第17話:【盗賊】という空白を求めて
第五層からの撤退を決めた、翌日のことだ。 俺たちは迷宮から戻ると、休息もそこそこに、王都の冒険者ギルドへと足を運んでいた。
昼下がりのギルドは、相変わらずの熱気と喧騒に包まれている。 酒場スペースでは粗野な冒険者たちが下品な笑い声を上げ、依頼掲示板の前では新人らしき若者たちが、食い入るように依頼書を睨みつけている。
「勇者様、お待ちしておりました。こちらへ」
顔なじみの受付嬢に促され、俺たちは奥の相談窓口へと通された。
「用件は……聞くまでもないか」
応対に出てきたのは、白髪混じりの年配職員だった。 使い込まれた革張りの手帳と、周囲を鋭く観察するその眼差しから、現場の酸いも甘いも噛み分け、事務方まで知り尽くしている熟練者であることが分かる。
「腕のいい【盗賊】を探している」
俺が単刀直入に切り出すと、職員は一瞬だけ目を細めた。
「……なるほど。継承の迷宮か」
昨日の撤退劇を含め、俺たちの状況はすでにギルド内でも共有されているらしい。情報は武器であり、生存に直結する。そのスピード感はさすがだ。
「正直に言おう。迷宮の中層以上を歩けるスカウトは、例外なくどこかのパーティーに囲い込まれている。この業界じゃ、戦士より先に埋まる希少職種だからな」
「無理に引き抜くのは、ギルドとしても推奨しない……ということですね」
「そうだ。引き抜きは遺恨を生む。依頼をこなす前に刺し合いになっちゃ世話ねえ」
現実は甘くない。 『勇者』という看板があれば、都合よく有能な人材が列をなして集まってくる。なんてゲームのような展開は……。
「だが――」
職員はそこで、少しだけ声を潜めた。
「一人だけ、例外がいる。事情があって、今は単独で動いている奴だ」
俺たちは自然と身を乗り出した。
「無口な奴だ。愛想は壊滅的だが、仕事は確実だ。特に罠の探知と解除の精度に関しては、ギルドとしても折り紙付きだと言える」
「ソロ、ですか?」
「ああ。少し前、組んでいたパーティーが迷宮で崩壊してな。それ以来、一人で小規模な依頼だけをこなしている」
フィリアが不安そうに、小さく首を傾げた。
「性格に、問題がある人なの……?」
「極端な人見知りと、独特な距離感があるだけだ。素行に問題はない。……だからこそ、ギルドとしてもこのまま腐らせておくのは惜しいと思っていてな」
一瞬の沈黙。
「……会わせてもらえますか?」
セラフィーナの静かな問いに、職員は迷うことなく頷いた。
「ああ。ちょうど今、戻ってきているはずだ。正式な斡旋という形で引き合わせよう。互いに条件が合えば、そのまま組め」
それを聞いて、アルフレッドが静かに、安堵の笑みを浮かべた。
「少し待っていろ」
職員は席を立つと、奥の控え室で他の職員と短く言葉を交わす。 俺たちは黙って、その様子を見守った。
「件のスカウトは、話を聞くそうだ。……っと、もう来たか」
その時。 受付の奥にある薄暗い通路から、音もなく小さな人影が現れた。
小柄で細身の体躯。灰色のフード付きケープを深く被り、その輪郭を隠している。 フードの隙間から覗くのは、日焼けした褐色の肌と、どこか猫を思わせる冷涼な翡翠色の瞳。 表情を一切変えぬまま、カウンター越しにこちらを値踏みするように一瞥した。
「……」
挨拶も、名乗りもない。 ただそこに立っているだけで、周囲の空気が急速に冷え、張り詰めるのを感じた。
(この子が……)
俺たちは自然と口を閉ざした。 何も語らずとも、その立ち居振る舞いだけで「本物」だと分かってしまう。 沈黙に耐えかねたように、受付職員が咳払いをして仲介に入った。
「シャオだ。【盗賊】の職を持つ中堅冒険者。腕は私が保証する」
シャオは微かに頭を下げたが、やはり口を開こうとはしない。
「シャオ、お前に仕事だ。見ての通り勇者パーティー。お前の腕が必要だそうだ」
その言葉に、シャオはわずかに眉をピクリと動かし、短く吐き捨てた。
「……条件は?」
それが、シャオが発した最初の言葉だった。 凍てつくように冷たいが、同時に甘さを一切排除した、プロフェッショナルの響きがそこにはあった。




