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少年

作者: れんにゅー

 風が砂を運ぶ。

 太陽が地を焼く。

 人は苦悶する。

 悪は悪でなく正義。

 人の苦悶を餌に誰かが肥大化する。

 貧富の、差。

 豊かな者が貧しい者を喰らい、さらに肥える。

 貧しい者は豊かな者に喰われ、さらに衰える。

 最悪の時代。

 最悪の世界。

 その世界に、天国はなく。

 その世界に、地獄はなく。

 その世界に、この世界よりマシなモノはない。

 



/0 

 肌を削る太陽と風。

 その中をボロ布を纏った少年が駆ける。

 その姿は風。

 胸にしっかりと抱きしめた一斤のパン。

 それが彼の命であった。

 少年は天涯孤独。

 戦争に両親を奪われ、一人。

「金と身分の無い人間は人間にあらず」

 それがこの世界共通絶対の価値観。

「人は皆平等」

 それはこの世界共通絶対の偽りの言葉。

 故に、少年は思う。

 今より彼が幼かった頃母親に聞かされた御伽噺。

 善行により導かれる天国。

 悪行により導かれる地獄。

 どちらにしたところで、この世界以外に連れて行ってくれるのなら、喜んで差し出された手を取ろう。

 その為になら、他人だって殺せる。

 少年は周囲を見回して追っ手がいないのを確認する。

 その姿は年相応のものではない。

 硬いパンを食いちぎる。

 鉄の味がした。




/1

 今日も、彼は自分の命を賭けてパンを盗みに道を駆ける。

 誰も彼を捕まえることなど出来ない。

 ましてや、他人の命を喰らい醜く肥った者になど。

 そして今日も、彼は見事に命を繋いだ。




 いつもより厳しい追跡だった。

 無我夢中で走った彼は、知らない場所に居た。

 それは裕福なモノが巣くう場所。

 この都市の中枢。

 全てのニンゲンが彼を汚らわしい者を見た、と去っていく。

 全身泥水に汚れ、彼等が捨てるようなパンを大事そうに抱えている少年。

 裕福なモノには特別汚らわしく写った。

 同じように、少年も彼らを同じ目で見る。

 



 場所を都市の端から中心に変え、少年は今日の命を明日へ足して行く。

 いままで居たところよりここはやりやすそうだった。

 居るニンゲン全てが愚鈍に見えた。

 



/2

 楽だった。

 今までの数倍上等なパンを貪る彼は思う。

 鉄の味も、泥水の味もしない。

 腐肉を喰らい、生き血を啜った頃に比べればここはまるで……

 その考えを振り払う。

 真昼の月がその姿を、嗤った。




/3

 彼は殺人の経験が無い。

 だが、何をどうすればヒトが殺せるのかは熟知している。

 始まりは朝。

 パンを盗みに風になったときである。

 馬に引かれる牢獄を見たのだ。

 その中に詰め込まれた人間。

 その一人に彼は呑まれた。

 初めて、他人の為に何か行動を起こそうとしていた。

 彼は……恋をした。


 普段、彼を見るものは己が目を疑うだろうか。

 風のような面影は一切ない。

 涙でぐしゃぐしゃな顔。

 遅々とした歩の運び。

 両腕で惨めに引きずる、剣。

 その剣は既に刃物としての役割を終えていた。

 ただの鈍器。

 それが彼に盗める精一杯の存在だった。

 誰が見てもその切れ味は無い。

 それでも、人々は彼を止められない。

 誰が彼を止められるだろう。

 仮に、誰かが彼を止めたところで彼が従うだろうか。

 声を掛ければ、間違いなく彼はその鈍器を振りかぶる。

 腕を掴めば、躊躇い無く彼はその鈍器を振り下ろす。

 

 

 

 彼はヒトの業で積み上げられた坂を登る。




 声を掛けてきた何かに鈍器を振り上げた。

 腕を掴んできた何かに鈍器を振り下ろした。

 頭。腐ったトマトをうっかり落としてしまった光景を思い出した。

 首。踏みおられた花と同じだった。

 腕。昔食べた蛇の味が舌の上に広がった。

 胴。最近見た噴水というものを彷彿させられた。

 足。生まれたばかりの四足の動物が頭をよぎった。


 目に映るもの全てを否定して、破壊して、殺害していくこの世界の風、その体現。

 荒れ狂う悪意。害悪。

 最悪の、根源。


 蹴破ったドアの向こうに、少女は居た。

 そばには醜く肥ったニンゲンが。

 風の彼に、ここで何が行われていたのかは理解できない。

 その知識、その穢れ、その濁りは無い。

 しかし、その肉塊は違う。

 なぜこの肉塊は何も纏っていないのか。

 ――、少年に理解は出来ない。

 この鼻につく嫌悪感を呼び起こすものの正体。

 ――、彼に理解は出来ない。

 肉塊が何を喚いているのか。

 ――、風たる彼に、ニンゲンの吐く語など理解できるはずが無い。

 腕がどうなろうとよかった。

 潰す。

 この肉塊をただひたすら潰す。

 そうすれば、きっと……きっと。




 少女に流れる赤と白。

 純白を汚された肌を絡める鎖。

 濁った瞳。

 無表情に泣き、

 無表情に笑う。

 無表情に。

 恋することを知ってしまった少年。

 少女の為に走った彼。

 そうして風は、一度纏うボロ布で穢れた刀身を拭う。

 錆びの浮いていた刀身に写る、風。

 壊れた器に錆び付いた剣を振り下ろす、恋する少年。

 潰れた、腐った、真赤なトマト。

 



/4

 屋敷の食料を貪る。

 どれを口に入れても、塩気が強かった。

   

   


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― 新着の感想 ―
[一言] ポルノグラフィティーの曲「カルマの坂」の歌詞とストーリーが一緒ですね。盗作と言われても仕方ない内容です。
[一言] 初めまして。 物語の進め方が不思議だなと感じました。各部分に物語があるようで、読んでいて面白かったです。  風の彼に対する表現が、どれも良いなと感じました。ただ人を殺すだけではなく、何かに例…
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