ヤンデレ系乙女ゲームのヒロインになってしまった…(泣) シリーズ
もう一人の転生者 ―王子殿下の前世と妹の誓い―
※これは『ヤンデレ系乙女ゲームのヒロインになってしまった…(泣)』の番外編です。作中では描けなかった前世での裏話を描いております。
前半は川口龍平【セントバル殿下】、
後半は妹の川口実里の視点でお送りします!
俺の名前は川口龍平、享年28歳。死因は事故死。
車道に飛び出した子供を助けようとして、死んだ。
子供を抱き抱えたまま、急ブレーキをかけた車と衝突。朦朧とした意識を手放す前、子供の泣き声と、俺を心配する声が聞こた。幸いにも、子供の命に別状はなさそうだったのが救いだった。
好き勝手に生きた自分自身の人生に悔いはないが、気がかりな事は1つだけあった。妹の実里【みのり】の事だ。
俺達家族が悲劇に襲われたのは、俺が7才、実里が2才の時だった。やっと危なげなく歩けるようになってきた実里と、仲良く手を繋いで父と母の後ろを付いて歩いていた。
青信号に変わった横断歩道を渡っていると、突如、両親がドンッ!グシャと音をたてて、宙を舞い、道路に落ちた。
―――ひき逃げだった。俺と実里は助かり、昼間の人通りの多い時間帯での事件だったので、目撃者も多数いたことから犯人はすぐに捕まった。でも、その日から俺の心には大きな穴がぽっかりと空いてしまった。
そんな俺に生きる目的をくれたのが実里だった。
小さい頃から親戚をたらい回しにされ、俺達2人、互いに支え合いながら生きてきた。
当時2歳だった実里は、両親の事を何一つ覚えていなかったが、それで良かったと思っている。
目の前で両親とも殺されるなんて、覚えているだけで悪夢だ。実際に俺は何度眠れぬ夜を過ごした事か。
夢の中で両親の事故の光景が繰り返されるたび、俺は喚きながら目を覚ました。
嫌な汗を全身にかき、言い知れぬ不安で心が潰されそうな時、実里は分かっての行動かは判らないが、決まって
『お兄ちゃんまた怖い夢みたの?実里がまもってあげるね』と言って、震える俺の手を握ってくれた。
とても優しい子だった。その可愛らしい姿を見るたび、不思議とその後はぐっすりと眠れたものだった。
何度も何度も、小さな手で、必死に兄を守ろうとしてくれた。そして、いつの間にか悪夢を見ることはなくなっていった。
親戚とも言えぬ、遠い血縁の家で、実里だけが俺に家族の温もりを教えてくれた。
時は経ち、俺は18才に、実里は13才になった年に、これ以上家では2人も養えないと言われ、手を焼いていた俺だけ家を追い出された。実里はついてこようとしたが、俺はそれを拒絶した。飢え死にするかもしれない道に、実里を巻き込みたくなかったのだ。
この先の事を考えると、一刻も早く安定した職につかなければならなかった。暫くは新聞配達やコンビニのアルバイトで稼いだ金で寝泊まりしていたが、そんな生活も長く続くはずもなく、持ち金も底をついた。そんな時だった。ろくに高校も通わなかった学のない俺を、小さな鉄工所の社長が拾ってくれたのだ。
俺は必死に働いた。妹とまた一緒に暮らせるように。あの冷たい家から救い出してやりたかった。
約一年後、やっと必要な生活用品も揃ってきて、妹を引き取ることができたが、離れている間に妹は変わってしまっていた。心を閉ざし、人と触れあうことを極端に恐れるようになっていた。
今度は俺が妹を恐怖から守ってやる番だと思った。だが、生活のために仕事を続けていかねばならず、俺が留守にしている間は側にいてやることもできない。やがて、妹は学校に行かずに引きこもるようになっていった。
俺は、実里が嫌がっているのに無理に外に行かなくていいと思っていたし、普段構ってやれない分、妹が家で退屈しないよう、欲しがっていたゲームを買ってやったりしていた。
それが妹のためにならないとわかっていながらも、俺があの家に置いていったせいだと考えると、後悔から、俺はいつしか好きにさせてやることが償いだと思うようになっていった。
そんな時だった。神崎詩織が現れたのは。
彼女は妹の小学校時代の唯一の親友だった。いわゆる幼馴染みというやつだ。親戚たらい回し期間中に出会ったので、3ヵ月という短い間ではあったが、空手道場の娘で、遊びも行動もアクティブな詩織との刺激的で楽しかった日々を、実里は忘れたことはなかった。
***妹の誓い~実里視点~***
ある春の日の事であった。家のチャイムが鳴った。実里はいつものようにゲームをしながら居留守をし続けていると、何度も何度もチャイムは鳴り続けた。まるで、居るのはわかってるぞ!と、ばかりに鳴り続ける。
しまいにドンドン玄関のドアは叩かれるし、実里は怖くなってきた。
(まるで借金の取り立てみたいだわ…)
そんな風に思っていると、外から声が聞こえてきた。「実里ちゃん?居るんでしょ?ってか中に誰か居ますよね?…えっ?まさか泥棒!!?待ってて!実里ちゃん!約束通り、今助けてあげるから!!」
思い込みの激しい、懐かしい声が聞こえた。
『実里ちゃんに何かあったら絶対駆けつけて助けるからね!約束だよ!』
…会いたい。会いたくない。相反する思いが心でせめぎ会う。昔とは似ても似つかない暗い今の自分を見せたくなかった。
とは言え、詩織が変わっていなければ、ドアを蹴破るくらいの事は普通にやりそうだったので、どうにかしなければならない。凶暴で、よく勘違いもする慌て者だけど、思いやりに溢れ、それゆえに後先考えずに行動することが多かった。
もしそのままの性格だったならば…
(どっどうしよう!!)
焦りながら出した答えは「帰って」だった。
「泥棒なんて居ないから帰って!」
「嘘よ!泥棒にそう言わされてるんじゃないの?…だって実里ちゃんが私にそんな事言うはずがない!」
…どっからそんな自信がやってくるのだろうか。
でもそれが、実里の知っている神崎詩織だった。昔と変わらない親友の姿だった。
「実里ちゃん!ちょっとドアから離れててね!」
「はぁー!!!」という、気合いを入れる不吉な声が聞こえた。
もういい!兄が私のために必死に働いて、用意してくれたこのアパートを追い出されるよりはましだ!
ガチャッ!
目を瞑りながら慌ててドアを開けた。
「もうっ!泥棒なんていないってば!詩織ちゃんの馬鹿!!」
恐る恐る目を開けると、そこには黒いローファーの底が見えた。というか、それしか見えない。顔まで5㎝程の所で、止まっていた。おまけに心臓も止まるかと思った。
「実里ちゃん無事だったのね!良かったぁ」
「良いわけ……あるかぁ!この馬鹿詩織!泥棒じゃなくて、あんたに殺されるとこだったじゃない!少しは成長しなさいよ!」
つい昔の調子で怒ってしまっていた。さっきまで不安に思っていたのがバカらしくなる位、詩織の中身も行動も昔と変わっていなかった。何より、引きこもりと化した私を前にしても、詩織の中で実里は親友の位置にいるようだ。以前と変わらず友達でいてくれる。
『良い子ちゃんぶる所が気にくわない』と、急に話しかけてもくれなくなった“元友達”とは違う。
「ご…ごめんなさい。実里ちゃんが心配で…。だって、転校先の同じクラスに実里ちゃんの名前があったんだよ?なのに、本人いないし、机の上に花瓶のってるし…。周りの皆に聞いたら『知らねぇっつーの。もう死んでるんじゃない?』とか、平気で笑って言ってくるし…。あっ、もうその子達はシメといたからもう大丈夫だよ!」
…まじか。悪知恵の働くあの子達を、力付くで黙らせるとは…さすが詩織。
「とっ…とにかくね!プリント渡してくるって名目で実里ちゃん家に行ったら、誰かいる気配はするのに、誰も出てこないし…心配で…」
(うぐっ…そう言われたら何にも言えない…)
思わず顔をそらした。
「実里ちゃんが無事で本当に良かった!」
詩織は目に涙を浮かべながら、笑顔で言った。
暖かい雫が私の頬を伝う。嬉しかった。苦しかった。そして、まだ自分は泣けたんだと思ったら、さらに涙が止まらなくなった。
夕方になり、兄が帰ってきた。
最初は私の様子にビックリしていたようだが、訳を知ると、兄まで泣き出した。
詩織は事態が掴めなくてアワアワしていたが、兄が詩織の手をとり、『ありがとう』と言ったら、『?え~と、どういたしまして??』と顔に疑問符を浮かべながら顔を赤くしていた。照れ屋なのは、直っていないようだった。
………ダメだ。我慢できない!「…ぶっ…あは…あははははは!」私は久しぶりに大声で笑った。
兄も詩織の様子を見て、一緒に笑った。
私達は本当に久しぶりに、心から笑った。
それからは、学校にもちゃんと通うようになり、ちゃんと前を見て歩くようになった。
二人から気持ちを貰った分、私は辛いことがあっても、うつ向くのをやめたのだった。
兄の葬儀の時、
「私、全力で幸せになるからね!」と、最後のお別れの前に、棺の中の安らかな兄の顔を見ながら懸命に伝えた。
((心配性な兄にどうか届きますように))
―――そう、願いを込めながら。
シリアスすぎて、本編に載せるのはやめた話です(;・ω・)
本編で再会した神崎詩織【ミレーネ】と、川口龍平【セントバル殿下】は一体どういう風に関わり合い、物語に影響を与えていくのか、本編第8部以降をこうご期待くださいませ!(*^^*)