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前編

どっかの誰かが言った言葉で、こんなのがある。


「他人と過去は変えられない。

 でも、自分と未来は変えられる。」


 とはいえ俺は今ぶっちゃけ、他人と過去も変えられるんじゃないかと思ってる。

 

 大切だったあの人が、ふとした拍子に急に大嫌いな人に変わっていたり。

 思い出したくもなかったはずの苦い記憶が、時を経ていつの間にか笑い話に変わっていたり。


 そんな経験はないだろうか。

他人の本質は変えられなくても、見る角度を変えることはできる。

過去の出来事は変えられなくても、受け止め方を変えることはできる。


 つまり、自分と未来を変えることは、他人と過去を変えることも同じじゃないか?


俺がそう思うようになったのには、訳がある。

 今の今まで俺はずっと、自分の額のど真ん中にある、このデカいホクロが嫌で嫌で堪らなかった。それなのに、通りすがりのあの子は、転んだ俺に手を差し出して「可愛いですね」と微笑んでくれた。それだけで、俺の過去のホクロに対する憎しみは、確かに消え去ったんだ。あの子のおかげで、「美人は性格が悪いに決まってるから気に食わねえ」なんて思い込みも、愚かな間違いだったと気づかされた。苦手だったタイプが、一瞬にして恋い焦がれる人に変わっていたのさ。


 「お前、明日になったらコンプレックスのホクロが急に誇らしく思えてきて、なおかつ食わず嫌いしてたイケてるグループのとびきり可愛い女子に一目惚れするよ」

昨日までの俺にこんなことを話しても、きっと信じてもらえないだろう。だけどあの子はあっけなく、俺の過去と他人観を一変してしまった。 


俺は今まで、ずっと勘違いをしていた。女の子はおでこにホクロのついた異性に興味なんて持たないし、一生関わり合うこともない。そう決めつけて、俺は誰かを好きになることを拒絶していたんだ。

クラスメイトでも、所謂青春を満喫してそうなイケてる奴らとは、人としての「クラス」が違うんだと思ってた。休み時間、皆がワイワイ教室で盛り上がっている間、俺は独り図書館に通い窓際で本を読むふりをしていた。本の中身を読んでいたわけではない。ただ「異世界に転生して何でもできるチート能力を手に入れる」とか、「人知れず超人的な能力を手に入れ、街を守るヒーローになる」なんて妄想を膨らましていただけだった。そんなことを教室にいる「明日のデート何処に行こう?」なんて話題で盛り上がってる友達に話しても、きっとぽかんとされるだけだ。根本的に、俺とは住む世界が違う。奴らこそ真の異世界人で、俺の人生と交わることはないと思っていた。思っていたのに…。



「大丈夫?」


 異世界人が…いや、同い年くらいの可愛らしい女子高生が、尻餅をついたままの俺の顔を心配そうに覗き込んできた。過去と妄想に突っ走っていた俺は、一瞬で現実に引き戻される。倒れたままの俺のそばを、いつの間にか近づいてきた原付が大きな音を立てて通り過ぎていった。

彼女と目が合った瞬間、俺は自分の顔がカアッと熱くなるのを感じた。見たこともないくらい、綺麗な顔立ちだ。芸能人か何かだろうか。嗚呼、心臓が痛い。ちくしょう、そんなにまじまじと俺の顔を見ないでくれ。まともに正面を向けない…。


「立てる?」


 制服姿の少女が、差し出した手をぶらぶらさせた。俺は迷った。果たして俺なんかが、女の子の手を握っていいのだろうか。「デートなんて高望みはしない。女子と手を握れるなら、俺はもう死んでもいい」…昔からずっとそう思っていたのだ。そんな自分の命まで賭けた貴重なレアイベントが、あっけなく目の前で開かれようとしている。


「ぁああ…」


 ありがとう、というつもりが、喉からでてきたのは音にもならないうめき声だった。分かっている。俺は緊張している。ガクガクと手を震わせながら、俺は彼女の手をそっと握り返した。


その瞬間。俺の体が眩い光に包まれた。握った部分から、今まで感じたことのない熱が放たれる。


 なんと比喩ではなく、物理的に。あっと驚く声を上げる間もなく、俺の意識は光と熱に根こそぎ奪われていった。



「ここは…」


 気が付くと、俺は見渡す限り白い空間にいた。一体どこだろうか?俺は確か、見慣れた帰り道ですっ転んで、可愛い女の子に助けてもらっていたはずなんだが…。


「目が覚めましたか」

「!?」


 突然、後ろから甲高い声が聞こえた。振り返ると、そこには白い衣装に身を包んだ、見知らぬおばさんが立っていた。しかも、背中に白い羽と、頭に金色の輪っか、そして、おでこに馬鹿デカいホクロをつけて。


「神に選ばれし者よ。世界最強の能力者よ。自らの願望を、具現化する者よ。おめでとうございます。あなたの願いは叶えられました」

「はい?」


 何が何だかわからない。眉を潜める俺に、白い女性がにっこりほほ笑んだ。その顔が妙に母ちゃんそっくりで、不細工極まりなかった。

「ホクロに愛されし子よ。汝の内なる願いを叶え、今ここに『願望成就』の力を授けん…」

「ちょっと…」

「かの力を持ってすれば、汝は如何なる願望も自由自在に具現化することが…」

「ちょっと待てぇ!」


 上の方を見上げながらよく分からない呪文を唱える女性を、俺は慌てて遮った。


「…どうしました?」

「どうしたもこうしたもねぇよ!此処は何処だ!?俺はどうなったんだ!?」

 頭に輪っかをつけたホクロおばさんが、キョトンとした顔で首を傾けた。

「此処は天国ですよ」

「天国!?」

「ええ。『女子と手を握れるなら、俺はもう死んでもいい』…あなた、そう思っていましたよね?」


 今度は俺のホクロが、斜めに傾く番だった。


「だからあなたは願い通り、たった今死んだんです」


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