第6話:【戦士】初陣に挑む
王都までの道のりは、徒歩でおよそ一週間。 村を出て街道を東へ進み、いくつかの宿場町を経由しながら、大陸最大の都市を目指すことになる。
「街道は整備されているし、警備兵の巡回もある。野盗の心配は少ないと思うけど……油断は禁物よね」
「ああ、用心に越したことはない」
フィリアの忠告に、俺は短く頷いた。 この世界には狂暴なモンスターや、法を外れた野蛮な輩が徘徊している。何が起きても不思議ではない。
「そういえばさ」
ふっと思い出したように、アルフレッドが口を開いた。
「村長さんの話だと、最近この辺りに強力なモンスターが出現しているらしいんだ」
「強力なモンスターって?」
フィリアが杖を握り直し、身構える。その声には隠しきれない緊張が混じっていた。
「大型の狼型モンスターで、異常な凶暴性を持っているらしい。街道の近くまで降りてきているとか」
「そいつは厄介だな……」
「うん。でも、できれば王都に着く前に討伐しておきたいんだ」
アルフレッドの言葉に、フィリアが驚いた表情で聞き返す。
「討伐って……! 無理は良くないわよ、まだ旅は始まったばかりなんだから」
「大丈夫、僕たちならできる。それに……」
「それに?」
「この程度のトラブルを解決できないようじゃ、【勇者】失格だろ?」
……一理ある。 この世界には明確な数値こそ見えないが、「経験値」という概念が確実に存在している。魔物を討伐して糧を得ることで、能力は飛躍的に向上する。 つまり、強くなるには訓練だけでなく、血の通った実戦経験が不可欠というわけだ。
「……確かにその通りね。【職】を得たばかりの私たちには、ちょうどいい試金石になるかしら!」
フィリアも納得した様子で頷く。俺に反対する理由はなかった。
「いいだろう。ただし無茶は厳禁だ。少しでも危険を感じたら、即撤退。いいな?」
「うん」
「わかったわ!」
こうして俺たちは、大型狼の討伐を目標に定め、街道を外れて深く静まり返った森へと足を踏み入れた。
三十分ほど進んだ頃だろうか。 前方から、空気を震わせるような低い唸り声が響いた。
「テオ、あれ……」
「ああ、見つけたな」
俺とフィリアは、ほぼ同時にその正体を捉えた。 木漏れ日の隙間に揺れる銀の影――【月光狼】だ。
月光を凝縮したような美しい銀の毛並みに、剃刀のような牙。そして、標的を逃さない獰猛な眼光。本来は群れない魔物だが、稀に数体で行動し、この地域では最も危険な捕食者とされている。
一般職なら逃げ出す相手だが、俺たちは戦闘職だ。 俺は片手剣を抜き、アルフレッドは両手剣を正眼に構える。
「数は二頭。まだこちらの正確な位置には気づいていないな」
「フィリア、魔法の準備は?」
「ええ、いつでもいけるわ。雷系統でいく?」
「よし。俺が正面で引き付けて『壁』になる。お前たちは後方からの支援と、隙を見ての強襲を頼む」
「了解!」
作戦が決まると同時に、俺はあえて気配を隠さず一歩前に出た。
「――『ウォークライ』!」
戦士の基本スキル。自身の防御を強化し、敵の敵意を強制的にこちらへ向ける。 戦士といっても型は様々だが、俺のスタイルは「接近戦特化」。いわゆる【タンク(盾役)】こそが、俺の領分だ。
月光狼がこちらを明確に敵と見なし、唸り声を上げる。次の瞬間、銀色の弾丸と化した獣が猛然と襲いかかってきた。
「ガアァァッ!」
飛びかかってきた一撃を盾の芯で受け止め、すかさず『シールドバッシュ』で弾き返す。 姿勢を崩したところへ剣を振るい、胴体を浅く斬り裂いた。
「テオ! 避けて!」
「おう!」
指示に従い横へ跳んだ直後、俺の鼻先を電光がかすめた。
「『サンダーボルト』!」
轟音と共に電撃を浴びた月光狼が、激しい悲鳴を上げる。 俺はその隙を見逃さず、一気に距離を詰め、追撃の重い一撃を叩き込んだ。
「アル! もう一頭は任せた!」
「了解! ……はぁっ!」
アルフレッドが風を切り裂くような速さで間合いを詰める。
「『スマッシュ』!」
鈍い衝撃音と共に、もう一頭の狼が木々に叩きつけられた。
「逃がさないわ! 『シャドウバインド』!」
フィリアの拘束魔法が影を伸ばし、敵の四肢を縫い止める。
「とどめだ!」
盾で狂暴な爪を受け流し、カウンターの一撃をその喉笛に突き立てる。 月光狼は力尽き、やがて黒い霧となって霧散した。あとには、透き通った赤い石だけが残る。
「【魔核】か」
貴重な換金アイテムだ。これ一つで、王都での宿代が数日分は浮くだろう。
「こっちも片付いたよ!」
振り返ると、アルフレッドも剣を納めているところだった。
「ふぅ……なんとかなったな」
「テオドール、怪我はない?」
「ああ、ただのかすり傷だ。フィリアは?」
「私は全然。完璧な連携だったじゃない!」
アルフレッドが満足げに微笑む。
「二人とも、お疲れ様。最高の初陣になったね」
こうして俺たちは、初めての実戦を危なげなく乗り切った。 だが、俺は知っている。これはまだ、これから始まる長い物語の、ほんの小手調べに過ぎないことを。




