Pure Pop
バカンス企画後、6月の末頃をイメージしてます。
「今年は本当に暑いよね」
「でも環境に優しい生活が重要なので、エアコンはこれ以上下げませんよ」
「悠里ちゃん……そこをなんとか」
「だったら、オフィスはラフなシャツにすればいいじゃないですか?基本的にここには人が来るってことがないのですから」
「そうだよな。本社だってクールビズだろ。部長、俺達もクールビズにしてもいいっすか?」
「渡。別に構わないが、社外打ち合わせの時はスーツ着用な」
「はい、内勤だけならいいんですね」
「そうだな。悠里が倒れたらうちはお終りだ」
話しあい時間がわずか数分で軽装での出社が決まった。こんなに簡単でいいのだろうか?
「いいんだよ。とりあえず、去年の電力料金より安くするためにまずは残業しないで帰れるように各自努力するように」
クールビズは、そういう所も重要だよね。過去の別室の電気料金を調べてグラフに纏めて皆が確実に目に止まる場所に貼りだした。
「悠里は、ちゃんとやるべき事が分かっているなあ」
「えへへ」
珍しく部長に褒められたのでちょっとだけはにかみ笑いをする。
「そんな顔をするな。可愛がりたくなるじゃないか」
「ちょっと!!」
皆がいるこの場所でなんて事をいうのでしょう。この部長様は。
「さあ、今日も早急に帰れるように努力するぞ」
今日もいつもの様に時間が過ぎて行くようです。
ルーマニアから帰って来た私は、溜めてしまった仕事を消化するのに、先週はずっと残業をしていた。
ようやく自分の本来のペースで仕事が出来ると思った月曜日の朝。職場では軽装勤務にたいして白熱していたという。確かに男の人は暑いよね。スカート履いたりしないし……いや、実際に履かれたら視線のやり場に確実に困るだろう。
従兄妹達と久しぶりに過ごした時間は、私に一族の絆を再確認させてくれた。皆が十代の頃に経験した葛藤を、私は25になって経験している。帰国後、どうやって彼に伝えようかと……そればかり考えていたのだけど、逆に焦ってしまって打ち明ける事が出来ない。
そんな中、私を心配してくれたのは……やっぱり従兄妹達だった。
「ユーリ?元気?」
「アンジー。蒸し暑くって嫌になる。ルーマニアの方が過ごしやすいよ」
「だったら、早くこっちにおいで。って、ラブラブなダーリンがいるから無理か」
電話越しでアンジーはクスクスと笑っている。
「アンジーは仕事はどう?私はやっと溜まっていたものが終わったわ」
「大変ね。私の仕事はパソコンがあればできるフリーランスだからそうでもなかったわ」
アンジーの様に自分でデザイン事務所を開けば、パソコンさえあればどうにかなるよなあと痛感する。
「そうそう、コルネはオーバードクターになるんだって」
フランクフルト空港で別れたもう一人の従兄は、更に勉学に努めるということらしい。
「ってか、コルネの場合は突っ込みどころが満載よね」
「そうね、一族の事を調べているだけだもの」
「そう、だからこれからはおじさまのお屋敷に定期的に通うんですって。過去の資料を見て、世間に出せるものは出す気らしいわ」
コルネがやろうとしていることを聞いて私は目眩がした様な気がした。
「大丈夫なの?」
「コルネは大丈夫って言っているけど……不安よね。ユーリはまだカミングアウトしていないでしょう?」
「しょうがないでしょう。同僚が退職してしまうし、社外プレゼンの準備でそれどころじゃなかったのよ」
「それは御苦労さま。でも、彼ってユーリがヴァージンって分かっていて付き合っているのよね」
「うん。それもそろそろ限界かなって思う」
「だったら、カミングアウトしたら?」
アンジーはあっけらかんと私に言う。一族でカミングアウトしていないのは私だけだ。
「大丈夫よ。本当に愛していたら別れることはないわ」
「そうだよね。分かった。この週末に言ってみる」
「気追うことないわ。日本で暮らしづらかったら、村に行こう。私も一緒に村に行くわ」
「アンジー……アンジーのパートナーは?」
「彼は……私と一緒に生きて行くことを決めてくれたわ。だからそのうち……村に行くわ」
アンジーはいいなあってつい羨ましく思ってしまう。自分がまるで駄目だと決めつけて。
「ユーリだって。自信を持って。大丈夫だから」
「うん。分かった。またそのうちね」
私達は、夏休みのスケジュールを確認して電話を切った。
アンジー達は、今年の花火大会をホテルで見るからご飯を食べましょうって誘ってくれた。
この調子だと、他の親族も日本に来るのかしら。今年の夏は忙しそうねと私はカレンダーの片隅にそっと書き込んだ。
あっという間に部署の人のクールビズ姿に慣れてきた。香山さんは、コットンチェックのシャツにチノパンツを合わせている。中西主任は、本社にも行かない日はTシャツとハーフパンツ姿だ。
実は大学までバスケットをしていたという、中西主任の普段着は本当にラフなのだと言う。今でもストリートバスケをしているそうで、Tシャツの日はそのまま練習して帰るらしい。
渡君は、ポロシャツとジーンズを合わせている。渡君の担当は普段からラフな服装なクライアントが多いから打ち合わせに行くのが気楽になったと言っている。
部長は、麻素材のジャケットをメインにして、インナーシャツをおしゃれに組み合わせている。
最後の私は……オフィスにいる事が多いので、カーディガンを羽織る事を前提にした服をコーディネートしている。今日はウィング襟のシャツに麻のマキシスカートだ。
「悠里、今日クライアントに外出して貰ってもいいか?」
「構いませんけど、ラフじゃないですか?」
「大丈夫。書類の提出だけだからきにするようなことはない。届けてもらうのはこの三通。住所は付箋に付けてあるから場所を確認してから行くように。分からない時は連絡をすること」
「分かりました。今から行ってきていいですか?」
「そこは任せるよ」
私はルーティンワークをこなしてから、ランチタイムに最後のクライアントに辿りつける時間に出かけることにした。
最後のクライアントに向かう前に一弥さんからメールが届いた。
―最後のクライアントは届けなくて良くなった。ちょっと早いがランチを一緒にしないか?―
そのお誘いを利用しない手はないので、私はオフィスからちょっと離れた個室のあるレストランを予約する。辛うじて取れたので、一弥さんにレストランの場所をメールで伝えた。
オフィスに戻ってからランチに行く訳にはいかないから、市場調査と称してコンビニ会社の本社ビルに併設されている店舗に立ち寄った。こういう直営店は、サンプル調査として新製品を一足先に販売している事が多い。早速デザートコーナーに向かうと、こないだプレスリリースしたばかりのPure Popが陳列されている。普通に買っても凍っているモノを貰えるように手配すると2時間後には食べごろになるという。その時には保冷袋に無料で入れてくれると言う。
そのサービスが本当なのかどうか気になったので、レジにいる店員さんに凍ったものを二つずつ欲しい旨を伝えると、ちゃんと凍った状態の商品に更に保冷剤を付けてくれた。
ちょっと待ち合わせに行くには早いので、近くの公園で休んでいこうと思って、すぐに食べられるアセロラ味を別にもう一つ買った。
公演のベンチからは噴水の水が涼しげに見える。時折吹く風も少しだけ涼しく感じる。私はすぐに食べられるアセロラ味のパッケージを開ける。まずはかき混ぜた状態で一口食べてみる。ラムネ味とアセロラ味とカットフルーツが爽やかでおいしい。その次に弾けるキャンディーをふりかけてから一口食べた。
口の中でパチパチする食感は子供の頃によく食べた事を思い出させてくれる。子供のころが懐かしく感じる。残りのジュレをのんびりと食べようとすると私を呼ぶ声が聞こえた。
「一弥さん。早かったのですね」
「そうだな。なんとなく悠里ならここにいそうな気がしたんだ。今日のおやつはゼリーか?」
「そうですね、一口どうです?今日のおやつは同じものなのでその時まで楽しみにしたいのであれば食べない方がいいですよ」
「おやつの時間に同じものを食べなければいいんだろう?一口くれよ」
私は言われるままに一弥さんに差し出した。
「ふうん、これがこないだプレスリリースしたやつか。結構食べやすいな。ゼリーだからもっと堅いかと思った」
一弥さんはジュレを知らないのだなと思って、なんか勝った様な気がした。
「これはちょっと柔らかいゼリーなので、ジュレって言うんですよ」
「成程な。失敗作ではないんだな。今時の甘いものは良く分からないなあ」
私の説明を感心して聞いている一弥さんが可愛いと思ってしまう。
公園のベンチには私達しかいない。それ以前に公園には私達しかいない。
告白するのなら、今でもいいのかもしれない。
「一弥さん。私の事好きですか?」
「ああ。好きだぞ。年がいも無くな」
「えっ?」
「悠里となら……弾ける恋をしてもいいって思える位には」
「だったら、ランチの時にどうしても話したい事があるんです」
「それは俺にとっては悲しい話か?」
「それは分かりません。ランチも個室にしたのでちゃんと話します」
「そっか。ゆっくりレストランに向かえば予約時間になるんじゃないか?そろそろ行こうか?」
一弥さんに促されて私達は歩き始めた。まだ気持ちは定まっていない。
けれども、一弥さんがPure Popのキャッチコピーを使って気持ちを伝えてくれる位に、私の事をおもってくれるのなら私も彼の気持ちを受け入れて自分の秘密をカミングアウトしようと思うのでした。




