第12話:【戦士】、継承の迷宮へ向けて
翌朝。
まだ薄靄の残る王都の空気は、ひんやりと鋭く肌を刺した。小鳥の囀りが遠くに聞こえ、昨日までの喧騒が嘘のように静謐な朝だ。
俺は一人、まだ誰もいない鍛錬場へと足を運んだ。 石畳を踏みしめる乾いた足音だけが、ひときわ高く響く。
中央に置かれた打ち込み用の木製人形。その前で深く息を吐き出し、精神を研ぐ。 木剣を構え、余計な思考を捨てて無心に振り抜く。
(……一撃一撃の重さを、もっと確実に)
何度目かの素振りのあと、背後で砂利を踏む微かな音がした。 振り返ると、そこにはアルフレッドが立っていた。いつも通りの爽やかな笑顔だが、その双眸にはこれまで以上に鋭い決意が宿っている。
「おはよう、テオドール。早いな」
「アルもな。……眠れなかったか?」
「いや、逆にぐっすりさ。体が動かしたくて仕方がなくてね」
短い挨拶を交わすと、アルフレッドは無言で自分の位置につき、剣を振るい始めた。 俺たちはしばらくの間、互いの剣風を感じながら黙々と体を慣らし続ける。やがてフィリアとセラフィーナも姿を現し、それぞれが静かに準備を整えた。
そして最後に現れたのが――近衛騎士ジークヴァルトだった。
「迷宮へ挑むにあたり、幾つか確認すべきことがある」
彼は感情を排した声で言い放ち、腰の鞘へと軽く手を添える。その無造作な動作一つで、場の空気が一気に引き締まった。
「まずは座れ。現時点で把握している迷宮の情報を共有する」
こうして始まった、“継承の迷宮”についての軍議。 テーブルの上には、古い羊皮紙に記された緻密な地図が広げられていた。
「第一階層から第三十階層までは、一般の冒険者にも開放されている区域だ。出現するモンスターの傾向は階層ごとに固定されており、今の貴殿らでも、いずれは突破できるだろう。だが――」
ジークヴァルトの冷徹な声が続く。
「問題は第三十階層以降。ここからは封鎖区域だ。その門は【認められし者】しか通ることが出来ない」
セラフィーナが補足するように、鈴を転がすような声で口を開いた。
「その先の詳細については厳重に制限されており、内部構造も一切公表されていません。わかっているのは一点だけ。最下層で行われる“洗礼”――これを乗り越えた者だけが、“真の勇者”として認められるということです」
「洗礼の内容は、具体的に何をするの?」
フィリアが食い気味に尋ねる。 だが、セラフィーナは静かに首を横に振った。
「過去の文献を遡っても、不明な点が多いのです。どうやら挑む勇者ごとに試練の内容が変化する、としか……。ただ一つ明らかなのは、洗礼を経た勇者たちは例外なく、劇的な変貌を遂げていること。“力”あるいは“覚悟”という形で」
ジークヴァルトが、釘を刺すような厳しい口調で付け加えた。
「無理な挑戦は死に直結する。この迷宮で命を散らした勇者候補は、決して少なくない」
「……蘇生魔法は使えないのか?」
俺の問いに、セラフィーナが沈痛な面持ちで答える。
「蘇生魔法は、極めて限られた高位聖職者にしか扱えません。それも、“魂が肉体を離れる前”に唱えなければ意味を成さない。時間的猶予は、五分から一時間……個人差も大きく、確実なものではないのです」
つまり――迷宮の深部で死ねば、それで終わりだ。
残念ながら、この世界は硬派なRPGらしい。お金を半分払えば教会で生き返れたり、セーブポイントからやり直せたりするような甘いシステムは備わっていないのだ。
それは【勇者】であっても例外ではない。勇者が死ねば、また世界のどこかで別の【勇者】が発現するだけのこと。冷酷な言い方をすれば、この世界の理にとって、一個人の死など代替可能な事象に過ぎない。
(……予備が効くからこそ、こんな危険な迷宮に放り込むってわけか)
その現実の重みが、じわじわと肌に染みてくる。
「……わかった。慎重に進む。それだけだ」
アルフレッドの言葉に、俺たちは静かに頷いた。




