ailes d'ange -12
ダニエルは夢への侵入を解くと、寝ている杳を確認し、ジャックのもとへ飛んだ。
夜が明ける前の一番暗い時間、何もかもが静かに眠りについている、そんな錯覚を起こす。
「どうした、お前が来るなんて珍しいじゃないか」
二人は気が遠くなるほど長い付き合いではあるが、基本的にジャックがダニエルのもとへ行くのが普通で、ましてこのように前置きもなく突然来るなどと言うのは一度もなかった。
ダニエルは何かを言いかけて口を閉ざす。視線は自分の足元に向けられたまま、ジャックを見ることもない。
「おい、何があった」
俯いたダニエルの表情を見ることは出来ないが、苛立ちのような困惑のようなものは伝わってくる。
ダニエルは大きく息を吸うと、ジャックの頭に両手を回し、その額に自分の額をつける。
「見て欲しいんだ」
言葉で説明するのが面倒なのか、ダニエルは直接自分の見たものをジャックに見せる行動に出た。
ジャックはこの行動が苦手である。
お互いの額をつけ、息が掛かるほど近くにあることに耐えられない。その呼吸に乗って、相手の感情に包み込まれそうになる度に、叫びだしそうになる。
要するに、照れるのだ。
記憶を覗くと、杳の部屋に、ダニエルが見たときと同じように、ジャックもよく知った気配がある。
「ごめんなさい、飛行機に遅れちゃうから。続きは帰ったら聞くわ」
愚痴が止まらないその気配に、杳が言う。
「あ、そうか。ごめん」
気配はそう謝ると聞いた。
「ね、荷物それだけなの?」
杳は自分の小さな旅行鞄を見つめると、少し考えるように首を傾げる。
「サバンナとかジャングルの奥深くに行くわけじゃないし、今回は都会だから。何か足りなくてもすぐに手に入るから」
言い訳のように呟く杳に気配は言う。
「でも少なすぎない?」
思わずそのシーンを見ていたジャックも言った。
「本当に少ないな。女性の荷物とは思えない」
杳の旅行時の荷物は、女性としては驚くべき少なさである。必要最低限だけ。あったら便利かも、は無くても平気と割り切っている。本当に足りなければ現地調達。人が住んでいる町で、僅かな滞在期間なら、困る事はまず無い。
これまで見てきた内容を一通りダイジェストのようにジャックに見せると、ダニエルは言った。
「どう思う?」
ジャックはダニエルからそっと離れる。
「叶える気なんじゃないのか、あれは」
やっぱりそうか。
ダニエルは思った。だから杳の未来が白紙になってしまったのだ。