うん、なに?」

「これからもそばにいていいかと、好きでいさせて欲しいみたいな文章を言われて」

 正直これはあんまり聞きたくはなかった・・・。しょうがないけど。

「いいんじゃない、別に」

 ほぼ間を開けずに答えた私に、セナが驚いた顔をする。

「なんで」

「だって、龍が一時期そうなったのも、別にセナがお願いしたとかじゃないんでしょ?」

 コクリ、頷く。

「だったら、本人がそうなりたいと思っただけだし、責任を感じることなんてないと思う。それに、祐介にそこまで度胸があるとも思わないし。」

 コクリ。頷いたあとにセナが思いついたように付け足した。

「そういえば、強くなろうとはしないって、言ってたかも」

「うん。それにさ、癖だって言うけどセナが殴りたくて殴ってるんじゃないんだし、あんまり気にしすぎてもよくないんじゃないかな」

 告り。

 あ、違った。

「とりあえず、そんなに気にすることないよ」

 今度は腑に落ちない、といった感じで頷くセナ。 

「このあとどうしよっか。家帰る? どっかで一息つきたい?」

「今日は帰る。でも、明日も予定はなくて」

 いつものやつね。

「それじゃ、また時計台のしたで待ち合わせね」

 花を飛ばしながら頷くセナ。なんというか、ちょろいというのか、安いというのか・・・。たまに誘拐されないか心配になる。でも。知らない人にはかなり冷たいから、大丈夫か。

 駅近くで別れて、また家に戻る。とりあえずは、ひと段落なのかな。調子が戻ってよかった。

 なんだか責任重大だったなぁ、なんてつぶやきながら家路に着いた。

 そこで気が付く。

 あ・・・、あれ? 祐介の気持ちに対してはノーコメントだったな、そういえば。明日、一応聞いてみよう・・・。


 

「ヤッホー」

「みさと、おはよう」

 昨日に比べるといくらかすっきりとした表情のセナ。ちょっとは回復した、のかな。

「どっか行きたいところとかある?」

 少し考える仕草をしたあとにセナがフルフルと頭を横に振ったので、適当に公園で飲み物を片手にのんびりすることになった。最近お財布に木枯らしが吹いている。

「そういえば、」

 ふと思いついたように切り出す。

「祐介への返事ってどうするの? ほら、なんか条件みたいのあったじゃん」

 私には、多分どちらにしろ関係はないけれど。

「恋愛、とかは、まだあまりしたくない」

「そっか。まあ、それもいいんじゃない」

「でも、どっちでもいいかも」

「ふーん」

 思ったとおりといえば、そのとおりかな。

 私は買ったばかりのサイダーを一口のんだ。セナも同じように飲もうとして、あ、でも、と付け足した。

「一緒には、いたい。今までどおり。だから、北見君が何を思ってても、かまわない」

「そっかぁ」

 ・・・どうする、祐介。なーんにも変わらなさそうだよ。

 ため息を飲み込む努力をしていると、セナがまた少し心配そうな顔になった。

「みさとは? 一緒にいてくれる?」

「うん、どうして?」

 いや、そこまで心配ですかね。引越しとかしない限り一緒にいるでしょうが・・・。今なら連絡も簡単に取れるし。

「一番一緒にいる理由がないのは、みさとだもの。龍は、幼馴染。北見くんは、」

 う、ううん・・・。どうしたもんかね。とりあえず、心配そうな顔はしなくていいと思う・・・。

「だったら、はっきりした理由がないのにこんなにずっと一緒にいるってことで、証明できない? 一緒にいたいからいるっていうのは、私も同じだし」

 セナの驚いた顔。そのままコクリと頷いた。最近よく見るなぁ、驚き顔。今回は明るめだな。

 結局は動かずじまいか。今までと全く同じではないにしろ、変わらないのかな。



 家に帰ると、祐介がなんだか久しぶりにベランダ越しに話しかけてきた。

「おかえりー」

「はいはい」

 何とも言えない声音だけど、・・・?

「一昨日、セナに告白したんだけど・・・」

「うん知ってる」

「あれ、なんで知ってるの?」

「セナにきいたわボケ」

「なんで急にそんな感じだよ・・・」

「いろいろいっぺんにぶっちゃけ過ぎてんじゃん、と思って」

「やっぱりまずかったぁ・・・?」

 やっぱりこっちはこっちで反省中か・・・?

 うむ、ゆっくり反省するがよい。結構セナにも負荷がかかってたぞ。


 次の日、いまだに続く恒例を繰り返しセナと合流する。

「おはよー」

「おはよう、みさと」

 祐介がなんだかんだいつもの流れで挨拶をする。それはいい。うん。

「・・・おはよう」

 ふわっと柔らかーく、それはそれは自然に微笑んでる私の隣の人がいる。セナ? え? 不覚にも、すこし焦ったのは置いておいて。普通になんで? そして、固まる祐介。そりゃ、まあそんな反応はするだろう。

「よぉ」

 電信柱に寄り掛かっていた龍が顔を上げた。いまだに少し違和感があるけど、龍は髪を染め直して黒にした。金髪はどうかと思うけど、案外似合ってたのになぁ。

「あ、おはよ、龍」

「おはよう」

 合流して歩き出した龍の肩を二回ちょんちょんとつつく。

「ん? どうした?」

 私の身長に合わせて身をかがめる龍。私は少し背伸びをして、口に手を添えて耳打ちした。

「なんでセナ、あんな感じなの」

「なにがだよ」

「急に祐介に普通に接するようになってんだけど」

「ああ、これからも一緒にいるんだろうなって人には、あきらめて普通に接するようになるっつか。ほら、祐介の奴、こないだ告ってたろ? 変なきっかけだとは思うけど、そのせいじゃねーの」

 なんでお前も知ってるんだ。そんな言葉はさておいて。

「へぇー」

 いいなぁ。

 何に対してでもないけど、急にそう思えた。


「で?」

「なに」

「おまえ、なんでそんな感じでまとめようとしてんだよ!」

「同感!」

 セナがいないところで絶賛祐介に詰め寄り中。誰とかって? 龍以外にいないでしょ。ほとんど世界に四人しかいないような状況なんだから。

「そんな状況って、え? なになに?」

「だーかーら、告白したのは何のためだったんだよ。珍しく勇気出したんだろ?」

「そうだよ! セナとなんとなく距離が縮まっただけじゃん!」

「え?」

 嬉しいのはわかるけど? わかるけど何か?

 祐介の告白、セナの態度の急変ときて、それから一週間たった。それだけ? 早く決着つけてほしいんだけど!?

「だってさぁ、もうこれだけでいいかなぁなんて思うくらいには仲良くなれてるっていうかさぁ」

「はい、そこ! デレデレしない!」

 ほほの緩み具合が大変ですよー。いつだったか似たようなの見たな・・・。あ、セナと初めて遊ぶ約束取り付けた時のやつだ。あいかっわらず尻尾を千切れんばかりに振っておられますが・・・?

「あぁ、そういえば三日前に放課後、セナって呼んでいいから祐介って呼んでいいかって聞かれたんだよねぇ。確か、五時二十六分くらいだったんだけどぉ」

 ・・・へぇえ? 私初めて会ったその日に言われましたけど? っていうか細かい時間報告いらんわ! 気味が悪い! 気色も悪い!

「その報告必要ねーし。ってか、死亡推定時刻じゃあるまいし・・・。」

 同じようなツッコみを龍も入れる。

「だってぇ、うれしかったから・・・」

「いや、女子? 女子なの? 私今まで男だと思ってたんだけど・・・」

「そこまで極端に女々しくなくない?」

「いや、今きもち悪ぃレベルでお前女々しいぞ」

「え、マジ?」

 自覚なし! それがマジか、だわ。

「・・・とにかく、この中途半端さをどうにかせんかい!」

「見守ってやってたのに手ごたえがあるかどうかもわからねーっていうのも微妙な感じになるだろ?」

 ため息をつく龍に、祐介は困った顔をするばかりだ。・・・訂正失礼、どこかにやけてはいるけど。

「だって、僕にもわかんないんだもん」

「ほらぁー、そういうところだよ」

「それにもんっていうなもんって。男がやってもきもいだけだろ」

 あはは、双方から攻撃受けてやんの。まぁ、片方私だけどね。

「それに、なんて聞けばいいのさ。ぼかぁ知らねーんだ」

「いや、お前浮かれすぎだろ」

「浮かれちゃうのはわかるけどさー」

 うん。浮かれちゃうのはわかるんだよ。だってずっと好きだもんね。付き合えてるわけではないにしろ、かなり距離が近づいたんだから。

 セナは今は恋愛したくないとかって言ってはいたけど、努力くらいはしてもらおう。そして、一つ気になっていること。

「あと、祐介セナに付き合ってとか言ってないでしょ」

「あー、そういえば?」

「言わなきゃ伝わらないでしょうが!」

「でも、白黒つければいいってもんでもないと思うしさぁ」

「このままだと友達で終わるよ? たぶんセナ、簡単に流しちゃうよ?」

「なかったことみたいにされんのが嫌なら、さっさと白黒つけろって」

「あー、うん。じゃあ、そのうち伝えるー」

 のんびりした声出すなや!

「おい、こいつどうしようもないぜ、みさと。」

 あきれた顔で龍が肩をすくめた。


「みさと?」

「なーにー?」

「機嫌悪い?」

 セナである。放課後はやっぱり何となくセナと二人でいることが多い。龍はバイト、祐介はタイミングが悪いというか、なんとなく放課後は難しいらしい。から。

「別に」

 誰かさんが優柔不断だからってだけですよ?

「浮かない顔、いや、複雑な顔してる。」

「浮かない顔ねぇ」

「何かあった?」

 特に何も。いや、あったけどあなたがもう知っていることですわよ。

 そういえばセナ、あいづちが増えた?

「・・・今日、よくしゃべるね」

「そらされた気がする」

 あと、話し方は変わってないけど少し砕けた感じがする。うーん。

 あの時は何してくれるんだって感じだったけど、いいほうに向かってるのかな。なんか私がおたおたしたのがばかみたいだけど。

 ま、とりあえずは三人ともそれなりに楽しそうだから。万事オッケーだよね。



 龍、速報。最近どれだけ沢・・・セナがかわいくなってると思う? ・・・あと、みさとが変にピリピリしてるか。あ、龍もだったっけ。

 この間僕、セナに告白したでしょ。返事もらえてないけど。なんでだろ、前より仲良くなってる気がするんだよなぁ。みさとと龍は、今のこのふんわりした感じが気に入らないみたいだけどさ。けど、今までが今までなんだから、しょうがないと僕は思うわけ。

 放課後に予定がない日は、セナはみさとを連れてどこかへ行ってしまうでしょ。逆も然り。龍に対しての口調は、適当だったりきつかったりするように見えても、心配からくる言葉とか、そんなのばっかりだし。セナに存在を認識されていないんじゃないかと思いそうになるほどだったよね。話しかけたら短く返答が来たり、それだけだったじゃん。ていうか、みさとはセナを独占しすぎ! 逆も然り! え、今日それ好きだなって? 別にいいだろ。僕にもかまってほしいとか思うけど、言えるわけないじゃん。いや、前一回言ったからさすがに情けないっていうか。十分情けないって? まぁ、いいじゃん。セナと一緒に過ごせるのはもちろんうれしいんだろうけど。うらやましいです。

 ・・・話それてるじゃん。いつの間に・・・。戻す。戻すね。いや、今日話したかったのはこっちじゃないんだって。

 それで、いま、どんな、感じかっていうと、それはもう、うん! 見たらわかるって、大袈裟だって言われても・・・。

 今までみさとと龍はこんなセナを見ていたのかぁ。いいなぁ。本当にうらやましいなぁ。

 ・・・でも、なんで告白したとたんにこんな風になったんだろう?



「どう思う? ・・・って、聞いてないだろ、龍」

「お前がおしゃべりなだけだ、祐介。内容から何まで女子みたいなしゃべり方すんのな、逆に感心するわ」

「その、『女子』という概念の参考がいつもの二人なら、相当偏ってると思うけど?」

「あー、はいはい。だからってお前が女々しくないって理由にはなりえないからな」

 なんでだよ。あの二人は一般的な女子とは結構違う位置にいるだろ。

 セナ、は、なんか違う。全然違う。みさとは、・・・僕に似てる? 僕がみさとに似てるのか? どっちでもいいけど。

「あと、お前気づいてないみてぇだから言うけど、それって逆に仲のいい友達まっしぐらだからな? セナは友情を優先する気がするから、多少はあいまいな今のうちにもう一歩踏み込んどけよ」

「そう、その話だよ、したかったのは!」

「なんだよ。急に立ち上がるな、ビビるわ。ここ不安定だろ」

「いつも二人していろいろ言うけど、この状態で付き合ってくれって言ってオッケーされると思う?」

「無視かよ、じゃなくて。いや、えっと?」

「思わないよね?」

 渋い顔をする龍。そりゃあそうだ。僕も思わない・・・!

「思わなくもない、くらいでいいか」

「思ってないだろ? 思えないだろ?」

 勝ち誇ったように笑ってから少し悲しくなる。

「自分で言ってて悲しくないか、お前」

「言うなよ・・・。今自分でも思ってたんだよ。で、どうすりゃいいの。これ以上何しろっての」

「知らねえよ。・・・あ、さっきの質問くらいなら答えてやれるけど」

「え、まじ? どの質問」

「さっきの・・・、なんで告ったら距離が縮まったかってやつ」

「知りたい!」

「あれだよ、あきらめたんだよ」

「なにぉ?」

「まぬけっぽさ出すな・・・。ほら、セナってあんまり友達いないだろ?」

「うん。なんでだろぉ」

「いや、まぬけっぽさ出すなって。・・・、あれはほら、前にセナのあの癖の話したろ?」

「イエス」

「・・・はぁ。あれってある程度身近な人に対してだけらしいんだ。だかららしいんだよ。あと、普通にバレたら嫌われそうとかアホなこと考えてんだろうけど」

「で、何をあきらめたの」

「お前と距離をとるの」

「へ」

「これはもうしばらくどうしても一緒にいるだろうなって受け入れたんじゃねぇの。本人に自覚はなさそうだけど」

「マジか・・・」

「よかったな」

 龍がセナに関して言うことはたいてい合ってる。ってことは、さぁ。

「いやもう、好きー!」

「わ、いい加減やめとけお前、唐突に叫ぶの。何回目だ」

 なんだかんだ言いながら相談に付き合ってくれる、龍にも感謝してる。いつもなんとなく公園で、このメンバーになるとこういう話になる。習い事をさせるのが流行っているせいか公園に子供は少ない。ラッキー。そして僕らはいつもアスレチックの一番上を牛耳っている。誰も来ないけど。

 こういう話ってみさとに話してもいいんだけど、最近疲れて見えるんだよなぁ。大丈夫かな。

 後、龍。実はひとつ前から気になってたことが。

「で、唐突ついでに一つお聞きしたいのですが」

「んだよ」

「お前のシスコンいつ終わんの」

「お、・・・俺に姉妹なんていねぇけど?」

「自覚はあるようだなぁ。わかってるんだろう? 龍、お前はセナに執着しすぎだ・・・」

「べ、別に?」

「そうでなければ、セナの友好関係を毎回調べては気に入らない人に対して警戒心を丸出しにする理由がわからなぁい」

「お前だってみさとに執着してんだろ?」

「ハッピーセットのようなものだから、それはいいの」

「どういうことだよ」

「それに、僕はみさとの友達の趣味まで把握しようとはしていなーい」

「までって言った! お前も友好関係調べてるじゃねぇか!」

「こ、言葉のあやだから、それは。違う!」

「訂正受けつけませーん。アウトー」

「おい!」

 少しの間があった後、こらえられなくなったっみたいに龍が笑い出して、つられて僕も合わせた二人で腹を抱えて笑った。

 笑いすぎて腹筋が割れそうになっていた時、公園の外にセナの姿が見えた。

「あ、あれ、セナだよね?」

「え? ああ、そうだな。・・・よく見つけるな、お前。ほとんど米粒サイズじゃねぇか」

 ここら辺はただの住宅地だから、少し高いところにあるこのアスレチックから意外と遠くまで見渡せる。ちなみに、入り口近くにあるベンチに最近よくセナとみさとは現れる。のを、龍と見つけてたりする。

「何か探してんのかな。きょろきょろしてるし。・・・ベンチの下のぞいてる」

「何か落としたんだろ」

「手伝おう!」

「え、待てって。ほんとしょうがねぇやつ」

 後ろから失礼な言葉がボソッと聞こえたが、面倒なので気が付かないふりをする。

「セナ!」

「あ、祐介」

 くるりと振り返るセナ。うん。すぐ振り返ることなんて今まであんまりなかったから、新鮮だなぁ。

「何か落とし物? 探してるみたいだったけど」

 ちょっと考えた後首を横に振る。

「みさと探してた」

「ベンチの下を?」

 うん、と頷くセナ。

「いた?」

「いなかった」

 まぁ、面白いから聞いたんだけど。

「よお」

「龍もいたの。勉強は?」

「え、・・・え?」

 龍に対してだけはあたりがやっぱり強いんだよなぁ、と、戸惑う龍を見て思った。

「今からでも塾に入れようかしらって、龍ママが言ってた」

「げぇ、しばらく逃げなきゃ・・・」

「いや、勉強しろよ。あきらめて」

 龍は勉強が嫌いらしい。好きな人がいるかどうかは別として。

 高校入る前の一か月で一気に成績上がったらしいから、やる気を出せばいいんだとは思うけど。

「あー、バイトしてぇ」

 ぼやく龍、を非難するようなめっで眺めるセナ。龍は学校で許されている時間外でバイトして、一定期間曜日を制限されているらしい。みさとには言うなと言われたけど。かっこ悪いから。

「みさと、知らない?」

 最近確信しなおしたけど、セナがあまりしゃべろうとしないのはそっけないからではないらしい。単に話すのが苦手みたいだ、といつだったかみさとに聞いた。

「最近疲れてるみたいだから、もしかしたら家にいるとおもうよ」

 ため息をつくみさとは、今までほとんど見なかった気がするのに、よく見かけるようになった。

「そういえば昨日、不思議な顔してた」

「ってなわけで、祐介ん家遊びに行かせてもらおうぜ」

「いいけど、みさといるかわかんないよ?」

「そしたら、探せばいい」

 まぁ、いいけどね・・・。




「みさとー! ただいまー!」

 ベランダ越しに祐介の声がした。私もベランダ越しに返す。

「おー、お帰りー」

「二人とも来てるんだけど、みさともおいでよ」

「はーい、ちょっと待ってねー」

 階段を駆け下りて祐介の部屋に向かう。何も持って行かないのは、持っていくのがマナーだと知らないうちから通いすぎてなあなあになってしまったからだ。

「便利だな、ベランダ近いと」

 部屋にいた龍が言う。さっき祐介が言った二人とは、きまってセナと龍のことだ。

 そっちも家となりだったんじゃなかったっけ、と返す。

「セナの部屋は一階、俺の部屋は二階。庭が隣同士でさ、俺がよく柵乗り越えて遊んでた。ただ、部屋からだと大声出さなきゃなかなかむずかしいんだけどな。なぁ、セナ」

 セナがコクリ、と頷いた。

「あー、なるほど。でも、そっちもいいなぁ」

 祐介が口をはさんだ。なんとなく、少し面白くない。

「ところで珍しいじゃん、部屋で集まるなんて」

「んー、最近外暑くなってきたしさぁ。せめて日影がいいかなって」

「あー、確かに?」

 去年も確か室内が増えてた、かもしれない。

「あ、後セナがみさとを探してたから」

 ん? そうなの?

「へー、どうしたの、セナ」

「・・・いなかったから。それだけ」

「ふーん?」

 祐介からの視線が一瞬鋭くなった気がした・・・。セナ、かわいさなら祐介に見せたほうがいいと思うよ? さらに落ちるから・・・。

「せっかく集まったんだし、ゲームでもしようぜ」

「あ、でもここには・・・」

「みさとん家行けばいいだろ、いつも通り」

「いいけど」

 四人でぞろぞろと私の家に移動する。母さんも祐介のママも驚かないのはいつものことだからだと思う。はたから見れば奇妙だとは思うけど。・・・意外と普通なのかな。

「お邪魔します」

「ただいまー」

「ゲームだ!」

「リビング借りますねっ」

 お前らはチビッ子かっ。お行儀がいいのはセナだけである。

 リビングに入ると、祐介と龍はゲームソフトの箱をあさっていた。まあ、でもこれもよくあること。

「はい、おやつね。ここ置いておくから。はい、飲物はここね」

「あ、ありがとございます」

 ちょっとどもってセナが言う。お礼とかはちゃんと言うけど、人と話すのはやっぱり苦手らしい。

「セナ、リンゴジュースとお茶、どっちにする?」

「・・・お茶、の方で」

 祐介が聞いて、セナが答える。それを見て母さんがふと思いついたように言った。

「なんかいいわねぇ、仲良しじゃない」

 青春ねぇ、と笑う母さんに、祐介が顔を赤くした。セナは少し笑って、祐介からお茶を受け取って。

 チリ、と胸が痛くなった。なんで今更、今更じゃないの。ずっと前に協力するって、決めたじゃん。

「そんな、セ、セナに失礼ですよ」

 しどもどしながらも、はっきりとは否定しない祐介。

「えー? そんなことないわよ」

 母さんが肯定の言葉を出す。

 私も、そう思う。そう、思うけど。

 じりじり焼けるような。いやだよ、掘り返さないで。自分の汚いとこなんか、見たくない―――。

「あ! 今日俺、これやりたい! みさと、得意って言ってただろ?」

 ふいに龍が大きく声を出した。

「え、あ、うん。ゾンビとか大丈夫だっけ」

 びっくりしてしょうもないことを言ってしまう。

「へーきに決まってんだろ! さ、早く始めようぜ。」

「う、うん」

 いつもよりテンション高いな、龍。なんか、助かったけど・・・。

「後、みさとはジュースだったよな」

「うん」

「祐介―、二人分ジュース!」

「せめて取りに来いよ・・・、はい」

 なんだかんだ言て近くまで置きに来る祐介、当然のように受け取る龍。

「みさとの分、こっち置いとくな」

「あ、ありがと・・・」

「あと、コントローラ―。はい」

 なんとなくゲームが始まって、龍と祐介と私が基本的に遊んでて、セナはゲームは見てるほうが好きだと言って。

 どうでもいいようなことしかしないこの時間に、久しぶりに楽しいな、とついつぶやいた。

 セナが途中で遊んでみたいというので、結局は二人ずつ回していくことにした。セナがゾンビを倒している。・・・違和感。祐介は見慣れてるけど。

「な、みさと」

 とたんに龍が私に耳打ちした。もしかしたらそこまで突然じゃなかったかもしれないけど、画面をぼぉっと見ていた私は飛び上がりそうになる。

「はい?」

「なんかあった?」

 答えて、龍は素手でゾンビ倒してても違和感ないよな、とか思って。ふと気が付いた。

「いや待て、距離感おかしくない?」

「なにが。いや、質問を質問で返すなよ」

「だって、近くない?」

「振り向くからだろ、そのまま聞いときゃいいのに。それに、あんまり周りに聞かれたくなかったら言わないだろうと思って。・・・最近微妙な顔してること多いだろ」

 あー、・・・ね。

「別に、とくには何も?」

「だったら、いいんだけどな」

「何かあったら相談するって。心配しないで」

「心配はしてない!」

「えー?」

 あ、目そらした。

 おもしろい。龍が照れてんのとか、あんまり見ないし。

 そんなこと考えてたら、でも、と龍が急にぐっとまじめな表情になって言った。

「ほんとに、何かあったらすぐに言えよ?」

「・・・わかってるよ」

 そんなに、マジにならなくていいのになぁ。大した悩みじゃないだろうし。

「はい、順番」

 祐介がコントローラーを手渡してきたのでセナと対戦になるらしい。自分がお気に入りの武器を選びながら、なんなんだろうなんて考えた。

 ・・・負けた。得意なゲームなのに。気が散ったのかな。



「ねぇ、みさと」

「どうしたの?」

「最近、祐介がうれしそうなんだけど、なんで?」

「んー」

 みさとのせいじゃない? とは言わず。

「いいことあったから?」

 なんとなくぼかすわけです。はい。

「なにそれ」

 ただいま放課後。高校の廊下。帰る途中。

 そう、ちょうどここらへんなんですよ、セナが声をかけられるのは。

「あの、沢口さん! ・・・ちょっとだけ話したいことがあるのですが、いいですか?」

 たいてい知らないやつ。こう見てると、祐介がここまで仲良くなったのってもはや奇跡のようにも思えてくる。

 セナが少し迷惑そうな顔をした後、私の方を振り返って、申し訳なさそうに口を開いた。

「ああ、いいよ。待ってる」

 いわれる内容ももうわかっているから、先にこたえる。

「ごめん、すぐ戻ってくる」

 トテトテと走っていくセナを見送って、私は壁に背中をもたれかけた。

 こういう時は迷わないんだよなぁ、ご愁傷さま、知らない誰かさん。脳内でさっきの男子に手を合わせる。

 肩を落とした知らん奴と急いで戻ってきたセナがこちらから見えるのに対して時間はかからなかった。

「ごめん、帰ろ?」

「うん、行こうか」

 下駄箱から靴を出す。セナの下駄箱に入っていた手紙がすべてほったらかされているのは、面倒だからだそうだ。

 祐介が告白したときは、なんか大変そうだったのに。いいことなのか、どうなのか。そろそろ聞いてみてもいいかもな。

「そういえばセナってさ、」

 コクリ、相槌は変わらず頷きだ。

「普通告白されたら一瞬で断るよね」

 迷いもなく、頷くセナ。

「祐介の時は、なんで?」

 ・・・お、珍しく沈黙。話してる間に考え出すこと、そういえば少ないのに。

「なんでだろ」

 いや、めずらしいね、本当に。

「なんとなく、祐介はもう、他人じゃないんだなって思ったの」

「他人じゃないって?」

「私は、周りに迷惑かけるような癖もあるし、人付き合いとか苦手だし、できるだけ一緒にいる人を少なくしたかったの。特に、男子は」

 うーん、前もそういえばちらっと言っていたような?

「で、祐介は?」

「気づいたら近くにいるような状況が多くて、いつの間にか身近になってたことに気づいて。巻き込みたくはなかったのに」

「でも、一緒にいて楽しいなら、いいんじゃない? 祐介は癖のこと知ってても、そう、その・・・好きって言ってきたんでしょ?」

 コクリ、そういえばって表情をしてセナが頷く。

 うう、なんかなぁ。


「僕は、明日、セナに、付き合ってほしいって、言うことを、決心しっました!」

「噛んでるし・・・。ってか、やっと?」

 あきれた風を装う。実際は、少し安心した。中途半端はよくないと思うし。

「やっとって何? 一大決心じゃないの、これ」

 それはそうかもだけど。

「その前に一回告ってるんだから、もう、なんか別にいいじゃん」

「ひどいなー」

 誰が、と心の中で少し笑う。

「そんじゃ、適当に龍とどっかいっといたほうがいいよね。いつ?」

「話が早いなぁ。それじゃ、明日の放課後で」

「ずいぶん適当だな。あ、そういえば龍が遊園地のチケットっもらったって言ってたけど?」

「マジか・・・。誰から?」

「バイトの先輩だって」

「あえて言わなかったけど、龍って人からよくものもらってるよな」

「だってちっちゃいお菓子だってなんだって、すごく喜ぶからじゃない?  なんとなく龍にあげるか、ってなりやすいよ、あれは」

「ふーん・・・」

「で、そこまで日常空間だとなんかどうなんだろうとか思うから・・・」

「誰が?」

「私が。あまりにロマンがなさ過ぎてさー」

「夢見すぎだと思うよ?」

「そしたら祐介は夢がなさすぎるの!」

 まあでも、確かに、と祐介がつぶやく。実は祐介も夢見る乙女的要素が入っている。なんでかって? 遊び相手が私以外いない不幸者だったからね。最近は龍の影響かたまに普通みたいに聞こえるしゃべり方をする。たまに、だし、聞こえるだけ、だけど。

「ベタに観覧車ででも?」

 フフ、とさすかに照れて笑いながら、祐介が言った。わかってるじゃん、と軽口をたたく。

「それに、龍だったら空気読んで抜けてくれるでしょ。事情もわかってるし」

「ところで、セナはそういうの好きなの?」

「あ、いやー、気にしなさそうだけどね」

「だったら、なんか恥ずかしいし、・・・」

「でも、放課後はだめだよ。セナ、いっつも下駄箱あたりで告白されて、断ってるんだから」

「え? 誰に」

 急に形相をかえる祐介。鬼にはなってないけど、なかなかに怖い。

「知らん奴ら」

「何か危なくないか、それ」

「祐介が守ればいいじゃん。ちょうどいいよ」

「ついでみたいに言うなよ・・・」


 かくして、何とか祐介のなかなかに適当な計画を阻止したのであった。さすがに放課後は、もうたくさんの人に告白されててなんだか、どうしようもない気がした。それに、同じようにセナのこと見てる人、たくさんいるんだからね?

 そんでもって、今日は当日。いつだったかのように遅刻をするでもなく、のんびりと二人で駅に向かう。

 セナと龍が来るのを待ちながら、祐介はなんだかそわそわし始めた。

「なに、トイレ行きたい位なら行ってくれば?」

「違うわ! いや、だってさ」

「緊張してんの、元ドモリ君」

「ドモリ君じゃない! 緊張もしてない。いや、ほら、楽しみじゃん。今から遊園地行くんだよ?」

「あー、つまりガキなわけだ」

「悪かったな。それに、あんまり最近出かけて遊んでなかったし」

「まーねぇ」

 駅の階段を、セナと龍が駆け上がってくる。

「頑張ってね」

 セナに聞こえないうちにささやいた。いつもみたいに肩をたたいたりする代わりに。

 私の右手と並んでいる祐介の左手に、そっと触れた。




「次、次どこ行く?」

 なんだかんだ言って楽しみだった私は、長い間こういうの乗ってない、とはしゃぐセナにもつられて、二三個アトラクションに乗るとテンションマックスの状態になった。もちろん、今回の目的は忘れてはいないから、どこか引っかかっているけど。

「あれはどうだ?」

 にやにやと祐介を見ながらここで一番高いジェットコースターを指さす龍。落ちている途中のコースターから聞こえた悲鳴に、祐介が助けを求めるように私を見る。

 ―――あれ絶対怖い!

 思考はほとんど読めてるぞ、祐介。

 ―――セナは楽しそうだよ?

 視線をセナに投げる。キョロキョロして、いわゆる絶叫系を見つけては目を輝かせているセナは、祐介の顔色には気が付かない。

 セナが最近私たちとよく遊べるようになったのは、単に弟たちが成長したかららしい。二人ともすでに中学生で、たいていのことは全部できるようになったと、龍から聞いた。

 あと、私は祐介が告白した後に特にそうなったという気がしている。

「たしかに、龍が言ってたのが一番面白そう!」

 セナのいい笑顔は、いろんな意味で祐介には忘れないものとなるだろう・・・。

 龍の手をつかんではてなマークを飛ばすセナと祐介を同じトロッコに乗せる。二人の利用だから、必然的に私は龍と隣になる。

「これ、一人で乗らなきゃいけなくなった奴がかわいそうな乗り物だよな」

「そうだね・・・、四人で遊ぶにはちょうどいいかもだけど」

「祐介、そういえばこういうの大丈夫なのか?」

「あー、ダメだけど」

「だったら、二人で乗せちゃダメじゃねーのか」

「セナは平気なの?」

「なんというか、前の景色を見つめすぎてドライアイになりそうなくらいだとは聞いたことがあるけどな」

 がたたん、と音を立て、トロッコが動き出す。二つ前に乗っている祐介の小さい悲鳴が聞こえた。

「マジで大丈夫なのか?」

「まあ、最悪気を失わなければ何とかなるでしょ・・・」

「それ、フラグじゃないよな」

「まさか」

 カタコトと軽快に音を立てて、トロッコは上に上がっていく。確かに、少しは怖いかもしれない。ガタン、頂上に到着。

「景色、結構きれいだな」

「そうだねー」

 一瞬間をおいて、トロッコは下にスピードを上げて降りていく。

「ぎゃああああああああ」

 前の方から聞こえてきた悲鳴に、わたしたちは二人で頭を抱えた。



「大丈夫? 祐介」

「え、いや、うーん」

 降りるときには、さすがに気を失ってはいなかった。けど、なかなかトロッコから立ち上がれないし、歩かせたらふらふらしてるしで、とりあえずベンチに座らせたところだ。

 かっこ悪い返答をセナの前ではするまい、と思ったのか、えへへ、と力なく笑ってごまかす祐介。横に座ったセナが心配そうに見ている。

「そんなに、怖かった?」

「あ、あはは・・・」

 セナ、傷口に塩を塗るのはやめてあげて!

「とりあえず、動けそうではないよな。どうしようか?」

「なんか食べる?」

 セナが二回頷く。お、おお。おなかすいてたの?

「いいかもな。でも、こいつは食べれなさそうだけど」

「あー、うん。たぶん吐く。でも食べてていいよ、もうたぶん乗らないから、暇だし」

 セナが目を丸くして、さらに心配そうにする。大丈夫だよ、比喩だから。

「そんじゃ、なんか買ってくるわ」

「だったらついてくよ。一人じゃ運べないでしょ」

「なら、私も・・・」

 セナが立ち上がろうとしたのを、龍がとどめた。

「お前売店に行ったら全メニュー注文したがるだろ。ここで待ってろ」

 少しむっとした顔でおとなしく座りなおすセナ。

 ん? セナがお姉さんみたいなもんかと思ってたけど、逆もあるのか。

「さ、行こうか。みさと」

「あ、うん」

 不自然かというとそうでもない。でも、祐介の体調でセナとふたりにするのは果たして大丈夫なのか・・・。

「本当にジェットコースターダメなんだな」

「え?」

「祐介」

「あー、そうだね。ちっちゃいころブランコから落ちて、それからはダメみたい」

「なるほどな」

 食べ物の売店に行くと、やっぱり休みの日だけあって結構並んでいた。龍が携帯でセナに時間がかかりそうだってメールを送る。

「・・・なぁ、みさと」

「なに?」

「セナ、たぶん祐介のこと好きなんだよな」

 喜べと? 悲しめと? ありえないことじゃたぶんないけど、わかってはいたけどさぁ。

 でも、たしかに龍だったら、セナに脈がないってわかってたら協力はしないんだろうな。私は、どうするかわからないけど。

「そうなの?」

 もやっとまた黒く渦巻きを作った心臓あたりを隠したくて、私は龍から顔を背けて正面を向いた。

「なんとなく、幼馴染の勘みたいなやつ」

「・・・わかるよね、たしかに。私も祐介がセナを好きになったの、すぐわかったし」

 対抗するように言う。言ってしまってから、別に聞かれていなかったことに気が付いて口をつぐんだ。

「セナは自分の感情に気づかねぇから、なおさらさっさと付き合えばいいって思うんだけどな」

「ふうん。気が付かないって?」

「例えば、俺はセナん家に小さいころよく押しかけてたんだ。ルイとハルトとも仲良かったからな。で、ママさんは優しいからお菓子とか出してくれて。一人一個ずつとか言われて出されて、いろんな味があると、セナは絶対に最後のをとるんだ。ほしいやつがない、どれも同じだからってな」

「どれも同じ・・・」

「でも、いざ食べ始めてから誰かのをうらやましそうに見てたりするんだ。さっきまでは全部同じに見えてたって、話してくれたこともあるし」

「でも、祐介のことはそんなに単純じゃないと思う・・・」

「それもそうだ、だからこそ取り返しがつかなくなる前にって思うんだろ。失敗してほしくないからな、二人とも。あー、でも、なんだかんだ言って俺は祐介よりセナを優先して考えるけどな」

「いろいろ考えてるんだね」

 ちょっと意外かもしれなかった。

「まー、でも実際二人が付きあう、みたいになったら俺落ち込みそー」

「え、なんで?」

「恋愛とかそういう意味じゃねーっての前提にして聞けよ?」

「うん」

 なんだろう。

「いや、今までセナと距離間こんなに近いの俺だけだろ? 取られたみたいじゃねーか」

 私は思わず盛大に吹いた。私の笑い声に、前に並んでいた人が少し迷惑そうな顔をして振り返る。が、仕方がないので許してほしい。

「ハハッ、女々しっ!」

「笑うなって。セナと祐介には言うなよ?」

「えー? でもなんでそういう方向に持ってくの?」

「だって、みさとはねーのか? 取られたくないみたいな」

 取られたくない・・・、祐介を、セナに?

「どうなんだろうね」

「なんだよそれ。あ、順番来た」

 四人分の、安さが売りのメニューを頼む龍。

 自分本位で考えるの、少し馬鹿らしくなったかもしれない。何より、なんだか龍が言ったとおりにとられたくないって、それだけかもしれないと思って少し怖くなった。



「悪い、遅くなって」

「持ってきたよー」

 ぱっと顔を上げたセナが嬉しそうに食べ物が乗ったプレートを見る。

 注文を待ってる途中に来たメールで、二人が席を取っておいてくれるとわかった。祐介とセナで相談して決めたのだろう。二人だけで会話が続くようになったのが最近だとは思えない。

「あれ、僕の分も買っちゃったの」

「あー、食べねーんだったか?」

「無理ていったじゃん。みさとがついてってたのに」

「ごめん、考え事してた」

 なんだかんだ言いながら、龍は文句を言わせまいとするようにそれぞれの分を机に置いてしまった。

「食べれたら食べればいいし・・・」

「今胃がひっくり返ってねじれてるから、食べ物なんて入らないよ。ジュースだけもらっていい?」

「祐介が食べないなら、食べたい!」

 横から身を乗り出しながらセナが手を上げる。

「はは、ちょうどいいんじゃん」

 龍がセナと向かい合うように座る。必然的に、私は龍の隣。二人づつ座れるベンチで挟まれた机なのに、セナと祐介が並んで座っていたことに今更気が付いた。

ジュースだけを受け取って、ハンバーガーをセナにそのまま渡す祐介をぼんやり見ていると、龍が私にもいろいろと手渡してくる。

 なし崩しに食事が始まった。

 まくまくと食べ物を口に運ぶセナを、祐介がきっと無意識に眺めている。頬杖をついてぼうっとしているのを見てさっきの会話を思い出した。

『だって、みさとはねーのか? 取られたくないみたいな』

 取られたくない、のは、そりゃあそうだった。でも、一番怖かったのは恋愛感情は皆無だと笑い飛ばす龍が同じようなことを思っているということ。

「ポテトだけでも、食べる?」

「ううん。セナにあげる」

 それを知ってから、なんか急に、もやっとした感じがうすれたこと。

 なんか、自分のことばっかり考えてたなって急に思えてきて。申し訳なくなった。二人が付きあうように協力してるのも、さっさと終わらせたいから、で。それとも、祐介が早く玉砕しちゃえばいいのに、って。思ってたからなのかな。

 とっくに終わってるって、知ってたはずなのに。なんでずっと縋り付いてるみたいなことしちゃうんだろ。

 やけにすっきりしてしっまった心の中をさみしく思いながら、私もポテトを口に運んだ。これからはもっと、『いつも通りで居れるのだ』とそういう予感がした。

 視線を横にやれば、飲み終わったコップを傾けて氷が落ちてくるのを口を開けて待っていた龍と目が合った。大きく口を開けているのを見られたからか気まりが悪そうにニヤリとした龍がおもしろくて笑った。


 せっかくだからたくさん乗ろう、と龍が言い出すので、祐介が少しかわいそうだったけど待っててもらって、三人でいろいろとまわった。セナが少し申し訳なさそうにしていたけど、あえて気が付かずにいた。

 おやつも食べて、お店を見たりもして。一周するとちょうど出口に行くようになっている道筋の最後に、アトラクションの中でもっひときわ目立つ観覧車が見えてきた。

「ね、観覧車乗らないの? 改めてだけど、告白すんでしょ?」

 夕方。空の色が変わり始めて、そろそろ帰らないといけなさそうな雰囲気がする。

 隣を歩いている祐介をこづいた。

「う、うん」

 顔が一瞬にしてトマトになった祐介。

「セナ、呼んでこようか」

「いい、自分で呼ぶよ、今回くらい」

「そっか」

 宣言通りセナを連れてきて、祐介は二人で観覧車に乗るための列に並んだ。

 乗り物用チケットは二人分しかなくて、それがバレるとセナはきっと遠慮するから、私はまだほかに乗りたいものがある、と嘘をついた。

「うまくいくといいけどな」

 列から手を振るセナに手を振り返しながら龍がボソッと言う。

「うまくいくよ、たぶん」

「セナも、だいぶいい意味で変わったもんな。ここ最近で」

「そうだね」

 セナと祐介の順番が来て、観覧車の乗り口に二人が立つ。なんだかベタ過ぎて笑ってしまう。

 オレンジ色の空をバックに扉が開き、セナが祐介の手につかまって観覧車に乗るのが見えた。逆光でできた影が、かえってきれいだと思った。観覧車からはきれいな街の夕日が見えるんだろう。

 扉が閉まる。どうしようもなく寂しいような嬉しいような気がした。隣の龍にありがと、ってなんとなく言ったら、何がだよ、って笑われた。

 降りてきたとき、祐介はやっぱり真っ赤なままで、だけど少しだけニヤついていた。セナは、うっすら頬を染めて、いつもと同じ表情のまま髪の毛をいじっていた。

 どうだったか聞くまでもないような空気。それでも龍が質問した。

「どうなった?」

 祐介はドモリ君になっていて、一分くらい時間をかけてやっと、付き合えることになったという内容を伝えてくれた。

「セナはなんて?」

「なんとなく、祐介なら大丈夫だと思うからって」

 そー、れは? 女々しいからとかいう理由じゃないことを祈ろう。

 帰り道、祐介にばれないようにセナにこう聞いた。

「セナ、祐介のこと好きなの?」

 セナは少し考えてから、わからないと答えた。

「でも、一緒にいれば安心できる」

「そっか、おめでとう、で、いいのかな・・・?」

 もう、心配はないのかもしれない。

 前を歩いている龍が何か祐介に笑いながら言って、祐介がムキになったように言い返していた。




「で、なに?」

「は、はい」

 ここは我が家、通称、冗談のように名付けられた『マイ・スウィートホーム』。相変わらずバカでしょ、あんまり変わらないの。

「今更すげーめんどくさいんだけど」

「はい・・・」

 さっきまで飲んでいたコーヒーの香りがまだ深呼吸すると残っていると分かる。

「セナをお嫁に下さい?」

「・・・」

 最後の方には返事を返せもしていない祐介を見て、私は龍に声をかけた。

「龍の真似したかっただけだって。許したげれば?」

「・・・ったく」

 本日、祐介様来訪のご用件は、龍にセナと結婚する許しをもらうこと、だそう。

 ため息をついて腰に手を当てこちらを向いて、片方の肩をすくめて見せる龍。

「こいつ、どうしようもねーぞ」

 本気であきれた、風を装う龍。だけど口端が上がっているのを見て、私も微笑み返した。

「だ、大事にするし!」

「んなこたわかってんだ。そうじゃなかったら、コロス」

 割と本気のトーンですごむ龍。仕方がない。龍も私も、相変わらずお互いの幼馴染を異常なくらいに大切に思っている。

「ひえ・・・」

 悲鳴を上げながらも、後じさりとかはしない祐介。面白いなぁ。



 私達、―――龍と私は一年位前に結婚した。そもそも何でここにたどり着いたのか、説明はとても、というわけでもないが難しい。

 龍は当時、祐介とセナが付き合いだしたとき、うらやましいとついこぼした私にこう言った。『俺とでいいなら、付き合う?』と。

 私は、祐介のことはよくわからなくなっていたし、だからというわけでもないが、頷いたのだった。龍が何を考えていたのか、よくわからないけど。

 恋人になった。手とかつないだりした。いろんなところに行った。四人で行動することも多かったけど、だんだんとふたりだけで会うことの方がずっと多くなっていた。四人で遊ぶときは、大抵ダブルデートという名称が付くようになった。

 いやじゃなくなった。祐介がセナと手をつなぐのが。二人が笑いあってるのを見るのも。そして、二人に共感した。頬が緩むのも、仕方がないよね。

「好きだよ」

 龍から何回も聞いた言葉。これを初めて龍に言ったとき、あろうことか龍は泣きだした。もちろん、目の下に濁流ができるほどでは決してなかったけど。

「ちょっと、待て、見んな」

 冬の、何気ない平日だった気がする。私があげた手袋で顔を隠して、かっこ悪いから、なんて言っていた。もう社会人なのに、意地を張る子供みたいで、つい笑ってしまう。

「みさとから言ったの、初めてだろ」

 いわれてから気が付いたけど、今まで言ってなかったかもしれない。普通の街中で、少し空いたスペースで、二人で何をやってるんだろう。でもいいんだ。周りなんか見たくない。

「信じてなかったわけじゃないけど、ヤバい」

 なんだかんだ言って、セナと祐介より先に結婚することになって、独身のうちに飲みに行くか、なんて誰かが言い出した。畳スペースの机に座って、おもむろに祐介に頭を下げたのは龍だった。

「みさとを、嫁に下さい」

 ちょっと面白そうなセナと、ただただ戸惑う祐介にそのままの顔でこっちを向かれ、いちばん恥ずかしかったのは私だと確信している。

 いきなり何をしているんだ、と頭をはたくようなことは、なんとなくはばかられて。

「なんで、僕? ・・・いいよ。龍だったら」

 一人称は僕のままになってしまった祐介が、間を開けて許可を出す。正直なところ、祐介のことをもうはっきりと恋愛感情で見てないんだと確信したのはその時だったかもしれない。


 ・・・で、今回はそのまねごとだったわけだ。わざわざ訪ねてこなくたっていいのに。

 ちょっとこっち来い、と部屋の外に連れていかれる祐介と入れ替えに、セナがドアから顔を出した。

「二人、どこ行くの」

「あー、いつもの悪ふざけ。気にしない気にしない」

 とりあえず、追いかけよう、と声をかけ、マンションの外に出る。今日は、婚約祝いのようなことをする、外食の予定だ。

 マンション前で待っていた二人は、楽しそうだったり、顔を赤くしてたりとそれぞれだった。

「何言ってきたの」

「んー、男の約束?」

 ぼやかして龍は教えてくれなかった。今日は何頼めばいいんだろうな、と声が降ってくる。

「すこし、高めなのがいいよ。せっかくなんだし」

「最後におごる役目奪ってやろうぜ」

 楽しそうな声に満足して、私もつられて笑った。

 少しだけ聞こえてきた、お前なら大丈夫だってはじめから思ってたっつーの、という龍のつぶやきを聞いて、私の足取りはスキップのように軽かった。


 結婚式当日。朝からバタバタと騒がしい会場も、なんだか楽しそうだった。

 友人代表のスピーチとか、いろいろと任されてしまった龍と私はそれはもう忙しかった。

「新婦様のメイクを!」

「おい、あのカバンどこ置いた?」

 本当にてんてこまいだが、実際に動ける人はその場では少なくて、余計に焦った空気になってしまう。

 だからこそ、式が始まってから静かに表れたセナはすごくきれいに見えた。祐介も、一段とかっこよかった気がする。

「俺らの時もこんなふうに見えてたのか?」

「だったらいいね」

 二人の誕生月の花の花井らが宙を舞っていく。

 おめでとう、セナ、祐介。

 付き合うまでも今までも長かったし、これからも大変なことはあると思うけど、頑張って。二人が幸せそうなら、私たちもうれしいよ。

 そう伝えるとセナはゆっくりと顔をほころばせる。祐介が相変わらず赤くなりやすい顔をリンゴにして言った。

「うん。ありがとう、みさと、龍」

 フフ、と笑いをもらしたセナは私と龍を見てまたゆっくりと口を開く。

「二人とも、ほんとにありがとう。これからもよろしくね」

 

―――私は、幸せだよ。


 セナは全身でそう物語っているように見えた。

 恋愛小説というものはほとんど書いたことがないのですが、せっかくなので上げようということになりました。少しでも変わった視点から、と思って書いたので、楽しんでいただけていたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  レナの他人を傷つけまいとする優しさを感じました。他人を遠ざけるとき、あえてドライに接するというのは実際にありそうです。  同じ境遇の二人が結ばれるというシチュエーションはありがちです。幼馴…
2017/09/16 20:47 退会済み
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