第8話:【勇者】は王の間にて、使命は告げられる
大型狼型モンスターとの激闘から五日。 俺たちは予定より一日遅れで、王都エルディアナへと辿り着いた。
「見て! 見えてきたわ!」
丘の上で、フィリアが弾んだ声を上げて前方を指差す。 その先に広がっていたのは、辺境の村育ちの俺たちの想像を遥かに超える、壮麗な大都市の姿だった。
碁盤の目状に整備された大通り。白壁と青瓦の建物が規則正しく並び、街の中心には威風堂々と王城がそびえ立っている。 陽光を反射する城壁は眩いほどに白く輝き、まるで国そのものの矜持を体現しているかのようだった。
前世の知識で言えば中世ヨーロッパ風の都市計画だが、魔法技術の恩恵か、その配置には高い合理性と芸術性が共存している。 (……これだけの規模を維持し、守り抜く。兵士たちの練度も相当なものだろうな)
「これが……王都……」
アルフレッドが、憧憬を隠しきれない様子で息を呑む。フィリアもまた、呆然と口を開けて目の前の光景を見上げていた。
「さすがにスケールが違うな」
俺は苦笑混じりに応じたが、内心では転生者としての驚きも隠せなかった。これほどの経済力と技術力を持つ王国――この国が抱える底力は、思っていた以上に強大だ。
城門で事情を説明し【勇者】の証しを提示すると、衛兵たちの態度は一変した。即座に居住まいを正し、丁重に中へと案内される。「勇者一行」という肩書きが、ようやく現実の重みとして肌に伝わってきた。
王城の奥、荘厳な装飾が施された扉を抜けた先は「謁見の間」だった。
一直線に敷かれた真紅の絨毯。その両脇には騎士団の重鎮や高位貴族たちが整然と居並び、静謐な威圧感を放っている。 高い天井から吊るされたシャンデリアが光を乱反射し、鏡のように磨き上げられた床が俺たちの姿を映し出していた。
その最奥、玉座に腰掛けている人物――。 オルランド・エルディアナ。白銀の髪と立派な髭を蓄えた、この国の老王だ。 鋭い眼光は老いてなお衰えず、ただ座しているだけで、彼が頂点であることを否応なく理解させられる。
「面を上げよ。勇者アルフレッド、ならびにその一行よ」
低く、それでいて広間に深く通る声だった。 アルフレッドが一歩前に進み、膝を突く。俺とフィリアもそれに倣い、頭を下げた。
「遠路、大儀であった。【勇者】の職を授かった旨、書簡にて承知しておる。エルディアナ国王として、心より歓迎しよう」
王の表情が、一瞬だけ厳格さを解いて和らいだ。その鋭い視線が、値踏みするように一人ずつ俺たちを見据えていく。
「アルフレッドよ。汝の名声は既に我が耳にも届いておる。道中、希少な大型種を討伐したとの報告もな」
思わず目を見開く。あの狼の件が、もう王都に伝わっているのか。情報網の速さと正確さに、背筋が寒くなる。
「恐悦至極に存じます。ですが陛下、わたしの力など微々たるものです。これは、仲間あっての成果です」
アルフレッドの謙虚な言葉に、王は満足そうに深く頷いた。
「その慎み深さも、勇者の資質であろう。だが、忘れるな。【勇者】とは万人の希望。その肩には、相応の重責が伴うものだ」
再び表情を引き締め、王は本題を切り出した。
「此度の召喚の真意を伝えねばならぬ。現在、各地でモンスターの活動が不気味なほど活発化しておる。北方の鉱山地帯ではオークの集団移動が、西方国境ではゴブリン軍の増強が確認された」
王の声が終わると、王の間を重苦しい沈黙が支配した。
(まだ魔王は姿を現していない。……だというのに、これか)
世界は、確実に戦いの火種へと向かっている。 そしてその渦中に、俺たちは「希望」という名の盾として立たされていた。
「ゆえに勇者よ。汝の使命は三つ。
一つ、魔王を討つべく、さらなる研鑽を積むこと。
一つ、各地に蔓延る脅威を打ち払うこと。
一つ、共に戦う真の仲間を募ることだ」
アルフレッドは、床に置いた拳を強く握りしめた。
「必ずや、この命に代えても成し遂げてみせます」
その声には、迷いのない鋼の決意が宿っていた。




