第4話:【狩人】が村を出るのはまだ早い
アルフレッドが勇者として認定されてから数日。ついにその日がやってきた。 王都からの召喚状は、予想を上回る早さで届いた。内容は簡潔だ。「準備が整い次第、直ちに出立せよ」。
旅の支度を整えながら、つい大きな溜息が漏れる。 前世でも海外旅行なんて片手で数えるほどだ。しかも今回は観光ではなく、命がけの異世界行脚。気が重くならない方がどうかしている。
「お兄ちゃん! もう準備終わったの?」
突然、部屋の扉が勢いよく蹴破られた。 現れたのは、赤毛を短く切りそろえた少女――妹のリナだ。
十一歳にしては小柄だが、身のこなしは獣のようにしなやかだ。剣も扱えるが、何より弓の腕は村で一、二を争う。将来有望な【狩人】になることは、誰の目にも明らかだった。
「リナか……。ノックくらいしろよ」
「あっ、その顔! また『行きたくないなー』って顔してるわね!」
リナは鼻を鳴らして断言した。 相変わらず、人の心情を読み取るのが無駄に鋭い妹だ。
「まあな。だが、もう決めたことだ」
「……そっか」
一瞬だけ、リナの表情が陰った。 普段は勝気な彼女が、こんな顔をするのは珍しい。
「ねえ」
「ん?」
「兄ちゃん、私も行く! 連れてってよ!」
「却下だ」
「えぇーっ! なんでよぉ!」
「当たり前だろ。まだ十一歳だぞ」
「年齢なんて関係ないでしょ! 私だって戦えるもん!」
「関係あるんだよ。お前はまだ【職】を授かっていない」
この世界において【職】を授かるということは、成人を意味する。 自らの人生を、自らの責任で選び取る権利を得るということだ。 逆に言えば、それを持たぬ者はまだ「子供」であり、親の庇護の下、命を懸ける選択を禁じられている存在なのだ。
「むぅ……」
頬を膨らませて抗議するリナ。だが、彼女の実力については、親父も俺も骨身に沁みて分かっている。
――数年前、森で魔獣に遭遇した時のことだ。 腰が抜けて逃げ遅れた俺を庇うように前に立ち、震える手で弓を引き絞り、見事に急所を射抜いたのは当時まだ幼かったリナだった。
あの時から、俺はこの妹をただの守られるべき対象だとは思っていない。 【職】さえ授かれば、間違いなく一線級の狩人になるだろう。
「それに、リナまでいなくなったら母さんが心配するだろ」
「母さん、あんまり心配しなそうだけど。むしろ『行ってきなさい』って言いそう」
「……いや、多分する。絶対にする。俺の心臓が持たないから絶対だ」
「それ、兄ちゃんが心配なだけでしょ」
「とにかく。今回は留守番だ」
言い切ると、リナはしゅんとして肩を落とした。
「……わかったわよ。もう」
その小さな声が、胸の奥をチクリと刺す。 俺の職は【戦士】だ。一番前に立ち、仲間を守るのが役割。ならば、守れる立場にいる俺が、わざわざ妹を戦火に引きずり込むわけにはいかない。
「今は、まだ早いんだ」
自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
「でも、約束する」
「え?」
「王都で名を上げたら、迎えに来る。その時は、ちゃんとした『仲間』としてな」
「……本当!?」
「ああ。それで十分だろ?」
「うん! 約束だからね! 破ったらお兄ちゃんのへそくり、全部お菓子にするからね!」
ぱっと顔を輝かせて笑うリナ。その笑顔を見て、ようやく胸の重みが少しだけ和らいだ。
――簡単な約束ではない。 守れなかった時の光景が、脳裏をよぎらないわけでもない。
それでも、言わずにはいられなかった。 この約束がなければ、俺自身がこの村から一歩も踏み出せないような気がしたからだ。
(……無茶するなよ)
心の中で、そう付け加える。 お前のような優秀な【狩人】が村を出るのは――まだ、少しだけ早い。




