君想いマカロン
前話と今回までがバカンス企画の前の時間枠です。
「悠里、マカロンってどんなイメージ?」
「そりゃあ、儚いとか脆いとかですか?」
私が答えると、一弥さんはそれをメモしていく。今度は何が絡んでいるんだろう?
「一弥さん?今度は何ですか?」
「悠里は鋭いねえ。今度は大手洋菓子チェーンの新商品のネーミングを付けるんだよ」
「成程。それがマカロンですか?」
「いや、実際には違うんだが……ほら、初恋ショコラのコンビニ会社でマカロン出ていただろ」
「ええ、君想いマカロンですね」
初恋ショコラをCMしているアイドルがソロ活動でキャラクターを務めている。最初はヒロイン役はいなかったのだけど、今はヒロイン役として、新人のモデルさんが勤めている。
「それでだ、どういうネーミングがいいかと思って調べていたらマカロンに行きついた」
「そうなんですね。このシリーズの場合は、徹底した世界観を最初から作り上げた気がします」
「それはどういう意味だ?」
私なりにこのコンビニ会社の記事はストックしてあったので、その資料を一弥さんに提示する。
「初恋ショコラと君想いマカロンの違うは、与えられたものを活かすと与えられたものを確固たるものにしたって所でしょうか?」
「悠里、意味が分からない」
私はスクラップブックを捲って、経済紙の対談を見せた。そこには、君想いショコラの制作過程の話がコンビニ会社の社長さんとキャラクターを務めている楓太君の写真。テーブルには打ち合わせで使っていたと言う資料がある。一弥さんは記事を読み始めた。
「ってことは、何だ。初恋ショコラは通常のCMキャラクターだったってことか」
「ええ、君想いマカロンは楓太君が何気なく商品の形……これはレアマカロンのアイデアの様ですね。素朴な思った事を提案して採用できる所は採用した結果だそうです」
「今回のクライアントがどこまで考えているかによって俺達の行動が変わるって事か」
「はい、正しくはCMを担当するタレントさん次第です。楓太君の様にプロデュースできる人なら積極的に参加して貰って、私達はクライアントさんが希望する方向に導いてあげればいいと思います」
「悠里は、タレント次第でヒット出来ると思っているのだな」
「はい。さすがに今回はマカロンではないでしょうけど、焼き菓子をぶつけてくるんですよね」
「そうだろうな。先方でもまだ正式に決まっていないそうだ」
一弥さんはそう言ってから、製品が決まると俺達も楽になるのだがと零した
「焼き菓子ですよね。ケーキとは言っていませんよね。それならば……ある程度予測は出来ます」
「焼き菓子以外にも少し目を向けてみますが……クッキー、メレンゲ、ヌガー、キャラメル、マシュマロ、ギモーブ……そんなところですか?」
「それでもかなりあるなあ。それより、ギモーブって何だ?」
「マシュマロみたいなものです。マシュマロよりは堅いんですよ」
お店でも売っている所は少ないけれども、食感が私は好きなので定期的に買っている。
「もしくは、完全にこちらから提案をしてもいいと思います」
「何かアイデアがあるのか?」
「ないとは言えません。原価計算等で販売できるかどうかとなると自信はないのですが……」
「悠里はそのアイデアをプレゼンできる様に形にしてみて」
「はい、分かりました。一弥さん……グラノーラって知っていますか?」
「シリアルって事は知っているが」
「それだけご存知なら十分です。プレゼンの準備をしたいので来週の月曜日はお休み貰えますか?」
「どうして?」
一弥さんは私が月曜日に有給を取りたいと言う意味が分かっていない様だ。
「だって、金曜日の夜にまだ社内にいる一弥さんは、週末を私と過ごす予定なのでしょう?」
時間は午後10時。自分の自宅に帰るのであれば、既に退社している時間だからだ。
「なあんだ。分かっているんだ。もちろんその予定だったが……それがいけないのか?」
「はい、プレゼンのペーパーの部分ならいいですが、サンプルとして作る所を見られたくないのです。
要はお菓子づくり等をしたいので休みたいんです。必要な食材も月曜日に買いに行きますから、丸一日かかるんです」
「分かったよ。俺の仕事の手伝いのつもりなのだな。いいよ。月曜日は休んでも。だったら月曜のランチタイムは俺と過ごせるよな?」
「過ごせますよ。明日の朝は、ちょっと早起きしますので、今夜の夜更かしはしません」
明日の朝は、祖父母達がレストランを経営していた時の仕入れ業者さんにお願いしたいものがある。
「なんだ。残念。まあ、一緒のベッドに寝るまでに進歩してくれたからいいとするか」
「ごめんなさい。私が怖がりだから」
「いいんだよ。今の時代に、古風なのもいいじゃないか。それに俺だってがっついていないからな」
「そんながっついていないって……」
「そうだろう?若い男なら、いつだってその気になればできるんだよ」
私が座っている椅子の後ろに立って、覆いかぶさるように私を腕の中に閉じ込める。
あの……一弥さん……手の動きが……なんかおかしいものになっていませんか?
「一弥さん、そういうことすると、私今夜は布団で寝ます。一弥さんはベッドでどうぞ」
私がポツリというと、一弥さんの手がぴたりと止まった。
「悠里が可愛くない。俺の知っている悠里はもっと可愛かった」
「そんなことはありません。それは幻です。いい加減に現実に向きあいましょう?」
「時々、とてもクールに対応する悠里が憎らしいと思うのは気のせいか?」
「それは最大の褒め言葉として有難く頂戴します。資料を持ち帰る必要があるので帰り支度をしてもいいですか」
「ああ。そうだな。俺……この週末は悠里の家にいてもいいんだよな?」
不安そうに一弥さんが耳元で聞いてくる。私は自宅に帰りなさいって言っていませんよ。
「一弥さん、今日来ているスーツを明日はクリーニング屋さんに出しましょうね」
この言葉の意味位はわかりますよね?一弥さん?
「悠里、ありがと。大好きだよ」
「私もですよ。一弥さんと過ごせない時は楓太君のCMを見たくありません」
私が答えると、一弥さんはきょとんとしている。
「だって、会いたい時に一弥さんは隣にいないんですもの」
私は一弥さんに片想いをした事はない。でも一弥さんは私を想っていた時間がある。そんな彼は楓太君の君想いマカロンは自分とリンクしてしまうらしい。
一方の、私の方はそこまでではないけど、一弥さんと週末を過ごせない時はどうしても会いたくて自分の気持ちをコントロールできなくなる。
「本当に?それって本当にそう思う?」
「思ってますよ。だからルーマニアに行くのも躊躇っているんです。でも久しぶりに一族が揃うので会いたくなったらメールします。返事待っていますね」
あまり自分の事を言わない私が自分の思っている事を正直に話したのを一弥さんはどう思うのだろう。
「分かったよ。俺がちょっと束縛していた。俺もメール待っているから。ルーマニアには来週末には言っているのか」
「はい、フランクフルトでトランジットしますけど、金曜日のフランクフルト便の最終で行ってきます」
「その日の成田に行くのは、俺も行っていいよな?」
「はい、そこまではいいですよ。後は戻ってくるまでは、自分の自宅に戻って下さいね」
「あっ、あの家での留守番はダメなのか」
「当然です。一弥さんの方が女性みたいですよ」
クスクスと私は笑いながら自分の机の上を整理するのでした。




