ailes d'ange -8
そんな事を考えながら、森の中でカメラを構える。
今を盛りと競い合って咲く花々が、杳に声をかける。
「ほら、こっちよ」
杳自身が被写体を探す事もあるが、大抵は花々や草木の方から「撮って」と言われて撮る事が多い。
一方の花にレンズを向けていると、他方から「こっちも」と言われる。
実際に声をかけられているわけではないのだが、今まで視界に入っていなかった場所が急に気になるのは、きっとそんな事なのだと、勝手に思っている。
時間は流れている。
先週はあんなに居た蝶や蜂が居ない。
足元には僅かに飛蝗が慌てて草陰に隠れるのが確認出来る。
空気はその透明感を増し、ひんやりとした風に乗って落ち葉の匂いを感じる。
森の中は五月蝿い。
鳥の囀りや、葉が落ちる音、風が賑やかに木々を渡る音。
下手すれば、光が囁く音までもがざわめきたち、草の影から虫たちが飛び出し音をたてる。
ハラハラと舞う葉が幾つも地面にぶつかる音を聴いていると、森がくすぐったそうに笑うのが聞こえる。
動く生き物の気配が少なくなっても賑やかな森。
光が騒々しくないのがある意味救いかもしれない。
様々な気配の中で杳が探しているのは、ささやかなもの。
しかし意識していると現れないのか、ここ暫くはその気配に出会えていない。
それでも落胆も寂しさも感じないのは何故だろう。
光が笑っている
風が微笑んでいる
自分の頬も自然と緩んでくることに気付く
光の角度が低くなった
空気の温度が変わった
逢えるかもしれない
今日は逢えるかもしれない
ただ逢うだけ
言葉を交わすわけではない
ただその気配を間近に感じるだけ
いつも必ず逢えるわけじゃない
だけどきっとまた逢える