第2話:【勇者】が現れた、そのあとで
「勇者だ! 本物の【勇者】が現れたぞ!」
村中が沸き立っていた。
歓声、拍手、祈りの言葉。
さっきまでの儀式の空気は、完全に吹き飛んでいる。
【勇者】。
この世界において、最も特別な【職】。
希望の象徴であり――同時に、
「……勇者が現れたってことは、魔王も、だよな」
誰かの呟きが、ざわめきに混じって聞こえた。
伝承通りなら、光が生まれれば影も生まれる。
アルフレッドは祭壇を降り、俺たちの前に戻ってきた。
「アル! すごいじゃない! 本当に勇者よ!」
フィリアは目を輝かせている。
一方、当の本人は驚くほど落ち着いていた。
「ありがとう。でも……正直、まだ実感がないかな」
その様子を見て、妙に納得してしまう。
こいつは昔から、そういうやつだ。
「テオドールも、祝ってくれるかい?」
「……ああ。おめでとう」
言葉はそれだけだった。
幼馴染が伝説の存在になった――現実感が追いつかない。
周囲ではすでに話が進んでいる。
「王都に報告だな」
「陛下もお喜びになるだろう」
――つまり、村を出るということだ。
アルフレッドは少し間を置いて、言った。
「二人とも、僕と一緒に来てほしい」
唐突な提案に、フィリアが目を丸くする。
「え? 王都に?」
「うん。勇者として旅立つなら、信頼できる仲間が欲しい」
俺は即答した。
「悪いけど、俺は行かない」
「えっ?」
フィリアが俺を見る。
「冗談でしょ?」
「本気だ。命懸けの旅なんて御免だ」
勇者だろうが魔王だろうが、関わりたくない。
平穏に生きたい。それだけだ。
「お願いだ、テオドール。君の力が必要なんだ」
「なんでだ? 戦士なんて普通の【職】だ。この世界に山ほどいる。わざわざ魔王退治のパーティーメンバーに加わる理由はないだろ?」
「そうだね。だからこれは僕の勘だよ。勇者としてのね」
勘だと?
前の世界なら、そんな曖昧なものは鼻で笑っていただろう。
だが、この世界では話が違う。勇者は魔王に対抗できる唯一の存在で、その直感は時に予言に近い精度で的中するとも言われている。
「無理強いはしないよ。でも……少し考えてほしい」
その目には、不安が滲んでいた。
―――
家に戻ると、親父が待っていた。
「話は聞いた」
短い一言で、全て察しているらしい。
「お前は【戦士】だ。逃げるのも選択だがな」
一拍置いて、続ける。
「だが、一生後悔しないと言い切れるか?」
胸に刺さる。
「それに――お前は、自分が思っているより強い」
それだけ言って、親父は家に入っていった。
一人、立ち尽くしながら思う。
【勇者】の幼馴染が【戦士】になる。
それは偶然なのか、それとも――。
「やれやれ、なんで俺が」
そう呟きながらも、答えはまだ出ていなかった。




