遅すぎる忘年会
「おーす。って、もうやってんのかよ。はえーよw」
笑いながら、ある男が騒がしい居酒屋の暖簾をくぐる。
「おせーよ!!もう始めちまってるぞ!!」
赤い顔でビールジョッキを持ち同じ年齢くらいの男が、その男の肩をバシバシ叩く。
「お前相当酒入ってんなー」
男は苦笑しながら荷物を下ろし、座った。
「とりあえず生で」
そう注文すると店員は笑顔でかしこまりました、と言って厨房を去っていった。
12月31日の夜9時。
こんな時間に居酒屋、ましてや忘年会など異様な光景である。居酒屋にはもう既に9人の男と1人の女が賑やかに騒いでいた。
「あれ?あと二人は?」
男は枝豆を摘まみながら近くにいた女に聞いた。
「キリオはオーストラリアで遊んでいて、リースはアメリカで不法侵入で銃撃されて、病院だって」
女が酒を飲みながら答える。
「まじか!!やっぱり銃大国のアメリカを担当になるもんじゃないなー」
「でも幸い、来年の業務には心配いらないってさ」
「そかそか、よかったよかった」
そう言っていると店員がビールが持ってくる。男はそのビールをちょびちょび飲みながら、だし巻き玉子を食べる。ホッする味に思わず頬が緩む。
「すいません。アサリの酒蒸しとお造りと焼き鳥盛り合わせお願いします。」
空っぽだった腹が刺激され、男は店員の男に注文する。
「は、はい。アサリの酒蒸しとお造りと焼き鳥ですね。かしこまりました」
おそるおそるオーダーをメモし厨房に向かった。
「あんな店員さんいたっけ?」
「あーいつもの安藤さんは孫の育児をしたいからって辞めたんだって」
「へーあの人、もう孫いるのか」
「時が経つのはあっという間だねー」
そう言って女はジョッキのビールを飲む。
「そうだよなーもうアンタもアラフォっ!?」
男はあまりの痛さに悶絶する。女の拳は確実に男の鳩尾を捉えていた。
「女に年齢の話はタブー。あとついでギリギリまだアラサーだから」
「おまっ、酒入ってるせいか力の加減ができてないんだよ!!」
男は涙目で訴える。しばらく痛みで男は動くことができない。しかし女は介抱することなく、その場を立ち去って酒を注文していた。
5分後男のもとに料理が届く。男3人はなぜか裸躍りをしていた。その不健全な絵面を見ながら、料理を平らげていく。
すると扉の開く音が聞こえた。
「いやーここは寒いっすねー!!オーストラリアとは大間違いだわー、あっアサリの酒蒸しだ!!頂きます」
そう言って20代の男、キリオが居酒屋に入ってきて、男が注文したアサリの酒蒸しを奪いとって食べ始めた。
すると裸躍りしていた男達3人はキリオを取り囲んで、絡み始めた。
「おいおい。キリオ、オーストラリアで遊んでたんだってなー。お前はどんだけ偉いんだー?おい」
「あはは!!先輩やめてくださいよーあっこれ要ります?」
そう言ってキリオは笑いながらライトセーバー(オモチャ)を裸躍りの男達に渡す。
「なんだよこれw!?お前こんなもの好きだったのかw?」
そう言いながら男達はライトセーバーを振り回す。
「なわけないでしょw、間違えて買っちゃったんですよ。」
キリオはそう言ってビールを頼んで座った。
「キリオも来たし、リース以外は全員集合だな...よし、乾杯するぞ。おい、お前ら服着ろ」
初老の男は言った。
「「「うぃーす」」」
裸躍りしていた男はライトセーバーを置いて、大人しく服を着て席についた。全員が席につくと初老の男は口を開いた。
「今年もご苦労だった。お前達。今年はリースのアクシデントこそあったがリースも快復に向かっているそうだ。」
そう言うとみんなの顔が明るくなる。
「今日は思いっきり楽しもう。よし、グラスを持ったな、『乾杯』!!」
「「かんぱーい!!」」
「てかお前ら、今年どこ担当だったっけ?」
裸躍りをしていた男の1人が皆に喋りかけた。そう言うと各々から「インド」「南米」「ヨーロッパ」「日本」など聞こえてくる。
「いいなー日本。楽そうだ」
「いやいや、日本、セキュリティーガッチガチだからきついんだぜ?」
「いやいやー、そんなこと言うんだったらヨーロッパだって...」
そう言って男女達の担当地の愚痴大会が始まった。
12月31日夜11時45分。
もうすこしで年が明けようとしている。その時、男達11人、女1人は少し騒ぎ疲れたような表情をして残っていた料理を平らげていった。
「でもなんだかんだ言って俺は担当地アフリカだったけど子供達が喜ぶ顔を見れて嬉しかったよ。」
男はそう言ってビールを飲み干し天井を見上げる。男に注目が集まる。一瞬、静寂に包まれた。
「...そうね。私も子供達の喜ぶ顔を見れて嬉しかった。これだからやめられないのよね」
女そう言って微笑む
「俺も!!初めてこの仕事やったけどすごく楽しかったす!!」
キリオはそう言って元気に笑った。すると「キリオはオーストラリアの滞在が楽しかったんだろー?」と茶々をいれられ、キリオは「そんなことないっすよー」と焦った顔になり、皆、笑った。
笑い終わると初老の男が口を開いた。
「よし!!じゃあお開きにするか!!」
「お疲れさまでしたー!!」
そう言うと皆立ち上がり店を去っていく。
男は全員去ったのを見届け、店員に話しかける。
「今年もありがとうございました。」
そう言うと店員は笑った。
「いえいえ、こちらこそ当店をご利用いただきありがとうございました。」
そう言うと男は財布を取り出し代金を払った。そして名刺取り出して店員に渡して、言った。
「領収書ください。『SANTA』で。」
男が外に出ると除夜の鐘の音が聞こえてきた。吐く息は白い。
子供達が初詣のためか神社でおもちゃで遊んでいる。その子供達には笑顔が溢れていた。男はそれを見て笑った。
「来年の12月24日の夜も頑張るか」
そう言って自分の家へ歩き始めた。その足は少し軽く、胸が少しだけ熱くなった。