Pure Pop
君想いマカロン本編終了から5カ月後、夏休み前の二人です。
―なっちゃん、今どこ?冷たいおやつあるけど?―
今日の仕事で入手したおやつで彼女を誘ってみる。案の定、数分後にスマホに着信が入った。
「楓太君、今どこ?」
「マンション。ふうじゃなくてもいいよ。伊吹もいないから」
俺が部屋に一人でいる事を伝えると、夏海は下に行くからといって通話を切った。
自分達が教育係を務めているStarry Starのスケジュールに合わせて今は仕事をしている俺は夏海と現場ではほとんど会う事は無くなっていた。会うとしたら、今の様にメールを入れて俺の部屋にやってくる。今日は比較的早く仕事が終わったので、ゆっくりと夏海と過ごす事が出来る。
「お帰り、みーくん。元気だった?」
「元気だよ。夏海は……荷物が多いなあ」
「うん。宿題を見て貰いたいんだけど」
成程。転校した先は公立なのだが、読者モデルを夏海と同じ雑誌でしている子がいるので気不味い思いをしないで済んでいるようだ。
「学校は楽しいかい?」
「うん。今は楽しい」
ちょっと前の夏海だったら、学校が楽しいって言葉は出なかっただろうからそれだけでも進歩していると俺はホッとする。
「で、どこが分からないんだ?」
夏海が見せてきたのは、応用問題集だ。それもかなり難問と言える部類の。
「今からこんなに難しい問題を解くのか?お前は中学二年だろう?」
「うん。こないだ三者面談をしたんだけど、先生から今の成績ならマンションの側の学園も受かるかもしれませんって言われたの」
俺達の澄んでいるマンションの傍には、幼稚園から大学院まで揃っている私立学校がある。俺もデビューが決まらなければ高等部は受験していたと思う。私立学校だと、大抵は芸能活動が禁止されているはずなのだが、この学校は成績が維持できるのであれば不問とされていた。だから担任の方もそこ事を考慮して進めてくれたのだろう。
「そっか。夏海はびっしりと仕事するつもりじゃないんだな?」
「うん。信用されながら途切れない様にするのが目標なの。目指すはみーくんみたいになりたいんだ」
夏海は俺を見てにっこりとほほ笑んだ。
大学に入ってからの俺は、大学生もしつつ本名で声優学校に通っている。先生達はビビッドの雅だと分かってはいるけれども、生徒には知られていない。演技面では目立ってしまうので、子役で事務所にいた事があると言う事にしてある。5月からは後輩の指導の手伝いもしているからちょっとだけ忙しくなっている。
「俺を目指すのはどうかな?もう少しだけ貪欲になってもいいんだよ」
「でもね。今の私にはこの位が丁度いいみたい。だからのんびりとやっていくんだ」
夏海の方も声優学校に通っている。夏海の方は、俺とは違って子役部門。夏海の方は順調のようで夏休みのアニメ映画のガヤで声優デビューが決まった。こっちは本名で活動すると言っている。
「無茶はいけないから。まずは規則正しい生活から」
「うん。それで、今日のおやつは何?」
こうやって、おやつを強請るあたりまだまだ幼いなあと思う。中学二年生なのだから当たり前か。
それに、時間は午後四時。丁度おやつの時間でもある。
「分かったよ。今日のおやつはヘルシーだから全部食べても平気だからね」
「本当に?こないだはすっごくお腹一杯になるデニッシュパンだったじゃない?」
夏海は少しだけ俺を疑っているみたいだ。こないだのおやつは太田さんから依頼を受けた新作のデニッシュパンの試食だった。確かにおいしいものだったけど、いつまでも満腹感が消えなかったので二人で苦笑いしたものだ。
「ああ、あれね。あれは最終的にもう少し小さくして販売するって。アレは高校生男子の部活終了後のおやつですって俺も答えておいたから」
「良かった。私でもお手伝いできたのね」
彼女の方は、あまりにも大きいから適度な大きさに切って、トースターで温め直して食感を軽くして朝食のパンにする方法を提案してくれた。
「夏海の方は、アレンジレシピとしてHPに載せてくれるらしいよ。良かったね」
そう言ってから、俺は今日のおやつを差しだした。
夏海のかなり興味を示していたPure Pop。今日ようやく発売できるサンプルが出来上がったんだ。
「みーくん……これ社外秘」
「そうだね。だから内緒だよ。僕も何度となく試食しているし。マカロンの時だって夏海も結構食べただろ?」
君想いマカロンの味が決まるまで、何度となくサンプルと持ち帰って、事務所のスタッフや夏海達に食べて貰ったんだ。
「あれから、あっという間だった気がする。最後のシリーズの撮影っていつになるの?」
俺達のスケジュールに合わせて一気に撮影をしている為に、今のシリーズの撮影は終了している。残っているのは、CMソングの収録位だろう。
「アレは、秋位からになるんじゃないか?俺の契約満了は夏海が中学を卒業する時だから」
「ってことは、その年の三月一杯って事?その後は?」
「ロングセラーになれば、キャラクター変更。太田さんとしては女性目線で作りたいらしいよ」
「それは面白そう。誰が主役?」
「夏海だろう?今のままだと」
「そうなのかな。それでいいのかな」
自分に自信が持てないらしい。公式ページにも夏海の姿は好感をもたれているのに。
「その話はもっと先の話だから、今は考えなくてもいいよ。どの味から食べたい?食べきれないものは社長の家に持って帰ったら?」
「いいの?」
「太田さんから、なっちゃんにちゃんと渡す様にと言われているし、感想が知りたいんだって」
「太田さんから言われたのなら、半分お仕事だね。仕方ない……これ食べる」
そう言って夏海はブルーハワイ味を選んだ。
「食べ方は知っているよな?」
「うん。こないだ伊吹君からも貰った」
伊吹?いつ二人が一緒になったんだ?俺の顔が険しくなったようで夏海が俺の眉間をそっと触れた。
「みーくん。眉間に皺。アイドルなんだから」
「今は、アイドルじゃないし。どうして伊吹と一緒だった?」
「伊吹君達のデビュー曲のバックコーラスを頼まれたの。その時の差し入れがこれだった訳」
「成程。その日は……俺が仕事だった日か」
「そうそう。私その日ちゃんとメールしたもの」
そういえば、スタジオでお仕事しているよってメールが来ていたなあとぼんやりと思い出した。
「ごめん。俺、その場にいられなかったからヤキモチ焼いた」
「みーくんもヤキモチ焼くの?」
夏海はびっくりして目を丸くしている。そんなに大きく見開いていると目だまが落ちるぞ。
「嬉しいな。ヤキモチ焼いているのは私だけだと思っていた」
「そんな訳ないだろ。俺だってヤキモチ焼いている。それが伊吹だとしても」
「でも、仕事だし……どうしたらいいの?」
しまった。ちょっと言い過ぎたか。俺はしょぼんとしてしまった夏海に微笑みかける。
「夏海。ごめんな」
「どうして?」
「俺がこんな仕事しているから、彼氏らしいことしてやれなくて」
「平気だよ。それを選んだのは私も同じだよ」
俺達は顔を見合わせて笑いあった。いつも気不味くなるとこんな会話しかしていない。
「夏海、夏休みは俺の家の別荘に行くか?」
「いいの?」
「別に構わないさ。澤田さんでも誘うか?」
「うん……そうだね。楽しみだね」
「そうだな。別荘でさ、恋人らしいことしてみない?」
「恋人らしいこと?」
「そう、プールもあるから一緒に入ろう。温泉もあるからお肌にもいいしさ」
「なんか、楽しそう。ドキドキすることが一杯ありそう」
「そうだな。別荘でさ、はじける恋……一緒にしようよ」
「うん、今からすっごく楽しみ」
夏海、澤田さんが一緒だから安心しているよな。まあ、二人きりになっても何もしないけど。
流石に中学生に手を出したら……ダメだろう。手を繋いで、ハグ位はするだろうけど、
そうじゃないと、ドキドキできないしさ。まずは二人のオフを合わせないとな、そんな事を考えながら別荘でどうやって過ごそうか考えていた。今年の夏は思い出に残りそうだ。




