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うちのペットが迷子になりました

「シロが、シロが帰って来ないんです!」 

 

 あわてて飛び出してきたタマから発せられたのはそんな言葉だった。


「シロが帰って来ない…ってどういうことだ!?」


「昼過ぎぐらいに晩御飯の買い物に行くと言ってから帰って来てないんです」


 今はすっかり日も落ちて、もう夜と言うのにふさわしい時間帯だ。

 昼過ぎに家を出たならもう七時間ほど帰ってないことになる。


「どこに行ったのか分からないのか!」


「何も聞いてません…これはあくまでも予想でしかないのですが、シロは搭に行ったのではないでしょうか」


 シロは朝搭に行きたがっていた。その可能性は十分にあり得る。


「入れ違いにはならなかったと思うから…アサルト、ここから影の搭の次に近い搭はどこだ!?」


「ここからだと火の搭だな。だが今から行ってたら普通に行くと着くのは明け方ぐらいになるぜ?」


「普通に行けば、だろ?」


 家の留守番をタマとメロに任せると俺とアサルトは火の搭へ向けて走っていた。


「悪いな付き合わせちまって」


「なぁに良いってことよ、これから一緒に生活する仲間だからな!」


 そういえばそんなこと言ってたな。

 最初は面倒臭い奴だと思ってたけど、触れ合ってみると結構いいやつだな。


「それはそうとさっき何か策がありそうな言い方してたがどうなんだ?」


「あぁそうだな」


 そう言って俺が急に立ち止まると不思議そうな顔のアサルトも急停止して立ち止まる。


「じゃあアサルト。俺がおんぶしてやる」


「はぁ?何言ってんだお前?」


「いいから早く!」 

 

 俺に急かされるとアサルトは訳が分からなそうだが観念したように俺の背中に乗ってくる。

 い、意外と重いな。

 男の重さに一瞬戸惑ったがすぐに気を取り直し、イメージする。

 人間ならば誰しもが一度は願ったことがあること。歌にまでなったこの願い、万国共通のこの願いをイメージする。


 風が吹く。

 俺の周りに集まって来る風は次第に俺の足元から吹き上げる上昇気流となる。

 そして、


「うおぉいあらた!俺達空を飛んでるぞ!」


「よしっ!成功だ」


 毎日欠かさず魔法の練習をしていたかいもあり俺は飛行魔法が使えるようになっていた。

 しかし、この飛行魔法には少し欠点があった。


「おいあらた、すごい汗かいてるが魔力はもつのか?」


 この飛行魔法はずっと連続して気流を起こしているわけだから物凄く燃費が悪い。


「…ちょっときついかもな」


「しょうがねぇな、ほら、これ飲め」


 そう言ってアサルトがポケットから取り出したのは紫色の液体。


「これは?」


「魔力回復薬だ」

 

 魔力回復薬や体力回復薬は材料の入手が難しいため結構高額だ。

 しかも青、赤、紫の回復薬があるが、その中でも紫色は一番効き目がいい分一番高価だ。


「…いいのか?」


「いいに決まってるだろ!俺達は仲間で同じ家に住む家族みたいなもんだろ?」


 まだ玄関ホールしか入ってないけどな!

 それにしてもこいつはどんどん俺の好感度を上げてくるな。

 もしかして俺狙われてる!?


「ほら、口開けろ」


「えっ、自分で飲め…ないな。頼む」

 

 空を飛びながら男の子が男の子に液体を飲ませている。

 なんていうカオスですか?

 

「もうすぐ着くぞ!」


 さっきまで遠くで見えていた搭がいつの間にかとても大きくなっていた。

 外見は影の搭とさほど変わらないその搭は静かに立っていた。


「戸惑っている暇はない!すぐに中にはいるぞ!」


 そう中にはシロがいるかもしれない。

 搭は危険だ。そんなところに女の子を一人でいさせるわけにはいかない。


「ちょっと待てよあらた、火の搭の中は灼熱地獄と言われるほど暑い

ぜ?なんの対策もしなかったら入るだけで火傷しちまう」


「なら俺が水の魔法でなんとかする!」


「お前の魔力はいざというときのために温存しておいた方がいい」


「じゃあどうするんだよ!街に戻って準備するのか!?」

 そんな時間はあるはずがない。一刻も早く搭の中に入ってシロを救出しないと!


「お前が行かなくても俺は今すぐ行くぞ」


「…はぁ何早まってんだよ。俺はこれを着ろって言ってんの」

 そう言ってパンパンの鞄から取り出したのは薄い水色のマントのようなもの。

 水色の中にある白色の模様が穏やかな波を表しているようだ。


「これは?」


「恵みのマントっていう装備だ。まぁこれ着てりゃ暑さでは悩まねーよ」


 何でこんなもの用意してるんだろうとは思ったが、それは忘れることにする。

 本当はもっときちんと感謝をするべきなのだろうが、今は時間が惜しい。

 

「悪いな…行くか!」


 そう言って俺達は搭の中に駆けていく。


 中はまるで火山の近くにいるようだった。

 搭の外観とは全く違う土の壁に所々赤い筋が入った中はアサルトからもらった恵みのマントがなしでは居られないだろうことが見るだけで分かった。


『おい、九階で突然変異種と女の子が戦ってるらしいぜ』


『突然変異種とか?そりゃかわいそうに、生きて帰れないだろうな』


 そんな会話が耳に入ってくる。

 急がないと、早くしないと。

 一刻も早く、もう絶対に誰かを失うのはいやだ。もう誰も失いたくない、あんな思いはしたくない。

 だから、早く行かないと!


 九階に着くと中央のスペースから一際大きな音が聞こえてくる。

 音を出している主は白色の髪の女の子と、真っ赤な毛の兎型の亜人のようなモンスター。

 両者は守ることを知らずに殴る、蹴る、殴るという超ハイペースの戦いを繰り広げている。

 拳と拳がぶつかり合うときの衝撃波がビリビリとこちらまで伝わってくる。


「あれは、ラビットガールの突然変異種だな」


「なぁアサルト、突然変異種って何なんだ?」


「突然変異種ってのはまぁその名の通り普通の個体とは全く違う風に性質が変異した個体のことだ。そしてその強さは普通の個体を遥かに越えている」


 見たところシロは少しだけ劣性のようだ。

 力だけならシロが変異種を上回っているだろうが、ラビットガールと言うだけあってなかなかに素早い。

 

 早く助けに行かないと行けない。

 俺が一歩シロの方へ踏み出すと目の前に遮断機が下りた。


「何の冗談だ、アサルト?」


 俺の前に手を下ろしたアサルトの顔はもちろんふざけていたり、冗談

を言ったりしているような表情ではない。


「…俺はここで見守っておく方がいいと思う」


「何言ってんだよ!お前はシロがどうなってもいいのか!?お前は俺達と家族になるんだろ?家族が死んじまってもいいのかよ!」

 

 アサルトの手はどかないし、表情も変わらない。真剣そのものでシロの戦闘を見ている。


「どけよ、じゃないと俺にも考えがあるぞ」


「…なぁあらた、お前には聞こえないのか?」


 こいつ何を言っているんだ。

 聞こえる?何が?


「私は勝たなきゃいけないんすよ。勝ってあらた君に認めてもらうんっすよ!」


 …っ!

 シロの独り言それとも相手それとも俺に言っているのか分からない言葉、思いが聞こえてくる。


「私はもう待ってるだけの女はいやなんっすよ。私はお前に勝って変わるんす!」


 劣性だったシロがだんだんラビットガールの素早さに慣れてきたのか、状況が少しづつ変わっていく。

 押されていたシロの攻撃が当たるようになり、押していたはずのラビットガールの攻撃が当たらなくなっている。


 この勝負に立ち入るのは無粋だと俺は悟った。

 目の前で戦っているのは、俺達の家で家事をしてくれているメイドでも捨てられていた子犬でもない。

 一人の戦士が戦っている。


 いつまでも続くのではないかと思われた勝負は突然に決着が着く。


「私は捨てられるわけにはいかないんす!」


 シロの渾身の右ストレート。

 残りの体力をすべて込めて放ったその一撃をラビットガールは紙一重でかわした。

 

 一瞬時が止まったような感覚になる。が、それはラビットガールのカウンターにより切り裂かれる。

 シロの体がラビットガールのカウンターにより吹っ飛ぶ。 

 もうシロには戦う気力どころか意識すらない。

 シロは起き上がれない。ラビットガールはとどめを刺すつもりはないらしく、シロを見るとそのまま搭の奥へ消えていった。


「勝負あったみたいだな」


「…そうだな」 


 俺は意識を失ったシロをおぶって搭をあとにした。


「双子が産まれてきたのか……うちに余裕はないから片方捨てるしかないな」


「私この白色の方はいらないわ」

 

 産まれて初めて聞いた人間の言葉はこんな会話だった。

 それから私は小さな段ボールに詰められて河川敷に捨てられた。


 もともと人通りの少ない河川敷だったこともあり、余計に通りすがりに人の目が怖かった。

 誰かが近付いて来て私に暴力をふるうのではないか。ひどいことをするのではないか。

 そんなことを考えつつ凍えて震えながら一晩を過ごした。


 通りすがる人間は私をかわいそうな目で見るだけで誰も近寄ってこなかった。

 人間にはひどいことをされると思っていた私にとってはそれはそれで嬉しいことだった。

 

 私は段ボールから出ることが怖かった。

 怖くてどこにも行けずにいた。何もできずにいた。

 そんな私の空腹は限界だった。死をも覚悟した。


 そんなときにある少年がミルクを持って近付いてきた。

 人間が怖かった私だけど何故かその少年の温かい目には安心できた。


「お腹空いてるだろ?これ飲めよ。ちょっと今家で飼うことはできないけど、毎日ミルク持ってきてやるから」


 産まれて初めて飲んだミルクは母の様な安心する味がした。

 そのミルクは凍えていた私の心と体を優しく溶かしていってくれた。

 

「ん?何だ子犬、泣いてんのか?かわいいやつだなぁ」


 そう言われて私は初めて自分が泣いているのに気が付いた。

 涙は止まらなかった。

 その日はただ大泣きしながらミルクをひたすらに飲んだ。


 それから毎日少年はミルクを持ってきてくれた。

 少年がしてくれる学校や家、友達や勉強などの様々な話を聞きながらミルクを飲むのが私の人生で唯一の楽しみになっていた。

 この少年なら信用していい、そう思っていた。この少年が好きだった。

 しかしそんな幸せな日々はそう長くは続かなかった。


「こいつが通報があった子犬か。よし、連れて帰るぞ」


 ある日突然作業服をきた男たちに私は連れていかれた。

 私は狭い檻に入れられて自由が奪われた。

 そこからは何もない毎日だった。ただ与えられた餌を食べて、何もせずに檻の中で一日を終える。

 私と同じ様な境遇であろう同胞達が次々に新しい飼い主を見つけるなかで私だけはただそんな日々を送っていた。


 しかし、自由の次に私の命が奪われるまでそんなに時間はかからなかった。


「こいつは飼い主が見つからないか…殺処分するか」


 私は狭い部屋に入れられてガスを吸わされた。 

 普通ならこれで死ぬらしいのだが、私は生命力が他の個体より高いのだろうか。ガスで密閉された部屋の中にあったがまだかすかに息があった。

 しかし、私は生きているか死んでいるかろくに確かめられずに炎の燃え盛る部屋に入れられた。


 熱い、苦しい、しんどい、辛い


 何で、何で私がこんな目に遭わないといけないの?


 何で私は殺されなきゃいけないの?


 ねぇ、誰か答えてよ、教えてよ。何で、何で。


 助けてよ、誰か助けてよ。


 苦しい、熱い、苦しい、苦しい。


 助けて、誰か、助けて、助けて



 助けて、少年



 目が覚めるといつも見ている天井。自分の家に戻ってきたみたいだ。

 いつもと違うところは自分の横に少年がいること。


「おっ、やっと目が覚めたか」


 少年は初めて見たときと同じ優しい目と笑顔で話しかけてくれた。


「私は搭でどうなったっすか?」


「あー…兎ちゃんにやられたな」


 心臓の鼓動が早くなる。

 家を勝手に飛び出して、みんなに心配をかけたうえに敵に負ける。

 私はいらない子だ。捨てられる。

 大好きな人がいるこの大好きな場所から出ていかなければならない。

 だって私はいらない子なのだから。


「いい勝負だったな。こんなこと言うのもあれだけど、俺はシロの本気

が見れてちょっと嬉しかったよ」


 何でその優しい温かい目で見るんだ。そんな目をされたらこの場所にいたくなってしまう。 

 私はいらない子なのに。


「なぁシロ…疲れてると思うが、腹へったから飯を作ってくれ!」 


 何を言っているんだこの少年は。  


「やっぱご飯はシロのご飯じゃないとなー。皆全然料理できなくて腹ペコなんだよ」


 だから何を言っているんだこの少年は。


「あらた君、私は家を出ていかなくてもいいんですか?」


「は?出ていく?何で?」


「私は勝手に家を飛び出したうえにモンスターに負けるいらない子ですよ?」


「何言ってんだお前。かわいくて、家事ができて、俺のことを好きでいてくれる女の子がいらない子なんて言う世界があるわけねぇだろ」


 人間は怖い。平気で生き物すらも捨てて殺す。

 少年はそんなことはしなかった。でも少年も人間であることには違いない。

 だから失敗をした私は捨てられるはずだった。

 なのにこの少年はいつまでたっても私を責めないし捨てない。もちろん暴力もふるわない。

 それどころか温かい目で私を見てくれる。優しい手で撫でてくれる。


「私は…私はこの家にいてもいいんですか?」


「当たり前だ。むしろ俺から頼みたいぐらいだぜ」


「私はダメな子ですよ?」


「だからお前は俺達に必要な子だって言ってんだろ?」


「また皆に迷惑かけるかもしれませんよ?」

 

「それを支えあっていくのが家族だろ?ってかシロより俺の方が迷惑かけるから安心しろ」


 産まれて二回目の涙。しかも泣かされたのは同じ少年。

 またもや少年の優しさに救われた。しかも今回は私の居場所まで作ってくれた。

 温かいその場所でずっとずっといたい。こんなことを思うのは初めてだった。


 私が泣いていると急に少年にデコピンをされた。しかしそのデコピンはしっかり私のおでこに当たらずに、失敗となった。


「うぐっ、もう泣くなよ。とかキザに決めるつもりだったのに失敗した」

 

 本当にこの少年は困った子だ。私が面倒を見てあげないと何をするのか分からない。

 

 これからもずっとずっと、いつまでも。


「私も泣き止んだところでご飯にするっすか?」


「よっ!待ってました!もうお腹と背中がくっつきそうだよ」


「その状態ちょっと見てみたいっすね。ということであらた君はご飯抜きにするっす」


「ねぇ頼むから俺をいじめないで。泣いちゃうから、今度は俺が泣いちゃうから」


「ふふっ、冗談っすよ」


 そう言って私はいつもの日常を取り戻したのであった。

もっと語彙力があればなぁ…

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