雪の降る日
この話はボーイズラブを含みますのでご注意ください。
―――約束して。もう一度……
―――どうして?
―――僕は…だから……
―――それじゃあ…会えない……
―――大丈夫…僕が君を……
―――…わかった…約束……
―――うん、約束…
あまりにも突然だった。
朝起き抜けに浮かび上がったいくつかの記憶の欠片。
今までまったくと言っていい程覚えてなかったのに、急に出てきたそれは雪哉を一時混乱させた。頭の中で整理して落ち着いたのは五分ほど後。
「何だっていうんだよ…」
雪哉は大きく息を吸って吐ききると、ひとつ伸びをしてベッドから降りた。
夢を見たわけじゃない、本当に突然思い出した記憶。それは幼い頃の懐かしい思い出。
思い出したからといって、重要なわけでもなく、懐かしいだけのもの。ただ一つ気になる事といえば完全に思い出しきれなかった誰かとの約束。
「まあ、今更だし、な」
このまま深入りしたら無限のループにはまりそうなその思考を断ち切り、窓のカーテンを開けた。瞬間、日の光ではない眩しい光が目に飛び込み、思わず目を瞑る。慣れるのを待って目を開けると、飛び込んできたのは見慣れない一面の銀世界。
「すげー……久し振りだな、こんな景色……」
思わず呟き、めったに見ないその景色の美しさに見入った。
こちらでは雪が降ること自体、珍しい。
雪哉の住むこの場所は日本でも比較的南方にあたる四国の愛媛。温暖な気候で知られるここは台風も大雨もめったになく、当然雪も降る確立は少ない。一面の銀世界を見ることなど十年に一度あるかないかというところだ。
「あ、そうか…」
景色を見ているうちにすとん、と頭につかえていた物が落ちた気がした。
あれを思い出したのはこの雪のせいだ。
まったく確証はないことなのに、雪哉はそう感じ、納得してしまっていた。何故なら、あの思い出は雪の日の出来事だったから。
頭がすっきりすると、急に行きたい、と思う気持ちが心の中から湧き上がる。
行けば忘れていた約束も思い出すかもしれない。幸い大学の方も休みで支障もなく、時間はたっぷりある。
「行ってみるか……」
雪哉は着替えて朝食を済ますと家の裏にある山の方へと向かった。
約束した思い出の場所、山の奥地の霊木へ。
たどり着いたのはそれから三十分ほど歩いた頃だった。
子どもの頃はもっと長く感じられた道も今の雪哉にはたいした距離ではない。歩きながら一つ一つ鮮明になっていく記憶をたどり、ついた頃には殆ど思い出していた。
小学生に上がったばかりの頃に降った雪。
翌日、一面の銀世界に大はしゃぎして、雪で学校に行けなくなったのをいいことに山へ遊びに行った自分。そこで出会った同じくらいの年の男の子。
あの時、遊んだ男の子の名前は覚えてないが、凄く珍しい容姿だったのは覚えている。
すごく綺麗な顔していて、男なのに髪が長くて、その髪は見事な銀色をしていた。目は薄い水色、一目で外人だって思う容姿なのに、服装はなぜか着物だった。今思うとかなり妙な奴だ。
結局、遊んだのはそれ一回きりで会うこともなく、それでも友達だといつかまた会えると思っていたあの頃。忘れてしまったのはどうしてなのだろう。忘れてしまった事の方が不思議なくらいその存在感は強くて。
約束はその彼としたものだ。
それは思い出せた。なのに肝心の約束の内容が思い出せない。雪哉はいらつき、樹齢何百年だという霊木に背中を預け、ずるずるとしゃがみこんだ。
どのくらいそうしていたのか。
気が付けば空からチラチラとまた雪が降り始めていた。
どうしようか……このままもう少しここにいようか……
雪哉は空を仰ぎ、雪が降ってくるのを見つめながら逡巡する。
このまま降り続けて酷くなる可能性もある。そうなったらここから帰るのは少し厄介だ。
―――やっぱり帰ろう……
そう思い、霊木に背を向けて歩こうとしたその時。
『いかないで……雪哉……』
山中に響きわたるような声が聞こえ、突風が雪哉の周りに吹き荒れた。
「なっ…なんだあ!?」
驚いて周りを見渡すと、霊木の傍に青年が立っていた。
―――先程までは誰もいなかった筈。
雪哉は唖然としてその青年を見る。すると青年は優しい笑みを浮かべながら傍へとやってきた。
「やっと…来たね……会いたかった…雪哉……」
親しげに話しかけてくる青年。
でも、雪哉にはまったく覚えがない。
―――誰だよこいつ?
そう思いながら青年を見ていると、彼はわずかに苦笑いをして雪哉との距離を縮めてきて……
気付いたら雪哉は彼の腕の中に収まっていた。
「なっ…放せっ!!」
雪哉は当然彼の腕の中から逃れようともがく。でも、彼の力は強まるばかりでびくともしない。外見は優男で今にも折れそうな身体をしているのに途方もない力だ。
「暴れないで、雪哉。僕だよ…子どもの頃遊んだ……」
もがいている雪哉耳元で囁かれた言葉。耳にかかる冷たい息に思わず体を竦ませたが、それよりも聞き捨てならない言葉
を囁かれたような気がして頭の中で反芻した。
―――こいつ今、子どもの頃遊んだって言ったよな。それってまさか。
雪哉は思わず彼の姿を見つめる。銀色の長い髪、薄い水色の瞳、そして容姿に合わない着物姿……
「まさかお前、あの時の……氷冷?」
突然彼が現れたせいか、思い出せなかった名前が頭の中にすっと浮かび、口に出た。すると、彼…氷冷は嬉しそうに雪哉に笑いかけ、もう一度ぎゅっと抱く腕に力を込めた。
「そうだよ、雪哉。迎えに来たんだ」
「迎え?」
「そう、あの時の約束・・・」
突然の事で頭の整理が追いつかない雪哉に嬉しそうに囁く氷冷。雪哉は状況を把握しようともがくのをやめ力を抜いた。
「約束? ちょっと待て、約束ってあの時のやつだよな。あれは……」
――約束して。もう一度会えたら僕の所でずっと一緒にいよう?――
「あ…ああっ!」
雪哉はようやく浮かんだ言葉に声を上げる。
「そうだ、そうだった…」
あの時した約束、それは自分の人生を左右する選択。なのに躊躇いもなく受け入れたのは自分で…
「思い出してくれた?」
「ああ……」
すべて理解した雪哉は改めて氷冷の顔を見る。そこにあったのは優しい自分を包み込むような笑顔。
「氷冷……」
名前を呼ぶと彼の笑みはますます深まって…それだけで、自分の中にあった今の生活というしがらみがなくなっていくような気がした。
ああ、囚われてしまっていたのだ。初めて会ったあの時から。
「約束、守ってくれる?」
その言葉に雪哉は素直に頷いた。
氷冷は返事を受け取ると、雪哉を抱いたまま風に身を任せた。
『約束して。もう一度会えたら僕の所でずっと一緒にいよう?』
『どうして?』
『僕は雪の精だからここにはいられない。だから僕の所へ来て?』
『それじゃあ俺、家族と会えない!寂しいからやだ!』
『大丈夫寂しくないよ、僕が君を寂しくなくなるくらい愛してあげる』
『…わかった氷冷を信じる。約束する。もう一度会えたら氷冷と暮らす』
『うん、約束。待っていてね雪哉』
読んでくださりありがとうございます。
春に冬の話を出すと言う季節感まるでなしな作品ですみません。
この話のラストは一応ハッピーエンドの形を取ってます。
同意の上での旅立ちですから。ですが、初めて考えたときの話では、バットエンド的な感じでした。形としては、無理やり攫われて…みたいな。
その場合、18禁的要素がかなり高い話に変化していくことがわかってたので、敢えてハッピーに替えさせていただきました。自分でもバットエンドは少し気になってる所です(書けるかどうかは別として)ってことで、今回はここまで。