壱 「誕生」そして“一歩”
ある世界の、
ある大陸の、
ある村の、
ある赤子。
その赤子は、神から祝福を受けたと、世界にはびこる魔の者をたおすことのできる者と、いずれ称えらる今はまだ、幼き赤子。
物語は、いずれ始まるーーーー
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小さく、農業を生業にするある村。
その日、朝早くから、村のある一軒の家は慌ただしかった。
夜も明けぬうちに、その家の女に陣痛が起こったのだ。
その家の夫婦は、これが初めての妊娠であった。
夫は急いで家を飛び出ると、三軒隣の家へと向かった。
「クスア婆さん!お、俺だ!ヨトルだ!マシルが、マシルが!!」
叫びながら何度もドアを叩く。すると中から、老婆が一人出てきた。
「マシルの腹が、痛み出したか」
老婆らしいしわがれた声に、ヨトルは「ああ!」と何度も首を大きく縦に振る。
「すぐ準備する。まっとれ」
クスアは、一度家に戻り片手に荷物を持ち出てきた。ヨトルはクスアを急かしながらマシルの待つ家へと向かった。
「マシル!クスア婆さん連れて来たからな、な」
家につくなりヨトルはクスアを置いて寝室へと走って来た。
「ハァ……ハァ…あ…あり…がとう………ヨトル」
苦しそうに呻きながらも、夫を安心させるように笑う。
後ろから老婆にしては早い歩みでクスアが表れマシルの横にくると、何か二、三聞きながら、マシルの状態を見る。
「ヨトル」後ろでオロオロと見ていたヨトルに声をかける。「できるだけ綺麗な布と桶に湯を張って持ってこい。ヤオを呼ぶのも忘れるな」と、振り返ることもなく告げた。
「え…あっ」
「オロオロするな。もうすぐに産まれてしまうぞ」
「わ、わかった!マ、マシル待ってろよ!」
また、勢いよく、走りだした。今度は五軒先の家まで走る。
クスアの時と同じようにドアを叩くと、中からは、中年の人の良さそうな女が出てきた。
「もうすぐ産まれるんだね。わかった。すぐ、いくよ」
ヤオは、言うが早いか、着替えもせずに身一つで走り出す。
それから、一刻と少し後に、新たな命が世界におくりだされた。
小さな命は、金髪の男の子だった。
狭い村であるために、ヨトルとマシルの子が生まれたことはすぐにしれわたった。
そして、彼の御方の祝福をと聖女が、二人のもとへとやって来た。
「おめでとう。ヨトル、マシル」
聖女は、夜の月のような儚く優しい笑みを称える妙齢の女性だった。
この村には、小さな教会が一つある。そこに彼女は、一人住まい、彼の御方に身を捧げている。
村人からは、聖女様と呼ばれ、崇められている。
「聖女様!聖女様の祝福のおかげでマシルも子も無事でした!」
「ええ。ですが、一番は皆が頑張ったからでしょう」
何度も「ありがとうございます」と、手を合わせ頭を垂れるヨトル。
「聖女様。もしでいいのです。良ければ、この子に名をお与えくださいませ」
出産を終えたばかりのマシルは、寝台に自分と共にねかせられた我が子を見る。
「ええ。私でよければ。そう、ですね。“ライ”とはどうでしょうか」
寝台にゆったりと近づきながら言う聖女に二人はまた、ありがとうございますと繰り返す。
「いいえ」、と言いながら、そっと、生まれたばかりのライを抱き上げる。
そして、もとから動くことのない人形であったかのようにピタリと、動きを止めた。
「せ、聖女様」
二人は何が起きたかも分からず困惑する。
「彼の御方より、お告げです」
動きだしたかと、思うと。恭しく、腕に抱いたライを持ち上げ。
「ヨトル。マシル。二人の子、ライは、彼の御方より魔の王に立ちふさがる力を授け賜りました!」
どこか芝居がかったような言い方であったが、ヨトルもマシルも聖女を見つめる目には、疑った様子はなく。むしろ、自分達とは、違う神々しい者を見る目であった。
「この子は、勇者と、なるでしょう」
ライを見つめる目は、慈愛に満ちていたと、いう。
勇者様の誕生。そして、一歩前へと進む物語。