初恋ショコラbitter
「で、体は大丈夫か?」
「多分……この程度は大丈夫です」
一弥さんに私が吸血鬼の一族である事、先祖返りをしていてかなりその能力が強い為、一弥さんに迷惑をかけてしまう可能性があることを伝えたその日の夜に、私達は体を重ねた。
私の告白を一弥さんは真摯に受け止めてくれて、告白を聞いてすぐに、一番親しい親族と話したいと言ってくれた。私は迷わずにアンジーに連絡をして一弥さんと話して貰った。二人は英語で会話をしている。一弥さんの答えている事は私でも分かるので、アンジーが何を言っているのかは容易に類推ができた。
「彼女達は……パートナーがいるのかい?」
「うん、いる子もいるし、遊びに夢中な子もいる」
「悠里は俺でいいのか?さっき聞いたけど、俺を仲間にすれば俺もそれなりに生きていられるのだろう?」
「そうよ。でも日本では暮らし続けることは難しいわ」
「悠里はどうするつもりだ?」
「村に……一弥さんとルーマニアの村に移ってのんびりと暮らしたい」
「いいよ。それでも。俺の方は親族が少ないから悠里がルーマニアに移住する頃には誰にも反対はされないさ」
「それに私達の戸籍は上手く消してくれるから安心して」
「大丈夫なのか?」
「お祖母ちゃんだってもう日本の国籍は持っていないの。今はルーマニア国籍よ」
「成程な。分かった。その時はお前に頼るよ。ごめん……もう一度……したい」
「かっ、一弥さん」
いきなりの宣言に私はたじろいでしまう。ついさっきまでのその行為は、とんでもなく恥ずかしくてとんでもなく痛かったのだから。
「そんなに真っ赤になられると無理矢理って気もしなくもないからな……やっぱりいいや。でも今夜はこのまま腕の中に閉じ込めて眠りたい」
「いいですけど……そういうものなのですか?」
そういうことは一弥さんにお任せでいいのかなと思いつつも確認してしまう。
「そういうものって言った方が悠里は楽そうだよな。俺達のルールってことにしよう」
「ルールだなんて……若い子みたいですよ」
「いいじゃないか」
一弥さんが逆に拗ねちゃった。うーん、私の恋愛マスターへの道は遠いみたいだなあ。
「疲れたろ?今夜はもう寝ような」
「はい……」
私は一弥さんの胸元に顔を埋めて徐々に意識を手放していった。
「悠里。おはよう。いい眺めだよ」
「いい眺め?」
「うん。悠里の体が綺麗で見惚れてしまうね」
私の体が綺麗……今の私の状態って……。現実に引き戻されて私は起き上がった。
「うわあ!!一弥さん見ないで!!いやあ!!」
私は声の限り叫んでしまい、頭からすっぽりと毛布を被った。
「うん、その姿も可愛いよね。悠里、お腹すいた?」
「……少しだけ」
「分かった。簡単に食べられるものを用意するから、午前中はここで過ごそうか?」
確かに体がだるいのは事実だから、私は素直に頷いた。
「いいよ。そのまま体を休めていて。俺だって簡単な食事位は用意できるさ」
そう言うと一弥さんは一階のキッチンに向かって行った。
一階は食堂だった時のメインキッチンと居住スペースのミニキッチンがある。
ミニキッチンで今は十分生活出来る。けれどもオーブンを使う料理をしたくなったときには物足りないので、そう言う時だけメインキッチンを使っている。ちょっと贅沢かもしれないけど、たまに従兄妹達もくるからオーブンと水道と業務用の冷凍庫だけはまだ現役で使える。普段使いは冷凍庫だけだ。
10分もすると一弥さんが戻ってきた。
「悪い。冷蔵庫にあるものを使って勝手に作ったけどいいか?」
「いいですよ。コーンスープなんてありましたっけ?」
「それは昨日の夜に、悠里の家にないものをチェックしてコンビニに行ったから」
「すみません……」
「いいんだって。いつもは悠里がしてくれるんだから。こんな時位は俺に用意させて」
コーンスープ、グレープフルーツ、クロワッサンにオムレツ。オムレツにはケチャップでハートマークが書かれていた。
「一弥さん……練習していました?」
「ちょっとだけ、本当にちょっとだけだからな」
何を練習したのか聞くのは申し訳ないから、今回は止めておこうかな。
一弥さんが用意してくれた朝食を食べて、午前中はベッドの中でいろんな事を話した。
もちろん、2カ月後にある予定のダリヤの結婚式に出るから休みが必要になることも。
「悠里が休むのはいいけど、俺も出席して休む訳にはいかないよな」
「そうですねえ。私も現地一泊もしくは、フランクフルトの従兄妹の家に泊まる予定ですけど……一弥さんはどうします?」
「そうだなあ。月曜を休むわけにはいかないから、本当に弾丸になるな。金曜日は休み取るとしたら……木曜日の最終でフランクフルトに行けるよな」
「そうですね。式前日に宿泊できそうです」
「式を行うのは……やっぱりルーマニアか?」
「いいえ。それがスイスなんです。従妹の実家はブルガリアですが、当人達はスイスで暮らしたいっていうことで」
スイスに居を構える理由は何となく分からなくもない。
「じゃあ、金曜日にスイスで宿泊できる様にしてくれないか?俺も一緒に」
「あの……ホテルの方は泊まれればいいですか?」
「ああ。英語が通じれば十分」
「一弥さん……英語以外は?」
私は、従兄妹達との交流があるおかげで大学の外国語学部を卒業した人程度には語学には苦労しない。ただ、その言語が問題かもしれないけど。
「俺は、英語以外になると……辛うじてドイツ語位か?それでお前の親族と会話できるか?」
「大丈夫よ。皆ベースは英語よ。でも、ドイツ語圏で暮らしている人も多いからドイツ語も平気よ」
「平気よってけろりとしているけど、悠里お前の英語の語学力が本社でもトップクラスなのは知っているけど、他の国はどうなんだ?」
「私の秘密を知った一弥さんなら隠すことはないでしょう。いわゆるEU公用語としてもメジャーな英語・ドイツ語・フランス語・オランダ語は苦労しないレベルって言えると思います。ルーマニア語は普通には使えますが、ビジネスでは経験がないので未知数です。会話だけならイタリア語とスペイン語とブルガリア語でしょうか」
「おまけ……何カ国語なんだよ」
「仕方ないでしょう。一族が集まるともっと細かい言語もあるのよ。会話から学んでいくからどうしても増えてしまうの。従兄妹達だって、日本語会話なら大丈夫よ。日本語だけで完全に通じるとなると……アンジェリカとコルネリウとアウレル位じゃないかしら?」
「ふうん。それだけ、語学に堪能なら海外事業部でも良かったんじゃないのか?」
「体の事を考えたら、商標デザイナーになって独立起業した方が確実かと思って。通訳でもやろうと思えばできますけど、ちゃんとしたスーツを買うお金がもったいなくて……あはは……」
私が本音を漏らすと一弥さんは黙ってしまった。
「悠里、社内の語学検定を一度でいいから受けてくれ。俺もお前に少しずつ教えてもらおうかな」
「どうしてですか?」
「それは……お前が使える言語……中西が考えていたプランに使えるんだよ」
中西主任……お菓子関連ですか。こっちも少しは調べておいた方がいいかしら。
「私の無駄な知識が、会社に利益に繋がるなんて意外です。ちょっと頑張りますね」
「ああ。会社の利益になれば、部内の予算も増えるし、ボーナスも増える。生涯賃金を早々に稼いで早期退職してゆったりとセミリタイアしたくないか?」
「そうですね。私の語学は、プライベートで語学レッスン程度は出来ると思います」
「仕事の話はここまで。ここからは俺と恋のレッスンでもしてみない?」
いきなり、体を組み敷かれてしまう。
「一弥さん、キャラが違います」
「僕の生徒さんは、レッスンするたびにどんどん吸収してくれるから教えがいがあるんだよ。だからレッスンしたくなってね……こんな彼氏は嫌か?」
「嫌じゃないけど、TPOを考えて下さい」
「間違ってはいないと思うぞ。人によっては有無も言わずにぱっくりかもしれないだろ?」
一弥さんがニヤリと笑う。一弥さんはそうじゃないけど……そういう男性の方が多いだろう。従兄妹達と過ごしたときだって、美味しそうな体があって眺めるだけなんてありえないって言っていた位だ。
ヴァンプだから、本来は肉食系なはずなのに、どうも私はとことん草食系なのかもしれない。
この体質はこれから変わっていくのだろうか?
「変わるのが怖い?俺が隣にいるのに?」
「一弥さん。ほんの少しだけ……です」
「じゃあさ、俺の本気を形にして見ない?悠里のはじめては昨日貰ったからさ、今日は俺のはじめてを悠里にあげるよ」
「えっ?」
「吸って。悠里がはじめて吸血した男になりたい」
「アンジーから聞いた。一度吸血しただけではダメだって。何度となく噛まれることで交わっていくって」
そのことはおじ様からも聞いていた。皆はかなり時間がかかるとは言っていたけど、純血種に誓い能力を持っているらしいので、数回で済むのではないかって言われた。それだけにちょっと怖いのだ。
「大丈夫。俺が望んでいる事だ。全部丸ごと受け入れるよ。甘いだけが恋じゃない。辛いことだって苦いことだってある。お前がヴァンプでもお前が欲しい。俺と……甘い恋の先も知りたくないか?」
「うん、本当にいいの?」
「ああ、だからおいで」
私は誘われるままに、一弥さんの首筋に自分の牙を差した。初めての吸血は……お酒を始めて飲んだ時の様にふわふわした。
「悠里……平気か?」
「あい、へいきれす~」
「なんか酔っ払いになってんぞ」
「しょれは、かずやしゃんがいけないんですう~」
「はいはい。俺の血がそんなに良かったってことかい。それなら休んでおけな」
「あい。そういえばあ、さっきの甘い恋の先をしりたくないって言ったのって……初恋ショコラbitterみたいですよ~」
「そうだな。冷蔵庫に入っているから、後で食べような」
「あい。そのときはかずやさんもたべゆの?」
「そうだなあ。俺も食べていいなら食べるさ……お前をな」
「ゆうりはおいしくないですよ~」
なんか、今一つ会話がかみ合っていないけれども、ご機嫌な一弥さんは、私を構い続けていたのでした。




