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ユースティティアの天秤―均衡の番人は揃わない―  作者: 野塩いぜ
第一章 硝子の箱庭と目覚めの鐘
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第八話 奇妙な共同戦線

 ――混迷。

 それが、最深部の大広間を支配する唯一のルールだった。


「ひるむな! 数で押せ!」


 ヴァラクの声に煽られ、数十人のハンターたちが一斉に牙を剥く。


「……っ」


 アレクセイは立ち尽くしていた。

 目の前で、自分を愛しているはずのお姫様が、得体の知れない男を庇うように剣を構えている。その裏切りに近い違和感と、全方位から迫る殺意。

 

(どうしよう。何を使えばいい? 風の刃は……ダメだ、破片が当たる。重力操作? 彼女の骨が折れてしまうかもしれない)


 魔術師でありながら、彼は致命的なまでに実戦を知らなかった。

 手札が多すぎるがゆえの思考停止。愛する人を傷つける恐怖が、彼の指先を縛り付ける。その隙を、ハンターたちの槍が、ボウガンが、容赦なく突こうとした。 


「伏せろ!」


 鋭い声が響く。アレクセイが反応するより早く、センリが彼の黒いローブを強く引っ張り、床へと引き倒した。

 直後、彼がいた空間を数本の矢が通過し、背後の柱に突き刺さる。


「ぼさっとするな、このバカ魔術師! 死にたいのか!」


 センリは怒鳴りながらも、視線はヴァラクの動きを捉えていた。

 ヴァラクはこの混乱に乗じ、欲にまみれた顔で祭壇の黄昏の秘宝――巨大な魔石へと手を伸ばしている。


「この宝は俺がいただく」


 ――それが、引き金だった。魔石がヴァラクの欲望に反応し、目を覚ます。

 耳をつんざくような音と共に、魔石から赤黒い衝撃波が放たれた。

 

 悲鳴とともに、ヴァラクと手下たちが呆気なく吹き飛ばされる。だが、それだけでは終わらない。

 魔石は自らを守るように空間を歪め、広間の瓦礫や武器を吸い寄せて巨人(ゴーレム)を形成し始めた。ただのエネルギーの塊に過ぎなかった魔石が、敵を排除するという方向性を得たのだ。

 その本能の赴くまま巨人が腕を振るう。そのたびに床が砕け、天井の一部が崩落する。

 それは無差別な破壊。ウルリカも、アレクセイも、ヴァラクたちも、等しく魔石の排除対象となった。


「どういうことだ!?」


 それこそが、アーティファクト。どうしようもなく理不尽な魔術師が遺した、人の理解の及ばない奇跡。触れなければ第四種……無害な管理対象だった魔石は、今や第二種、接触不可の危険物として覚醒した。


 センリは瞬時に状況を分析する。ヴァラクたち――完全にパニックとなり統率を失っている。ウルリカ――まだ洗脳下で判断力が鈍っている。アレクセイ――状況が飲み込めていない。


「俺が指示してやる! ウルリカを守りたいなら言うことを聞け!」


 巨人の拳が二人の傍にあった柱を粉砕する。センリは砂煙の中で叫んだ。


「あの巨人の関節、右膝だ! そこだけを固めろ! 範囲は直径1メートル以内! できるな!?」

「え、あ、うん、できるけど……!」

「ならやれ! 今すぐに!」


 迷う隙を与えない、鋭い命令。 


(1メートル……そこだけでいいのか。それなら、彼女を傷つけずに済む!)


 アレクセイは反射的に魔術を行使した。

 放たれた冷気が、正確に巨人の右膝を凍りつかせ、動きを止める。


「ウルリカ! 右だ! 砕け!」


 センリは間髪入れず、反対側にいたウルリカへ指示を飛ばす。 彼女の身体が弾かれたように動く。 センリのことを覚えていなくても、その指示は脳髄に焼き付いている。


「ハァッ!」


 ウルリカの跳躍。 ドレスの裾を翻し、凍りついて脆くなった膝関節へ思い切り剣を叩きつけた。氷が砕け、巨人がバランスを崩して轟音と共に倒れ込む。


「すごい……」

「見惚れてる暇はないぞ! 次は頭だ!」


 センリが再び叫ぶ。


「巨人の頭上5メートルに一点集中! 押し潰せ!」

「分かった!」


 ウルリカは、自分の夫であるはずのアレクセイが、なぜか見知らぬ男の言葉に救われたような顔をしたのを見逃さなかった。その光景に、胸の奥がチリリと焼けるような違和感を覚える。


「ウルリカ、離脱しろ! 巻き込まれるぞ!」


 その理由を考えるよりも、身体が従う方が早かった。


 三人の動きが、奇妙なほど噛み合っていく。センリの脳が戦況を描き、アレクセイの魔力がそれを具現化し、ウルリカの武力が敵を粉砕する。

 お互いの正体も、立場も関係ない。 ただ『生き残る』という一点において、彼らは完璧なチームだった。


(……悪くない) 


 センリは瓦礫の陰から指示を飛ばしながら、口元を歪めた。 こいつの馬鹿げた魔力も、使いようによっては最高の武器になる。 そして何より――


「そこだ! トドメを刺せ、二人とも!!」 


 センリの号令と共に、アレクセイの攻撃魔法と、ウルリカの投擲した大剣が同時に巨人の核を貫いた。

 閃光。そして静寂。

 暴走したアーティファクトは塵となり、広間に静けさが戻った。


「やった……!」

「ふぅ、片付いたな」


 アレクセイとウルリカが顔を見合わせる。 そして、その中心で煤だらけのセンリが、肩で息をしながら立ち上がった。


「……たく。世話が焼ける二人だこと」


 センリは二人の前で、芝居がかった仕草で髪をかき上げた。もう、荷物持ちのフリは終わり。ここからは、正体を明かしての交渉の時間だ。

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