第5話:【勇者】の王道RPGは、だいたいここから始まる
家族との別れを終え、村の正門をくぐると、そこにはすでにアルフレッドとフィリアの姿があった。
「おはよう、テオドール」
「テオ、おはよう! 遅いじゃない!」
「おう、悪いな」
交わす言葉はいつも通りだが、不思議と腹の底が落ち着く。 三人で並んで立つのは幼い頃から数えきれないほどあったはずなのに、今日という日は、積み重ねてきた昨日までとは決定的に意味が違っていた。
アルフレッドの装備は、すでに完璧だった。 朝日を弾いて淡く輝く青い鎧。その凛々しさは、まさに「勇者」という概念を形にしたかのようだ。腰の剣も新調されたばかりらしく、鞘から漏れる気配には刃こぼれ一つない。
フィリアもまた、新緑を思わせるローブに身を包み、愛用の杖を握りしめている。魔術師としての自覚が芽生え始めたのか、その表情には平時とは違う険しさと、誇らしさが同居していた。
一方、俺はというと――。 赤い外套を羽織り、腰には親父から譲り受けた古びた盾と片手剣。年季の入った装備だが、重みといい手触りといい、不思議と手に馴染む。
(派手さはないが、まあ、泥臭い戦士にはお似合いだろ)
そう自分に言い聞かせ、装備のベルトを締め直す。
「それじゃあ、行こうか」
アルフレッドの一言を合図に、俺たちは一歩を踏み出した。 気がつけば、村の広場には大勢の村人が集まっていた。
「アルフレッド様! ご武運を!」
「フィリアちゃん、しっかりね!」
「テオドールくん、無理しちゃダメだよ!」
老若男女、馴染みの顔が次々に声をかけてくる。
「ありがとうございます。精一杯、努めてきます」
アルフレッドは足を止め、誠実に深々と頭を下げた。フィリアは少し照れくさそうに、けれど満開の笑顔で手を振る。俺はといえば、柄にもなく鼻の奥がツンとして、短く会釈を返すのが精一杯だった。
背後で、村の門が重々しく閉じる音がした。
(……本当に、旅立っちまったんだな)
俺は一度も振り返らなかった。 今振り返れば、この平穏な日常に縋り付いて、戻りたくなってしまいそうだったから。
「それにしてもさ」
しばらく歩いたところで、フィリアが不満そうに口を尖らせた。
「王様も、勇者様に迎えの一つくらい寄こせばいいのに。わざわざ自分たちで歩かせるなんて」
「まだ何も成し遂げていない『見習い勇者』だからな。妥当な扱いだろ」
【勇者】という極大の職を得たとはいえ、今はまだ空っぽの肩書きに過ぎない。王都が本腰を入れて動き出すのは、魔王の覚醒が完全に裏付けられてからだろう。
それに――。
(王様ってのは、だいたい玉座にふんぞり返って勇者を迎えるもんだ)
それが王道RPGというものだ。 きっと謁見の間で、「よくぞ参った」なんて尊大に宣うに違いない。
「まあ、のんびり行こうよ」
アルフレッドが眩しそうに目を細めて言った。
「幸い、まだ魔王がこの世を支配したわけじゃないんだから」
見上げた空は、雲ひとつない快晴。 この無謀な旅路を祝福してくれているかのような、どこまでも抜けるような青だった。
「そうね。まずは王都を目指しましょう!」
フィリアの威勢のいい声に、俺たちは揃って頷く。
――勇者、魔術師、そして戦士。
いかにも王道、いかにもテンプレートな三人組。 だが、この時の俺はまだ知らなかった。
この「王道」というレールが、どれほど面倒で、どれほど過酷で。 そして――どれほど、何物にも代えがたい「旅」になるのかを。
こうして、俺たち三人の物語は、静かに幕を開けたのだった。




