初恋ショコラ
入籍して一年程経った二人と思って下さい。
「起きて。菫。朝だよ」
「嫌だ。まだ寝ていたいの」
「そういう事を言う子にはお仕置きが必要かな?」
体に少しだけ重みを感じて、唇に暖かいものが押しあてられる。薫君、何をするつもりなのだろう?
その前に、今日は平日。学校がある。私は慌てて起き上がった。
「なあんだ。起きちゃった。残念」
「残念じゃありません。今は何時?」
「今?6時だよ。朝お風呂に入るって言ったから沸かしてあるぞ」
「ありがとう。かおちゃん」
私はいつもの癖で薫君に抱きつく。
「すう?その状態は俺を誘っている?まだ完全に起きていないなあ」
私を抱き締めて耳元で囁く。背中に回っている手の動きが妙にダイレクト……ようやく私は自分の姿に気が付いた。いつものパジャマ姿ではなくて、キャミソールだけしか身につけていなかった。そう言えば寝る直前の自分……覚えていないなあ。これはちょっとというか、相当恥ずかしい。
「照れているお前も可愛いけど、お風呂入ろうな。連れて行ってやるよ」
薫君はそう言うと、私をお姫様抱っこして浴室まで連れて行ってくれる。
「俺も入るから浴槽の中で大人しく待っていろよ」
「えっ?」
「ただ一緒に入るだけだよ。期待していた?」
「かおちゃん!!」
「悪かったよ。でもいい子で待っていろよ」
クスクスと笑いながら薫君は書斎に消えて行った。どうやら仕事の打ち合わせをしていたようだ。学生だけど、ネットショップを経営している薫君はたまに現地の企業とスカイプで打ち合わせをしている。薫君がイタリア語に堪能なのは、徹君を妊娠するまでイタリアで暮らしていたんだって。そのせいか、薫君は英語もドイツ語もイタリア語も堪能だ。私も薫君にイタリア語を学校の勉強の合間に教えて貰っている。ゆっくりと話して貰えたら聞き取れる程度にまではなれたと思う。逆に私は薫君にフランス語を教えている。紹介して貰った工房がフランスにあるらしくて、猛勉強中なのだ。
「朝からお風呂っていうのも、いいものだな」
「癖になりそう?」
「そうだな。まあ、隣にいるのが奥さんだからっていうのが、理由になるな」
「そっ、そうだね」
薫君と結婚してもうすぐ1年になる。体を合わせる様になっても二人きりの時は、昔の呼び方のかおちゃんのままだ。夫婦である事を知られたくない相手には薫君と呼んで、夫婦である事を知っている人の前では夫と呼ぶことにしている。私が夫と呼ぶといつも皆にからかわれてしまう。
分からなくはないんだ。世間的にはおままごと夫婦って言われても仕方ないと思う。薫君は大学部を卒業して大学院に籍を置いている。私も無事に高校2年生なった。
生徒会役員になって丸一年経つ。最初は会計として務めて、こないだの生徒会選挙で私が会長になってしまった。副会長に徹君と葉月ちゃんがいるから不安はない。それと書記に美月ちゃんも参加している。中学部に編入してきた時は、英語しか話せなかった美月ちゃんだけど、今では誰よりも綺麗な日本語を話す様になった。それに徹君と一緒にいる時間も多い様な気がするんだ。ミッキーに聞いてみたいけど、野暮なことはしちゃいけないだろうなと思って見守っている。
もちろん、結婚していても私の本業は学生だからそこは忘れずに勉学に勤しんでいる。学校の行事の合間を縫って取得している資格検定の方も順調に合格している。進路の方も、皆は大学部に行くと言うけれども、私は短大部の英文科に進もうかなって考えていた。
今は、商工会議所のビジネス英語検定の勉強をしている。かおちゃんのお仕事のお手伝いで多少の知識としてはある。かおちゃんがこの検定の1級を合格しているので、テキスト片手に私に教えてくれる。
英検も、国連英検も必要な資格は既に取得している。短大を卒業するまでに秘書検定1級を取得したいのでその為に必要な資格を取得している最中だ。
お風呂から上がって、髪を乾かして制服に着替える。丁度7時になった所だ。ダイニングに向かうとかおちゃんがコーヒーサーバーで既にコーヒーを落してあった。
「ありがとう。かおちゃん」
「いいえ。それじゃあ、一緒に朝ご飯を作ろうか」
「今日は、フレンチトーストとオムレツでもいいかな?」
「いいよ。それじゃあ、僕も手伝うから」
そう言うと、私達は同時に作業を始める。私がオムレツでかおちゃんがフレンチトーストの係。先に出来上がった私はカフェオレを作ることにした。
「すう、今日はヨーグルトはいいよ。それよりも朝からリッチにデザートにしない?」
「えっ?何があるの?」
「それは秘密。さあ、食べようか」
私達は隣り合っていつもの様に食べ始める。向かい合って食べる事はほとんどない。先に朝食を食べ終わったかおちゃんはデザートの用意をするから食べちゃいなと言って席を立った。
デザートねえ、確かに午前中に食べた方がお腹のお肉になったりはしないんだよね。
私よりもやっぱり女子力の高いかおちゃんにちょっとだけ嫉妬してしまう。私よりもかおちゃんの方が奥さんに向いているんじゃないだろうか?
「さあ、すう。デザートだよ」
デザートプレートには見慣れた初恋ショコラのパッケージがあった。
「朝から大丈夫だろ?」
「うん、平気だけども。どうしてあるの?」
「昨日の夜に食べようと思ったんだけどな……お前は昨日デザート食べられないって言ったからその分が残ったんだよ」
確かに昨日の夕飯はメインのカレーを食べすぎたから、デザートは明日にするって言ったっけ。
「でも……一個だよ?」
「それはすうと半分個したいからに決まっているだろう?」
かおちゃんがニヤリと笑った。そこで私は朝から嵌められたと痛感する。
「ほら、すう……あーんして?」
私がフリーズしているのを、一緒に食べると勝手に解釈をして一匙掬って私の口元に差し出した。
香ってくるチョコレートの匂いに負けそうになる。
「意地悪しない?」
「まずは食べようよ。ほら、口開けて」
悪戯に時間を延ばしていても通学時間になってしまうから、私は諦めて口を開けた。
「いい子だ。どうだ?朝からリッチな気分になるだろう?」
口に入ったままで返事をすることはお行儀が悪いからコクンと頷いた。
「じゃあ、今度はすうが俺に食べさせて?」
かおちゃんからスプーンを渡される。そして私も同じように一匙掬って口元に寄せた。
「かおちゃんも、あーんして?」
「うん。頂きます」
パクンって音がしそうな感じでかおちゃんがケーキを食べる。凄く機嫌がいいみたいでこっちも嬉しくなった。
「なあ、朝からこう言うのもいいだろう?ほら、もう一口」
こんな風にして私達は互いに食べさせ合う。やがて、最後の一匙になった。
「かおちゃん、これでお終り。はい、どうぞ」
私は最後の一匙を口元に寄せる。口に淹れたかおちゃんが私の手首を持ってテーブルの上に置く。
「えっ?」
「最後は半分ね」
そう言うとすぐに口を塞がれる。そして、ケーキの半分を押し付けられて唇が離れた。
私はキッとかおちゃんを睨んだ。
「最後の質問。ケーキと僕のキス、どっちが好き?」
「答えたくありません。今日は一緒に学校に行きません。行ってきます」
顔も見られない程に恥ずかしい私は、ソファーに置いてある鞄を持って先に学校に行く事にした。
いつもは一緒に学校に行くんだけど、今日はそんな気分になれません。
そして、顔を真っ赤にしたままに学校に着いた私はゴンベンツインズを始めクラスの皆に弄られた事は言うまでもありません。