第18話:無口な【盗賊】シャオ
冒険者ギルドの奥にある、簡易応接用の小部屋。 酒場の喧騒から切り離されたこの場所は、厚い木扉一枚を隔てただけとは思えないほど静まり返っていた。壁に掛けられた年代物の盾と、角の擦り切れた絨毯。幾多の交渉と決裂を見守ってきたであろうその空間には、独特の重圧が漂っている。
木製の丸机を挟んで、俺たちは腰を下ろした。
向かいに座るシャオの翡翠色の瞳が、一瞬だけこちらを射抜く。それは挨拶というより、敵との間合いを測るような、鋭く、研ぎ澄まされた視線だった。 両手は膝の上で固く握られ、親指が無意識にケープの端を弄っている。首元を執拗に隠すようなその仕草が、妙に俺の印象に残った。
「……シャオだ」
名乗りは、それだけだった。 声は低く抑えられているが、わずかに掠れている。無理に発声を変えているのか、あるいは喉に持病でもあるのか。言葉を紡いだ後、彼は無意識に喉元へと指を這わせた。
「……勇者パーティーだって聞いた」
視線は上がらない。フードの影に隠れたその表情を読み取ることは困難だ。
「……俺は、正式加入はしない」
きっぱりとした拒絶だった。 『勇者パーティー』。世間的には英雄候補の集団だが、その実態は魔王討伐という名の、死と隣り合わせの行軍だ。彼はその危うさを、誰よりも冷静に理解しているのだろう。
「……臨時でなら……条件次第で、受けてもいい」
そう付け加えた時、シャオの指先がほんのわずかに震えたのを、俺は見逃さなかった。 俺はその様子を横目に、アルフレッドへと視線を送る。リーダーである彼が、静かに口を開いた。
「継承の迷宮攻略に、君の力を貸して欲しい。報酬は山分けだ。その上で、何か希望があれば聞こう」
シャオは少し考え込むように俯き、フードをさらに深く引き寄せた。 顔を隠すというより――自身の視線を外に漏らさないための、防衛本能的な動きに見える。
「……具体的に、俺に何を求めている?」
「斥候と索敵。それから罠の早期発見と解除だ」
アルフレッドの簡潔な答えに、シャオは静かに、一度だけ頷いた。
「……戦闘は?」
「基本は俺とテオドールが受け持つ。君に無理な前線維持はさせないさ」
「……期間は?」
一拍の沈黙。
「最下層の『洗礼』までが理想だが、まずは六か月だ。その時点で、改めて継続の意思を確認したい」
シャオは黙り込んだ。 視線は机の木目を彷徨い、誰とも合わない。迷っているというより、他者の視線に触れることを極端に恐れているようだった。
「……臨時でなら……別に、構わない」
消え入りそうな、小さな声だった。
「……呼べば来る。……それ以外は、必要ない」
それだけを言い残し、シャオは音もなく椅子から立ち上がった。 挨拶もなく、背中を向けて扉へと向かう。 だが、部屋を出る直前、ほんの一瞬だけ、彼はその足を止めた。
何かを言いかけて――結局、何も言わずに彼は去っていった。 扉が閉まり、再び部屋に静寂が戻る。
「……なんというか、掴みどころがない子ね」
フィリアが、溜まっていた息をようやく吐き出した。
「ですが、嘘はついていないと思いますわ」
セラフィーナが静かに、確信を持って言う。アルフレッドもそれに同意するように頷いた。
「ああ。最初から条件を明確に出せる人間は、信頼できる。馴れ合いは必要ない。プロの仕事をしてくれれば十分だ」
俺は、シャオの姿が消えた扉の向こうをじっと見つめていた。
俺たちのパーティーに欠けていたピース、【盗賊】が、このタイミングでたまたまフリーでいる。これは果たして幸運な偶然か、あるいは誰かが仕組んだ必然か。
(……まあ、考えても始まらねえか)
この出会いが、吉と出るか凶と出るか。 ――その答えは、あの暗い迷宮の深淵でしか、見つけることはできないだろう。




