ailes d'ange -9
ダニエルは杳の夢に潜入する。
その夢の中は幾つかの街を構成していた。
ダニエルは杳本体を探すが見つからない。
街の角を曲がる毎に夢は広がり、分離した杳の残滓たちが活動している。
本体との繋がりが強そうな一体に目を付けてついて行くが、本体に収束せず、それも幾つもの杳に分離してしまう。
しかし目を付けた残滓は薄れる事なく活動を続ける。
大きな建物のエレベーターに乗り込んだ。
ダニエルも気配を消して乗り込む。
杳は夢の中のエレベーターが苦手らしく、緊張した面持ちで立ち位置を確認している。
エレベーターには杳が創り出した先客がいた。
背の高い金髪碧眼の男性。
身なりはきっちりしている。
その人物は杳を見て微笑む。
「このビルもそうですが、不安定にならないように、3~4時間毎に全てのシステムを再起動させているのですが、一人でそれを管理するのはとても大変で。ましてこの地球全体となると」
そう言うとその人物は少々疲れたような笑みを浮かべた。
杳の感情が流れてくる。
「ただ一人でずっとこの地球の世話をし続けるのはどんなに大変だろう」
エレベーターを降りると、そこは何も無い場所。
ダニエルは杳の気配を探すが、先ほどまでの杳の気配が感じられない。
何故だ。
ダニエルは思う。
普通ならもっとぼんやりとしているだろう夢の中が、不思議なほど整然としている。
例えば道路の標識。
杳が通ると、道路の標識の文字がハッキリとする。
杳が見ようとすれば、文字も街も、何もかもがハッキリとするのだ。
兎に角、杳が目覚める前に次の杳を探さねば。
杳の気配をたどると、そこは店だった。
お洒落なバーといった感じで、ピアノが置いてある。
ダニエルは数人いる客に紛れて気配を消す。
「じゃあ、もう一度合わせようか」
カウンターの中に居た女性が杳に声をかけると、杳はピアノに向かい譜面を広げ始めた。
「あれ?」
「どうしたの?」
バイオリンを片手に彼女が問う。
「さっきの子が持ってちゃったみたい」
これから会わせようという曲の楽譜が無いらしい。
確認用に小さくコピーした分は有るようだ。
「ああ、もう。何で楽譜を持ってっちゃうかなあ。欲しければ幾らでもコピーしてあげるのに」
杳が言うと、近くに座っていた男性客が残念そうに言った。
「練習しているところを一度聴いてみたかったんだけどなあ」
杳も残念そうな顔をした。