ailes d'ange -11
杳の本体は、夢の奥深くでダニエルが言った通りに寝ていた。
無数に広がった思考の一部が杳の気配を色濃く残したまま、夢を織りなしていたのだ。
杳自身が自分の夢の中に現れる事は少ないが、皆無と言う訳でもない。
時々ほんの僅かに現れて、周囲の残滓たちを吸収しては消えて行く。
そんなある日、ダニエルが一体に目を付けあとをつけていると、その杳の残滓が振り返った。
「何時も側に居てくれる人でしょう?」
ダニエルはドキリとしたが、それには応えず、周囲の登場人物のように振舞った。
「一度お礼が言いたかったの」
杳はにっこりと笑った。
消えてしまう残滓は何処へ行くのか。
そこに杳が居るのではないだろうか。
そうは思っていても、どうしてもトレース出来ない。
ダニエルは諦めたように夢の中を徘徊した。
空間と空間が重なり合うような、多重露出された写真のような場所に出ると、そこに一匹の犬が居た。
「立ち入り禁止」
ダニエルは自分に向かってそう言う犬を見た。
昔彼女が飼っていた犬の面影がある。
それを無視して進もうとすると、また声がした。
「立ち入り禁止」
周りを良く見ると、重なった景色の中にドアがある。
犬の言葉を無視してドアを開けると杳の部屋だった。
「そう言う漠然としてお願いをされても、人ぞれぞれ幸せの定義って違うし、困るんだよね」
声がする。
家具に隠れて様子を窺うと、杳の視界ぎりぎりに良く知った気配があり、それが杳に話しかけていた。
杳はそれを聞きながらも手際よく荷造りをしている。
現実と同じく荷は少なく、小さな旅行鞄に必要最低限の物だけを詰めていた。
「ああ、この前の初詣の事ね」
杳はほとんど毎年、初詣の際「みんなが幸せになりますように」と祈る。自分だけ幸せになったとしても、周囲の人が困っていたら、結局幸せではない、と言う事なのだが、どうやらその気配はそれについて愚痴をこぼしているようだ。
神に願いを叶える気が有るなら、幾らでも伝えるさ。
ダニエルは思った。