初恋ショコラ
君想いマカロンの時間から約3年ほど経過しています。
「ねえ、なっちゃん」
みーくんに呼びかけられた私は振り向いた。
「ねえ、なっちゃん。まだこれ……嫌い?」
みーくんが持っているのは、ビビッドとしてCMキャラクターを務めている初恋ショコラ。
「どうしてそう言うの?」
みーくんがどうしてそんな事をいうのか分からなくて、私が逆に聞いてしまう。
「だって……あの日……なっちゃん、僕らのポスターを見て、大嫌いって言ったじゃない」
みーくんに言われてあの日の事を思い出す。私の初めてのキスを奪われた日の事だ。あの日の放課後、ぼろぼろだった私は、あの交差点の側のコンビニでみーくんに初めて会った。
あの事件が私にとって大きなターニングポイントになって……今ではモデルとシンガーと女優として活動している。最終的にはあまり露出しないお仕事をしたいから、今は声優学校にも通っている。
演技の勉強はとても新鮮で自分には合っている様な気がする。
「うん、みーくんに初めて会った日だよね。あの日ね、みーくんに会えて良かったって思うの」
「夏海?」
「だって、そうじゃなければ……みーくんが今の私を作ってくれなかったと思うから。確かに初恋ショコラはあの事件から食べていないけど、みーくんもだけど、お兄ちゃん達の事嫌いじゃないよ」
デビュー直後にビビッドをはじめとして、先輩アイドルを何故かお兄ちゃん・お姉ちゃんって呼んでいる。正しくはみーくんなら楓太お兄ちゃんって調子だ。
たまに出るバラエティーのシナリオでも先輩たちを呼ぶ時はお兄ちゃんって指示が出ている。
「そっか。それならいいんだ。その事だけさ……俺が気にしていただけだから」
「みーくんは考え過ぎなんだよ」
「まあ、そう言う事にしてくれよ。でもさ、今回の収録で俺達は完全に契約満了で今度は後輩がやるんだってさ」
みーくんの今日のお仕事はCMの撮影。初恋ショコラは、みーくん達を国民的にアイドルにするのに大活躍したコンビニスイーツ。今のメインはみーくん達の後輩だけども、共演という形でみーくんたちも出演を続けていた。それが、完全に終わってしまうのは、凄く寂しい気もする。
みーくんもビビッドのお仕事以外にソロのお仕事が増えた。みーくんがメインで受けているのは、国営放送の趣味の講座。最初はトランペットから始まって、今は編み物の番組だ。
「そうなんだ。で、お土産に貰って来たの?」
「ああ、一緒に食べない?」
みーくんはリビングで寛いでいた私に初恋ショコラを置いてくれた。
「何かちょい足しするか?」
「チョコレートシロップがいいなあ」
「はいはい、カフェオレでいいだろう?」
「うん。ごめん。何もしないで」
「別に、売れっ子モデルさんはそのままでいて下さい。何をしていたんだい?」
「うん……新曲の方をちょっとだけ」
「ふうん、進んでいる?」
「それなりに。〆切りが迫っている訳じゃないもの」
私の音楽の活動は、本当に暇な時に配信するって方針で進めているからしんどいと言う事はない。
「夏海、本当はクラシックに戻りたいんじゃないのか?」
「そんなことないよ。元々プロのピアニストになりたい訳じゃないもの」
「そうだったんだ。夏海の夢は?」
「昔は音楽の先生になりたかったけど、今はちょっと違うの」
私の夢はほんの少しだけ変わっている。みーくんにはその事を教えたことはない。
「私ね……ずっとみーくんの側にいながら仕事を続けたいの」
「それは今もそうだろう?」
「そうだけども、本当にそれでいいのかなって不安になる時があるの」
私の体に寄り添うように眠っている、リンの体をそっと撫でた。
私の家はみーくんの部屋の上の階の社長の家。今日は学校が休みだからリンと遊びたいからってみーくんの家でリンと遊びながらこうやって仕事を進めていた。
「不安ねえ。俺達が内緒の恋人になってもう三年か。夏海も結婚が出来る年になるって訳だ」
「そうだよ。私、子供じゃないよ。あの時どれだけ皆に守られていたか……今なら分かるよ」
「でも……何かあったのか?」
「小学校の同窓会の葉書が来たの。どうしよう?」
「引っかかるんだったら……仕事を理由にして断ったらどう?」
「そうだね。社長に言って本当に仕事を入れて貰おう。そうすればブログで当日に今日はお仕事ですって書き込めば問題ないよね」
「本当に仕事なら、誰も文句は言わないさ。それに俺達の仕事は守秘義務もあるからなあ」
「うん……。それでね。あの日の事をぼんやりと私も思い出していたの」
「思い出した切っ掛けは違うけど、俺達も同じことを考えていたって事か」
私達は顔を見合わせて微笑んだ。みーくんが私の肩を引き寄せる。
「けど、夏海の体は強張っているな。すこし解してやろうか?」
そういうと、みーくんは私の肩や首筋を撫でるように優しく解してくれる。
「最近は実家に戻っているか?」
「ううん。ママ達がこっちに来る事の方が多いもの」
「実家に行ってみたいか?」
「いいよ。いろいろと面倒くさそう」
実家に戻るのは嫌じゃない。それによって、疎遠になっていた幼馴染との交流に温度差を感じてしまってから更に足が遠のいている。
「あれだろ?久しぶりに会った幼馴染にSNSで流されたのがまだ影響しているんだろ?」
「うん。そうなっているって事は……私にとっては無理なんだと思うの」
「そうだな。夏海。あの時の記憶を上書きしたら……どうなると思う?」
「そんなこと分からないよ。だってした事ないもの」
あの日から三年経過しているのに、私はまだ完全に克服する事ができていない。
「じゃあ、俺が上書きしてやるよ。いいか?」
「うん」
みーくんは、眼鏡を外してローテーブルの上に置いて私の耳元で囁く。
「ねえ、ケーキと僕のキス……どっちが好き?」
テレビでは何度となく聞いているはずの彼のセリフがダイレクトに頭に響く。
どっちが好きなんて言われても……おでこにキス以外された事がないから分からない。
「夏海?」
「分からないよ。だって……キスしたことないもん」
「そっか。じゃあ……返品不可って事でよろしく」
みーくんの顔が傾いて近付いてくる。咄嗟に怖くなって私はギュッと目を閉じた。
ふんわりと唇に感じる熱はすぐに離れてしまった。
「で、どう?上書きできそう?」
私は首をコクコクと振って答える。
「もう一度質問。ケーキと僕のキス……どっちが好き?」
「みーくんがいい。みーくんじゃなきゃ嫌」
「はい、よくできました。ギュッと閉じなくてもいいよ。好きだよ、夏海」
再びみー君とキスをする。そのキスが暖かくて、幸せで、何度となくキスをおねだりしてしまった事は誰にも言えません。




