私と想いと距離感と。
区切り(◇◆◇◆)の間が短い気がするけど、気にしたら負けです。負けですよ。
私には、生まれた頃からの腐れ縁……いや、幼馴染がいた。
その子はボブヘアーと眩しい笑顔が特徴の、正義感が強い女の子で。一年に三回くらいの頻度でいじめられっ子に手を伸ばし、結果的には救ってしまっていた気がする。今日だって横断歩道を渡り損ねておどおどしているお婆ちゃんの手を引いて結局目的地まで連れて行って、そのせいで遅刻したくらい。一緒に付き合った私まで遅刻したのは言うまでもなかろう。
『大丈夫、いつかキミにも良いことだらけの毎日が来るから』
それが、彼女の決め台詞みたいなもの。何処かで聞いたような台詞でも、目がくらむほどの笑顔と一緒に言われたらそんな気がしてきてしまうから不思議だ。
まぁ、つまり。私はそんな正義感の強い幼馴染に────
「涼子ー?」
「ゔぁっ」
噂をすればなんとやら。私の話題の中心の幼馴染────京子に背後から名前を呼ばれ、思わず女子高生らしからぬ野太い、短い悲鳴をあげる。
「……どしたの、そんなピ○チュウみたいな声あげて」
「それゲームの方だけだから……アニメだともっと可愛いから……」
バクバクと早鐘を打つ心臓を抑え、呼吸を落ち着かせる。よしよし、へーじょうしんへーじょうしん。
「で、次移動教室だよ。あんた何してたの……やっぱトロいねえ、涼子は」
「う、うるさい……今移動しようとしてたし……」
まさか『京子のこと考えてたんだよHAHAHA!』なんて言えるわけもなく。机の中から家庭科の教科書を取り出し、いつもの調子で京子の横を歩いていくのだった。
……で、私はそんな京子に───あれ。なんだっけ?
◇◆◇◆
『尊敬』『憧れ』
ノートに書き転がした文字を眺めながら思わず首をかしげる。
私が京子に抱いている感情ってなんだろう。というかなんと言えばいいんだろう、これ。それなりに特別な感情を抱いているつもりではいるけど、憧れ……も違う気がするし、尊敬もなんか違う気がする。いや、尊敬はしてるけどたまーに『うわ、ホント馬鹿だなー』とか思うことがあるくらいだし。
「………嫉妬?」
ボソッと呟きながら、ノートに書き足す。いやー嫉妬も違うでしょ。消しとこ。
にしても服の構造がどーのって書いてある横に尊敬、憧れって書いてある図はなかなかにシュール。これが混沌というヤツでしょうか。……少し違う気もする。
信頼感……は勿論として。安心感……これもまぁ当然だ。
京子といると楽しくて……何でもないようなことが面白く思えて……気が付いたら目で追ってて……もしかして、恋?
「…………」
思わずシャーペンを顎に当てたまま固まる。いやいやそんなわけ。そもそも私と京子は女の子同士なわけで
「涼子?」
「うわぁ!?」
いつの間にか目の前に現れた京子に今日二回目の悲鳴を上げる。障子に目ありやら噂をすれば影やら昔の人はホントによく言ったものだ。もしかしたら京子は忍者の末裔か何かなんじゃないだろうか。いや、十七年間一緒にいてそんな話一切聞いたことないけど。
「いや京子なにしてんの。授業中だよ」
「なにしてんのはこっちのセリフなんだけど……先生、なんか用事が入っちゃったから自習だって。聞いてなかったの?」
言われて、黒板に視線を向ける。確かに黒板の前には先生の影はなく、でかでかと『自習』とウチの家庭科の先生特有の丸っこい文字が書かれていた。可愛い字だなぁなんて思ってる場合じゃない。ノート全然とってない。
「何書いてるの……尊敬に、憧れ?」
「えっ、あ、これは……」
あんたに向けてる感情についてだよ。いや言えないけどさ!と、思わず視線をあちこちに泳がせる。視線は餌を捉えることなく、結局京子という名の天敵に捕まった。
交差する視線。横たわる沈黙。何かうまい言い訳を探さないと。ダメだ。不審に思われる。
「えっ……とー。私って誰に憧れとか尊敬の意を抱いてるのかなー、とかなんとか思っちゃったりして?京子は誰かに憧れとか尊敬とか、ある?」
「ん?尊敬に憧れか……」
ノートから視線を上げ、顎に手を当てて考え出す京子。
顎に手を当てるのは京子が何かを思い出そうとしてたり考えてる時のしぐさ。母親曰く、私も考え事をしている時に同じことしてるらしいけど自覚はない。
顎から手を放し、額を指でコンコンと小突くと、思いつく人がいたのか私に人差し指を向けてきた。
「漫画の登場人物でいいなら某人助け部の部長……リアルなら旧日本軍の将軍、今村均かな」
「前者はわかるけど後者は誰」
「ざっくり言うと正義感の強い人だよ」
「なーる……」
京子は漫画でも現実でも、正義感の強い人に惹かれる傾向がある。まぁ京子自体が正義感が強い人間だし、何か感じるものがあるんだろう。
……困った人に迷わず手を差し伸べる。やっぱり、かっこいいなぁ。なんて思っていると、
「で、涼子は誰なのよ」
当然だけど、質問を返される。
正義感が強くて、迷わず手を差し伸べる正義の味方……京子かなぁ。なんて言うのは何か恥ずかしくて。
「京子みたいにしっかり憧れてる相手なんていませーん」
なんて言って、お茶を濁した。
◇◆◇◆
時間は進んで昼休み。
教室で机をくっつけあって、
「うわ、そのから揚げいいな。一つちょうだい」
「よかろう。卵焼き半分とトレードだ」
一緒に……二人で、弁当をつまむ。高校に入ってからすっかり日課になってしまった。
小中高と一緒の学校に通っているけど小中は班で一緒に給食を食べなきゃいけないルールがあったし、こうして二人で向き合って昼食を食べる機会は多くなかった。たぶん、遠足とか修学旅行の時くらいだったと思う。
まぁだからこうして二人で一緒にご飯を食べれるのは少し嬉しかったり。いや、絶対言わないけど。
トレードで手に入った卵焼きを頬張っていると京子の手が伸びてきて、私の髪に触れる。弁当の匂いに紛れて薫る京子の甘い匂いに、少しドキッとした。
「うん?なに、急に髪なんて触って」
「結構伸びたねーって」
言いながら、私の髪をもてあそぶ京子。恥ずかしいんだけど……。
でも確かに結構髪は伸びた。元は二の腕辺りの長さだった髪も腰に届くまでになり、前髪もヘアピンで横にとめないと邪魔で邪魔でしょうがない。
「切らないの?前髪だけでも」
「んー……短い時の方が似合うってよく言われるしなぁ」
ちなみに短い方が似合うって一番最初に言ってくれたのは京子だったりする。
遺伝で髪が中途半端に茶色に染まっているせいで、私は髪に対してこだわりはない。だってちゃんといちいち染めるにしてもお金はかかるし、そんなにお金がかかる髪ってなんだかなぁって。
美容やら見た目にお金をかけるのは女子のたしなみだとお母さんは言うけど、髪になんかお金をかけるくらいならおいしいものを食べたい。これ私女子としてどうなんだろう、と思わないこともないけど京子も似たようなものなので気にしないことにしてる。京子みたいに綺麗な黒髪だったらなぁ……
「帰りに美容院いこうかな……」
「そうしな。前髪鬱陶しそうだし。付き合うよ」
苦笑しながら言うと、京子の手が髪から離れる。
ちょっとだけ、その手が名残惜しかった。
髪を弄っていたら気が付いたら放課後になっていた。京子曰く、私は午後の授業の間ずっと親の仇のように髪を見つめていたらしい。
確かに見つめてはいたけど、そんなに殺伐というか……熱心に見てたかな。自覚ないんだけど。どう切ろうかなぁとも考えてた。うん。一応。
「で、どうするの?髪型」
「どうしようねぇ」
美容院の前で二人で仁王立ちをしながら、そろって首をかしげる。店内からちょくちょく刺さる視線が痛い。なんで美容院ってそろってガラス張りにするんだろ。
まぁ入店しないと話は始まらない。腹をくくって(この表現は女の子としてどうなんだろう)二人でドアをくぐる。
シャンプーの匂いが鼻を突き、なんだかおしゃれなBGMが聴こえてきた。お客さんは私たちを除いても片手で数えきれないくらいにはいて、なかなか繁盛してるんだろう。店はなかなか広く、掃除も行き届いていて清潔感あふれる店だな、なんて思った。
同じように店の中を見回している京子に視線を向ける。
「美容院って感じだねぇ」
「そだねぇ」
「BGM綺麗だねぇ」
「漫画の品ぞろえいいねぇ」
「そこかい京子ちゃん」
いや京子らしくていいんだけど。まぁ確かに、今日美容院に用事があるのは私だし、暇をつぶすにあたって漫画の品ぞろえを気にするのは当然だけど……ううむ。
二人でそんなバカみたいな会話をしてると、美容師さんが笑顔を向けながら歩み寄ってきた。二十歳半ばくらいの綺麗な女性。さすが美容院と言うべきか。
「どうぞこの美容に一切興味を持たない私の幼馴染を綺麗にしてやってください……」
「こら、店員さん苦笑いしてるでしょ」
言いながら、軽く京子の肩を叩く。たははーと笑いながら京子が順番待ちのソファーに座り込むと、奥の席に通された。
椅子に座ると、美容師さんが髪に触れながら笑いかけてくる。
「綺麗な髪ですね」
「……そーですかね?」
褒められた。のに、不思議と京子に褒められたのに比べると全然うれしくない。なんでだ?
当の京子はというと、鏡越しに『ぶー』と頬をつぶして変顔を向けてきていた。何やってるのあの子……ホント、馬鹿だなぁ。思わず美容師さんと苦笑する。
「面白いお友達ですね」
「いえいえ、馬鹿なだけです」
うん、馬鹿なだけ。本当に。そんなところが面白かったりするけど。
「で、今日はどんな感じにしましょうか」
「んー……」
唸りながら、鏡の前に置いてある雑誌を手に取る。パラパラーっとめくってみるものの、これと言って惹かれる髪型はなかった。
雑誌から顔をあげて鏡を覗き込み、漫画に夢中でもう私に見向きもしない京子に視線を向ける。
「………決めた。じゃあ────」
◇◆◇◆
髪を切り終えて、ご当地グルメ雑誌に夢中の京子の前に立ってみる。漫画、飽きたのかな。
「…………」
「…………」
私に気づかないのか、雑誌から上がらない視線。
「おーい」
痺れを切らして、思わず声をかけた。
「おーなに、終わっ……た?」
雑誌から顔を上げると、私を見ながら固まる京子。うんうん、その反応を待ってたのさ。
「結構、切ったね」
「切ったね」
「というか………」
ようやく気付いたのか、京子が苦笑を浮かべながら立ち上がり、私の髪に触れる。
「私と、同じ髪型……」
「そうでーす」
思わず笑いながら胸を張る。いや、胸を張る意味が自分でも分からないけど。
私のオーダーは『あの子と同じ髪型で』。最初は「結構切りますよ?いいんですか?」と驚いていた美容師さんもなんだかんだで了承してくれて、髪の色は違うものの京子と全く同じ髪型に仕上げてくれた。
「まったく同じじゃんかー。キャラかぶりだぞー」
「えー……」
私の頭をわしゃわしゃと撫で回す京子に、笑いかける。
「だって、短い方が似合うって言ってくれたの京子じゃん?」
少し恥ずかしいのか、京子の頬が朱色に染まった。お、貴重な京子の照れ顔。これは永久保存だね。
なんて、京子の照れ顔を忘れまいと記憶の引き出しにしまい込んでると、
「まぁでも、似合ってるよ。可愛い」
今度は、私の頬が真っ赤にそまった。
顔が火を噴くほど熱い。自分でも何を考えてるのかわからなくなって、どこに立っているのか……どんな顔をしてるのかも、わからない。そんな顔をすればいいのかすらわからない。
「あ、ありがと……」
目を逸らしていたものに、思いっきり目を向けさせられた感覚。
ああ、そうだ────
────私は、そんな京子に……恋をしているんだ。
◇◆◇◆
家に帰るまで京子とどんな話をしたかは覚えてない。ひたすら生返事を返していた気がするし、ひたすら話し続けていた気もする。
隣に建っている家に京子が入っていったのを確認してから私は、
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
全力で叫びながら玄関から一気に階段を駆け上がり自分の部屋に入るとベッドの上で死にたい気持ちで一杯になりながら転がりまわっていた。
ダメだ。死にたい。何、私ほんとに京子のことがす、す、す、すき焼き!!
「いや違くて!」
すき屋!牛丼!!
「も違くて!!」
スキー!!
「違くて!!!!」
月!!
「離れちゃったよおおおおおおお!!」
何言ってんだ私!!こんなに混乱しててもちゃんと落ちをつけられるあたりさすが私!芸人の鑑!芸人じゃないけど!!
……でも私が、京子のことを好き。だとしたら、確かに私が抱いていた謎の感情にも頷ける。でも、うーん。
「女の子なんだよなぁ……私たち」
でもよくある話だ。『憧れ』が、気が付いたら『好き』に変わっていた。私がこの髪型にしたかったのも京子に褒められたかった反面、憧れの人に近づきたかったんだろう。
「……いや、違う」
不覚にも思ってしまったんだ。『好きな人とお揃いもいいなぁ』なんて、恥ずかしいことを。すごく恥ずかしい。
ここまで来たら、自分の気持ちに嘘はつけない。
正義感が強くて、お人好しで、放っておけない京子が好き。ずっと見ていたから嫌なところも馬鹿なところもいいところも全部見える。
でも、だからこそ好きなんだ。それが、全部含めて京子なんだから。
頭を撫でられるとドキドキする。向かい合ってご飯を食べられるとすごくうれしい。くだらない話でも京子とならすごく楽しい。
ああ、私は……どうしようもなく京子のことが好きなんだ。
「………………」
ここまで考えて、すっごく死にたくなった。死因 恥ずか死……間抜けすぎる。落ち着こう。
でも私が京子のことを好きだと分かったけど、これからどうすればいいんだろか。私は、どうしたいんだろう。
手をつなぐ?デート?………キス?いやいや。
デートはまぁ、毎日しているようなものだ。なら……
◇◆◇◆
昨日は恥ずかしいことを考えてるうちに寝落ちてしまった。夕飯はすき焼きだったらしい。食べ損ねた私が恨めしい。
いつも通りの通学路を、これまたいつも通りに並んで京子と歩く。
私たちが並んで一緒に歩くときは決まって私が右側で、京子が左側。話し合って決めたとかそんなことはないけれど、二人で歩くようになってから自然とそうなっていた。
ここまで含めていつも通り。でも一つだけ、違うところがあった。私の心情だ。
正直、控えめに言って大荒れ。いつもは心地よく感じる沈黙も、なんだか肌を刺すような痛みに満ちているような気がする。一方京子は鼻歌交じりに、楽しそうに通学路を歩いていた。呑気な。
「「あのさ」」
二人で口を開きかけて、同時に固まる。ついでに歩みも止まった。
譲り合うように交差する視線。なんだよぅ、そっちから言えよぅと京子が視線で訴えてくるんで、仕方なく。
「ね、あのさ。手……繋いでみませんか」
思ったより恥ず痒かった。恥ずかしくて痒い、の意。
「何故敬語」
「なんとなく」
そっけなく返した私に、いとも簡単に手を差し出してくる京子。思わず呆気にとられて、口をあんぐりと開けた。
「どしたの。繋がないの」
「いや、繋ぐけど」
……なんか無駄に緊張してた私が馬鹿みたいじゃないか。女の子同士で手をつなぐのは巷じゃ普通のことなの?ううむ、わからん。確かにあちこちで手をつないでる女子高生とか見かけるけど、みんながみんなそっち系とは限らないだろう。いや、この言い方だと私がヘンみたいだ。ヘンじゃないヘンじゃない。
京子の手を握る。手のひら越しに伝わる、京子の温度。思ったより温かい。
「そろそろ寒くなる時期だもんねー。ひと肌が恋しいのもわかる」
三歩先くらいの道路を眺めながら呟く京子。確かに九月の下旬に入ってから、肌寒くなり始めていた。でも京子の手のひらの温度だけじゃ暖をとれるわけないだろーなんて思いつつも、結局恥ずかしくて自分も熱くて、寒さなんて感じない。
「いいのかなぁ……」
小声で、思わず呟く。私はやっとこさ『手をつながない?』なんて恥ずかしい言葉を絞り出したけど、京子にとってはそれが普通で。
このままでいいのかなぁ、なんて馬鹿な頭なりに思う。いいのかなぁ。
私と京子の距離の測り方は違くて。相手に向けている感情もたぶん違って。
私たちの関係は、噛み合っているようで、少しズレている。そんな感じがした。
と、言うわけで。書いてみました百合もの。なんか書いてて恥ずかしかったし、女の子らしくないなぁなんて思いながら書いてたり。もう少し続けてもよかったんだけど、俺のメンタルが保ちませんでした。いや、初期段階じゃもっと長いはずだったんです。ホント。