初恋ショコラbitter
卒業式後の二人です。
卒業おめでとう」
卒業式の後に謝恩会があって、ついさっき私とかおちゃんは自宅に戻ってきた。私の両親は卒業式と謝恩会に参加したらUターンで赴任先に帰ると言って空港に向かってしまった。滞在時間が24時間ないんですけど……嫁には行ったけど娘は娘だと思うんだよね。
「おばさん達は相変わらずだね」
「本当に。とりあえず最後の制服姿を見たから帰るって。私にすら何も教えないのよ」
「まあ、俺が空港まで送って行った分、家族の時間が取れた訳だからいいとしておけば?」
「私……本当にあの人達の娘かしら?」
「俺はそうだと思っているけど?」
「もうどうでもいいや。もうお腹一杯」
「そうだろうね。ホテルのディナーは楽しかったかい?」
「うん。でも制服姿の私を見て何ともなかったわね」
「そりゃあ、個室にしましたから。気が付かなかったんだ」
すみません。恥ずかしい事に一切気が付いていませんでした。相変わらずのかおちゃんの女子力の高さは尊敬に値する訳ですよ。
「俺としては、そのままホテルにお泊まりでも良かったんだよ」
「それは無理。だって……私……制服だもの」
「宿泊台帳には妻で書くのだから、高校生でも問題ないだろ?」
私の事をこの愛すべきお馬鹿さんって表情で私を見ている。うん、それも否定はしないよ。だって、さっきまで私は旧姓の六条菫で学校生活を送っていたのだもの。卒業証書を見て、私が竹田菫だと思い出した位だ。
「今日からは竹田菫さんだけど……大丈夫?」
「慣れる様に努力します」
「で、すうの様に短大部に進学した子っているの?」
卒業後の進路は基本的にはほとんどのクラスメートは大学部に進学する。一部の女子は短大部に進学する。私と親しい子達は、婚約を澄ましていて、花嫁修業をするために短大部を選んだ子達。残りは大学部には進学出来ない子達。それでも二十人いるかどうかだったりする。
「まあ、最近の短大部は外部の子達の方が多いようだね」
「そういえば、校長先生から短大部の入学者代表を受けるようにって言われた」
「諦めな。卒業式の答辞は大学部の徹で自分にはないって思ったのか」
「そうなの。まだまだ甘かったわ」
今日の答辞も最初は私に話が来たのだけど、進学先が短大部なのを理由にお断りをしたのだ。でも、この短大部……お嬢様学校とは言われているけど、最近は就職を希望する学生が多いのでビジネスコースが設置されている。私はビジネスコースで必要な資格を全て取得してしまったので、結果として英文科に進学する。ここでは、イギリス文化の勉強をしながらビジネスコースの授業も受けようと思っている。
「で、すうはどういう企業に就職をしたいの?」
「とりあえず、商社。総合商社でも単独でも拘るつもりはないの。そうすれば、かおちゃんのビジネスの手伝いの延長みたいなものでしょう?」
かおちゃんのネットショップは、売り上げは好調で私が手伝うようになって取扱製品が少しだけ増えた。
二月のこの時期はベルギーのチョコレート工房の限定セットが好調だ。このセットの企画を勧めていた時に短大部の入試と契約の為にベルギーに行かないといけなくなって綱渡りな生活をしたものだ。
「それと、ホワイトデーを狙った訳ではないが、ビスケットの予約も好調だろ?」
新婚旅行に訪れたベルギーのお菓子がおいしくって、帰国してからかおちゃんと相談して商品として取り扱う様にしたのだ。
「すうと一緒になってからは、売り上げがうなぎ上りに上昇しているからね。お陰で俺はまだ好きな事を研究できるって訳だ。感謝しているよ」
今のかおちゃんは、博士課程に進んで、ある企業との共同研究にも参加をしている。
「かおちゃんは忙しくないの?」
「大丈夫だよ。無理はしていないし。ネットショップの方は、僕が出来ない時間はすうが処理してくれているから助かっているよ」
「そっか。良かった。ねえ、今夜は?」
私は、リビングのソファーに座ったかおちゃんに、コーヒーを淹れる為にダイニングに向かう。ダイニングチェアーに無造作に置いてあるエプロンを手早く身につける。
このエプロン、はっちゃんが結婚祝いってくれた……白いフリフリなレースがたっぷりなエプロン。最初は恥ずかしくって身に着けられなかったのだけど、今は慣れてきて身につけるのが普通になった。
「竹田さん」
「いきなり、どうしたの?」
「すうが竹田さんに慣れるための練習」
かおちゃんが、いきなり私に呼び掛ける。確かに竹田さんと呼ばれる事は慣れてはいない。
「大丈夫かしら?」
「あいつらにでも練習台になって貰ったら?暫くはバイトで会うんだろ?」
私達は大学の入学までは学校の側のコンビニでアルバイトをする予定だ。私とはっちゃんと徹君とゴンベンツインズ。誰かが一緒のシフトになっている。
「そうだね。皆にお願いしてみる。かおちゃん……今日はラブミラクルポーション入れる?」
最近のかおちゃんはコーヒーにラブミラクルポーションを淹れるのがマイブームだ。入れる事が多いのは、キャラメルとマロン。たまにナッツのポーションも入れる。
「今日は……どうしようかな。すうはデザート食べられそう?」
「一人でケーキ一つは無理だよ。かおちゃんが食べてくれないと」
数時間前にお腹一杯に食べたばかりなのに……流石に一人分は食べられない。
「分かったよ。コーヒーサンキュー。デザートは俺が用意しよう」
かおちゃんはそう言うと、座らせてデザートの用意をするために立ちあがった。
冷蔵庫から見慣れた容器を取り出して、デザートプレートの上に載せた。プレートの上には、初恋ショコラbitterが置かれていた。
「すうもコーヒーでいいのか?」
「うん。ケーキがあるのだから、甘いものはいらないわ」
「そうだな。今日は俺が食べさせてやるよ」
「どうして?」
「高校生最後の日だろ?もう少し女子高生なすうを楽しみたい」
「……馬鹿」
私はどう答えていいのか分からなくて、私はつい悪態をつく。そんな私を見てかおちゃんはクスクスと笑っている。余計にどうしていいのか分からなくなる。
かおちゃんと結婚して二年経つけど……まだ甘いムードには慣れていません。
「可愛い。奥さんになってもまだ初々しい態度のすうには俺はやられっぱなしだよ。ほら、口を開けて」
いつもの様に、一匙掬って私の口元に寄せてくれる。それを私はいつもの様に受け入れる。
控え目なビターチョコレートの風味が今日は美味しく感じる。それは私も大人になり始めたと言う事だろうか?そんな事を考えた私はクスリと微笑んだ。
「どうした?」
「私も大人になれたのかな?」
「お前はもう大人だろ?少なくても体は」
かおちゃんが意味ありげにニヤリと笑う。その意味が何を示しているのかは私が一番よく知っている。
「一人じゃ……大人になれないの。半分はかおちゃんのせいじゃないかな?」
私を大人にしたのは、隣にいる夫でもあるかおちゃんだけなのだから。
「そうだね。あの日の事は今でもはっきりと思い出せるよ。今のすうも……魅力的だよ」
そう言うと、ケーキを食べたばかりの私の唇をぺろりと舐める。
「初恋ショコラbitterだから甘さ控えめだよね。これも美味しいけど……俺はもっと美味しいものをしっているしね」
そう言って私の耳元に唇を寄せる。
「ねえ、すう。俺とこれから大人の初恋してみない?」
私の初恋は全部かおちゃんだけって決まっているんだけどなあ。かおちゃんがあの言葉を口にするのなら……。ちょっと恥ずかしいけど、私もちょっとだけ勇気を出した。
「薫君、甘さの先を知りたいと思わない?」
「そうだなあ。これからはずっと一緒だし。明日は早起きする日?」
唐突に私に聞いてくる。明日はアルバイトはお休みだからゆっくりと過ごせる。皆が気をきかせてくれて、今日と明日はお休みだ。
「今日と明日はお休みなの。ゆっくり過ごせるわ」
「そっか。それじゃあ……いいよな?」
「何が?」
「今夜は……夜更かし決定。それと、俺のおねだり……聞いてくれない?」
「内容によるけど……」
「だったら……すうの制服を脱がせてみたい。今日が最後のチャンスだから」
「かおちゃんのエッチ」
「健全な男って言ってくれない?じゃなければ、ささやかな男のロマンを叶えさせて?」
昔から、かおちゃんのお願いには弱い事を知っているはずなのに……。本当に困る。
「汚さないで。まだ後二日は着るのよ」
生徒会旧役員として、高等部の入試等のお手伝いで二日程……学校に行くのだ。その日だけは制服着用が決まっている。
「分かったよ。汚さないから……上に行こうか?」
「そう言う事は聞かなくていいの。意地悪」
「すうだけは意地悪を止める事ができないなあ。諦めろ」
そう言われて、お姫様抱っこで抱きあげられてしまった。こうなるとどうなるかは誰よりも知っている。
「今夜もたくさん愛してあげるから」
「えっと……程々にして下さい」
「それは……今日は諦めて」
明日の過ごし方が決まった瞬間でした。




