*その記憶
あれから30年──マークはあのあと別の仕事に就き、今は仕事も辞めて妻と郊外で静かに暮らしている。
「……」
マークはリビングの窓からレースのカーテン越しに外を眺めたあと溜息を吐いてソファに腰掛けた。
国の仕事を辞めて30年……ようやく僕の監視は解かれたらしい。確かに、あの時の僕の言動は周りから見てもおかしかったと思う。
「あの襲撃に関わっていたかもしれない」という考えになっても当然だろう。
窓の外で小鳥がさえずる。マークはその可愛い鳴き声を楽しんでいた。
「あら、どなた?」
玄関の方から妻の声がする。客か。
「ご主人はいらっしゃいますか?」
聞き慣れない青年の声だ。僕の知り合い?
「ええ、リビングにいるわ」
「お邪魔させてもらっても?」
「どうぞ。私はこれから買い物だからゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
「!」
おいおい、僕を1人にするのかいローラ。僕はその客の声に聞き覚えは無いんだけどな……と思いながら静かに目を閉じて小鳥のさえずりに聞き入った。
落ち着いた足音が近づいてくる。マークはゆっくりと目を開きリビングの入り口まで気配が近づいてきた処でそちらに目を向けた。
「!! ま、さか……そんな」
マークはその姿に思わず立ち上がる。
「お久しぶりです」
柔らかな笑顔でその青年はマークに口を開いた。
「そんな……馬鹿な」
フラフラと立ち上がり青年に近づく。金髪のショートヘア、エメラルド色の瞳。
その顔立ちはまさに……
「ベリル? 本当に?」
無言で頷く青年にマークは首を横に振った。
「いや、そんなハズはない。生きていたとしてももう45歳のハズだ……それとも君は彼の息子か?」
どう見ても25歳の青年に震えた指を差し示す。
いや……彼は子供は作れないハズだ。
「クローンか?」
「私ですよ、マーク」
そうだこの声。マークは30年前の記憶を呼び覚ます。
しかし……
「成長速度は常人と同じハズだ」
いつまでも落ち着かないマークに青年はクスッと笑いをこぼした。
「! その笑い方、ベリル!」
青年にしがみつく。ベリルはなだめるようにマークをソファに促した。
「話せば長くなるのですがちょっとした事から不死になってね」
苦笑いを浮かべて話を切り出した。
「なんだって?」
マークは自分の耳を疑った。
「今、なんと言った……?」
「信じられないかもしれませんが不老不死になったんですよ」
「冗談もほどほどに……」
いやしかし、目の前に現に青年のベリルがいるじゃないか。これは信じがたい事実だ。
ようやく信じたマークにベリルは再び笑いかける。青年はブランデーのボトルをマークに示してテーブルに乗せた。
「随分と高そうなブランデーじゃないか」
「お世話になった礼です」
言って向かいのソファに腰掛ける。それにマークは笑いをこぼした。
「僕は何もしていないよ」
言った言葉にベリルは静かに首を横に振った。
「私の名を報告しなかった。だから私は今まで自由でいられた」
「! そんな事か。友人なんだから当り前だろ」
マークは立ち上がりグラスを用意する。
それを見たベリルはボトルの栓を抜いた。グラスに琥珀色の液体が注がれる。
「!」
本当に高級品だ……マークはその色と香りに顔がほころぶ。
「話してくれ。今までの事を」
「そうですね……何から話せばいいのか」
マークはベリルの話に聞き入る。信じられない内容に驚き、時には笑いを挟みながら。
「ふうむ、不死を与える力を持った者……そんな人間がいたとは」
「それを使えるのは1度だけらしくてね。今はただの人間だよ」
「まさか逃げた後に傭兵をしているとは思わなかったよ」
「私にはそれが適正だったらしい」
「……」
ブランデーを傾けるベリルを見つめるマーク。
こんな時間が与えられようとは……マークは神に感謝したくなった。
「! おい、もしかして」
「ん?」
「我が国からも君に要請が来たり。するのか……?」
その問いかけに、ベリルはニヤリと口の端をつり上げてグラスを軽く掲げた。
「プッククク……そうか」
マークは頭を抱えて笑った。