第21話:【武闘家】は一撃で道を切り開く
第十層という境界を越えて、七日目。
中級と呼ばれる領域に足を踏み入れてからも、俺たちの行程は驚くほど順調だった。 確かに敵の強さも罠の巧妙さも一段階上のフェーズへと移行したが、シャオの的確な先導により致命的な罠は事前に回避され、無駄な消耗を強いる戦闘はほとんど発生していない。 遭遇した魔物も、こちらの連携が崩れる前に各個撃破できている。
だからこそ――俺は、ふと考えてしまった。
(ここから先の深層において、今の俺たちに足りないものは何だ?)
今までは「安定」が最優先だった。 守り、回復し、一歩ずつ確実に踏み固めるように進む。 だが、この先に待つのは、そんな堅実な攻略だけで通用する敵ばかりではないはずだ。
ゴブリンの小集団を盾で押し返し、返り討ちにしながら、頭の中でパーティーの駒を並べ替える。 アルフレッドの剣が正面を切り開き、俺がその横を固めて敵の反撃を完封する。 後方からはフィリアの魔法が面で制圧し、セラフィーナが全体を整える。
悪くない。むしろ現時点での完成度は極めて高いと言える。 だが――。
(……爆発力が、足りない)
明確に、何かが欠けている。 それは防御力でも、回復量でもない。 純粋な“速度”に裏打ちされた“決定力”だ。
「……一点突破の、貫通力か」
思わず零れた独り言は、剣を振るう鋭い風切り音に紛れて消えた。
瞬時に距離を詰め、相手の懐に入り込み、迷いなく急所を打ち抜く暴力的な速度。 数で押してくる雑魚ではなく、これから遭遇頻度が増していくであろう単体の強敵に対して――一瞬で戦況をひっくり返し、強制的に終止符を打つための、尖った火力。
アルフレッドは【勇者】らしく、攻防を兼ね備えた万能型だ。フィリアの広域魔法火力も申し分ない。 だが、物理攻撃における純粋な“瞬殺力”に特化した【職】は、今のパーティーには存在しないのだ。
本来なら俺のような戦士がその一部を担うこともあるが、タンク型の戦士が最優先すべきはあくまで防衛とヘイト管理。高機動・高火力の前衛とは、似て非なる専門職だ。
(今の火力で、深層の『壁』をブチ抜けるのか?)
そんな懸念が頭をよぎった、その時だった。
「グルルルゥ……ッ!!」
獣の唸り声が、狭い通路に共鳴する。 反射的に顔を上げると、曲がり角の向こう側に“それ”がいた。 全身から荒々しくも研ぎ澄まされた闘気を立ち上らせた、一筋の影。
――速い。
こちらの警戒が形を成すより早く、その影は弾けるように爆縮し、前へと躍り出た。
次の瞬間、俺の視界で起きたのは純然たる“破壊”だった。 大型のトカゲ型魔物――リザードマンが、横合いから文字通り叩き潰される。 強固な鱗に守られているはずの首の骨が正確に粉砕され、悲鳴を上げる暇すら与えられない。
「……え、一撃?」
フィリアの呆然とした声が、少し遅れて届く。
宙を舞う、小柄な人影。 金と白銀が混じった鮮やかな髪が翻り、その軌道は一切の淀みがなく美しい。 着地と同時に次の殺撃へと移行できる、獣じみた驚異的な身体操作。
「ふにゃー! ちょこまか動くニャ!」
間の抜けた叫び声とは裏腹に、その立ち姿は完全な戦闘態勢を維持していた。
獣人の武闘家――それも、少女。 希少な種族であるだけでなく、この階層を単独で潜り抜けている。 偶然居合わせた冒険者、で済ませていい実力ではなかった。
「ふぅ……。弱っちい魔物だニャ」
クレハと名乗ったその少女は、絶命したリザードマンを一瞥すると、満足げにピンと立った尻尾を揺らした。
黄金色の瞳が、俺たちの存在を正確に捉える。
「お兄さんたち、結構いい面構えしてるニャ。でも今は追いかけっこの途中だから、忙しいニャ~!」
それだけ一方的に言い残すと、彼女は軽やかな足運びで通路の奥へと駆け抜けていった。 疾風が通り過ぎたような、強烈な余韻だけがその場に残る。
「……あの子、この階層を一人で? 嘘でしょ?」
フィリアが引きつった顔で呟く。
「罠とか、どうしてるのかしら。盗賊も連れずに……」
「おそらく……彼女にその心配は無用でしょう」
セラフィーナが静かに、分析するように答えた。
「野生の勘。……いえ、本能ですね。私たちのように視覚情報で罠を判別しているのではない。気配、匂い、大気の震え――五感すべてを動員して、無意識に死線を避けている」
なるほど、と全員が納得した。理屈ではないのだ。獣人の中でも抜きん出た感覚を持つ者だけが到達できる、野性の領域。
だが、俺の意識は別の一点に釘付けになっていた。
――あの、圧倒的な突破力。
さっきまで考えていた“欠けているピース”が、今まさに、目の前を猛スピードで通り過ぎていった。そんな確信があった。
アルフレッドを見ると、彼もまた彼女が消えた方向を凝視していた。 短く視線が合い、互いに言葉を交わさずとも意図が通じる。
「……縁があれば、きっとまた会える」
アルフレッドの言葉に、俺も小さく息を吐いた。 この世界において『縁』というのは馬鹿にできない要素だ。ましてや、【勇者】のそれとなれば、なおさらだろう。
迷宮は広大だが、互いを必要とする者同士は、いずれどこかで交差するようにできている。
今はただ、その鮮烈な背中を記憶に焼き付け、俺たちは再び歩み始めた。




