ailes d'ange -3
夏が終わりを告げる頃、彼女は博物館へ出掛けた。
出掛けて5分もしない内に激しい頭痛が始まる。
体調を崩し始めてからというもの、元々頭痛持ちではあったが、その症状は激しくなるばかりだ。
フラつく身体に無理をさせないようにゆっくりと観て回る。
この特別展は、地球環境と哺乳類を扱ったものだった。
人による環境汚染で奇形した生き物のレポートを見ると、言いようのない切なさで胸が痛む。
「せめてゴミ位は垂れ流さないようにしたいよね」
杳はそう心の中で、背中から守るように自分を包み込んでくれている存在に呟いた。
もう一度、お互いに見つめ合い確認するかの様に「ね」と言って杳は振り返ろうとする。
「え・・・」
杳は自分がとろうとした行動に驚いたけれど、何でも無かったように小さく息を吐いただけにとどまった。
「やば・・・」
ダニエルは気配を消した。
彼女の心が体調に比例して弱まり消えそうに感じて、思わず抱きしめててしまった。
天使は見守るだけの存在。
生けるものに触れてはならない。
見続け記録し、生きた記憶をとどめるだけ。
TVで言われているように人の願いを叶える様な事はない。
願いをその対象に伝える事は出来る。
だが聞き届けるかどうかは対象しだい。
「で、どうしたって言うんだ」
ジャックは聞いた。
「空気に溶ける気がして、思わず」
ダニエルが言い淀むと、無言で先を促す。
「あのまま消えたら無になるから、だから、抱きしめた」
普通ならそれ位はなんでもない。
しかし彼女は勘がいい。
彼女の魂が自分に大人しく抱かれ、それどころか抱きしめ返すのを感じて、慌てて気配を消した。
だがそれだけにとどまらず、彼女から「ありがとう」と言う心が伝わったのだ。
「それが評議会にばれたらどうするんだよ。ただでさえお前、前回のほとぼりが冷めてねぇだろうよ」
ジャックが怒鳴るように言うと、
「安心しろ、ほとぼりなら冷める事はないから」
ダニエルは諦めた様に笑った。
確かに冷める事はない。
評議会は天使の上位に属する集団で、ある意味神より恐ろしく冷静で冷酷。
現在神が不在のこの世界では、絶対的な存在である。
その様な者たちが、僅か何千年何万年程度の記憶を曖昧にしたりなくしたりする筈がないのだ。
ダニエルは以前、人間界では歴史も定かではない程昔、1人の人間の魂を救おうとして、人間に姿を晒したうえに翼を傷つけてしまった。
人間界への介入は個の判断で許されるものではない。
それを破った。
その時は事情が事情だった事もあり罰は免れたが、傷ついた翼は今も治ってはいない。
そして評議会にも、人間界に介入する危険性のある者として記憶されている。
それからというもの、ダニエルには監視がつく事になった。
それがジャックだ。
二人は人間風に言えば幼馴染で親友と言う関係で、まだ世界が混沌としていた大昔、共に戦った仲でもある。
ジャックにも対象となる人間が居る今は、四六時中ダニエルを監視する事は出来ない。
それが逆に歯痒く、ジャックは苛立つ。
ジャックの苛立ちがダニエルに伝わった。
「すまない」
ジャックはその言葉に我に返り苛立った感情を消す。
天使は互いの気持ちが伝わり易い。
愛情も怒りも全てが文字通り手に取る様に伝わる。
その為普通天使は自分の感情が表に出ない様気を配るのだ。
それでも折れたダニエルの翼が目に入った瞬間、ジャックの感情が揺れた。
あんなにも美しい翼だったのに。