君想いマカロン
バカップル企画『シークレットラヴァーズ』本編1話の10日位前の二人と思っていただけると幸いです。
「今週末は泊まってもいいか?」
「テスト前だから構わないけど?」
来週から期末テストが始まる土曜日の放課後。いつもの様に、よっちゃんは駅前の本屋の庇の中で私を待っている。近隣の学校も同時期に期末テストの成果、早足で駅に向かっている。
いつの頃からだろうか?テスト前になると、よっちゃんが家に泊まりがけで勉強するようになった。
よっちゃんが家に来るようになって、私とおばの関係が一族にバレてしまってちょっと大変な事になってしまったのだけど。初めて泊まったのは……あれか、K学園の合格が分かって高専の試験前の週末に泊まったのが始めなのかもしれない。
今になると、姪の習い事を口実にして、平日も遅いし、週末は自分の実家に帰っているらしい。主に叔母の実家であることは、父方の祖父母は叔母がいない時を見計らって私の様子を見に来てくれるから。
私の育児放棄が発覚した時に祖父母達はかなり責めたと聞いている。母方の祖父母は近くにいるけれども、伯父夫婦と同居しているから私に手を差し伸べたくてもできなかったらしい。親族会議の時にもっと頼ってくれと伯父に懇願されてしまった。学校の事はよっちゃんのおじさんにお願いしているけど、日常的な事は伯父夫婦に頼る事にしている。
でも、そのことが更に叔母の機嫌を損ねていることは分かっているけれども、私からしてみたら同居人と認識しているだけでもまだいいのではないのだろうか?
少なくても叔母のことは信用するだけ無駄だと思っている訳だから。
よっちゃんと交際している事はよっちゃんの家は大喜びの様だ。よっちゃんのおばさんいわく、なんとか合格した学校で成績が上昇しているという。今の成績のままなら、かなり上のレベルの大学の転入学ができるだろうと言われているらしい。そんな事もあって、テスト前の週末は私の家に泊まって勉強するのが私達の基本生活になっている。
「そうだ。夕飯はお袋が用意して届けるって」
「本当?でも……いいのかな?そこまでして貰って」
「期末テストの方が科目数が多いからって言っていたぜ。それに今のお前の優先事項は何だ?」
今か……。うーん、どっちかな?
「勉強。でも集中するとご飯も忘れちゃうから……ご飯」
「確かに。でもお前しかできないのは勉強だろ?お袋がもう少し甘えてくれって」
「それなら、もう十分甘えているよ」
「あの人達は、そうは思っていないみたいだぜ?諦めて付き合ってくれよ」
「分かった。甘えさせて貰う」
私達は、自分が勉強する教科を広げる。納戸の隣の北側の部屋には暑い午後でもひんやりしているから、勉強するには適している。
私もよっちゃんも集中して勉強していたら、時間があっという間に過ぎてよっちゃんのおばさんがご飯を届けてくれるまで休むことなく勉強していた。
その事を正直に話したら、よっちゃんのおばさんが感激して、特別にっておやつを買ってきてくれた。
よっちゃん……どれだけ家で勉強をしていない子なのですか?いつもちゃんとやろうよ。
夕飯のメニューは、冷奴と野菜のかき揚げと鰯と倍肉のフライだった。
よっちゃんのおばさんは、明日の昼食は届けるけど、夜はお隣で食べなさいねと言って帰って行った。
よっちゃんに聞いたら、明日は午後から出かける予定になっているとか。
最初の計画ではよっちゃんの家で勉強する予定だったせいだと思う。けれども、先週の勉強を家でやって、納戸の前が涼しくて静かだったことから今週も家で勉強したいとよっちゃんが交渉をしたようだ。
夕飯も食べ終わって、お風呂を沸かしながら隣の家に貰った葡萄を食べている。
「一人で食べるとすぐに飽きちゃうのに……変なの」
「そりゃ、一人で食うのと、二人で食うのは違うだろうが」
「そう言われたらそうかもしれないね」
私が食べ終わろうとすると、よっちゃんが葡萄の皮を剥いて口元に運んでくれるから。私はひな鳥の様にくとを開けるだけしかしていない。
「ねえ、よっちゃん。もう無理……」
「悪い。ちょっと食べ過ぎたか。残りは明日の朝に食べるか」
「うん。ヨーグルトあるから、一緒に食べようよ」
「それだと、明日はパンか。食パンあるか?」
「あるよ。大丈夫。明日はジョギングする予定だけど……よっちゃんはついてくるの?」
「何時に起きるんだ?」
「遅くても5時かな」
「だったら起こせよ。寝ていたらお前は置いて行くつもりだろう?」
「あれ?よく分かったね。疲れているのなら休んだ方がいいわよ」
「そんなに疲れていねえよ。ほらっ、風呂が沸いたぞ。入って来いよ」
「うん」
私達は、お風呂に入ってから寝るまでの間は一人で勉強する事にした。
私とよっちゃんを隔てているのは、襖一枚で。互いのシャープペンがノートに書き込む音が
聞こえるだけだ。
10時を過ぎて、切りのいい所で私達はほぼ同じタイミングで寝る事にした。
翌日。梅雨時にしてはカラリと晴れている。眠たそうにしているよっちゃんを引き摺るようにジョギングに連れ出した。帰る途中に家の近くのコンビニ立ち寄る。まだ寝ていたかったらしいよっちゃんは店の外にあるベンチで足を投げ出して座っている。仕方ないので、ソーセージとチョコレートを買いたくて探していると、ある商品を見つけた。店内のポスターはアイドルがCMしているスイーツのポスターがたくさん貼られているけれども、私はその中の一つの製品……君想いマカロンを数個手にとってレジに向かった。
「よっちゃん、帰ろう。帰ったらシャワー浴びている間に朝ご飯作るから」
「えっ?すぐに食べるのか?」
「そうじゃなくて、汗をかいたでしょう?さっぱりしてからご飯食べたくない?」
「そうだな。帰りはゆっくり歩いて帰るか」
「うん」
ベンチから立ちあがったよっちゃんは私の手を繋いで、ゆっくりと歩き始めた。
「何か……いいな。こういうの」
「うん。そうだね」
「この時間なら、誰にも見られないよな」
「うん」
ポツリポツリと話をしながら繋いだ手の熱を感じながらゆっくりと歩く。
「早起き辛いって思ったけど、これならまたジョギングしてもいいな」
「……馬鹿」
私達は家に帰るまでずっと手を繋いだままだった。
家に戻ってから、朝食の支度をして一緒に朝食を食べて昨日と同じように勉強。昨日自分で勉強していて分からない所を今は聞いている。
「だから、そこは公式を使って解くんだって」
「公式?うーんと……分かった、こうだ」
「そう。基本が分かっているんだからゆっくり解けば分かるはずだぞ」
「そうかな。でも数学は来年はどうしようかな」
「文系だと完全に選択か?」
「うん。私は専門学校だから更に必要性が少ないと言うか」
ノートに書いている、この難解な問題を解く必要性は正直に言うとない。
「でもさ、就職試験ってさ。こういう問題がでるって聞いたぜ」
「ええ?それじゃあセンター数学でも選択していた方がいいってこと?」
「やらないよりは勘が鈍らないだけいいんじゃないのか?」
「そこのところは来年になったら相談かな。理科は……生物にする。化学無理だもん」
「そうだな。でも生物のテキストもうすぐ終わるんだろ?」
「うん。後50ページ位かな」
私はノートを見直す。数学のノートは一つの章で1冊使ってしまうので、これで何冊目だろうか?
テキストの問題、問題集の問題、プリントの問題、定期テスト全部書きこむと結果的にそうなってしまった。
「とりあえず、あの学校でトップグループも大変だろう?」
「どうなのかな?私は大変だけど、他の人は飄々としているよ」
「お前もそう見えていると思うぜ。学校の中では」
「そこは否定しないでおく。そろそろノートを回収しておかないと。夏休みの宿題で苦労しそうだから」
テストも大変だけども、長期休みの時の宿題の量が尋常じゃないのだ。流石に慣れてきたけど、苦手な今日はどうしても足を引っ張ってしまう。
「なんだかんだと言っても休み前に終わらせる予定だろ?」
「今年は無理よ。数学の範囲が去年の倍よ?過去問貰ってみているけど今までの学習した分全部だもの」
「はあ?1年の範囲も普通に入ってくるのかよ」
「そうよ。それに、夏季講習のテキストに宿題でしょう?暇なようで暇じゃないわ」
「まあ、頑張れ。それより、お茶にしないか?」
よっちゃんも集中が途切れてしまったようだ。私達は勉強を中断して、ダイニングに移動する事にした。
ダイニングに移動して、私は大きく伸びをした。体が伸びて気持ちがいい。
「隙ありすぎ」
よっちゃんに言われて、腕の中に閉じ込められてしまう。
「ちょっと、びっくりしたじゃない」
「ちょっとだけ。充電させて」
私の頭に顎を載せてギュッと抱き締める。
「頭……痛いから」
「悪い。じゃあこっち向けよ」
腕が緩んだから向きを変えて、よっちゃんの顔を見つめる。
「お前……それ反則」
そう言うと、私の前髪を少しあげて額に唇を寄せる。
「ちょっと。言っている意味が分かんない」
「お前が可愛いのがいけない。これ以上言うと唇塞ぐぞ。勉強にならないかもな」
そう言って、よっちゃんがニヤリと笑う。勉強しに来ている人が何を言っているんだか。
「じゃあ……一人で頑張って?」
私はにっこりと微笑んで答えた。
「そこ笑うところじゃねえよ。ってか、目が笑ってねえって。こええよ」
「怖くて結構。お茶の支度をするから手伝って」
私の怒りが分かったらしいよっちゃんは私を腕から解放してくれた。
二人分のコーヒーを淹れて、おばさんが置いて行ってくれたお菓子とコンビニで買ったお菓子をテーブルに広げる。一通り眺めて二人で手にしたものは偶然にも同じものだった。
「何だ……それ」
「だって、期間限定って惹かれるものよ」
通常の君想いマカロンも売っていたが、私が手に取ったのは期間限定品の君想いマカロン。
夏らしいフレーバーが入っているらしいのだが、開けてみないと分からないのは今回も同じだ。
「お前も……アレか?楓太グッズが欲しくて買ったのか?」
確かに、コンビニ会社がシールを集めると貰える楓太君グッズが展開されている。
そんなにファンじゃないけど、一つくらいはいいかなって思っている。
一番点数の少ないものだと6枚でクリアファイルだ。それも店頭ポスターと同じもの。
枚数が増えるとお風呂ポスターだったり、限定CDだったりするらしい。
「本当、女が好きそうなものだよな」
「だから、ソレが目的じゃないってば」
「知っている。お前はアイドルよりお菓子な事位」
そう言って、よっちゃんがニヤニヤと笑っている。
「なあ、いつもは楓太がやってるアレ……やってくれよ」
「アレ?どっちの方よ」
CMのコピーを言わされるのか、ポスターの真似をさせられるのか……どっちなのか見当がつかない。
「そうだな……ポスターの真似にしておこうか?折角だから見せてくれよ」
よりによってやりたくない方を指定された。仕方なく私はマカロンを袋から取り出す。
パッケージから取り出したマカロンは、世間ではレアマカロンと言われているハートの形だった。
「なあ、これってレアものだろ?クラスの女子が言っていた」
「そうね、これでやるの?更に恥ずかしいんだけど」
「見ているの俺だけだし……なあ?ダメか?」
よっちゃんにこうやっておねだりされると私が嫌って言えないのを分かっているんだよね。
本当……地味にムカツク。けど、そんなおねだりに答えてしまう私だって、それだけよっちゃんの事が好きだってこと……分かっているのかしら?
覚悟を決めた私は、ラズベリーのマカロンを手にとって大事に包み込むように両手で持ってから
そっと唇にマカロンを添えた。
「そのまま……動くなよ。好きだぜ」
マカロンを持っていた手を下ろされて、顔が近付く。CMと相当違うなあと思いながら彼のキスを期待しながら目を伏せた。
「よっちゃんの馬鹿」
「ごめんなさい」
「唇……痛い。楓太君はこのCMじゃキスしてない」
「だって……お前が可愛すぎるのがいけない」
「そんなの理由になってない!!おばちゃんに言うから!!」
「それだけは!!それだけはお許しを」
「分かった。じゃあ……目を閉じて?」
あの後、かなり長い間キスをされてしまって、唇がひりひりするわ。コーヒーは冷えているわで私の機嫌は最高潮に悪くなっていた。
自分のせいと分かっているよっちゃんは渋々と目を閉じてくれる。
「大好きだけど、お仕置きです」
そういって、私は思い切りよっちゃんのほっぺを真横に引っ張った。
「ん!!あにひゅんだよ!!」
「お仕置き。他がいいの?しょうがないな」
今度はおでこにデコピンをする」
「イタッ!!お前、本当に痛いじゃないか」
「だって私も痛いんだもん」
「ごめんなさい、もうそこまでしません」
「分かればよろしい」
私だって、怒る時は本気で怒るんだよ?分かった?よっちゃん?
もしかして……こっちの方がバカップル?気にしな~いΣ(゜ロ、゜;)




