後編
どっかの誰かが言った言葉で、こんなのがある。
「他人と過去は変えられない。
でも、自分と未来は変えられる。」
とはいえ俺は今ぶっちゃけ、自分と未来も変えられないんじゃないかと思ってる。
どんなに髪型を変えたって服を着替えたって、中身はずっと自分のままだ。
冴えない奴が無理して明るく振る舞ったって、それで変わるのは自分じゃなくて、他人の評価の方じゃないか。結局、ダメな奴はどこまでいってもダメな運命のままなんだ。だってそうだろう?じゃないと、『夢見ていたなんでもできるチート能力を手に入れた瞬間死んでしまう』なんて情けない話、一体どうしたら説明が着く?
「死んだ…?」
目の前の女性の言葉が信じられずに、俺は呆然とその場に立ち尽くした。
「ええ。此処があなたが望んだ世界…」
「冗談じゃない!望んでないよ!」
「いいえ。あなたが望んだからこそ、この世界への扉が開かれたんですよ」
「そんな、死んだことを『いい話』みたいに言われても…」
「あなたは常日頃から『何でも願いを叶える力』を欲しがっていましたね?」
母さんそっくりの天使が、柔らかな口調で俺に微笑みかけた。
「類稀なる信仰心が、今宵神の元へと届いたのです。あなたが心奪われ、助けてくれた女性と手を繋いだ時、奇跡は起こったのですよ!」
「死んじゃったら奇跡も何もないじゃん…」
「愛する者と手を握った時だけ、あなたは神の名の下にその能力に目覚めるのです!嗚呼、これこそ神の愛の証明!美しき慈愛の表れ!」
「だから、死んだことを『いい話』みたいに言われても…」
大体、『死んでもいい』と『実際に死ぬ』は大分違うと思う。その辺を指摘すると、ホクロ天使はあっけらかんと笑った。
「詳しいことは、私には分かりません。さ、天国への入国手続きがあるので、こちらにどうぞ」
「ちょっと待ってよ!俺は嫌だって!!」
好きな人と手を握った時だけ発動するチート能力だって?そんな下心丸出しの便利な力を手に入れたと言うのに、何故自ら死を選ばなければならないのだ。暗い過去を歩んできた俺が、今まさに青春の扉を開かんとしていたはずなのに。むしろ死ぬくらいなら、いっそ能力のないまま生きていた方がまだ希望があった。
「やだよ!折角力を手にしたんだから、もっと色々やりたかったよ!」
「そんなこと言っても…あなたが死んでもいいって願ったんじゃない」
まるで拗ねた母さんのような口調で、天使が肩をすくめた。
「おとなしくホクロ天国に召されなさい」
「何だよホクロ天国って!?余計嫌だよ!!」
「ホクロに愛されし子よ、ホクロの愛を拒むというのですか」
「当たり前だろ!頼む、後生だから生き返らせてくれ!こんなホクロも能力も、もういらないから!」
「ホホホ…抵抗しても無駄よ…愛する者と手を握らなければ、あなたはただの無能なホクロ人間…」
その時だった。俺の体が眩い光に包まれた。右手から、灼熱の炎が放たれる。
そう。比喩ではなく、物理的に。あっと驚く声を上げる間もなく、俺の意識は光と熱に根こそぎ奪われていった。
「あれ…?」
「よかった!目覚ましてくれた!」
気がつくと、俺は道端で尻餅をついていた。どうやら道でこけて生死を彷徨った挙句、変な幻覚まで見ていたようだ。天国とか、チート能力がどうとか…あるいは俺が生き返りたいと強く願ったから、その想いが神に届き叶えられたのかもしれない。
ふと気がつくと、温かな体温が右手から伝わってきた。どうやら彼女はずっと、気絶していた俺の手を握ってくれていたらしい。
「もう平気?」
「ぁ…ぁああぁ…」
ありがとう、というつもりが、喉からでてきたのは音にもならない呻き声だった。よろめきながら、俺は呆然としたまま彼女の手に引っ張られて立ち上がった。
「じゃ、私塾があるから、もう行くね…?」
そう言って彼女は踵を返した。俺はただ、その後ろ姿をぼんやりと眺めたまま…突然、大切なことを思いだした。
そうだ。チート能力!好きな人と手を握ってる間だけ発動するという、あの変な夢!
あれは、現実だったのだろうか?…だとしたら、こんなチャンスはもう二度とないかもしれない。そうだよ、彼女が手を握ってくれてたからこそ、能力が発動し俺は生き返ったんじゃないか!?
気がついた瞬間、俺は彼女の背中目掛けて走り始めていた。
「あ…ぁアアアァあのっ!」
勇気を振り絞って、俺は駆けていく女の子に声をかけた。振り返る彼女のパーソナルスペースに体をねじ込み、その手を強引に掴んだ。目と鼻がくっつきそうな距離で、俺は願いを叫んだ。
「ぼ、ぼぼ僕と付き合ってくれませんか!?」
やった。手を繋いでやった。もちろんこんなこと、今まで一度も言ったことがない。100%断られることが分かっていたからだ。でも今は、あの不思議な力がある。彼女と手を繋ぎさえすれば、俺はきっと世界最強になれる…。
「き…」
「き?」
「きゃあああああ!!」
「!?」
次の瞬間、俺はまたしても道端で尻餅をついていた。顔面が痛い。周囲が振り向くほど大きな悲鳴を上げ、彼女は俺の顔面をグーでぶん殴っていた。
「変態!!」
それだけ言うと、彼女は道の角をものすごい勢いで曲がっていった。後に残された俺を、周りの嘲笑が取り囲む。無敵のチート能力は発動すらせず、俺は今無様に振られたのだ。
「なんで…?」
そこからどうやって自宅まで帰ったか、正直覚えていない。傷口が痛むのもお構いなしに、涙と汗をシャワーでひたすら洗い流した。まだ呆然とする頭で、俺はふと鏡を覗き込んだ。
すると何故だろう、あの憎たらしいホクロが、いつの間にか俺の額から消え去っていた。




