冒険の始まり
その日俺はこの世界で一人になった。
黒色の服の集団が俺の父親と母親の顔写真に向けて線香を焚いている。ここは俺の家、鈴木家の通夜会場。
俺の両親は高校生の俺を置いて事故で逝ってしまった。突然のことだった、昨日まで元気だった人がいなくなるなんて不思議な気分になる。
一人っ子だった俺は優しい両親の愛情をいっぱい受けて何不自由なくすくすくと裕福に育ってきた。俺の家が一番幸せな家計なのではないか、そんなことを思っていた。
だから俺も両親、家族が大好きだったしずっとあるものだと思っていた。
この前だって父さんの誕生日を祝って、あらたの子供を見るまでは死ねないな。とか言ってたのに。
なのに…なのにっ!
「どうしてだよ!どうして急に俺を置いて逝っちまうんだよ!俺の子供が見たいんだろ?俺が将来開く飯屋でご飯を食べたいんだろ?あれは全部嘘だったのかよ!」
「落ち着いてあらた君、辛いのは分かるけどそんな事を言ってもお父さんとお母さんは戻ってこないよ」
うるせぇよ
「あのなあらた、きっとお前の両親も静かに見送って欲しいとおもうぞ」
お前に何が分かるんだよ、黙れよ
「まぁまぁ落ち着いて確かにご両親は亡くなってしまったけど、これからまた新しい出会いがあるわよ」
「うるせぇんだよお前ら揃いも揃って!母さんと父さんが帰ってこないのは知ってるんだよ!くそっ!」
バンッと置かれている椅子を蹴り飛ばして外へ出る。どこが行くところがあるわけではないし何かする事があるわけでもない。でも今はただ一人になりたかった。走って走って走った。
ふと立ち止まり顔を上げるとそこには公園があった。小さい頃に両親とよく行った公園。
「何でこんなところに着いちまうんだ」
ブランコとシーソーとベンチがあるだけの小さな公園。そんな公園が今はどこか居心地が良かった。
ベンチに横になり小さい頃にここに来たことを思い出す。
「昔はよく転んで泣いてたなぁ。お漏らししたこともあったっけ。はは、そう考えるとなんか恥ずかしいな。…あれっ何だこれおかしいな」
目から大粒の雨が降り、言葉にならない嗚咽の風が吹く。
そういえばまだ両親が死んでも泣いてなかったな。涙は出ないと思ってたんだけど。
そんな事を考えているうちに眠気が襲ってくる。
「疲れちゃったからな、ちょっと休むか」
そう言って静かに目を閉じた。風で揺れる木々の音が心地よい。
両親が死んでから俺はあまりというか全く寝れていなかった。寝る気力すら失っていたのだ。
気が付くといつの間にか眠りに落ちていた。
「助けて、あらた」
世界で一番聞きたかった声、聞くだけで安心できるあの優しい声。
「母さんっ!助けてってどういう事!?」
「こちらの世界に来て、私を助けて」
弱々しいその声は確かに俺を呼んでいた。
「こちらの世界ってどこだ!?どうやって行けばいい!?」
分からない、何もわからない。
両親が死んだ。それだけでも俺の心はいっぱいいっぱいで現実についていってなかった。
それに加えて非現実的な現象。俺は非科学的なものはあまり信じない方だ。幽霊とか超能力とかはあり得ないと思っている。
でもあれは確かに母さんの声だった。
母さんは死んだ。それは認めたくないが現実なのだろう。もう二度と会えないということは心のどこかでわかっていた。
分からないことだらけだ。誰か教えてくれないか。
ハッと気付くとそこはあの公園だった。
「…あれは夢…なのか?いや、あれは確かに母さんだった。こちらの世界って何だ、異世界ということなのか?」
もし母さんが異世界に行ってしまったとして俺も異世界に行く方法がない。
「いや、一つだけあるじゃないか」
今日は葬式の日、そこで母さんと父さんを何とも思ってない親族達に少しだけ復讐してやるか。
そう思いを固めると僕は会場に向かって歩きだした。
葬式会場では俺は冷たい目線を浴びていた。まぁ当たり前だ、昨日あんな風に通夜を出ていったのだから。
俺は葬式の司会をする事になっている。俺のこっちの世界での最後の仕事になる予定だ。
「お集まりの皆様、本日は父健也と母智子の葬儀にご出席いただき誠にありがとうございます。そこで僕から感謝の気持ちを込めてサプライズをしようと思います」
会場中がざわめく。普通の葬式なら絶対にあり得ないことを司会が言い出したのだから当然の反応だ。
僕は両親の棺の前に行き覚悟を決める。
「お前ら見とけよ!思っても無いことを俺に言ってきたやつ、父さんと母さんが死んで悲しんですらないやつ!お前らのせいで俺が死ぬぜ!」
そう言って俺は舌を噛みきる。
慌てて駆け寄ってくるやつ、何やら叫んでいるやつ、じっとこっちを見つめているやつ。どうだこれでお前らも少しは夢見が悪いだろ。どうせ母さんに会いに行くために死ぬんだ、それならお前らに少しでも害になることをして死んでやるさ。
しかし、舌を噛みきるって痛いな。でも、死ぬことに対する恐怖は不思議とあまりないもんだな。おっとそろそろ限界か。
あれ?死ぬって何か……気持ちいいな
「んぁぁ、ここは?」
目を開けるとそこはまるで中世ヨーロッパのような雰囲気の街並み。
レンガの建物や道路、バザーが道にならんでいる。
しかしそこにいるのは人間だけではなかった。犬や猫人間、リザードマンなどの亜人が行き交っていたり、馬車ではなく大きい狼やバッファローのような動物に引かせている荷車。
そうここは異世界だ。
「本当に来ちゃったよ、すげぇな…っとこんなことしてる場合じゃねぇ。早く母さんを探さないと!」
そこら辺を行く人々には手当たり次第母さんの特徴を言って聞いてみたが全滅した、だけでなく周りと服装が違ったりたまに向こうの事を言ってしまい逆に怪しまれたりした。
「はぁこれからどうしようか」
そんなことを呟き歩いているといつの間にか薄暗い路地裏に入っていた。
「こんなところチンピラに絡まれたりするのがお約束展開だよな」
「よぉそこの変な格好した兄ちゃん、ちょっと俺達金なくしちゃってさぁ…貸してくんね?」
「…本当に来ちゃったよ。まぁ俺がフラグ立てたのが悪いんだけどさ」
見たところチンピラは四人、二人は人間、一人は豚型、一人は狐型。
四人と少なくとも俺よりは強いだろう、こうなったら!
「すいません僕お金持ってないので、それじゃこれで」
「おいおいそりゃねぇぜ、ちょっと待てよ。今からお家帰って取ってこいよ」
「すいません僕家ないので、それじゃこれで」
「お前ふざけてんのか?まぁいいや、じゃあ大通りで魔法ぶっぱなしな、その隙に俺らがすりしてくるから」
「すいません僕魔法使えないので、それじゃこれで」
ボゴッという派手な音の後に俺の体はぶっ飛んだ。どうやら殴られたらしい。
ごり押し作戦失敗かー!
「ふざけてんのかって言ってんのがわかんねぇのか?てめぇそんなに死にてぇのか!」
「…すいません僕もう死んでるので、それじゃこれで」
ボゴッという派手な音がまた鳴り響いた。
さっきは右頬今のは左頬。そして現在進行形で四人から殴る蹴るの暴行を受けている。
四対一で抗えるはずもなく人形のように扱われボコられてそろそろ限界が来そうだった。
あぁやべぇ、そろそろ意識持ってかれるな。ってかこっちで死んだらどーなるんだろ
人間のチンピラがとどめだと言わんばかりに大きく腕を振り上げたその時だった。
「あ、あのそのあたりにした方がいいと思いますよ」
目が腫れてよく見えないが女の子の声がした。とても優しく、とても懐かしい声。
今まで何度も聞いてきた、そんな感じがする声だった。
「あぁん?何だてめぇやんのか…チッ!その手袋の紋章はあのジジイの。お前らずらかるぞ!」
あのチンピラどもを速攻で追い払うって何者!?もしかしてヤバい人に助けてもらった?
「あっ、こんなに怪我してる、今治癒魔法をかけますね」
温かい光に包まれていく。切れていた唇や腫れていた目の上だけでなく、折れていたであろう手足も元通りに治されていく。
すげぇ、さすが異世界!魔法もありだよな!
「…終わりました。大丈夫ですか、あらた君?」
「あ、ありがとう…って何で俺の名前を!?」
「あっ…えっとそれはあの何というか」
目の前にいるのは短くも長くもない癖のある黒色の髪をしたいい服を着た優しそうな顔の超絶美少女。こちらを見ているが目が合うと恥ずかしがってそらしたりしている女の子。
こちらの世界に来たばっかりだし、名前も名乗った覚えはないのでもちろん見覚えはない、ないはずなのだがどこかで会った気がする。どこだろうかどうしても思い出せない。
いや待てよ、この独特のくせっ毛どこかで……
「…お前まさか…タマなのか?」
女の子の顔がパアッと明るくなったかと思うとそのまま俺に飛び付いてきた。
「覚えててくれたのですね…嬉しい、嬉しいです!」
タマというのは一年半前まで家で飼っていた猫の事だ。もともとあの小さな公園に段ボールに入れられ捨てられていたのを俺が拾って持ち帰って飼うことになった。タマと俺と母さんと父さんは本物の四人家族だった。
事故でタマが死んでしまうまでは。
「俺タマにずっと言いたい事があったんだ。あの時俺がもっとちゃんとお前らを見ていたらタマとミケは車に引かれる事もなかった。本当にごめん」
「な、何言ってるんですか!そもそもあらた君が私を拾ってくれなかったら私とミケはあの公園で死んでいました。それを拾ってくれただけでなく、幸せな時間まで過ごさせてもらった事は感謝してもしきれません!」
少し食いぎみに思いを伝えてくるタマ。
でも俺にはまだ少しの罪悪感が残っていた。タマだってまだ生きていたかったはずだ。なのに俺のせいで…
「…そう言ってくれると救われるよ。そういえばミケは一緒じゃないのか?」
「…ミケとはこっちに来て喧嘩をしてしまいまして、別々になってしまったんです。多分生きているとは思うのですが…」
「そうかならいいんだ」
タマとミケは普段は仲が良かったのだが、たまにいがみあっている事はあった。それが少しこじれただけだろう。
「ところであらた君、いくあてはあるのですか?」
「うっ…何にも考えないでこっちに来ちゃったからな。いくあてはないなどうしよう」
「それなら私がお世話になっている貴族のお屋敷住まわせてもらうのはどうですか?」
今俺には衣食住、金が圧倒的に不足している、というか何も持っていない。ここはこの提案を素直に受け入れるべきだろう。
「そうだな、とりあえずその貴族のお屋敷に行くだけ行ってみるよ」
「分かりました!それでは付いてきて下さい!」
そして俺はこの人探しの冒険の一歩を踏み出した。