第14話:【勇者】、継承の迷宮へ
翌朝――ついに継承の迷宮へと出発する時が訪れた。
城壁の北側。王都の喧騒を離れた外郭区の一角。
苔むした石造りの建物――否、“迷宮の玄関”だ。
その両脇には、全身を鎧で固めた騎士たちが直立している。
ただの警備というより、ここが特別な場所であることを無言で物語っていた。
ジークヴァルトは一歩前に出て、軽く会釈すると騎士たちは返礼を返してきた。
「さあ、ここだ」
ジークヴァルトは、促すように右手を差し出す。
俺たちは互いに顔を見合わせ、小さく頷き合う。
そして――最初に足を踏み入れたのは、アルフレッドだった。
続いて俺、フィリア、セラフィーナの順に門を潜る。
ひんやりとした空気が肌を撫で、まるで“迷宮”が俺たちを歓迎しているかのような錯覚を覚えた。
アルフレッドが静かに前へ出る。
「行こう。皆、準備はいいね?」
その声には、迷いも震えもなかった。
俺たちは互いに頷き合い、迷宮の入り口へと足を踏み入れる。
闇の中へ消えていく俺たちの背中を、ジークヴァルトが無言で見送っていた。
迷宮の内部は、思っていた以上に静かだった。
石造りの通路はまっすぐ奥へと続き、両脇の壁には等間隔で魔石灯が埋め込まれている。淡い光が足元を照らしているが、その先は闇に溶け込み、距離感を狂わせていた。
「……明るいな」
「迷宮によっては光源の確保が重要になることもありますが、ここは大丈夫です」
セラフィーナが答える。落ち着いた声音だが、その指先は杖を強く握りしめ、わずかに硬さが残っていた。 俺も同感だ。視界が良いからといって、安全である保証はどこにもない。
アルフレッドが先頭に立ち、剣を正眼に構えたまま慎重に進む。 その背中は迷いなく、周囲を勇気づけるような不思議な吸引力があった。 (……なるほど、あれが勇者の背中ってやつか)
その後ろを追いながら、俺は盾を微調整し、周囲に意識を張り巡らせる。
――来る。
そう直感した瞬間だった。 通路の角、瓦礫の影から小柄な影が弾き出された。
「前方、二! 来るぞ!」
俺が叫ぶと同時に、醜悪な緑色の魔物が二体、牙を剥いてアルフレッドへと飛びかかった。
「ゴブリン……!」
アルフレッドは動じることなく、一体の首を鮮やかな一閃で撥ね飛ばす。 だが、もう一体は低い姿勢のまま剣筋を潜り抜け、俺たちの後衛――フィリアたちを目掛けて突進した。
「させねえよ!」
俺は一歩踏み込み、盾の縁でゴブリンの面を強打する。 嫌な手応えが腕に伝わった。 ゴブリンは絶叫を上げ、壁に叩きつけられてぐったりと崩れ落ちる。
「フィリア、追撃!」
「フレイム・ボルト!」
短い詠唱とともに、小さな火の矢が放たれた。 それはゴブリンの胸部を正確に貫き、炎を撒き散らしながら絶命させる。 焦げた獣の臭いが、狭い通路に充満した。
「……終わった、みたいね」
セラフィーナは周囲を見渡しながら、胸の前でそっと手を組んだ。 昨夜見せたような祈りの仕草は一瞬で切り上げられ、彼女の瞳はすぐに次の脅威を探して動き始める。
「怪我はないか?」
「ああ、大丈夫だ」
アルフレッドが剣に付着した粘つく血を払いながら答える。俺も自分の体を確かめるが、鎧を掠めることすら許さなかった。
「でも……」
フィリアが顔を引きつらせながら、小さく呟いた。
「思ったより、速いのね。あんな小さな体で」
確かにその通りだ。 個体としての戦闘力は低い。だが、こちらを殺そうという明確な殺意を伴った機動力は、数値以上にこちらの心臓を跳ねさせる。
「これが迷宮、か」
俺は地面に転がるゴブリンの亡骸を見下ろした。 ゲームなら一撃で消える「雑魚」だ。 それでも、実際に鉄の匂いを嗅ぎながら刃を交えれば、立派な死神に見える。
俺は盾の取っ手を握り直す。
「気を引き締め直そうぜ。三十層までは遠いんだ」
「うん!」
「もちろんです」
「よし……慎重に行こうか」
アルフレッドの合図で、俺たちは再び暗闇の奥へと歩き出す。
まだ、たかが第一層だ。 だが、この継承の迷宮が決して「儀式」という名の温い散歩道ではないことを、俺は誰よりも強く実感していた。




